第61話 テクニシャンズ・シープ
「ん……」
頭の頭痛が痛い……ベッドに寝てるのか俺は。
視界に映ったのはどこか見覚えのある天井、どこで見たんだっけ。確か――
「サタンの……城……?」
「……おうアリス、目ェ覚ましたか?」
「……ビックリさせんなよ」
俺が寝起きの低いテンションで呟いた言葉にそう返してきたのは、俺のベッドの隣りで椅子に座った青の肌の頭に二本の巻きヅノを携えた、若干羊っぽい顔をした体格の良い大男、サタンだった。
「状況説明頼む……」
「ん?あぁ。お前ェ、魔法使ってその反動かァ何かで気ィ失ったんだよ」
なるほど、取り敢えず【グングニル】を使ったせいで魔力が枯渇して、その後に【グングニル】を放った反動でそのまま意識を刈り取られたと……危ないな、俺の中では意識は残っている予定だったが。魔力が枯渇すると精神的にも疲弊するのは知っていたがまさか魔法の反動で気を失うとは……魔力が枯渇しているときは魔法は使わないように心に刻んでおくか。
「そうか……それよりも、良く俺だと分かったな」
「は?お前ェそれ本気で言ってんのか?」
サタンがその暑苦しい顔をベッドに横たわったままの俺の顔に近づけてくる。すると、フワッとサタンの身体からフローラルな香りが……
「お、ハーメルンのやつ無事に当てたのか」
「そォだよ、緊急警報が数百年ぶりにきたと思って現場まで行ってみりゃァまさかの“女帝”がいるわ、俺を見つけた瞬間思いっきりアレぶつけられるわ……それと、あんなもん持ってんのお前ェ以外いねェだろが」
「そういえばそうだったな」
俺がハーメルンに渡したアレは俗にいうカラーボールのようなものだ、カラーボールといっても特に染料は使ってないし、悪臭も放たない。俺がハーメルンに渡したものは、相手にぶつかると除菌消臭効果のある液体をぶちまけ、さらにおまけでフローラルな匂いを放つように細工を施したものだ。
実はサタンは、ドデカイ城を持っているのにも関わらず基本的には地下に篭って研究三昧の毎日を送っているのだが、なにぶんその日数が長く、最長で1ヶ月ほど出てこないときもあるらしい、まぁ出てきたからといって風呂に入る訳ではないが……
それにいくら悪魔とはいえ代謝がまったくない訳ではない、ほとんどない悪魔もいるが残念ながらサタンはその部類ではない。しかももともと体臭がキツイくせに長いあいだ身体もロクに洗わないんだ、想像してみてくれ、俺は吐きそうになった。例えるなら……いや、止めておこう……
まぁそれからというものの、仕返しとばかりにこのカラーボールを俺は毎回会うたびにサタンにぶつけ続けていた。サタンには不評だったが城に詰めている兵士には大変好評だった、さすがに主が臭いのは嫌なのだそうだ。
「ったくよォ、久々に身体洗うハメになっちまったぜ」
「相変わらず汚いな、お前は」
「言うことかいてそれかァ? イんだよ別に、俺の研究には匂いもクソも関係ありゃしねェんだからよォ」
サタンはやれやれというような妙にムカつくポーズをとったあと、自分に身体の匂いを嗅いで嫌そうな顔をした。なぜそうもその香りを嫌うのか、いい匂いじゃないか。
「それよりもだ、お前ェ何度あの結界壊すなってっつたら理解すんだよ!」
「おう、いま理解した」
「それで理解したこと一度もなかったよなァ……?」
「元々はお前が地下室にずっと籠りっぱなしなのが悪いんだろうが。お前の体臭キツすぎるってここの兵士が嘆いてるの知ってるだろ、考慮してやれよ」
「フン、だからアレは避けてないだろうが」
「そういうことじゃねーんだよ、風呂入れって言ってるんだよ……」
頑なに拒むサタンに再度呆れてため息を零したあと、ふと俺は一人足りていないことに気がついた。
「そういえば、ハーメルンはどこ行ったんだ?」
「“女帝”か?“女帝”ならラディーズの外に置いてきたらしい飛行船を見に行ったぜ、もうじき帰ってくるんじゃないかァ?」
サタンがそう言った直後、勢い良く部屋の扉が開かれ上機嫌なハーメルンが入ってきた。
「おう、ナイスタイミング」
「むっ……貴様……チッ」
入ってくるなりサタンを見つけて急に顰めっ面になるハーメルン、相変わらずだな……
サタンはそんなハーメルンの表情に疑問を抱いたのか、俺に小さな声で喋りかけてきた。
「オイ、どうしたんだァ“女帝”は……いきなり不機嫌になったぞ……?」
「うん?お前のその面見たからだろ」
「なにィ?俺のイケてる面ァみて不機嫌になるのか……?」
「は?お前それ本気で言ってんのか……?」
自分の顔を鏡で見てこいよ、少なくとも一般的にはイケてる部類には入らねぇよ。馬面の悪魔とかもいるが、そいつらでももうちょっとキリっとした顔してるぞ。
「もしかしてアレかおい、照れ隠s――」
「全て聞こえているぞ!」
ビュッと風切り音が聞こえたかと思えば、サタンのすぐ隣りの床に鋭い刃物で抉られたような跡がついた。ハーメルンの方に視線を向けると、鞭のようにしなった剣がハーメルンの手元に戻っている最中だった。
あれがハーメルンの愛用武器、ウィップソードと呼ばれる一本の長剣を数10ほど等分に分け、その剣の部分部分同士をワイヤーで繋げた武器で、剣でありながら鞭のようにしなり、相手を縛り付けて切り刻んだりすることも可能な武器だ。性能は良いが扱うのが難しい為、愛用者はそれほど多くない。ていうか室内でなんてもの振り回してんだ……
「っぶねぇぇェ……流石“女帝”だなァ……」
「同感だ」
「安心してくれ、アリスには絶対に当てないからな」
「いい顔で言うんじゃねぇよ」
「俺は入らねェのか……あーあ、床直さねぇと……」
いい顔で意味不明な宣言をするハーメルンを横目に、サタンは抉れた床に疲れたような視線を送り、スッと大きな手をかざした。
サタンがなにかブツブツと小さな声で呪文を詠唱すると、あらビックリ、抉れた床がみるみるうちに綺麗な床に元通り。
サタンが使ったのは時間を戻す魔法……とかそういう類の魔法ではない。何度も言うがサタンは技巧派の魔王、日夜城の地下にある自分の研究室に篭って新しい魔導具の開発を主に勤しんでいる。
先ほどサタンが床を直したものも研究の成果の1つだ。なんでも周囲数メートルの物質を感知してそれと同じ物質を作りだすのだとか、まぁ作り出すと言っても創造魔法の類ではなく、土魔法系統であり、俗に“錬金術”とも呼ばれる最上位土魔法を使用しているのだとか。魔導具自体は指輪ほどの大きさで、サタンは同じようなものはジャラジャラと付けているのだが、実はなにげにこの魔導具はとんでも性能で、通常なら最上位魔法を魔術式に直すだけでも大変なのに、それを指輪サイズの魔導具に組み込むというのは尋常ではない精密さが必要になる。
こんなことを手作業で出来るのは冥界中、いや、現界と天界中を探し回ってもサタンしかいないだろう。まぁ、その代わりに戦闘能力がそれほど高くはない――あくまでも同じ“魔王”級内での話――のだが……
「それよりも、お前ェ何か俺に用があるんじゃないのか?」
「あぁそうだった忘れてた。実はな――」
俺はサタンにイヴィルハンドで冥界に連れてこられたこと、早急に現界に帰還したいため、サタンの持っている門を使わせてもらえないかと言うことをかいつまんで話した。
俺の言葉を聞いたあと、サタンを顔に手を当てて考え込むような姿勢を見せた。ちなみに俺はさっきやっとこさベッドから起き上がれるようになり、まだフラフラするので隣りにきたハーメルンに支えられる形になっている。まぁ支えられるというか、ハーメルンの膝の上に座っているのだが……まぁいいか。
「……そうか、まぁいいだろう。だが――」
「実験に付き合え、か?」
サタンが結論を言う前に俺は次にサタンがいうであろう言葉を言った。その言葉を聞いたサタンは、ニィと不気味に笑みを浮かべ、乾いた笑い声を上げた。
「くはは!流石はアリスだぜ」
「まぁ昔っからそうだったしな」
悪魔は等価交換を好むというが、実際悪魔になにかをしてもらうにはこちらからもそれに相当するなにかをしなければならない。それは物資だろうが、魂だろうが、技だろうが記憶だろうが生贄だろうがなんでもいい、悪魔が当価値だと見ればそれでいい。
ハーメルンの場合は「一緒に風呂」だったが、相変わらずのサタンは1000年前からずっと「研究の手伝い」から変わっていないようだった。
くさい(確信)
どうもみなさん作者の僕ですよ!
最近妙に話の進みが遅いように感じます、早くしすぎると描写がおろそかになりすぎてなにが何やらわからなくなるし、逆にのんびりしすぎても何が書きたいのかよくわからなくなってきます……むつかしい。
さて、次回更新は3日後ぐらいですかね、間に合うように頑張ります!
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