第71話 予選突破 準決勝、VSジェニー
なんとかって名前の貴族から挑戦状を受けてから数週間、遂に今日から学院祭の“マルチ”が始まる。
あの時、勢い余って殺気を貴族に当ててしまったが、それ以外の人間に当てることは無かったため、一応は相手側が暴言を吐いてそれに俺が怒ったというようになっている。殺気だけであんな状態になるなんて普通は思わないからな。
そのせいか、俺が睨みつけただけで貴族が粗相を起こしただの気絶しただの、学院内で俺の超人説が上がってきている。まぁ普通の貴族ならこんな和やかな噂にはならず、結果がどうであれ俺の方に非難が飛んできたりするのだとレイザックは言っていたが、そこはアイツ、かなり嫌われているらしく、特に女生徒からは女の敵認定を受けていたらしいので表立って言われないが、逆に感謝されているらしい。
結果、俺は“マルチ”と“オール”に出ることになったが、まぁいいか。クレアは変わらずに“オール”のみだ、あんなことを言われたクレアだが、嫌な顔をして「うぇ」というリアクションを一回したのみでその後は忘れ去っているようだった。
一応俺がやりたくてやるわけだが、クレアが今日までアレのことを忘れていたことを知ったときはどこかやるせない気持ちになった。
そんなことをレイザックに言ったら、「アリス……」と、残念そうな目で見られた。
さて、そんな話はさておき、今から魔法科の“マルチ”の予選一回戦だ、相手は高等部2年の男子生徒だった。
〈勝者ァ! アリス・エステリア選手ゥゥゥ!〉
圧勝だったな。
剣術科だと、特別製の競技用の武器を使って試合をするのだが、魔法科と同じく身体に3回攻撃が通ると負けなので、武器で弾いたり受け流したりと、割とそれっぽい試合が観れるのだが、魔法科の試合だと、どうしても魔法の打ち合いになるので味気ないというか、地味だ。
この試合を俺がひたすらに魔法を連射していただけだったし、何故避けないのか不思議になるくらいに全く避けないから試合時間は数分だったな。それで会場が盛り上がるんだから凄いよなぁ……
2回戦、3回戦、日を跨いで4回戦と続いて、8回戦の予選決勝まで難なく圧勝した。
まぁ流石に全部の試合で初戦のような魔法の連射が効くわけではなかったが、所詮は実戦経験がない子供の試合、本気を出せば一瞬で終わってしまうので、それなりに強いと噂されていた生徒と試合をするときはなるべく相手や観客に気づかれないように手を抜いて、それなりに苦戦したように戦っていた。そういえば去年もこんなことやってたっけ。
予選が終わったので決勝トーナメント表が張り出された。基本は準決勝がAブロックとBブロック、CブロックとDブロックの予選優勝者同士が試合をする。俺は今回はAブロックだから対戦相手はBブロックだな。
そして対戦相手の名前の欄には“ジェニー・ノルキア”の文字が書かれていた。
ジェニーか、確か学院内では有名だったよな、魔法が上手いって。去年の学院祭でも高成績を残してるし、それなりの実力は持っているのだろう、まぁ勝つがな。
それにジェニーとやり合うのは今回が初めてだ、ワクワクしてないといえば嘘になるな。
落ち着いた雰囲気のアナウンスを聞きながら、俺は準決勝の場に上がった。少し先には不敵な笑みをうかべるジェニーが立っている、俺は苦笑いだが。
「アリス、今日はよろしく頼むわね」
「お手柔らかに……」
「ふふふ……それはこっちの台詞よ」
そして、試合の開始を告げられた。
「【ウィンドバレット】! 【ウィンドスピア】!」
開始早々にジェニーが繰り出してきたのは中級風魔法の【ウィンドバレット】と同じく【ウィンドスピア】、【ウィンドバレット】は少し小さい【ウィンドアロー】を大量にバラまく魔法だ、【ウィンドスピア】は風の槍を飛ばす魔法だ。
対する俺は石の壁を出現させる下級土魔法【ストーンウォール】を使って【ウィンドバレット】を防ぐ、【ウィンドバレット】の方が【ウィンドスピア】よりも速度が速い為、まず【ストーンウォール】に【ウィンドバレット】が命中するが、さすがにロクに魔力も込めずに作った石の壁はもろいのか、風の槍が到達する前にボロボロと崩れてしまった。
石の壁が崩れた後ろからは【ウィンドスピア】が迫ってきているので、まだ石の壁に当たらず消滅していない風の弾に当たらないように注意しながら俺はそれを避ける。
「へぇ、やるわね」
「どうも」
「ふふ、ちょっとこれは本気を出さないとキツイかもしれないわね……」
そう言うとジェニーは詠唱を始める、多くの魔法を詠唱破棄や詠唱省略できるジェニーが、今なお詠唱を省略できない魔法か。おそらくは上級魔法だろう、この学院で習う魔法で一番難しいのが上級魔法だ、特徴的な部分は、中級の数倍はある呪文の長さと消費魔力の多さだな。ルーンを理解してないと詠唱は省略できないからな、ジェニーも出来ないのは頷ける。
ちなみに詠唱中に攻撃しろよ、という意見は受け付けない。こういう時には待つのが礼儀なんだそうだ、それかこちらも詠唱するかどっちか、俺的には攻撃した方がいいと思うのだが……まぁ試合だし仕方がないか。
「―――風よ、舞え! 【ウィンドストーム】!」
そしてジェニーが使った魔法はやはり上級魔法、上級風魔法【ウィンドストーム】、嵐のように吹き荒れる無数の風の刃を作り出す魔法だ。さすがに上級レベルになってくると、古代魔法のちょっと魔力を込めた下位魔法程の威力は出てくる、今は威力よりも手数の方が厄介だが。
オーラで吹き飛ばしたり、同じ様な魔法をぶつけて相殺したほうが早くて楽に済むが、それをこの場でする訳にもいかないのでここは工夫してみることにする。
【ウィンドストーム】は複数の風の刃を一定の範囲内で飛ばす魔法だが、その一つ一つを制御できるわけじゃない。ある程度は使用者の意思で操ることが出来るが、それは場所の指定のようなものだけだ、だからさっきから俺のところに飛んでくる風の刃も避けるまでもなく外れていくものが多い、それでもほとんどが俺を狙って確実に当たってくるのはジェニーの才能なのだろう、もし1000年前のあの時代に生まれていたら世界に名を馳せる魔法使いになっていたかもしれないな。
まぁつまり、【ウィンドストーム】を使う上で一番肝心なのが場所の指定だ、今の時代、オーラや魔力を感知する人間は少ない、というわけでジェニーの視界さえ奪ってしまえばあとはなんとかなる。
「【ストーンウォール】」
「あら、視界を奪おうって作戦なのかしら!」
ジェニーも自分の使っている魔法のことなので、すぐさま俺が出した石の壁を風の刃で壊す、先ほどより魔力は込めたが所詮は今の劣化した魔法の下級、すぐにボロボロになり、崩れ去る。
しかし――
「なっ!?」
誰も【ストーンウォール】で作り出す石の壁が一つとは言ってないんだよなぁ。今ジェニーの周りには、まるで囲むように、すこしずつ隙間を開けて石の壁が大量に立っている、その数は20を越えるだろうか、【ストーンウォール】自体は簡単なものなので、少し手馴れた者ならばこれくらいの所業は誰にでも出来るだろう。【ストーンウォール】で作られる石の壁自体がそれほど耐久力が高くないのでこんなことをする人はあまりいないと思うが、要は考えようだ。
【ウィンドストーム】の欠点は場所の指定ではなく、一度発動させると解除するまで動けなくなること、逆に動くと強制的に魔法が解除されてしまう。視界を奪うにはこの方法がもってこいだったわけだ。
「くっ!」
ジェニーは焦ったように石の壁を壊していくが、壊した先から俺が追加していくのでキリがない。
そして俺は周囲を走りながら徐々に中心のジェニーのところまで走っていく、石の壁に攻撃が集中するといっても風の刃はジェニーの周囲をグルグルと旋回しているため、こちらにも一応流れ弾は飛んでくる。
流れ弾を避けながら近づき、遂にジェニーの背中をとる。
「【ファイヤーアロー】」
「きゃぁ!?」
やっとこさ一撃を入れることができ、ジェニーの腕輪の珠が……あれ、珠ないじゃん。
あぁー……そういえば今年から決勝から腕輪の仕様が変わるんだっけ? 予選までは3本先取、決勝からは例の決闘で使われていたものと同じもので、ある一定量以上のダメージを受けると行動不能に陥るらしい。腕輪には今は珠ではなく、リング状の光るバー的なものが取り付けられている、ジェニーの腕輪をみると、丁度そのバーが少し減っていることが確認できた、しかも微々たる量しか減っていない、下級魔法では与えられるダメージも少ないということか。せめて中級魔法で攻撃しとけば良かったな。
「【ファイヤースピア】」
「【ウィンドシールド】!」
一度石の壁に隠れ、また別の角度から【ファイヤースピア】を放つが、既にジェニーは【ウィンドストーム】を解除し、開いた両手で【ウィンドウォール】の上位版にあたる【ウィンドシールド】を発動させて炎の槍を阻んだ。
しかし……この腕輪、面倒だな。ジェニーはそこらの凡人とは少し訳が違う、頭の回転は早いし、この時代では既に高位の魔法使いだろう。なるべく中等部で習っていない魔法を使わないようにしている俺では少々分が悪いか。
いや待てよ? そういえばジェニーもこの学院では習わないような魔法を使うよな、確か。それに下級中級あたりの魔法なら、魔導書から魔法を使えるようになる生徒もそれなりにいることも聞いたことがあるぞ……
いや、もしダメでも……頑張りましたでどうにかなるだろう。もしくは、あまり使いたくないが、“銀騎士”とかいう異名が付けられるくらいだし、なんとかなるかもしれない。というか、正直言って手加減するの面倒になってきたんだよな。
「ジェニー、ちょっと本気出していい?」
「さっきまでは本気じゃなかったっていうの?」
「まぁ、そうなるな」
「ふふふ、いいわ。なら、私の本気も見せてあげる!」
「【ファイヤーソード】」
「【アーリーセイズ】!」
俺の両手から刃渡り1・5メートル程の炎の剣が出現し、ジェニーの靴には風が纏った。【アーリーセイズ】か、確か魔法の詠唱を記憶させて、限定的なほぼ無詠唱と同じ状態で魔法が使えるようになる中級補助魔法だったっけ? 確か学院では習わない魔法だな。俺が使った【ファイヤーソード】は任意の場所から炎の剣を出す魔法だ、一応手で持てる、これも学院では習わない魔法だな。
「あら、【ファイヤーソード】? そんなものどうするつもり?」
「知ってるのか」
「えぇ、剣を扱う兵士が剣が折れた非常用に使う魔法よね。でも魔法科では近接戦闘なんてロクに教わらないから、その魔法も教わらない訳なんだけど」
「流石ジェニー、博識だな」
「一応中級までの魔導書なら一通り見てるから知ってただけよ。でもアリス、分かってるの?」
「何がだ?」
「魔法使いの長所は長距離の射程なのよ? そんなもの魔法使いの長所を潰す魔法でしかないのよ」
「それはやってみりゃ分かるさ」
「そう……でも手加減はしないわよ」
そういうと、ジェニーはボソボソと魔法を詠唱する。俺は取り敢えずその時間は待ってあげた。
そしてジェニーが詠唱を完了させると、ジェニーの右手が光った。
「行くわよ?」
「来いよ」
俺がそういうと、ジェニーは笑みを浮かべて右手をこちらに向ける。そして次の瞬間には、俺の目の前には大量の風の槍があった。
「終わりよ」
なるほどな、さっき詠唱してたのは【ウィンドスピア】か。
突然だが、【ファイヤーソード】は魔法だ、魔法を剣で斬るには、オーラを纏わせないといけないのだが、魔法と魔法はお互いに干渉し合う、取り敢えず何が言いたいかというと、この炎の剣は魔法に触れられるということだ。
「う……うそ……!」
「……よし」
避けられるものは避けて、危ないものは少し軌道をズラすだけでどうにかなる。しかし、俺の周囲には大量の風の槍のお陰で凸凹になってしまった。
俺は驚愕で顔が染まっているジェニーに右手の剣を向けた。
「さて、次はこっちの番だな」
〈勝者!アリス・エステリア選手!〉
会場の歓声はいままでの試合の中で一番凄かった。
そして俺は無事ジェニーに勝利し、決勝に進むことが決まった。
どうもみなさん、戦闘シーン描くのくっそ下手くそな作者です。
あれですね、戦闘シーンやっぱむずいですね、上手く描ける人尊敬します。
どうしても短くなっちゃうんですよね、長くなってくると自分から切るんですけどね……
あ^~日常シーン書きたいんじゃ^~
次回は4日後、早く上がれば3日後にでも!