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本気を出さない勇者さま  作者: 霊雨
第6章
78/90

第70話 そして秋

最後の方が三人称になってます

 長期休暇は終わった。

 休暇中の話だと? そうだな、北の方に行って適当に依頼受けたり特産品食べたりしたくらいだな。そういえば北にいったときに偶然、ギルドの依頼掲示板にドラゴンを狩る依頼が張り出され、受注資格がB-ランク以上だったので取り敢えずドラゴンを狩ったのが今回の長期休暇のハイライト。依頼対象だったドラゴンはレッサードラゴンと呼ばれる、ドラゴンの中でも下位にあたる種でそれほど強くない、それでもB+ランクの魔物なのだそうだが、どうやら普段は山や森の奥深くに生息しているらしいのだが、1匹が下に降りてきて生態系を狂わせているらしく、それを問題視したギルドが依頼を張り出したらしい。ちなみに報酬は金貨100枚だった、大分奮発していたな。

 生態系を狂わせているなら仕方ないね、というわけでレッサードラゴンの討伐依頼を受けた。倒したドラゴンは俺が討伐に行く前に借りていた荷台が通常とは違う、広く、大きな板で、そこにドラゴンを括りつけて帰ってきた訳なのだが、なにせ依頼を受けた翌日にドラゴンを持って帰ってきたため、俺の異名が“竜殺しの黒剣”というものに変わった。

 しかもその偉業? が吟遊詩人らその他多数によって勝手に広まっているらしく、いろいろと他にも依頼を受けていたせいもあったのか俺のランクがノクタスの街に帰る直前に、遂にA-ランクになった。なんてこったい。

 いまや“竜殺しの黒剣”レイク・ドレヴィアといえば、このティリス王国で最も旬の冒険者、とも言われているらしい。迷惑なこった。




 まぁそれは兎も角、長期休暇も終わったことで、今日からはまた学院に通うことになる。そういえば今年で俺とクレアは中等部を卒業するわけだが、高等部はどうしようか、クレアは兎も角俺が行く必要性が全く感じられない、クレアが行くなら俺も行くつもりだが。

 既に慣れてしまった周囲からの視線を浴びつつ学園までの道のりを歩いていると、毎度の如くレイザック、マリアと合流した。


「チッ」

「え、なんで俺舌打ちされたの?」


 レイザックはまだ成長期だった。180センチは超えているだろうその長身、くっ……俺なんてまだ160センチもないんだぞ、クレアも身長伸びて結局また離されるし、なんだこれ。レイザックの風貌は垢が抜け、すっきりとしたイケメンに変わっている、今後は大人の女性からも纏わりつかれるのだろう。


 授業が始まり、恒例の担任のジーナ先生から学院祭のお知らせ、今回は中等部最後の学院祭だ、そのせいかクラスの熱気は例年よりも凄い。


「ねぇアリス、今年は一緒に“オール”に出ない?」


 俺は今年はどれに出場しようかよ考えていると、横に座るクレアからそんな提案をされた。


「“オール”? なんでそんなとこに、去年と同じことするなら“ソロ”で十分だろ」


 “オール”は全学年、剣術科魔法科合同で行う最大規模の競技だ。同じ学科の中等部のみの“ソロ”とは違い、“オール”にはアインやジェニー、シイラやテオ、そしてリュークもシュル出場してくる可能性は極めて高い。

 同じ魔法科のジェニーや、他と比べてそれほど技術が突出しいる訳ではないシイラとは違い、アイン、テオ、特にリュークの3人と当たった場合、古代魔法を使えないクレアは負ける可能性も出てくる。リュークに限ってはそろそろ魔法を切りそうに思えてくるほど剣の技術は桁違いだ、あくまで学院内での話だが。


「んー……やっぱり?」


 俺が簡潔に説明するとクレアは考えたような素振りをして、最終的には“オール”に出場することに決めたらしい。


「私もいまどれくらいの位置にいるか知りたいしね、アリスとも戦いけど……リュークたち剣術科のみんなとも一度戦ってみたいんだよね」

「ま、お前がそういうなら俺は止めねぇけどよ、キツイと思うぜ」

「やっぱりそうかな?」

「一概には言えないけどな、そもそもお前は近接戦闘の心得が無いし、剣士とどうやって戦えば良いかも知らないだろ?」

「そういえば……でもアリスならなんとかできるんじゃないの?」

「俺かよ……まぁ出来ないこともないが……ジェニーかシイラにでも聞いとけ」

「えー」


 俺の場合は剣を持ってるか、体術でどうにかするかだからな、教えたところでどうにも出来ないだろう。ジェニーなら剣術科の生徒と戦ったこともあるから割と重要なことが聞けるだろうし、シイラは教えてくれるかどうか知らないが、もしかしたら剣術科の傾向とか聞き出せるかもしれないからな。


「ちょっとくらいなら教えてやるよ、役に立つかどうかはしらないけどな」


 口を尖らせるクレアに見かねて、ボソッとそう呟くとクレアの表情がパァっと明るくなり、勢い良く抱きついてきた。


「さっすがアリス!」


 そのままグリグリと頬を押し付けてくるクレアに溜め息を付きながら、俺はこの平和な時間を満喫していた。




「クレアさんって大胆ですよね、皆さんの前であんなこと……」


 帰り道――といってもまだ学院の敷地内だが――にマリアが唐突にそう言いだした。


「今日も抱きしめていらっしゃいましたし……私なら絶対出来ないですっ……」


 頬を染めながらそう言うマリア。どうやらクレアの俺に対する行動に関することらしい。


「そうかな? 普通だよこんなの、まだ軽いくらいだよ?」

「そっ、そうなんですか?」

「そんなこと言って、マリアも私と同じようなことしてるんじゃないの?」

「た、例えばどんなことですか?」

「えっ!? そ、それは……匂いを、嗅いだりとか?」


 いきなり何を言い出すんだコイツは。見ろ、マリア顔真っ赤じゃないか。いや……クレアも真っ赤だこれ。


「なんでお前まで顔赤いんだよ、俺の前では嬉々としてやってのけるくせに」

「そっ、それはアリスだからだよ……!」

「わっ、私はそんなこと……!」

「マリア、間に受けなくていいから」


 真っ赤になって否定するマリアに、俺はそう言葉をかける。素直だなぁ、この娘。


「というか、クレアが大胆とか言うマリアも基本積極的だなーとは思うんだけどな」

「?」


 俺の言葉にマリアは意味がわからないという風に頭の上に「?」を浮かばせながら首を傾げた。


「いや、だって今もレイザックと腕組んで歩いてるじゃん?」

「?」

「いやそこはその反応可笑しいだろ、というかレイザックはなんでさっきから黙ってるんだよ」

「いやー、入る余地が無くてさ」

「それで、マリアに腕組まれてる張本人はなにか知ってるのか?」

「あぁー……マリアはこれが素なんだよ、数年くらい前からずっとこんなだし、特に思うところは無いんだろうね」


「まぁそれを言うなら俺もだけどね」とレイザックは付け加える。素なのかマリアお前……レイザックとものすごい笑顔で腕組んだり、食堂で「あーん」とかものすごい笑顔でしたり、レイザックの隣は私だというようにいつもニコニコとレイザックの隣に座るのが素なのかお前……やるな。


「えっ、えっ?」


 マリアはレイザックの言葉にも意味がわからないというふうにあたふたとして慌てている、が腕は外さないんだな。


「マリア? 腕を組んであるくのは恋人同士がすることなんだよ?」

「っ……!」


「マジでか」みたいな顔をするマリア、そして一瞬の内に蒸気が出るんじゃないかという程顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。それでも組んでる腕は外さない。ブレないな。


「……クレア?」


 マリアがうつむいたあと、そっと俺の腕に、若干恥ずかしそうにしたクレアが自分の腕を絡ませてきた。チラチラと俺の方を確認するように腕を絡ませてくるクレアに、俺は一つ呆れたように息を吐いて俺からクレアと腕を組んだ。その時にクレアはビックリしたのか一瞬ビクッと身体を跳ねさせて、俺のほうを向いてきた。


「あんなことは頬も染めずにやるくせに、こんなことが恥ずかしいのか?」


 俺がそう言うとクレアは怒ったように顔を背け、それに比例して組んでいる腕の力が強くなった。


「……」

「なんか言ったか?」

「っ!? な、なんでもないもん!」


「もん」てお前……




「貴様が……エステリアだな?」




 糖度高めの甘甘な雰囲気をぶち壊す声が俺たちの前から聴こえてきた。その声に、俺たちは全員反応してそちらを向く。

 そこに立っていたのは如何にも貴族、というような格好をした男子生徒、一応俺たちと同じ魔法科の中等部3年の生徒みたいだった。


「アリス……あれ、シシナンティ子爵の長男のアンディだよ」


 レイザックが俺の耳元で小さく相手の生徒の名前を教えてくれた。子爵家の長男か……まさに! って感じだな。凄い傲慢そうだ、実力もなさそう、まだ俺と同じクラスの貴族(笑)の方が上だろうな。


「覚えてない? 去年くらいだったかな、俺たちと同じクラスのテオラドル侯爵の長男と決闘をやった貴族だよ、あのときはとんだ茶番だったけどね」

「決闘は覚えてるが……相手の顔と名前はまったく知らんな」

「アリス……」


 そんな悲しそうな目で見るんじゃねぇよ……

 それよりも、そのシシなんとかって貴族はなんで俺を呼び止めたんだ? クラス間での決闘はすでに廃止になっているはずだし。


「貴様、今度の学院祭で“マルチ”に出場しろ!」


 なぜ命令口調なのか、それも腹が立つが、それからシシ……貴族は、俺が最も嫌いな言葉の1つを、ド直球で言ってきた。


「そこのクレア・フェイシスを賭けて勝負しろ!俺が勝ったらそいつは俺のモノ(・・)d――ひぃぃぃぃぃ!!!」


 貴族が言葉を最後までいうことは無かった。尻餅をつき、顔は恐怖に染まっている。

 俺は久しぶりに、キレた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 周囲の人間みんなが、彼の言った先ほどの言葉を不快に感じただろう。

 自分が言ったことが全てその通りになると思っている男、それがアンディ・シシナンティ、彼だった。詳しい生い立ちについては省くが、つまるところ、親に甘やかされてわがままに育った子供ということだ。

 アンディがクレア・フェイシスという女子生徒に目を付けたのはまだ中等部に入る前のことだった。誰にも囚われることのないその姿は彼の目にもそう移り、|アレ≪・・≫を俺の女にする、と身勝手なことを自分の中で決めたのだった。

 そして後は分かるとおもうが、中等部に入って横に立っていたのは自分ではなくアリスという訳の分からぬ男だった。嫉妬、怒り、様々な感情が渦巻いていたが、それでも自分は貴族、自分が望めばいつでも手に入る、という無根拠な自信から特に表立った行動をすることはなかった、のだが。

 年々変わるその姿に焦りを覚えた、自分の中では未だに無根拠な自信があったが、それよりも早く手に入れたいという願望のほうが強くなった、と同時に、自分にモノに手をつけ、恋人面をしているあの男を潰したいとも思った。アレの目の前であいつをボコボコにする、そしてアレは俺のモノになる、という超絶理論をアンディは立てたのだった。

 そして彼は、非合法なルートから、違法な薬物を取り寄せた。その薬物は、服用者の魔力や身体能力を底上げするという薬だった、無論副作用もあるが彼がそれを知ることはなかった、いや、知ろうともしなかったのだが。

 そして彼はこの薬物を手に入れたことで、今回の学院祭で優勝できると踏んだ、“ソロ”ではなく“マルチ”を選んだのは薬物を手に入れた余裕からなのだろうか、“オール”にしなかったのは賢かったと言えるだろう。

 しかし、アリスという人物に、彼女……いや、彼がもっとも嫌う言葉を言ってしまったことは、知らなかったとはいえ人生最大のミスを犯したと言えるだろう。


(ひぃぃぃぃィ! 殺される、殺される!)


 目の前には、“死”が迫っていた。

 アリスが放っていたのは、男だった時代の10年間で身につけてしまったというべき底なしの“殺気”、その強すぎる殺気は、慣れない人間ならば心臓があまりの恐怖に麻痺してしまうほどの濃密なものだった。

 かろうじて気絶する一歩手前というくらいに抑えられているその殺気は、アンディという人物に明確な“死”を連想させた。視界が真っ暗になった、恐怖以外の感情が考えられなくなった、身体に力が入らない、失禁してしまったがそれすらも気にはならない。呼吸もしづらく、涙と鼻水が止まらなかった。


「ひっ、ぁひっ」

「テメェ、いまなんつった?」


 殺気を放っている彼の声だけは、何故か鮮明に、脳裏に焼き付いた。一言一句逃してたまるかという、その言葉のなかから自分が助かる糸口を探すように。


「クレアをモノ扱いしたな?」

「はひぃっ!」

「クレアはやらんがお望み通り“マルチ”には出てやる、テメェも出ろ――」

「っ……!!」


 彼から投げかけれる言葉に返答しようとしたが声が出なかった為、必死に首を振った、そして彼は続けて。


「潰してやるから」


 そういった。

 殺気の密度が一瞬だけ段違いに濃くなり、息すらできなくなった。流石にすぐ殺気は先ほどをおなじくらいになり、息はかろうじて出来るようになったが……


(ああぁぁああぁぁアアァアアあああぁあ!!!!)


 彼が自分に投げかけた言葉に発狂した。競技に出たら“死ぬ”、出なくても“死ぬ”。実際には殺すつもりはまだ、無いのだが、アンディにはそういっているものだと感じられた。




 気づけば彼らは自分の前から居なくなっていた、途端に空気が軽くなり、胸いっぱいに息を吸い込んだ。周囲には誰もいない、そして自分の現在の無様な姿を確認することができ、浮かんできたのは恐怖ではなく……怒り(・・)だった。


(あの糞野郎がぁぁぁぁ!! 絶対許さねぇ!!)


 心の中にはまだ身勝手な、無根拠の自身があった。ここまでくれば逆に賞賛されてもいいのでは、とも思えてくる。

 そして彼はすぐさま家に帰り、違法な薬物の追加注文と、さらに付け加えて新たな商品を注文したのだった。

長期休暇なんてなかったんや^q^

今回は試験的に三人称を入れてみましたが、やっぱり難しいですね。その分書いてて楽しいんですけど。

戦闘シーンを一人称で描くのが苦手なのでこれからはところどころ三人称になるかもしれません。


次回は3、4日後…にできるのか…?

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