第60話 ザックリ言うと、嫌がらせ
ハーメルンが出した条件である風呂に一緒に入ったあと、約束通りに俺はハーメルンからサタンの国までの移動手段を貸してもらえることになった。
現在地は城の庭、庭というにはいささか広すぎる気がするが……その広大な庭の真ん中に、大きな船が浮かんでいる。
ハーメルンが持ってきたのは所謂飛行船と呼ばれる代物だ、まぁ飛行船といっても空気より軽い気体をつめた気嚢に動力を付けるような飛行船ではなく、文字通り、“飛行”する“船”で“飛行船”だ、しかも木造ではなく金属製だ。
こんなもので本当に飛ぶのかとも思ったが、どうやらこの金属、魔力を通すと軽くなる特殊な性質を持っているらしく、その特性を利用して“フライ”や“スラスト”等の魔術式を組み合わせることで浮遊と空中での移動を可能にしているらしい。
「ま、燃費は最悪なんだがな」
と、ハーメルン。
この飛行船、移動手段としてはかなり画期的らしいのだが何より魔力消費が激しく、さらには空中を無防備に移動するため魔物の標的になりやすいという欠点もある。まぁこの飛行船、かなりの速度で移動するらしいから襲ってくる魔物も少ないらしいが。
それでも一応、この飛行船を運用する際には、必ず飛行船の持ち主、つまりハーメルンも同乗することになっているらしい。
「じゃあ却下で、他に何かないの?」
そのまで聞いて俺は別の道を探すことにした。まだ道はあるはずなんだ……
「嫌なのか?」
「当たり前だろうが、お前さっき俺に何したか忘れたのか」
「触って揉んで舐めただけだろう?」
「それが原因だろうが」
まったくだ。
俺の本能がハーメルンには近づくなと警鐘をならしているんだ。
「しかしだな……私の城には他に移動手段はないぞ?」
「なんでだよ、普通は馬車とかあるはずだろ?他にもいろいろあるだろうが」
「あぁ、それなら先ほど全て処分したぞ」
「なんでだよ!」
「アリスと一緒に飛行船に乗りたかったからに決まってるだろう!」
ハーメルンはカッと目を見開いて堂々とそう言った。レティス、ここは目を輝かせるところじゃないんだ、ドン引きするところなんだ。
どうやらハーメルンは俺と一緒に飛行船に乗りたいがために他の移動手段を全て処分したらしい、後々面倒だとも思ったが、そもそもハーメルンはあまり外交をしないらしいから大丈夫とのことだ、俺は大丈夫じゃないけど。それに俺と一緒にっつっても二人っきりって訳じゃないはずだろう……少なくても10人以上は他の船員が要るはずだが。
「えー……ハーメルンと一緒とか嫌なんだけど、レティシアも一緒に来てくれよ、鎮静剤として」
「アリス、ハーメルンなんてそんな退任行儀な……ルミナスで良いんだぞ?それが嫌ならお姉様でm――」
「ハーメルン、ちょっと黙ってろ」
「ん……アリスちゃんのお誘いは嬉しいけれどそれはちょっと難しいわね、ルミナス姉様が不在の間は他の誰かが城を守護しないといけないから。私がいなくてもレティスがいればあの子たちが動いてくれるだろうけど、レティスだけじゃ心配だし……どのみち私はここに残ることになるわね。ご免なさい、お役に立てなくて……」
レティシアはそういった後にかるく頭を下げた。なんだろう、まともに会話出来ただけで感動している自分がいる……
「いや……俺も無理を言って済まなかった」
「ねぇアリス、私は?」
「レティスは役に立たなさそうだからいらない」
「なんでよ!!」
レティスで思い出したが、さっきここに来る前にハチにあったのだが、やはり「ご主人様を暖かく見守り隊」に教育されたらしく、見違えるほど賢くなっていた。誰だよあの可愛かったハチをあんなイケメンにしたやつ、顔がすごいキリッとしてたぞ……まぁあれはあれで良いと思うが。レティスに従順なのが冗談に聞こえてくる。
意外にも見守り隊のやつらはレティスに怖がられないハチに嫉妬はしなかったらしい、ただ見守り隊のなかでも数少ないご主人様に怖がられずに傍に寄り添うことができる貴重な隊員として、護衛のやり方などを叩き込まれたらしいのだが……徹底してるなぁ。
俺が知らないうちに見守り隊がどんどん軍隊っぽくなっているような気がしてままならない。
それにレティシアの言い方では、この城の護衛には見守り隊の連中が少しばかり関与しているみたいだな……レティスが馬鹿である意味良かったかも知れないな……いや、馬鹿だからこのここまで進歩したのか?上がアレだと下が有能になるのはどこの世界いつの時代でも一緒だな。
ハーメルンと一緒に飛行船に乗るのは避けたいが……まぁこの際仕方ないか。ここは我慢するしかない、手を出してきたら飛行船が墜落しない程度に反撃でもしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「もう絶対お前と一緒に飛行船は乗らないからな」
ハーメルンの城から出発して早3日、徒歩で3ヶ月は掛かると言われた道をたった数日で移動してしまった飛行船には感服だが、ハーメルンはやはり1日目から手を出してきた。
一度ハーメルンを徹底的に説教(物理)をしてからは大人しくなったのだが、それでも残りの2日間はずっと俺の身体の一部に触れていたので気が休まなかった。まぁ最後の方ではハーメルンもインテリアの一部と思うことでなんとか凌いだが……
「むぅ、そんなことを言うな……悲しくて私が泣いてしまうかもしれないぞ?」
「勝手に泣いてろ」
ハーメルンは置いといて、俺たちはいまサタンが治める国、というか作った国の外壁にある門の目の前にいる、飛行船は少し離れたところでふよふよと浮いている。魔物に襲われても大丈夫なのかと思ったが、ハーメルンに仕える使用人はそれほどヤワではないらしく、ここの地域に出没する程度の魔物なら難なく撃退できるそうだ。
国の入口である門は北西南東の4箇所に設置されており、俺の目の前の門も当然ながらその1つだ。しかしながら相変わらずデカイ、ノクタスの街もそれなりにデカかったし、ハーメルンのところもそれなりの大きさだったが、ここは少し格が違う。おおよそいままで見てきた門の数倍ほどの大きさを誇るその門は威圧感すら覚える。
サタンが治めるこの国“ラディーズ”は、外交に興味がないハーメルンとは違い、商いが盛んで、他の国との貿易も盛んに行っている。そのためこの国にはいろいろな種が集まりやすいため、どんなモノが来てもいいように門をこれほど大きくしたらしい。まぁ希に、馬鹿でかい亀を引き連れてくる商隊もいるからな、割と役には立っているらしいが……デカすぎてすぐに門が破られると考えるのは俺だけなのだろうか。
しかも、ハーメルンは俺と共にラディーズに入ると言い出し、結局押し切られて一緒に来ることになった。さっさと船で帰ればいいものを……
さらには、城に居た頃ほど露出度の高い服装ではないが、それでもかなりの色気を出す格好をしているためやけに目立つ、悪魔は基本的に欲望に忠実だが理性が強い、そのため人間の男みたいに絡んでくるようなことは今はまだ起きていないが、運が悪ければ求婚されるかも知れない。見知らぬ女に手を出すことをしないが、身内にして手を出すみたいな……良いのか悪いのか良く分からんが……
「なぁアリス、私だけが目立っているように思ってそうな顔だが、アリスも私と同じくらい目立ってるぞ」
そう言われて周囲を見渡すとサッと視線を逸らされた。
「なん……だと……?」
「最近では珍しい人間がいれば自然と目立つだろうに、それに加えてアリスはこんなにも可愛いからな!」
後ろはどうでもいいが……そうか、人間って目立つんだったな。俺の肌は割と白いが、悪魔の肌は青や赤、緑や褐色が多い、その中で白い肌の俺が混じればそりゃ目立つか。それに今は普通に素顔を晒してるし、格好もそれほど黒くない。現界だと面倒だが冥界ではどんなに実力を持っていてもそれほど損はないからな、唯一有るとすればすぐに貴族階級をつけたがることと、すぐに実力比べとか言って決闘をしようとしてくるくらいか。まぁ性格の良い脳筋集団がたくさんいる世界だと思えば楽でいい。
その後はとりわけ目立った事件も怒らず、国のほぼ中心にある城に段々と近づいてきた。ハーメルンの城は白を基調とした落ちついた雰囲気――城の主は全く落ち着いていないが――だったのに対して、サタンの城は黒を基調とした禍々しい雰囲気を醸し出している。割と評判らしいのだが、俺にはどうやってもそうは思えない。
「ふん、趣味が悪い城だな」
珍しく意見が合うな。まぁどっちかっていうとハーメルンの城のような外見の方が少数派なんだがな。
さて、折角ハーメルンについて来てもらったんだしここは少しは役に立ってもらおうか。
城の周囲には当然の如く城壁があり、城壁があるなら城門もあるわけで、とどのつまり門番の兵がいるのだが。国に入るときはそれといった検査はない――代わりに国の中で犯罪を犯すとかなり重い罪を課せられる――が、流石に城へと続く門はそれほど甘くはない。昔の俺なら顔パスでなんとかなったが今の俺は昔の俺とは似てもつかない、証明しようにもしようがないし、ここは1つ、一応は魔王であるハーメルンの権力を借りて正面切って城に入ることにした。
「すいません……いかにかの“女帝”であらせられる魔王ハーメルン様であろうとも、流石に即入城という訳には行かないのです。ただちに申請してまいりますがなにぶん我が主は多忙の身、少々お時間を頂くことになってしまうのですが……」
「そうか……」
無理でした。
「そうだ、お前たちは“アリス・エステリア”という人物をしっているか?」
「えぇ、存じ上げておりますよ。私はお顔を拝見したことは御座いませんが……そのお方がどうかなさいましたか?」
「……いや、いいんだ。こちらも突然押しかけて済まなかった、次来るときは一報入れてからにしよう。それでは、魔王によろしく頼む」
「承りました、ではそのように……」
1000年経っても俺の名前が伝わってるとか……なんか感動する。
兎に角、無理でした。流石に魔王といえどいきなり訪問してそのまま入るのは無茶だったらしい。いや、分かってたよ?でもちょっとくらいハーメルンに役に立ってもらわないと俺が損するだけになるじゃないか。
「さて、城には入れなかった訳だが。アリス、どうするんだ?」
「……まぁ、仕方ないか」
この手はあまり使いたくなかったが……だってコレ使うとあいつ怒るし、兵士集まってくるしでてんやわんやになるからな。
俺が考えた、というか1000年前はしょっちゅう使っていた手、サタンが技巧派の魔王だというのは前にも言ったと思うのだが、この禍々しい城には城壁の他にも周囲にサタンが作り出した魔導具で結界が張られており、そこに攻撃が伝わるとその強さに応じて即座に兵士が集まってくるような仕掛けになっている。
そして、結界が壊れるほどの攻撃が伝わった場合、サタンが保有する兵の中でも選りすぐりの兵士数十人と、サタン自らが赴くように設定されている。とはいってもこの結界、かなりの強度を誇り、さらにはそれを壊せるほどの悪魔はサタンには目もくれないことが多いので、あまり発動する機会は少ない。
俺は今からそれを発動させようと思います。
「……つまり、私にあの城を攻撃しろと?」
「いや、少し違うな。攻撃するのは俺だ、だが……まぁ今から使う魔法は魔力消費が激しくてな、魔導具も使って補助はするが恐らく俺は動けなくなる、だから後は任せたぞ」
「う、うう動けないアリスの身体をだとっっ!」
「何か変なことしたらもうお前とは一生口を利かないからな」
「……まかせろ!」
少し間が空いたのが不安だが、信頼するしかないだろう。というかいざとなったらそんな暇は無くなる筈だ。
「いいか? もし兵士が集まってきたとしても絶対殺すなよ? 魔王が攻めてきたみたいになってお前も無事じゃなくなるからな」
「う、うむ……!」
「それと、すぐにサタンが来ると思うが……来たらこいつを投げつけろ」
「なんだこれは」
「俺がサタンによくやった嫌がらせに使ったヤツだ」
「そ、そうか……これを投げればいいんだな?」
「……念のため3つ渡しておく」
「う、うむ……!」
さてと……準備は整ったな。サタンの顔が見れないのが残念だが……
俺は城から少し離れた場所で、“倉庫”から魔力を供給してくれる首飾りタイプと腕輪タイプの魔導具(サタン作)を取り出してそれぞれ身に付ける。これで一応は問題ないはずなんだが。
魔導具を使っても魔力が足りないので、毎度お馴染みの魔力消費を減らす魔術式を地面に描く。そして、俺はまるで槍でも投げるかのような体勢をとり、魔法の詠唱を開始した。
『海を割り、大地を砕き空を裂く、我が力の元に、天をも貫く必中必勝の槍を。貫け!【グングニル】!!』
詠唱が終盤に入ると共に、構えた俺の右手に光りが収束し始め、詠唱が完了すると共に、右手に収束した光が槍の形になる。
独自魔法【グングニル】、簡単に言えば、ひたすらに刺突力のみを高めた魔法だ。
俺は魔法が完成したことを確かめて。
「いっけえええええぇ!」
俺はソレを、城目掛けてぶん投げた。
はいこんにちは、作者の僕ですよ!
なんかチンタラ書いてたらいつもより長くなっちゃいました!
さて、もう次回更新予定を言いますよ。大体3日以内には……!遅くても4日以内には……!!
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