第74話 1年越しの追撃
「いや~食べた食べた」
「食べ過ぎだ馬鹿」
「えへへ~……」
えへへ~、じゃないんだよ。
無事? に学院祭は終了した。その後、クレアに誘われて俺の二冠達成記念として祝勝会のようなものを行ったのだが、それが間違いだった。
結果、今日だけの食事にのみ使った金額の合計は20万z超え、つまりは金貨2枚と少しだ。少し硬いが安い庶民的な例のパンが一つ2z、銅貨2枚のこの世界で金貨2枚も食事に使う奴がどこにいる。
横にいた。
流石に一つの店に留まってしまうとクレアが店の備蓄を全て食い尽くしてしまうかもしれないので、はしごした。そして行く先々の店も有名な店だったり、品質の良いものを出す店だったりで値段が割高だったのも否めない、それでも銀貨数枚なんだ、普通ならな。どこぞの漫画のような食べ方はしないが、それでもニコニコと笑顔を作りながら美味しそうに出された料理を頬張っていく姿には戦慄した。
結果が、金貨2枚。
さらには――
「今日の晩御飯楽しみだなー」
これだ。お前の胃袋もしかして異次元にでもつながっているんじゃないのか? 外見は殆ど変化していない、普段通りの姿だ、妊婦みたいに腹が盛り上がったりもしてない。なんでだよ。
「まだ食うつもりか、さっきあれだけ食べたのに」
「食事は別腹だよ?」
「全部別腹じゃねぇか」
「私はアリスの方が心配だよ、全然食べてなかったし……」
「お前が食いすぎなだけだ」
俺が食べたのは、始めに行った店で頼んだ果物の果汁やらなんやらを使った果実水だとかいうやつだけだ、それからは殆どクレアの食べる姿を見て過ごした、まぁあまり悪い気分じゃなかったから良かったんだが、それに今日使った金はクレアが冒険者として稼いだものだからな、Cランク冒険者――ランクは今年の夏に上がった――は伊達じゃないぞ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やっぱりおじさんの作る料理は美味しいね!」
「お前マジか」
ハムハムと美味しそうにおっちゃんの料理を食べていくクレア、その量はわりと多め、育ち盛りの野球部男子中学生じゃないんだぞ。その栄養どこにいってんだよ……
「相変わらず美味しそうに食べるわね、クレアは」
「そうだな」
俺の向かいの席に座るジェニーがクレアの食べっぷりを見てそういった。ジェニーの顔は微笑ましいものをみるような顔だが、俺の目は死んでいる。
「ふぅ……それでアリス、一つ聞きたいことがあるのだけれど」
「何かな、ジェニーくん」
「その言葉遣い止めなさい。……まぁいろいろと、あの剣術についても聞きたいのだけれど……まずはクレアとの決勝でやってみせたアレについて教えてもらおうかしら」
「アレ?」
「クレアが使った【ラ・クーア】を小石一つで相殺させたでしょ」
あぁ……アレか。
「アレは見た通り、小石をクレアにぶつけただけだ」
「そんなわけ無いじゃない、【ラ・クーア】は中級魔法を防ぐほど頑丈なのよ? 小石一つでどうにかなるものじゃないわ」
「小石を投げるときに回転をかけるんだ、そうすることによって水の抵抗を――」
「いいわよ、もう……」
「すまんな」
俺がタネを教える気がないのが分かったのか、ジェニーは少し拗ねたようにそっぽを向いてしまった。流石に魔眼がどうとか、魔法の核がどうとかいう訳にはいかないからな、魔法の核なんて今の時代には存在自体が知られていなさそうだし。
「あ、そうだ。ちょっと思い出したんだけど……決勝でいきなり【アーリーセイズ】が反応しなくなったんだけど、アリスとジェニーは何か知らない?」
既に半分以上も食事を終えているクレアがふと思い出したようにそういった。
「えっ?」
「え? なになに?」
クレアの反応を見て確信を持ったのか、ジェニーは額に手を当てて溜め息をついた。
「クレア、あなたねぇ……【アーリーセイズ】にはいろいろと制限があるの知らないの?」
「そんなのあったの!?」
驚くクレアの反応を見てジェニーは再度息を吐いた、そしてチラッと俺に視線を向ける、この先は俺が説明しろと言うことか。
「【アーリーセイズ】は擬似的な無詠唱を可能にする魔法だ、そんな魔法に制限がない訳ないだろう? 大きい欠点は2つ。まず1つは【アーリーセイズ】の効果時間の短さだ」
「短いの? 一応ずっと発動はしているみたいだったけど?」
「それは2つめの欠点だな。【アーリーセイズ】は発動してから、大体1分から2分程しかその効果が続かないんだよ。二つ目の欠点はクレアが言ったようにずっと発動しているということだ、【アーリーセイズ】は効果時間こそ短いものの発動し続ける時間に関しては他の補助魔法と同じくらいだ、およそ1時間、しかもその間は重ねて【アーリーセイズ】は使えないし、一部の補助魔法もかからなくなる。これが主な欠点だな」
「へぇ……知らなかった……」
「あなた……自分が使う魔法のことをよく知らないで使ってたの?」
「ちなみにだが……クレア、俺はきちんと伝えたぞ?」
「えっ!? ……そ、そうだっけ……?」
ちなみにだが、クレアに【アーリーセイズ】を教えたのは俺だ。俺が図書館に入り浸っているときに暇を持て余してクレアに覚えさせていた、クレアも乗り気だったしな、その時に俺は注意事項はきちんと伝えた、クレアは「大丈夫だよ!」と元気よくいっていた、図書館内でな、おかげで怒られた。しかも大丈夫じゃないじゃないか。
「それと……あなたの魔力量は一体どうなってるのよ」
「えっ!?」
「あんなに上級魔法をポンポンと放つなんて……並の術者じゃ無理よ?」
「え、えぇと……それはですねぇ……」
困ったように口笛を吹きながらそっぽを向いてみるがジェニーは視線を逸らさない。もうダメだと思ったのかクレアはチラチラと助けを求めるように俺のほうを見てきた、それをみたジェニーが俺も知っているのかと勘づいて今度は俺の方を向いてきた。
「アリス……あなた、何か知っているのかしら?」
「……そう、だな。あの時、クレアは最新鋭の魔法武具を使ってたんだ」
「最新の魔法武具……?」
「そう、効率が半端なくてな……上級魔法くらいならポンポン打てる」
「そ、そんなもの聞いたこと無いわよ!?」
「そりゃそうだ、最新だからな、しかも今年の夏に運良く出会った謎の職人に運良くもらったものだ、二つと同じものはないだろう。運が良かったんだ」
「そ、そうなの……?」
「そうなんだ」
「そ、そうなの……」
良し、なんとか誤魔化せ――
「でも、何時か本当のことを言ってもらうわよ」
ダメでした。流石ジェニー、鋭い。
「さ、さてと……そろそろ部屋に戻るか」
「あ、私も付いてくー」
ジェニーからの視線に逃れる俺とクレアは食器を返しに食堂のカウンターに向かった。
カウンターの奥にはガタイの良い渋い感じのおっちゃんが背中を向けて食器をわっしゃわっしゃと洗っていた。
「今日も美味しかったです!」
「右に同じく」
俺とクレアがカウンターに食器を返してそう言うと、おっちゃんは右腕をグッと上げてアピールしてきた。
そしてそのまま食堂を出ようとした時に、異変が起きた。
「あ?」
扉がグニャっとよじれたように見える、目眩か? 今日は久しぶりに動いたからな、その疲れでも来てるのか……?
目眩もすぐに治るだろうと思い、もう一歩踏み出したが、足は思うように動かず、下手に片足をあげたためにバランスを崩し、俺は床に倒れ込んだ。
「……ッ!……ア…ス!」
やべぇ、何も聞こえねぇ。なんだこれ、風邪か? いや、何度か重症化して死にそうになったこともあったがここまで酷いことはなかった。
それに全身が痛い、鉄の味がするということは吐血でもしてるのか? 普通の病なら前兆やらなにやらがあるはずだからな、いきなりこんなになるまで重症化するなんて有り得ない。
頭痛もするなか、俺が意識を奮い立たせてこの状況について思考を繰り広げた。そして思い当たる点が見つかった。
まてよ……? 普通の病なら有り得ない……冥界か……!? いや、確かに冥界には行った……というか連れ去られて去年行く羽目になったが冥界にもここまで潜伏期間が長い病なんてないはずだぞ、新種か?
まだ何かあるはずだ、冥界で……どこでこんなものを貰ってきた……!?
そこで俺は主に悪魔などが使うに“上魔力”ついて一つ、思い出した。
俺が昔、疑問に思ったことだ。“上魔力”とはなんなのか、“上魔力”を使えば身体能力を強化できるが、普通のオーラならともかく“ゼクトオーラ”と比べるとその性能の差は歴然だ、しかし“上魔力”と“ゼクトオーラ”は同等の力関係にあると言われている。それに魔力は“上魔力”が劣化したものだとも言われている、“上魔力”で魔法は使えないのか?
そんな疑問だったが、その疑問に答えた魔王が居た。そいつが言うには「悪魔には、各々が一つかはたまた複数か……特殊な固有の魔法が使える。それに必要なのが“上魔力”だ、身体能力の強化は単なる副産物に過ぎん」とのことだ。
冥界で、一人だけ目の前で“上魔力”を使った悪魔がいた。
全身が赤色の、高笑いしながら登場した2本ヅノのゴブリンのような悪魔、あいつだけだ。
おそらく、あいつの固有の魔法が、ウイルスかなにかを作り出す魔法だったのだろう……もう、それくらいしか考えられない。
誰かに抱えられるような感触を感じたあと、俺は意識を失った。
い つ も の
どうも作者です。やっぱりこれしか展開が思いつきませんでした!
いつぞやに8月に終わるとか言ってましたが終わりませんですたね、もう9月ですよ……
しかし! 今回から遂に最終章、主人公がチートをほぼ完全に取り戻します。そしていくつかのフラグを半強制的に拾っていきます!お楽しみにィ!
次回更新は4日以内です!