第64話 自覚と決意
今回ちょっと長いです
「なんだアリス……ぐす、私の顔に何か付いているか?」
俺は目の前で仁王立ちしている若干涙目の褐色銀髪幼女を見た。
バハムート、何だよな。元々白い肌が今は褐色なのは魔法で変えているからだろうが、以前は170後半の長身だったはずだ。今はすくなくとも俺よりは小さい。
「取り敢えず泣き止め」
「なっ、泣いてない!」
目をゴシゴシ擦りながら鼻をすする幼女。もともと子供っぽい――実年齢は億は軽く越してる――性格をしていたが、昔は姿が大人だったからな、レティスみたいに阿呆じゃなかったし、それなりに可愛げのある感じを受けたが、今はただの幼女だ。
「この女児が竜神なのか?」
自分の想像と大分違ったのか、隣に立つハーメルンがそう呟いた。
最強の竜である“竜神”バハムートと言えば、現界で生活していたにも拘らず冥界でもかなり有名だ。なんでも現界と冥界が創造されたときからずっとこの世界を見守っているらしい、俺はそんなふうには見えなかったが……まぁ俺もバハムートと初めて会ったときはボッコボコにされたからな、実力は確かだ。
「そうみたいだな、なんで幼女になっているかは知らないが」
「むぅ、それはアリスに掛けられた封印のせいだ」
「封印? あぁ、そういえばそんなの掛かってるって前言ってたな」
バハムートの知り合い? が俺に掛けたんだっけ。ゼクトオーラを使っても封印が壊れないところを見るとよほど頑丈なのか、それとも俺の知らないモノなのか。
「実はアリスの魔力量が増えるごとに異空間に掛かっていた封印が弱くなっていっててな」
「それで運良くサタンとの実験中に封印が解けたわけか」
「うむ、全部解けた訳じゃないがな、封印は弱くなったが私以外は抜けられないし、私もまだ本調子って訳じゃない」
俺の身体の中でバハムートの力を感知できるため、そう言われて調べてみると、今のバハムートは本来の実力の1割以下しか発揮できないらしい、それを言うなら俺もだが。
というか俺の封印で魔力量が関係してたのか? “倉庫”が突然使えるようになったこともそれが関係してるのか。
「魔力量が増えれば俺の封印が弱まるってことは、バハムートの魔力を借りて魔力量を増やせば封印が解けるんじゃないか?」
「うん? そうだな、一度試してみるか」
バハムートはそう言うと目を閉じた、そしてジワジワと俺は身体の中から魔力がみなぎってくるのを感じた。
そしてそのままバハムートが供給できる魔力量の現界に達しようとしたとき、俺の中で何かが壊れる音がした。
「ぐぁっ!?」
「アリス!?」
からの両目に激痛。
腕とかなら押さえて「ぐっ……封印が解ける……!」とかやれそうだと思ったが、目はダメだろ、押さえられないし。
俺は顔を掴むようにして手で押さえ込み、そのまま床にうずくまる。
少し経つとさっきまでの激痛がまるで嘘だったかのように消え、目を開くことができるようになった。
「どうした、アリス?」
目を開いて視界に入ってきた景色に俺は固まってしまった。バハムートはそんな俺を不思議な目で見つめていた。
俺の視界に映ったのは先ほどと同じサタンの城の客室、しかしその客室の所々には、光る霧の塊の様なものが見え、バハムートやハーメルンからも同じ様な霧が漏れ出している。光る霧の塊が見えた場所は、照明などの魔導具が使われている部分だ。
魔力が、見える。
つまり俺の魔眼の一つであり、初めて発現した魔眼でもある“魔力眼”がまた使えるようになっていた。
魔力眼、と言っても魔力が増えるような魔眼ではなく、魔力を“見る”ことができるようになる魔眼だ、しかも他の魔眼とは違い、限りなくコストが低く、今の俺の魔力量でも十分1日中発現させ続けられる程だ。まぁ魔力が見えるとウザったいことが多いし、感知もできるためあまり使わないが……
しかし魔力を感覚で感じ取ることは可能だが、その距離は人によって違うが限られているし、多少のタイムラグが出てきてしまう、しかしこの魔力眼はたとえ望遠鏡のようなもので遠くを見てもそれが現実のものである限り魔力は見えるし、タイムラグもまったくない、それに加えて魔力を感知する場合とは違い細かな部分まで見ることが出来るため、魔法の対抗手段もいろいろと増える。ただ、魔力眼を持っているからと必ずしも有効活用できるとは限らないのだが。
「あぁ……魔眼が、一つ戻ってきたな」
そう返しながら俺は魔眼を普通の眼に戻した。
「ふむぅ、異空間の封印が少しでも解ければと思ったが……どうやらダメみたいだ。もしかすれば一気に封印を解けるかもと思ったんだが」
「そう上手くはいかないだろ、魔眼が戻ってきただけでも十分だ」
それよりも、魔眼も全て封印されているのか。なぜ封印したし、確かに危険な魔眼も持っていたが魔力眼くらいは初めから使わせてくれてもいいんじゃないのか?
そんなことを考えているとガンガンと力強くノックがあり、返事を待つことなくその扉は無造作に開かれた。入ってきたのはサタンだ、どうやら調整が終わったらしい。
「んァ?んだそのガキは、お前ェこの短時間でどっかから悪魔のガキ攫ってきたのか?」
「そんな訳ないだろう」
地下室に向かう途中にサタンの言うガキがバハムートだということを言うと、突然冷や汗をかきはじめるサタンは眺めていてなかなかに楽しかった。
さてここは地下室、バハムートには残念だが少しの間“ホーム”に返ってもらうことにした。向こうに出たときに目撃されたらいろいろと面倒臭そうだしな。バハムートは帰す前に半泣きで近々もう一度召喚する約束をとりつけて帰っていった、それだけ寂しかったということだろう、申し訳ない。
サタンが作った門を作り出す魔導具は中々大きく、例えるなら初期のパソコンとかそんな感じだろうか、複雑そうで巨大な構造をしているようだが肝心の門はそれに比例しない小ささだ、俺よりも少し大きい程度、サタンなら絶対に入れない。人間の成人男性でも入れないかもしれない。
「しょォがねェだろ、元々これは試作機なんだからよ」
「1000年前もそんなこと言ってなかったか?」
「これはつい数年前に完成したんだが、それまでに30以上同じ様なモノを作ってる」
ひえ~、現界への門なんてものを作ろうなんて考えるのはサタンぐらいだからな、手探りの状態で始めたんだろう。他の冥界の学者の間では“不可能”と言われていたらしいが、サタン曰く「不可能を可能にするのが魔術工学だ」ということらしい。
どこかで聞いたような言葉だ、そのうち科学でも発展してすごい文明社会にでもなるんじゃないのか? そのときは多分サタンが第一人者だろうな、悪魔だけど。
「フン、こんなものを作って何が楽しいのか」
俺たちの会話についていけないのが寂しいのか、それともただ単にサタンのことが嫌いなだけなのか、ハーメルンは心底興味なさそうにそう言った。
「研究には成功と失敗が付き物だからな」
「良く分かってるじゃァねェか」
「魔術工学は知らんが魔法と魔術ならそういう経験があるからな」
ほとんど魔術だけどな。魔術は魔法から魔術式に改変する場合もかなり大変だし、一から新しい魔術式を組み立てる場合も干渉やらなんやらを考えて組み立てないといけないから難しい、その分魔法は使う言語の意味さえ分かれば割となんとかなるからな、別段難しくはない。
「私には良く分からんな」
「日頃の鍛錬みたいなものだ」
「なるほど分かり易いな」
「雑談をそれくらいにしておけ、そろそろ門を開くぞ」
「ん、分かった」
サタンに案内されるがまま、俺が門が開くという、鉄かなしかの枠が作ってあるとこまで移動する。その枠にはところどころに意味ありげなケーブルがつながっており、そのケーブルには魔術式が刻まれていた。
魔術式は俺の知らないもので、恐らくこの1000年の間にサタンが作ったものなのだろう。しかしケーブルか、魔力でも送ってんのかな? 電気が魔力に変わっただけに見える。ちなみにだが、まだこの世界では電機を魔法を使わずに人為的に作り出すことには成功していない、興味がないからだと思うが。基本的に魔法と魔導具で事足りるからな。
「さて、いくぞ」
サタンがそう言うと、俺は思考を切り替えて魔導具の方を向いた。
サタンが魔導具を作動させる金属の枠から何か黒い物体が溢れ出してきて、枠の中心を軸に平面的に周りながら中心に集まっていく。そしてそのまま黒い物体は溢れ続け、枠には窓ガラスがはまったように黒い物体の膜が出来た。
そして後ろでガチャン、となにかレバーを引くような音がしたかと思うと、黒い物体の膜の中心から広がるようにして、七色が入り混じったような穴が開いた。立体的だが膜自体は真っ平らだ、これが門だ、本来は冥界の数箇所にしか設置されていない現界へと通じる道。
「なんで【イヴィルハンド】みたいに冥界に連れ込む魔法はあるのに現界に連れ込む魔法はないんだろうな」
「わざわざ冥界の悪魔や魔獣を現界に連れて行く必要がないからじゃないのか?」
「ごもっとも」
ハーメルンに正論を返されて肩をすくめるような動作をしたあと、俺は門に踏み込む一歩手前で上半身を捻ってサタンとハーメルンのほうに振り返った。
「また来る、いつになるかは知らんが」
「次は俺の実験にしっかり付き合えるようになってから来てくれよ」
「善処する、ついでにお前もあの厄介な癖を治しておけよ」
「善処する」
「わ、私はいつでも準備は出来てるからな!」
「何のだよ……」
ひとまずの別れを終えて、今度こと俺は門の中に足を踏み入れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらくの浮遊感、そして突然の落下、腰強打、サタンゆるさん。
「っつ……」
俺は腰を抑えながらよろよろと立ち上がった。周囲を見回すとそこは見慣れた場所、孤児院の俺の部屋だった……ていうかなんか散らかってないか?
ベッドの上には服が無造作に置かれている、しかも服だけじゃなく下着もあった、下だ、下着だけに……寒いな、もうすぐ冬だもんな。
しかしなんだこれは、誰がこんなことを……クレアか、いや……クレアだな。触れてみると生暖かい、さっきまで使っていたのか……!
「なんでだよ……クレアは何がしたいんだよ……」
下着も暖かいんだけど……え、これクレアだよね……?
言いようのない寒気に襲われながらも生暖かい服の匂いを恐る恐る嗅いでみることにした……
クンクン……これはクレアの匂い……!
ずっと引っ付いてくるせいか、クレアの匂いだけは判断できるようになった、なってしまった俺。ちなみに下着からもクレアの匂いが、間違っても男の匂いがするものは一つもなかった、良かった。
「はぁ、取り敢えずあとで洗っとくか」
そう言いながら俺は“倉庫”に服をしまった。“倉庫”に服を溜める癖がついて何回か着る服がなくなったことがあるのは内緒だ。
「ん?」
廊下を歩く足音と気配……クレアか。
案の定クレアは俺の部屋の扉の前で止まった、俺は隠れてサプライズするでもなく、そのまま自然体でベッドに腰掛けた。
ガチャリという音とともにクレアが入ってくると、クレアは俺を見て自分を馬鹿にするようにうすら笑いを浮かべ、乾いた声を響かせた。そして俺も入ってきたクレアを見て眼を見開く。
一言で言うと悲惨だった。
鮮やか緑色の髪の毛はどこかその色が薄くなり、艶も無くなっていた。焦点を失って死んだような目をしており、その下には大きな隈が出来ている、肌もその若さからは考えらないほどカサカサなのが、俺でも分かる。まるで、死んだようだった。
「はは、は……遂に、ありすの幻覚まで見始めちゃった……でも、ありすの姿が見えるなら……それで、良いや……」
そう言いながらクレアは、少し歩いてから、俺の横に座ることもなく、フニャリと床に崩れ落ち、俗に言う女の子座りになった。
「うぅ……ぐすっ、ひっく……ありすぅ……おいてかないでよぉ……」
クレアはそう言いながら、大きな瞳から大粒の涙を流した。
「ねぇ……どこいっちゃったのぉ……もう、ひとりにしないでよ……ねぇ、ありす……ありす……ありす……ありす―――」
虚ろげに俺の名前を言い続けるクレア、言い続けている最中も、ずっと涙は流し続けていた。
何をどうすればこうなるのか、確かに少し前にコウクンまで飛ばされたときも、クレアは俺を心配してくれてあんな事になってしまったが、今回は訳が違う。
明らかにこれは依存してしまっている。
クレアの封印を俺が壊してしまったせいで、クレアはエルフ特有の心の色を見る魔眼を手に入れてしまった。エルフが人間を嫌う理由がいろいろあるが、その一番の理由は、心の色が濁りすぎて見るだけで吐き気を催しそうになるかららしい。俺がティリスの精霊の森で、初めてエルフの里に入ったときに村長やアーノルドさんが「目を見た」と言っていたのは実は心のことだったらしい、とはいってもまだ信用はしていないため、そのときは誤魔化していたらしい。
人間は心が濁りすぎて吐き気を催す、じゃあエルフに嫌われなかった俺はどうなのか。答えは濁っていなかった、まぁ最初はほとんどで、少しは濁っていたらしいのだが、獣人レベルだそうで、それくらいならなんの問題もないらしいが。
そしてあの事件、つまりは負の感情に支配されるようになってからは俺の心の色は黒く染まったらしい、しかしエルフから見てみれば濁りのない綺麗な心で、いつまででも見ていれる飽きない心なのだそうだ。心の色は見るエルフごとに違う、だから俺の心が赤に見えるエルフもいれば青に見えるエルフもいた、ほとんどはやっぱり黒だったが。それでも、そういう感想をエルフの里のみんなは述べた。
心の匂いを嗅ぎとる獣人がいたが、そいつは俺の心の匂いを嗅いで「面白い奴だ」と笑い。
心を読む能力がない、主に俺が出会った固有種の連中も、こぞって俺といると安心する、とか落ち着くだとか、そういった感想も述べた。
バハムートに昔言われたことがある。
「お前の心は純粋すぎる、たとえそれが負の感情だろうが関係ない。お前の、その混じりっけの無さ過ぎる心はもはや、一種の麻薬のような物だ」と。誰が麻薬だ。
とはいえ俺に依存している奴なんてそんなにいないだろう、いたとしても“落ち着く”程度のものだろう。
だがクレアは違った。ここに住むのはほとんどが人間だ、獣人もいるにはいるがそれもすくなく、さらにいえば、あんなもの獣人とは呼べない、血の薄い獣人だ。
つまり何が言いたいかというと、エルフの魔眼を持つクレアにとって、ここは単に地獄に過ぎない。いつもクレアが俺の方を向いて抱きついていたのは、俺以外の心を見ないためだったのだろう。
てっきり甘えているのかと思っていたが……俺はダメだな。
そして俺を失ったクレアは、モロに人間の濁った心を見たんだろう。そして……こうなったと。
いつまでも俺の名前を呟くクレアを見ているのを嫌なので、俺はベッドから立ち上がり、床に座り込むクレアとアイラインを重ねて、俯くその顔を両手でグイッと持ち上げて、俺と視線を合わせた。
「あ……れ?感触が……ははは……私、ここまで……」
「おいコラ、俺を亡霊みたいに言うな」
「ありすが……言いそうだなぁ……ぐす……ありすぅ」
あぁ、ダメだこいつ、早く何とかしないと。
さてどうするか、俺は華麗なトークとかは得意じゃない、よって実力行使。
俺はオーラを纏わずに、純粋な俺の貧弱な筋力だけで、クレアの頬を引っぱたく。
酷く乾いた音が部屋に鳴り響いた。
「っ!?」
「心の色が見えるのなら分かるだろう。よく見ろクレア、俺はここにいる」
俺の渾身のビンタで正気を取り戻したのか、クレアの目には光が戻っていた。
俺を見て、クレアは唇を噛み締めながら再度目に涙を貯めて、そして流れおちた。
「アリス……なの?」
震えるような声で、クレアは俺にそう聞いた。
「はいどうも、アリスさんです」
俺は笑って、そう答えた。
「アリスぅ……!」
「おっと待ったクレア、ちょっとやり直しだ、扉の前に立て」
「えっ!?」
感動の再開の途中だが、こいうのは俺は好きじゃないので、俺は再開のシーンからやり直すことにした。クレアは心ここにあらずといった感じで、俺になされるがまま扉の前にたった。
俺は部屋の真ん中辺りに移動して、手を広げて、こう言った。
「ただいま、クレア」
その言葉を聞いたクレアは、またボロボロと涙を流しながら、絞り出すように。
「おかえり、アリス」
そう言った。
俺に突進しながら。
「おいちょっとまっ、ぐはぁ!!」
それからベッドに倒れ込んだ俺は、そのまま俺に抱きついて泣き叫ぶクレアの頭を撫でながら、クレア落ち着くのを待ち続けた。
クレアが俺に依存していた。
でも俺は、クレアが俺に依存してくれて、ちょっとだけ嬉しかった。
嬉しく思ってしまった。
俺は守りきる、今度こそは、誰からも、たとえ神からでも。
でも、俺は―――
胸の奥が、ズキリと傷んだ気がした。
そして5章終了となります。
1つの章が終わるまで大体1ヶ月くらいかかってますね、こりゃ夏休み中に最終話はキツいかなぁ……
とはいえ、もう残り少ないです、多くてもあと2、3章なので、残りもお付き合いいただけるとありがたいです!
さて、次回更新は3日後か4日後になります!それでは!