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1話 彼女を欲しがったら魔族に転生してしまいました

 薄暗い木々が生い茂る深い森。太陽の光が入り難く生温かい風が抜け、遠くで獣の息が絶えず聞こえる。それだけでも人の心を不安にさせ、歩みに迷いが生まれてしまう。

 更に分かり難いぐらいの微妙な起伏があり、真っ直ぐ進む事も困難にさせる。人々はこの森を恐れ………迷いの森と呼ぶ。




「あ~あ、なんでこんな事になったんだろうな………」



 そんな森を歩きながら空に向かってぼやいている僕の名前は<矢矧やはぎ はやて>、日本人だ。僕は今、誰もいない道なき道を1人で歩いている。



「腹が減ったらその辺の草を食べれば、今の所何とかなってるのは助かっているけど…」



 道なき道に無造作に生えている草は、不思議と何を食べても大丈夫だった。なので飢えが凌げているので助かっている。

 ……が、人の食生活としてはどうかとも思う。



「まったく、あの時いろいろ要求したけど……こんな結果になるんなら一つに絞るんだったな…」



 ここ数日間、誰も話相手がいない状態が続いているので、最近は独り言ばかり呟くようになってしまった。



「…しかし、やっぱり僕を襲ってこないな………」



 歩きながら周囲を見回すと、見えて来るのは空には太陽、雲。周りには木、草、そして獣………いや、異形の生物、魔物だ。

 中には二足歩行もする者もおり、全て凶悪そうな魔物達なのだが、一匹たりとも僕を襲ってくる事はない。



「ま、そりゃそうか…今の僕も魔物みたいなもんだものな……。は~~~、ほんとなんでこんな事になったんだろう?」



 深いため息を吐いた今の僕の姿は、二頭身半のクマ?のぬいぐるみのような姿で下半身に布の帯を巻いている。どうにか性別は男だったが、顔は……鏡がないから確認出来ないが不細工らしい。正直、自分で見てみる時が怖いな…。

 さっきは日本人と説明したが、事実は元日本人で元人間と言った方が正確だ。なにしろ僕はこの世界に転生して来たのだから…。



「こんな世界に来て両親はいないから良いとしても、先生と孤児院の皆は心配しているかもな。…………あ!?僕は向こうの世界では、すでに死んでいるんだっけ。ま、起こった事より先の心配をするか……」



 そんな僕は魔族の領土<デスサイト>から、人間族の領土<ヒュージ>に向かっている旅の途中だ。何故僕がこんな風に森を1人で歩いているかと言うと………。








 まだ日本人と堂々と言えた時の僕は、赤ん坊の時に両親に捨てられて孤児院に預けられた。そこには同じような境遇の子達と暮らし、親代わりの先生が訳隔たりなく世話をしてくれたので不満はなかった。


 本当の両親を知らない僕は、不満がなかったとはいえ家族が欲しかったのかも知れない。なので僕は彼女を作る為に町で友人とナンパをしに来ていた。



「おい!あの子、可愛くないか?今度はお前の番だからな。潔く玉砕してこい!」



 僕達は3人で1人づつ順番で女の子に声を掛けていたのだ。そして今までの成績は全員全戦全敗……。


 そしてまた僕の番が来たのだ。



「ね、ねえ!時間に余裕があるなら、ぼ、僕と遊びにいかない?」



 緊張から僕は言葉がすんなりとは出ない。そして力が入り過ぎて笑顔が引きつっている。



「……キモ」



 振り向いた女性は冷めた目で僕を少し見て、その一言だけを残して立ち去ってしまった。

 ……何度も失敗しているが、この言葉は何度聞いても落ち込む。



「…お前、何遍やっても慣れないんだな…。そんなんじゃ、何時まで経っても彼女が出来ないぞ」



 そんな僕に近づいて来た友人の1人が、肩を叩きながら励ましてくれている。



「分かってるよ。…でも女の人と話そうとすると、どうしても緊張しちゃうんだよ」


「そんなんだから彼女いない歴=年齢になるんだよ。お!あの子達可愛いな。…でも2人組か、…ならこっちも2人で行くぞ!見てろよ、見本を見せてやる!」


(そんな事を言っても、いままで僕と一緒で全敗中じゃないか…)



 そう心で思いながらも、やる気満々の2人を景気良く送り出してやった。


 実際生まれてから17年、一度も彼女が出来た事はなかった。友人曰く、顔が悪い訳ではないようだが良い訳でもない。第一印象は友達ならOKなのだが、緊張してしまうと顔が引きつり言葉が詰まるので、その様子で一気に距離が離れていくらしい。


 顔も知らないので両親に捨てられたショックはほとんどない。その環境のせいではないが、人の輪に積極的に入る事も出来ず、クラスの中ではいてもいなくても変わらないぐらいの存在感。そんな僕は似たような立場のクラスメイトと、無謀にも彼女を手に入れる目的で3人してナンパをするようになったのだ。……だが、現実は甘くはなかった。


 甘くはなかったはずなのだが………。



(あの2人、頑張ってるな…。いつもならもう戻って来ているタイミングなんだけど?)



 遠目から見ていても、何やら楽しそうに話をしている。友人2人はもちろん、声を掛けられた女の子達にも笑顔が見て取れるのだ。



「ま、まさか成功しそうなのか!?」



 頬に戦慄の汗が流れる中、僕の予想は当たる事になった。


 友人2人は女の子達を挟むような形で仲良く歩き始め、僕の方をチラリと見て軽く手を挙げる。「悪いな。成功したから俺達はこのままでだ。あとは1人で頑張れよ!」と、その行動に込められた意味を正確に感じ取る事が出来てしまった。



「嘘だろ……僕1人が出遅れてしまったじゃないか……」



 1人残されてしまった僕は、その場に茫然と立ち尽くしてしまい、暫くその場を動く事が出来なかった。



(……は~、今日はもうナンパする気になれないな。…帰ろう)



 そして1人になり、空しくなった僕は俯きながら帰ろうと歩みを始めた時、周りにいろいろ捨てあるチラシのゴミの中になぜか目を離す事が出来ない不思議な魅力を感じる紙が、フワリと足元に一枚飛んできたので拾う。



「なんだろう…やけに気になったけど?……なになに…」



 僕はその紙に書いてある文章を読みながら駅に向かって歩き出す。



「貴方は異世界に興味はありませんか?これを読んでい……」



キィーーーーー、ドォン!!!



 割と近くで急ブレーキをかけたような音と、激しい衝撃音が聞こえて来たような気がした。



(あれ、何が起こったんだ?…体がまったく動かなくなったぞ……。…それにやけに寒いな…風邪でも引いたかな?)



ガヤガヤガヤ!?



(周りもなんか騒いでいるな…でも、よく聞き取れないや。……それになんか眠くなってきたな………)


(…………………)


(……………)


(………)


(…)


 そして僕は眠りについた。





「ちょーーーーと、待ったーーーーー!!!」


「なんだよ。急に大声を出すなよ…。うるさくて眠れないだろ」



 突然耳元で大声を出してきた腰まであるピンク色のツインテールの幼女に、僕は気だるそうに見た後、また目を閉じて寝りにつこうとした。



「だから寝るんじゃないって!まったく、そのまま寝たら本当に死んじゃうわよ?」


「死ぬ?。…どういう事?僕はただ帰る途中で眠くなっただけだよ」


「…あんた、まだ事態が飲み込めていないようね。いい!あんたは車に跳ねられて死んだのよ!」



 僕の滅茶苦茶な話を聞いて、幼女は呆れたような表情をしてからビシッと指を指して、現実を突き付けた。



(車に跳ねられて?…あれ、そう言えばなんで眠くなったんだっけ?……ナンパが失敗してやる気がなくなった時、確かやけに気になる紙を拾って読みながら歩いていたら……)



 僕は今日何があったかを順番に思い出してみたら、



「そうだ思い出した!あの時に拾った変な紙を読んでいたら車に跳ねられたんだ。まったく、あんな紙を拾わなければあんな事にならなかったのに!」


「………それは…そうかもしれないんだけど……そこはあまり気にしない方が良いわ…」



 僕が拾った紙に対して怒鳴っていると、目の前の幼女がビクッと体を震わせて気不味そうな顔をしていた。



「そう言えばあれになんて書いてあったんだっけ……あれ?あの紙はどこへ行ったんだ?」



 僕は手に持っていたはずの紙がなくなっていた事に気が付いた。



「……探しているのは…この紙よね」



 幼女はやや申し訳なさそうな顔をしながら、僕の探していた紙を取り出して渡してくれた。



「あ、拾ってくれてたんだ。ありがとう助かったよ。……えーと…」



『貴方は異世界に興味がありませんか?これを読んでいる貴方は運がいい!なんと剣と魔法の異世界へ旅が出来る権利を得ました。

 今ならなんと素敵なスキルを一つ、タダでプレゼント!

 どうです?旅をしたくなったでしょう。そんな貴方はここに名前を書いてポスト入れてください。

 それで契約は終了になります。ね、お手軽でしょ』



「………なんだ、この馬鹿みたいな文章は?こんな詐欺に引っ掛かる奴がいる訳がないだろう。まったく、書いた奴は馬鹿だな」



 僕はあまりの内容に呆れていた。



「……馬鹿じゃないわ」


「ん?何だって?」



 幼女は俯いて小声で何か喋っていたが、何を言っているか聞きとる事が出来なかった。



「…馬鹿じゃないわ」


「え?聞こえないよ?」


「私は馬鹿じゃない!馬鹿って言った奴が馬鹿なんだ!」



 何度も聞き返した事で幼女はキレて、大声で子供っぽい事を言って怒鳴ってきた。



「………ちょっと待て、じゃあこの紙は君が置いていたって事?そしてそのせいで僕は車に跳ねられたって事?」


「確かに気を引きつけるように細工したけど、あんたが歩きながら読むような事をしたのが一番の原因よ!」


(む、確かに周りを見ないで歩いていた僕にも原因があるのは認めるべき事実だ。だが!)


「一番って事は二番目以降の原因に君も責任を感じているのは確かなんだね。………ん?ところで今の状況ってどうなっているの?て言うか、君は誰?」


「責任は認めるわ。それにしても今更そんな事が気になるって……あんた相当ずれてるわよ」


「そんな事はないはずだ!きっといろいろあり過ぎてパニックになっていたに違いない」


「…まあいいわ。私の名前は<ゼロ>、見ての通り女神よ。そしてあんたは車に跳ねられて死んだのよ」


「は!?君が女神?…それより僕はもう死んでるって!?」



 あっさりと死亡宣言をしたゼロと名乗った幼女に、僕はただついていけずに動揺する事しか出来なかった。



「ええ、あんたの魂は既に肉体から離れているわ。このままほかって置くと、天命を全う出来なかった魂は彷徨ってしまい自我が消滅する事になるのよ」


「ちょっと待って、このままって事は何か方法があるって事?」



 ゼロの言葉にわずかな希望が含まれており、僕は必死にそれに食い付いた。



「ええ、方法はあるわ。少しは私の責任でもある事だし、特別に女神たる私が手を貸してあげようって訳よ!感謝しなさい!」



 ドンと自分の小さい胸を叩き、超上から目線で話してきた。



「……半分は責任があるのに態度がでかいな…」


「なによ。文句があるって言うの?ならいいわ、私は帰るから」



 僕がぼそっと言った言葉が聞こえたようで、クルリと反転し帰ろうとし出した。



「すみませんでした!お願いします、僕はまだ死にたくありません!」



 僕は一瞬で態度を変え、慌てて土下座をしながらゼロに助けを求めた。



「フフ、それで良いのよ。最初からそのような態度でいなさい」


(幼女に土下座って、今の僕って相当情けない姿なんじゃないか?)



 そんな事を考えていたが、機嫌を悪くして去られても困るので今は下手に出る事に決めた。



「それで助かる方法ってなんですか?」


「…先に言っておくけど、あんたはこの世界では既に死んでいるから、そのまま生き返る事は不可能よ。本当ならさっき読んだ紙に書いてあった異世界<エデン>に行ってもらおうと思っていたんだけど、こうなってしまった以上、エデンに転生させてあげるわ。それで全て解決よ!」


「転生?それって生まれ変わるって事でしょ?全然助かってないじゃん」



 僕は慌てて顔を上げて、的外れな打開策に驚いた。



「安心しなさい。ちゃんと記憶は残すから、ちょっと体が別の物に変わるだけよ。もちろんエデンに行ってもらうからスキルもプレゼントしてあげるわ」


(記憶が残るなら生き帰るとも言えるのかな?)


「それでスキルって何?」


「エデンは剣と魔法の世界だから、魔法や剣技などの能力がスキルと呼ばれているのよ」


(魔法!?火を出したり、水を操ったり出来るって事か……夢が広がるな~。でも貰えるスキルは1つか……もう少しねだってみるか)



 魔法を操れる。そんなファンタジーな内容に、僕は浮かれていた。そして欲も出て来た。



「…でも貰えるのは一つだけなんだよね………不安だな、新しい体で異世界に1人放り込まれるのは…」



 僕は横目でチラリとゼロの方を見た。



「う!」



 ここに来て死亡させてしまった事に対する責任を思い出し、気不味い顔をしてゼロは目をそらした。



「体に慣れるまでに死んだりしないかな……怖いな…」



チラ



「たった1つのスキルで大丈夫かな…」



チラチラ



「………分かったわよ。望みのスキルを与えてあげるから言ってみなさい」



 僕はその言葉を聞いて小さくガッツポーズをした。



「そうだな…まずはさっきみたいに死にたくないから、強い体が欲しいな……それに魔法が使えるなら魔力切れみたいな事にはなりたくないし、裏切らない仲間が欲しいな。それに………彼女が欲しい!」


「彼女?そんなのスキルでも何でもないわよ。向こうに行ってから努力しなさい」


「やっぱりないか……出来れば可愛い彼女が欲しいし何とかならないかな~~て思ったんだよ。………無理?」



 僕は今だ正座の体勢なので、やや上目づかいでゼロの方を見て聞いてみる。



「無理よ。彼女が出来るスキルなんて私は与えれないわよ」


(やっぱり無理か……でもそんなスキルで出来ても嬉しくないかもな…)



 僕はむしろ叶わなくて良かったと考えるようになった。



「でもあんたが私みたいな可愛い彼女を欲しがっているなんてね。望みが高過ぎるわよ」



 話の流れが良く分からないが、ゼロはなぜか自信満々に胸を張っている。



(いやいや、出来れば幼児体型ではなくて、もっと大人っぽい人が僕は好みだな)


「……幼児体型?」


(あ!?でも胸はそこまで大きさは求めていないけど、ゼロみたいにないのは………。それに優しさが欲しいな)


「ない?私には何がないって?」


「彼女が出来るなら、外見じゃなくて内面を見てほしいな……あと、騙されたくないから鑑定出来る目も欲しい。………あれ?どうしたのゼロ?」



 何やら下を見てプルプル震えている。



「フフ、フフフフフ、アハハハハハ。幼児体型やら、胸がないとか、優しさがないとか、ずいぶん好き放題言ってくれるものね~」


「え!?なんで考えていた事が聞こえているの!?」



 今は魂だけの存在なので、言葉にしないでも思った事が周りに聞こえる。そんな事が起こるとは知らない僕は、ただただ不思議がって驚くしか出来なかった。



「フフ、分かったわ。あんたの願いを叶えてあげるわ。私はと~ても優しいからね~……フフフ」


「ゼ、ゼロさん、すみませんでした。とても怖いです!」



 言葉とは裏腹に、満面の笑みを向けて来るゼロがとても怖かった。


 再び一瞬で頭を下に擦りつけて土下座体勢になって平謝りしたが、どうやら手遅れだったようだ。目が…笑っていません…。




「さあ、生まれ変わった気持ちで生きなさい!そして私の為にも頑張りなさい」



 ゼロの掛け声と共に前方に、まるでブラックホールみたいな物が現れて僕だけを吸い込もうとしている。



「ゼロさん!?これって本当に大丈夫なんですかぁぁぁぁ!?凄い不安なんですけどーーーーー!!!」



 僕は何とか吸い込まれないように踏ん張っているが、……どうやら無理のようだ。



「大丈夫に決まっているでしょ。ほらビビってないでさっさと行って来なさい!」



 無理だと分かっているが、最後の抵抗で何とか踏ん張っている僕の後ろにゼロがトコトコ歩いて来て、何をするのかと見ていると……まるでサッカーボールを蹴るように僕のお尻を蹴飛ばしてきたのだった。


 その衝撃で僕はあえなくブラックホールに飲み込まれるように吸い込まれていった。



「ロリ女神ーーー!もし死んだら化けて出てやる~~~~~~!!!」



 まるでエコーが掛かったような叫び声を残して、僕はこの世界から消えてしまったのである。



「……………ちょっとやり過ぎたかも………いえ、そんな事はないわ。あいつの願いは叶えただけだもの、他の奴らにも文句は言われないはずよ。……きっと大丈夫なはずよ……でも……」



 1人残ったゼロは颯が消えた場所を眺めながら冷静になり、不安そうにボソッと呟いていた。









「う、うう、……ここはどこだ?…やけに静かな所だな」



 良く分からないが眠っていたようだ。体はやけに気だるいし、見覚えのない場所で目覚めたので、現状が理解出来ないで困惑しながら体を起して周囲を見渡した。



「……森…の中なのか?どうして僕はこんな所で寝ていたんだ?」



 とりあえず周囲に危険はなさそうなので、落ち着いて今までの事を思い出してみる。



「あ!?思い出した!あのロリ女神、よくも蹴り飛ばしてくれたな!……どうせなら町の中とかに転生させてくれよ。

 ……………あれ、転生?…転生って生まれ変わるんだよな…なんで僕はもう動けるんだ?普通転生って言えば、赤ん坊からスタートじゃないのか?」



 そう恐る恐る自分の体を見てみると……全身から短めの動物のような毛が生えており、大事な所には布オムツはいていた。



「なんだこれは?それにこの手、指が4本だし短い……体は綿のように柔らかい。これじゃあまるでぬいぐるみじゃないか!それに布オムツって………ん、なんだこの紙は…メモ?」


『ハロー。これを読んでいるなら無事に転生に成功出来たみたいね。さて、優しい私はちゃんとアフターケアも忘れないわ。でもこれは一度読んだら消滅するから一度で覚えなさいよ』


(これのどこが無事に転生出来ているんだよ。それに一度読んだら消滅するって、どこのスパイだ!)



 僕はゼロが残した紙に向かってツッコミを入れる。



『まず、その体はあんたの望みを全て叶えた結果だから、私を絶対に怨まないように。さて、基本的な事から説明してあげる。その世界では自分の状態をステータスと言う画面で確認出来るわ。さあ待ってあげるから念じてみなさい』



(待つってなんだよ……。えーとステータス)




矢矧 颯 (ブサイクベア)


HP  231990 / 231990

MP  231990 / 231990


力    1

耐久力  3

素早さ  3

魔力   8


スキル HP自動回復 ・ MP自動回復

    死霊術    ・ 操作術

    鑑定眼    ・ 女神の呪い



(……ステータスを見れたのは良いけど…なんだよこのHP、MPの馬鹿げた高さは。そのくせ他が低過ぎるだろう…。そして…ブサイクベアって僕の種族か?それに女神の癖に呪いなんてかけるなよ)



『どうやらステータスが見えたようね。順に説明すると、HPの高さはあんたが死なない体が欲しいと言ってたから強化しといたわ。それと同じでMPも使いたい放題に出来るようにしたわ。

 ちなみに数字は不細工クマで231990にしたから忘れないでしょ!』



(やけに数字が半端だと思ったら、そんな悪口が含まれていたのかよ!しかも忘れないって今の姿が不細工なクマって事かよ!)



『あんたが今思っている通り、不細工なクマって事をステータスを見る度に思い出すといいわ。…プ!』



(おいおい、どこかで見ているような文章だな。……それに笑い、…まるで目の前にロリ女神がいるみたいに、笑っている姿が想像出来るぞ)



『あと、信用出来る仲間が欲しいって言ってたから、死霊術と操作術をプレゼントしてあげたわ。死霊術で死体を、操作術で人形でも操れば、裏切らない仲間の出来あがり!感謝しなさい』



「そんな仲間はいらーーーーん!!!なんだよ死体や人形が仲間って!僕が望んだのは生きた人間の仲間だ!………くそ、本当にあいつは女神だったのか?…こんなひん曲がった願いの叶え方は、まるで悪魔のようじゃないか…」



 ついに僕は我慢が出来なくなり、誰も周りにいないもりで大声で叫んでしまった。



『たぶんあんたはそろそろ叫んでいる頃ね。ほんと、騒がしい奴ね。あと物の価値が文章で見えるように、鑑定眼もあげたわ。それ、一応魔眼の一種だから結構レアな物なのよ』



「他のに比べると普通だけど、これが一番まともに思えるよ……」



『あんたのその姿で惚れてくれるような者がいれば、それは内面に惚れたって事だから、あんたの望みを叶える為の姿。自業自得だから私のせいではないわ。

 そして最後のは私を怒らせた罰のような物よ。詳しい内容はステータスから確認出来るから、後で見ときなさい。…今、あんたがいる場所は魔族の領土<デスサイト>。その世界は魔族と人間族、妖精族がいて、魔族と人間は敵対状態よ。あんたは今は魔族に属しているから、そのままデスサイトの首都に行くなら北へ、人が恋しくなったなら南西の<ヒュージ>へ、妖精に興味が沸いたら南東の<ブルタイ>に向かうといいわ。


 ここから先はあんたの自由よ。ただ、私がなぜこんな事をしているかはちゃんとした理由があるけど、あんたには説明しても無駄だろうから自分で体感する事ね。

 あと布オムツはサービスよ。流石に素っ裸は可哀想だからね。


 さて、もう会う事はないだろうけど無事を祈って……は、いないから、適当に頑張ってね。じゃあ』



 最後の文を読み終えた時、「ボン」と音を立てて紙が燃えるように破裂して消えてしまった。



「熱っ!……なんだよ、消えるならもっと安全に消えてくれよ…」



 そう呟いた後、僕はもう一度ステータスを確認して細かいスキルの確認をした。




HP自動回復 ・・・『約10分で一割のHPを回復し続けるわ。はっきり言ってほぼ無敵と言っていいわね。しかも魔力を込めれば回復速度が更に上がるから…もう化物ね』


MP自動回復 ・・・『こっちもだいたい同じで約10分で一割のMPを回復し続けるわ。でもこっちは回復速度は上げる事が出来ないわ。でも使い切る事なんて不可能だろうから、無駄な心配ね』


死霊術    ・・・『死体を操る事が出来るスキルね。ただ簡単な命令しか実行出来ないから気をつけて。もし普通に話しとかしたいなら、死んですぐの死体を見付ける事ね。死んだすぐはまだ魂が残っているから、魂ごと束縛出来て人格も残す事が可能よ。それにあんたの魔力を供給し続けないと死体に戻るから、裏切られる事はないから安心ね』


操作術    ・・・『物を操る事が出来るスキルよ。あんたに分かりやすく言えば超能力みたいな物ね。このスキルは持っていても、自由に使える物ではないわ。かなりの集中力が必要だし、コツも必要だから練習が必要よ。更に物を宙に浮かす事はかなり難しいから、一生無理かもしれないわね。フフフ、ざまぁ』


鑑定眼    ・・・『調べたいと思った物の詳細をステータスみたいに確認出来るのよ』


女神の呪い  ・・・『これは偉大なる女神、ゼロを侮辱した者が手に入れるスキルよ。詳しいは内容は教えないから。私を馬鹿にした事をしっかり後悔する事ね』



    

「なんだよこのスキルの説明は!全部ゼロの口調じゃないか!それに説明なのに教えない?、ざまぁ?、いったいマジで何なんだよ!!!」



 森の中に僕のツッコミが響き渡る。



「さて、とりあえず人間族の領土ヒュージに向かおうかな。魔族ってなんか怖いイメージがあるし、出来れば出会いたくないよ」



 しかし、僕の望みは叶う事はなかった。



「さっきの声は貴方の物なの~?」



 突然上から声が聞こえて振り向くと、そこには手が翼になっている少したれ目気味の女性がいた。どうやら僕の叫んだ声に気が付き、近づいて来たようだ。



「どうなの~?」



 僕が何も答えないので、その女性は首を傾げていた。



(まだ確信を持っていないのか。…このままトボケるのも可能だけど、せめて方角ぐらいは分からないと目的地に着く事が出来ないしな…)


「はい、さっきの声は僕の物です。騒がしくしてすみませんでした」



 とりあえず危険そうな相手に見えないので、僕は話をして情報を得る事を選択した。



「貴方~、この辺りでは見た事が無いって事は~、生まれたて~?それとも私の縄張りを荒しに来たの~?」


(やけに間延びする喋り方をする人?だな。でも急に空気が変わった感じがするな…)



 僕がこの時に感じたのは、彼女から発せられる殺気だった。しかし現代社会でのほほんと暮らして来た人間には、分かるはずもないのだ。



「…気が付いたらここにいましたから、たぶん生まれたてだと思います。それでここはどこなんでしょう?方角も何も分からなくて困ってしまって」


「……どうやら~嘘はついていないようね~。でも~いきなり話せる魔物って珍しいわね~。……まあいいわ~、ここはデスサイトの南西寄りにある迷いの森よ~」



 なんとか納得してくれたようで、さっきまであった空気の重さはなくなっていた。



「迷いの森?ならここから出るのは難しいって事ですか?」


「それは大丈夫よ~。道に迷うのは人間だけだから~。……それで貴方には名前はあるの~?」



 ようやく警戒を解いてくれたのか、地上に降りてきて僕の目の前に来る。


 僕の目には太陽の光が見えるし、少し深い森にしか思えないのだが、この迷いの森は人間が立ち入ると光は消え、絶えず暗闇が襲って来るような呪いが掛けられていたのだ。



「は、はい。僕はハヤテと言います。貴女は?」


「ハヤテ……貴方には似合わない名前ね~。それにしても本当に何も知らないのね~、私はこの森の主<ハピネス>よ~。…ハヤテはどこに向かうつもりなの~」


「とりあえず人間族の領土に向かって行くつもりです。…それで出来れば方角を教えて欲しいのですが」



 突然人の世界に行きたいと言ったら、転生した事がばれるかもと心配はしたが、少しでも早く安全な所に行きたかったので聞く事にしたのだ。



「……生まれてすぐに人を襲いに行きたいなんて~、見た目と違って~相当な量の瘴気が集まって生まれたみたいね~」


「瘴気が集まって生まれた?それはどういう意味ですか?」


「私達魔物は~、瘴気が集まって生まれる場合と~魔族の夫婦から生まれる場合があるの~。前半は魔物として生まれて~、後半は魔族として生まれるわ~。もちろん魔族の方が力が強いけど~、魔物も瘴気を大量に集めれれば魔族となって強くなれるのよ~。

 瘴気は生き物の負の感情なの~。だから人を襲う事を本能で求めるものなのよ~。…でも~、ハヤテは話せるって事は~、最初から魔族として生まれたみたいね~」


(なるほど、魔物と魔族との違いは話せるか話せないかで、判断出来るって訳か。……そして僕は魔族として生まれた以上、強くなる為には人とかを襲わないといけないって事か………まいったね…)



 人を襲うつもりが全くない僕にとって、強くなる事は不可能と言われたようなものだ。



(まあ、力が1の僕が戦う為にはスキルの操作術を使いこなせないといけない訳だが。………あのロリ女神!?、この事を知っていたから「ざまぁ」なんて書いてあったのか!)



 僕はゼロのスキル説明の悪意に気付き、顔には出さないように心の中で文句を言ったのだ。



「それで~ヒュージはあっちの方向よ~。太陽は東から昇るから~それを目安に方角は確認してね~」


(その辺は地球と同じって事か)


「ありがとうございます、ハピネスさん。それでは僕はヒュージに向かいます」


「あ、ちょっと待って~。口に何か付いてるわ~」



 そう言ってハピネスは颯に近づいて来る。



(ちか!?女性の胸をこんなに近くで見るのは初めてだよ)


 

 正直に言おう。今の僕の鼻の下は伸びてる。手足は鳥のそれだが、その他は人間と変わらないのだから仕方がないんだよ。


 そうやって浮かれていると



「えい~」


「ウグゥ!?」



 突然ハピネスは颯の口の中に何か丸い物をねじ込み、急な事だったので飲み込んでしまう。



「ゴクッ!?……今のはいったい何ですか?」


「大丈夫~、今のは魔族にとって栄養剤みたいな物よ~。生まれたてだから~プレゼントしてあげたのよ~」


「そうなんですか、それはありがとうございます」



 ハピネスは微笑みながらそう言ったので、僕は心配してくれたのだと感じ、頭を下げてお礼した。



「それじゃ~無理はしないでね~。人は1人では弱いけど~群れて襲って来るから気を付けてね~」



 そう言って軽く頭を下げた僕はハピネスさんと別れ、ヒュージに向かって旅を始める。








「……良かったわ~。怪しい物を始末できて~」



 颯が立ち去った後、ハピネスはホッとした表情を見せていた。


 実際颯が飲み込んだ物は栄養剤なんかではなく、部下が拾ってきた禍々しい気配を感じる怪しい物だった。処分に困っていた所に颯が現れたので、押し付けたのだ。


 この玉が今後の颯の人生を波乱万丈に大きく変える物になるのだが、……この時の颯には知る由もない事だった。


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