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ユリイカ短編選集

星空のマーチ

作者: ユリイカ

 学校に通っている時に気付くべきだった。

 社会とは自分の立場を認識して、繰り返しに慣れる為の場所なんだという事。

 学生時代から僕の存在価値の有無はもうハッキリしていた。


『いなくていい人』 


 それが僕だった。


 



「有象無象の契約社員なんぞいつでも切れるんだぞ」


 残業を断った僕に上司が放った一言。それが僕の自己認識を再び揺り起こした。


 それからというもの僕は必死に仕事に打ち込みながら、上司や同僚の言う事にニコニコして従っていれば、いつか『いてほしい人』になれると信じてひたすら頑張ってきた。


 しかしそんなものは所詮、届かぬ夢なのかもしれない。

 

 残業だけが取り柄で、会社のミーティングでは一言も発する事なく萎縮しているだけの僕。

 芸人なら冴えないひな壇芸人みたいなものだ。発言する機会を探しながら結局番組が終わってしまい、なぜ居たのかも分からないような存在が僕なのだ。


 自分の事を『いなくていい人』だと思うたび、体中の力が抜けていく気がする。

 そういう弱い自分を確立して安定しようとする自分と、このままじゃいけないという自分でひたすら終わりのない葛藤を続けている。

 

 その緊張の糸が切れたのが、とある金曜の夜だった。

 

 『いなくていい』のだから『どこに行ったっていい』じゃないか。


 僕は会社から駅に向かう道とは逆方向の野山の方に向かった。

 頭で説明できるような行為では無かった。

 

 そもそも頭で説明できるような行為なんてロクでも無い退屈なものだ。

 帰りに嗜好品を買って、帰ったら趣味に明け暮れて、良い会社に入って、家庭を築いて、そんな説明の付いてしまう人生が僕の人生だったじゃないか。

 

 僕の半ばやけくそに『救われる為の場所を求める』という行為は不思議な恍惚感となって心の表層に現れてきた。

 親の嫌がる事をするだとか、禁じられている事をする時の開放感に近いものだった。どちらにせよそういった『怒り』を伴った行為は人を強く動かす。


 文明社会の象徴であるネオンは嫌いだった。ともかくも僕は灯りのない場所を目掛けて一気に野山を突き進んだ。

 

 今夜は雲が一つも無い。僕は星空が見たかったのだ。



 野山を突き進むと開けた丘に出た。

 真ん中には鉄塔が立っており、恐らく鉄塔を立てる時に一緒に切り開かれたスペースだった。


 僕は丘に寝転んで空を見上げた。

 仕事の疲れを癒やす為に少し目を閉じる事にした。


 もう全てが夢であって欲しい。僕の人生の全てを誰かに破壊してもらいたい。

 そんな気持ちが頂点に達した夜だった。

 

 ふと林の方を見ると、木々の中に白く光る複数の灯りを見つけた。動いてはいないが、ホタルの光のような小さな光がいくつもある。

 その光が気になり、僕は腰をあげて林の方に向かった。

 

 木々をかき分けて進むと、今度は赤と黄色がまばらに混じった、灯火のような光が地面に現れ始めた。

 遠くからは低くて見えなかったが、それは三角帽を被った『小人』の集団であった。

 

 小人はさして僕を気にするでもなく、木の方を見ていた。

 僕はドキドキして、怖がらせはしないかと思い悩んだが、やがてできるだけ小さく声をかけた。

 

「君たち…」


 すると、小人の一人がビックリしてこちらを向いた。

 

「ボクらがミえるんですか?」

 

 音声の早送りみたいな声で話した小人は緑の三角帽に、葉っぱで装丁された本を脇に抱えていた。

 

「うん、見える。小人なんて初めて見たよ」

「みんな!このヒトはボクらがミえるんだって!」


 緑の小人がそう言うと、他の小人は大慌てで隠れたり、逆に近づいて来る者もいたりと、一斉に思い思いの行動を取り出した。

 行動自体はバラバラだがどこか統一感が感じられた。

 

「ボクらがミえるヒトはメッタにいないんです」

「そうなんだ」

「オオサマはどこに住んでいるのですか?」

「え、と。僕は電車で岡町まで行って乗り換えて…」

「?」


 分かるわけないよな。というかオオサマというのは僕の事だろうか。

 

「ずっと遠くだよ」

「タビをしているのですね!」

「ま、まあそうかな…」


 旅をしていると聞くと小人達が騒ぎ出した。逃げていた小人も近づいてきた。

 緑の小人が改まって自己紹介をした。

 

「ボクはテトとイいます。ボクらコビトはヒトのコトバ、ベンキョウしてます。ボクらのコトミえるヒトとハナすのスキです」


 この緑の小人が一番の物知りといった印象だった。

 青い小人やピンクの小人も僕らの方に寄ってきて、何か質問したいという風にモジモジし始めた。

 

 小人はよく見ると美しい小人や、顔が膨らんだ醜い小人までいたが、どの小人もイキイキとしているという点だけは共通していた。


「オオサマ、ボクらをミたトキどうオモいましたか?」


 青い小人が話しかけてきた。


「み、みんなかわいいと思ったよ」


 僕は少しドモリながら言った。

 しかし彼らは何も聞こえないという態度でボクの返事を催促した。

 

「ボクらのコトどうオモいましたか?」

「その、みんな個性的でイキイキしてるよ」

「イキイキー!」


 今度は聞こえたようで、彼らは両手を振って踊りだした。

 彼らをよく見ると行動の終わりがピッタリと合っている。だから美しく見えたんだな。

 

 しばらくすると彼らは何かを思い出したように木に集まり始めた。

 

「どうしたの?」

「そろそろサナギがウカするのです」


 先ほど見えた白く光る物体はこの蛹が発していた光だったのか。

 しかし全く見たことがない種類の蛹だった。

 

「ボクらはコレをミにキたのです」

「そうなんだ、どこから来たの?」


 そう聞くと、小人達は上を指差した。木の上かな?


「ボクらは『シアワセのバショ』をサガしていつもイドウしています。イマはこのバショがそうなのです」


 幸せの場所か。せっかくなので蛹が羽化する所を僕も見せてもらうコトにしよう。

 何となく、みんなで同じものを見守っているこの瞬間だけでも、幸せな気持ちだった。


 そしていよいよ羽化の瞬間がやってきた。

 白い蛹の上部が次々に割れだし、中から銀色に光る蝶の姿が現れた。


 やがて蝶は空に向かって飛び立った。

 すると、この木だけではなく、僕が見ていなかった他の木からも無数の銀色の蝶が空に飛び立ったのだ。その瞬間、この蝶がこの世の生き物ではないと気付いた。


 無数の蝶が空を飛ぶ所をジックリと見たかったが、木が邪魔してよく見えなかった。

 壮大な景色であったろうに、少し残念だ。


 先ほどまでウットリしていた小人達は満足したとばかりに、腰を落ち着けた。

 もう銀色の蝶の事は忘れているようだった。

 

 小人は何かいそいそと落ち着かない様子だが、退屈しているのだろうか。

 僕はふと思い出して鞄の中からあるものを出した。

 

「これ、君たちにあげるよ」

「それはナンですか、オオサマ」

「僕がいつも同じ所で買うピーナッツバターだよ」

「やったー!パンにつけてタべたらサイコウだゾー!」


 そう言うと数人の小人は、ピーナッツバターを抱えて奥に消えていった。

 

 

 少し静かになった所で、ピンクの小人が話しかけてきた。

 

「ワタシはミミとイいます。オオサマはどんなシゴトをしていますか?」

「僕は…その…みんなの為になる仕事を…」


 正直に言いたいが王様と言われている手前、どうしてもハッキリと言えなかった。

 そのせいかミミには聞こえなかったようだ。

 

「オオサマ!オシえてください!」

「僕は…みんなの生活を支えているんだよ」


 ミミは呆然としだした。

 

「オオサマ、オシえてくれない…」


 ミミが泣きそうな顔になった。

 僕はちゃんと喋ってるはずなのに小人に声が届かない。

 さっきもそうだ。彼らに対してみんな可愛いと言った時、彼らには聞こえなかった。

 

 僕の気持ちの中にやましさがあると聞こえないのだろうか。

 僕はやけになって思っている事を隠さずに言った。


「僕は本当は仕事なんてしたくない!遊びたいんだ!」

「オオサマ、アソびたい、ワー!」


 小人達は喜んで踊りだした。

 やっぱりそうだ。正直でハッキリとした言葉だけが彼らに通じるんだ。

 僕も踊り出したい気持ちになった。


 しかし次の瞬間、彼らはピタリと踊りをやめて、奥の方に走っていった。

 僕も行ってみると、そこでは小人たちの甲高い怒声が聞こえてきた。

 

「どうしてこんなにタべちゃったんだよ!」


 五人の小人が、周囲を他の小人で囲まれ、問い詰められていた。

 ボクがあげたピーナッツバターで喧嘩が起こっていたのだ。

 傍にはもう半分ほどにまで減ってしまったピーナッツバターと大きなパンの塊があった。

 

 おもむろに他の小人が五人の小人のうちの一人に突っかかっていった。

 

「おマエ、どれだけタべたんだ!」

「ボクだけじゃないやい!」


 喧嘩が始まってしまった。

 親切も考えてしないと迷惑にしかならないのだろうか。とても悲しい気持ちになった。

 

 そんな事より早く止めないと!

 ボクはキッパリとした態度で、

 

「喧嘩はやめろ!」


 と、怒鳴った。

 小人はしゃんとした態度できをつけをし、微動だにしなかった。

 僕は少し悪いなと思いつつ、平静を取り戻して聞いた。

 

「誰がどれだけ食べたか覚えているかい?」


 すると、小人達は一斉に一人を指差した。

 

「『プク』がイチバンタべたよ!」


 プクと呼ばれた黄色く太った小人は泣きそうな顔になった。

 

 僕は暫く考えた。力のある人間としての態度を今こそ見せる時だと思った。

 それに王様と言われている以上、下手な事はできない。


「じゃあこうしよう。君たちが多く食べた分だけ働くんだ。残ったピーナッツバターを君ら五人で手分けして、他の小人に均等に配る。プク、キミは一番食べたからパンをちぎる係をするといい」

「そりゃいい!」

「オオサマ、ナンとヨいアイデアでしょう!」


 みんな納得してくれたようだ。

 泣きそうな顔をしていたプクも笑顔になって言った。

 

「ボクのチカラをミせてやるゾ!」

 

 そしてプクは小人の言葉で魔法を唱え始めた。


ミソッシ  ルーニ  コーラ!


 すると、大きなパンが生き物のように動き出し、分かれ始めた。

 他の小人はそれを拾い上げてピーナッツバターにつけ、僕と小人全員の所に運んだ。

 

 どうやら今度の僕の判断は正しかったようだ。

 場は一転して、和やかな食事会になった。

 

 すると今度は青い小人が話しかけてきた。

 

「ボクはネリとイいます。オオサマ、フダンはダレといますか?」


 僕はもうお茶を濁すような話し方はやめて、正直に言った。


「僕はいつも一人だよ」

 

 ネリが驚いた表情をした。


「ホントウですか?僕らはチイさいのでケッしてヒトリではいません」

 

 本当は友達がいないだけだけど、一人で行動してるのは事実だ。


「どうしたらヒトリでコウドウできますか?」

「何でもやってみる事だよ。少しずつ一人で行動する範囲を広げていくんだ」

「ナルホド、コツコツとやればオオきなコトがデキるのですね」


 小人はとても素直なのでとても話しやすかった。

 僕はずっと話していたいと思った。


「そろそろツギのバショにイきます。オオサマもイッショにイきましょう」


 緑の小人テトは僕が来た方向とは反対側の麓を指差した。


「次の場所?」

「ハイ、ボクらはシアワセなバショをサガしていつもイドウしているのです」

「それがどこか分かるの?」

「ハイ、ニオイでワかるのです。ツギはヤマをオりてずうっとムコうにイったトコロです」


 明日も仕事だったが、こうなりゃヤケだ。幸せな場所とやらにたどり着くまで、どこまでも付いていこうじゃないか。


 その時、小人が大声を出した。


「ヤツがキたぞ!」


 小人が指差した先には、灰色の錆びた鋼鉄でできた鎧のバケモノが佇んでいた。

 人間と同じくらいの大きさの鎧に枯れ木が絡みつき、方方が尖っていてまるで近づく事を拒否しているようだった。

 

 鎧の隙間が暗黒で埋め尽くされており、近寄りがたい雰囲気を出していた。

 しかし動きは鈍く、捕まるような心配はなかった。


「アイツ、ギンのチョウのヌケガラをアツめにキたんだ」

「何なんだあいつは?」

「ロームというバケモノです。あのナカにはコビトがイるんです」

「えっ、あんな大きな鎧の中に?」

「ハイ、でもアイツはオクビョウなのでゼッタイにデてきません、というよりデられなくなったのです」


 小人はヨロヨロと歩く鎧のバケモノと一定の距離を取りながら話した。


「アイツはヒトがコワくて、ヨロイのナカにスんでいたのですが、あるヒ、カレキのボウレイにトりツかれたんです」


 小人にも不幸な奴がいたのか。少し意外だった。

 

「アイツはフコウとクラヤミがダイスキなんです。ヌケガラをアツめるのがシアワセだとカンチガいして、イッショウケンメイアツめているんです。いつもボクらのシアワセがオわったアトにやってクるんです」

「彼を助けられないだろうか」

「ダメです、フコウがウツります。それにもうコビトのスガタをしていないでしょう」


 僕はなんとも言えない気持ちになった。


「ボクらはアイツをミて、オクビョウになってボウレイにトりツかれないようにキをつけるコトにしているんです」


 その時、鎧の中からうめき声が聞こえてきた。


オオオオオォォォォ 

 

 悲痛な声は、金属の共鳴で耳をつんざくような怪音となって膨れ上がった。もし亡霊が声を持ったらこんな風だろうか。


「キャアアアア!」


 小人たちはビックリして林から一目散に逃げ出した。

 腰の抜けてしまった小人がいたので、僕は抱き上げて一緒に逃げた。

 

 鎧のバケモノの事を放っておくのは残酷に思えた。しかしどうする事もできなかった。彼自身が不幸な事を幸せだと思っているのに、幸せな場所に誘ったって来るわけがない。

 

 僕らは山を降りて、そのまま次の『幸せな場所』に向かう事にした。僕に抱えられた小人は僕の胸を居心地よさそうにしていた。


「オオサマ、あったかいです」

「安心しておやすみ」


 幼児のように素直な小人に、僕の心が洗われるようだった。


 それからも歩きながら彼らと色んな話をした。

 彼らと話しているうちに自分が少しずつ変わっていくのを感じた。自分の態度がハッキリと、そして正直になっていく気がした。

 

 そのせいもあって彼らは時に耳を抑えて「オオサマ、もっとチイさなコエでハナしてクダさい!」と言うのだった。

 

 僕が自信を持って話すたびに小人たちは喜んだ。

 会社では自分を無力にして、他人に従えば従うほど周りはニコニコしていたのに、ここでは自分を主張すればするほど彼らは喜んでくれる。

 彼らの気に入りそうな嘘の発言は何も意味を成さなかった。


 山を降りて暫く歩いていると、大きな川の近くまでやってきた。

 もう日付が変わりそうな時刻になっていた。

 

「そろそろトウチャクします」

 

 こ、ここはまさか…

 

 小人と一緒にやってきたのは、デートスポットとも名高いレインボーピースブリッジだった。

 

「ここがキョウイチバンのシアワセのバショです。イッショにワタりましょう」

 

 こんなところを歩くのか!苦行だ!

 妖精はほとんどの人間には見えないから、実質一人で歩いているようなものだ。

 

 幸せそうなカップルを横目に僕みたいなモテない男が一人で歩いたら嘲笑の的になるに違いない。

 よりによって僕のコンプレックスを最も刺激するここが幸せな場所なんて、そんなのないよ。

 

 僕はショボショボした表情で立ち去ろうとした。

 小人達は慌てて僕に声をかけた。

 

「オオサマ!」

 

 小人達は僕を引っ張ってレインボーピースブリッジの入り口のアーチを通るように勧めた。

 このままじゃ小人達に嫌われるし、言い訳なんかしたって小人には通らない。

 もうおしまいだぁ!全てを吐露するしかない。


「ごめん!僕は王様でも何でも無い、ただの意気地なしなんだ!本当は会社でもバカにされてる駄目な人間なんだ!」

「ナニをイっているのですか?オオサマはオオサマです!ボクラのトモダチのオオサマです」


 ん?友達、の王様?変だな。

 オオサマっていうのは、王様のコトじゃないのだろうか。ふとそんな気がした。


「君たち、どうして僕をオオサマと呼ぶんだい?」

「イロイロなヒトとハナして、ヒトはオオサマとヨばれるとウレしいとハッケンしました。それに、もともとワタシタチはヒトのコトを『オオキナヒト』とヨんでいたので、オオサマというのはヨびやすいのです」


 そうだったのか。よく考えてみれば僕は小人の国の王様でも何でもない。それなのに何を偉そうにしていたんだろう。


「王様と言うのは一番偉い人という意味なんだよ」

「エラい?エラいとはどういうコトバですか?」

 

 偉いという概念が無かったのか。

 彼らは純粋に僕を人間として尊敬してくれていたんだな。

 それが何だか嬉しかった。

 

 王様じゃなくても僕を認めてくれた。それなら僕はただ僕としてふんぞり返っていればいいのか。それならいいぞ。王様のように徹底的にふんぞり返ってやる。

 

「よし!みんな付いて来い!」

「ソレ!みんなオオサマにツヅケー!」


ボクラハ♪  オオサマ♪  マモル♪  コビト♪

オオサマ♪  カコンデ♪  マーチ♪  マーチ♪


 小人が歌いながら僕の周りを囲んで楽しそうに歩き始めた。

 踊りながらドンチャン騒ぎで僕に付いてくる小人達。


 この明かりでは星なんて見えるはずもない。

 しかし一人の小人が気を利かせて魔法を唱えてくれた。

 

スキッ  パラーニ  コーヒ!

 

 すると夜空は一瞬にして星空でいっぱいになった。


 それだけではなかった。

 遥か彼方に飛んでいったはずの銀色の蝶の群れが帰ってきたのだ。

 それが満点の星空に重なって、空は一面、キラキラの銀一色になった。


 まばゆいほどの銀世界。

 それとレインボーピースブリッジの、虹色に輝く石畳が絶妙にマッチして、もはやこの世の景色だとは思えなかった。

 

 星降る夜をカップル達は幸せそうに過ごす。

 僕はその真ん中を小人たちと一緒にゆっくりと歩いた。

 

 数人の小人は幸せそうに、何も気付かないカップルの頭の上に乗ったり、橋の欄干でバランスを取ったりしながら楽しんでいた。

 

 僕の肩には数人の小人が乗り、残りはキチンと整列してマーチを崩さなかった。


 こんなに人に慕われた事なんて無かった。

 僕は嬉しくて涙が出そうになった。


 場を共にするだけでこんなにも影響を与え合うのが生き物だとしたら、僕はこの幸せな場所を感じて幸せになる義務があるのだと思った。

 

 小人が言うのだから、そうなんだ。ここは惨めな場所なんかじゃない。

 僕の考え方が惨めなだけだったんだ。

 

 僕はカップルや家族たちの笑顔を、何の観念も通さずに見すえた。

 そうすると不思議と彼らの幸せが僕の幸せでもあるかのように感じられるようになってきた。

 

 小人の魔法だろうか。分からない。

 それでも僕という存在が全体の中で一つに溶けこんでいた。

 

 こんなに満たされているならもう『いなくていい人』でもいいと思えていた。

 これまでの惨めな自分はもうどこかに消え去っていた。

 

 

 橋を渡り終えた所で小人達は僕を囲み、一斉に僕を見つめた。

 そして緑の小人テトが前に出て話し始めた。

 

「キョウはありがとうございます。ボクたちはツキのウラガワにカエります。ギンのチョウがそのミチシルベなのです。チョウはひとしきりソラをトビマワッてからツキにカエるシュウセイがあるのです」


 小人は月の住人だったのか。

 それならこの不思議な出来事の連続にも納得できる。

 

 僕はこの夢みたいな世界の中でも、意識は明晰だった。

 

「オオサマもイッショにキますか?でもそのバアイは…」

「死ぬ、だろ?」


 テトは驚いた顔をして、そのあと小さく頷いた。

 この一連の出来事で僕は何となく相手の考えている事が分かるようになっていた。


「死を選べば君たちと一緒に月の裏側に行けるのか。それも悪くない。

 でも僕は帰るよ。そしてもう少し生きてみる」

「ワかりました。それではまたアいましょう」


 テトは丁重にお辞儀をした。


「バイバイ!」


 ミミやネリも手を振ってくれた。

 他の小人が魔法を唱えると、無数の白く小さな兎がやってきた。

 

 小人たちは次々とそれに乗り、銀の蝶を追いかけるように月に帰っていった。

 僕はその姿を、空が元の暗闇に戻るまで眺めていた。

 

 

 

 

 彼らとの関係はその時だけのものだったけど、それで良かったのかもしれない。

 

 僕の気分は晴れやかだった。


 僕は小人たちと過ごした一夜で、ガラリと変わった。

 もう人前で意見する事なんて容易い事だと思っていたし、それを試してもみたかった。

 しかし生憎もっとやりたい事があったので、僕はその日に会社へ辞表を出した。

 

 そして東南アジア行きのチケットを買って、安いドミトリーまで予約してしまったのだ。

 

 『いなくていい』のだから、『どこに行ったっていい』。

 

 言っている事は昨日と同じだが、意味が違っていた。

 死んだら死んだで月の裏側にでも遊びに行けばいい、とさえ思っていた。

 

 もっと自由になれるんだ。自分を主張してもいいんだ。気持ちがあれば言葉なんて通じなくたっていいんだ。

 僕は一人でももっとやれる。

 そんな想いが僕の気持ちを外に向けさせたのだろう。

 

 これからどうなるかは分からない。

 でも僕も彼らのように『幸せな場所』を探していきたい。

 

 そう思えるようになっていた。

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