第55話 むむっ、これは波乱の予感ですね
「いやー、ほんとあのときはどうなることかと思ったよ!」
俺と並んで歩きながらのほほんとした雰囲気でそう呟くクレア。
学院祭が終わってはや2週間ほど、俺が負った怪我もアンジェさんのお陰で体裁も良く治すことが出来た。ついでに知ったんだがアンジェさんて凄い人気者だったみたいだな、初日に付き添いとして同行した女教師がすごいはしゃいでた、それはもうアイドルにでもあったかのようにはしゃいでた。
それと学院祭での他の奴らの結果だが。
クレアは“ソロ”以外出ていないから良いとして。やはり孤児院のみんなは全体的に好成績だった。そういえばリュークは今年は“ソロ”“マルチ”“オール”の全種目で優勝してるぞ、まぁ実際強いだろうし。大会を見学していて思ったがやはり魔法科よりも剣術科のほうが試合の迫力があったな、“オール”の決勝戦がリュークとテオの試合だったのだが会場の盛り上がりも半端なかった。
レイザックは“ソロ”でクレアに決勝で負けて2位、“マルチ”では運悪く予選早々に今年もジェニーとぶつかって敗退、残念な結果になった。そのわりにレイザックは「参考になった」とかいって嬉しそうだったが……
ちなみに俺の成績は“ソロ”のCブロック決勝戦敗退……以上。
凄い微妙な成績だ、なんか他のやつらと比べると雑魚臭が半端ない。それほど悪くはないとも思うんだがやはり雑魚臭が半端ない、大事なことなので2回言ったぞ。
場所は変わって教室、クレアは“ソロ”で優勝したということもあってか視線が集まったが別段問題はなかった。俺も、特に男子からキツイ視線をもらった、睨み返したらすぐ大人くなったが。
「おはよ、アリス、クレア」
「おはよ!」
「よぉ……ん、マリアはどうした?」
俺に挨拶してきたのは言わずもがな我らがイケメンのレイザック、しかし何か足りない。
いつもはレイザックに寄り添うようにしてマリアがいるはずなのだが今日はいなかった、なんだろうな……このちょっと足りない感じは……惜しい、あと1ピース足りないジグソーパズル並に惜しい。
「マリア?あぁ、あいつ風邪ひいたんだよ」
「風邪?こんな時期に珍しいね」
「少し前まで元気だったんだけどね、昨日あたりから熱が出始めて……まぁそういうわけで今日はマリアは休みだよ」
なるほど……風邪か。確かに今の時期はまだそれほど寒い訳ではないが俺にとっては他人事ではない、体力や筋力は最初よりは上がっているがそれでもまだ弱いのか、これからの時期、無茶をするとすぐに風邪を引く、去年も数回くらいかかったな、その内一回は酷すぎて立てないくらいだったし。魔法で治してもいいんだがなぁ……出来るだけ魔法には頼らずに自分の免疫だけで何とかしたい、魔法を使うとすぐに治るが免疫力は落ちるからな、より一層酷くなりそうで怖い。何回か挫けそうになったが去年は耐えた。
まぁそれでも最初の冬よりはマシか、あの時は死にそうになったし。
それよりも、マリアの実家はここから遥か西にあるラキュール領にあるのだが、レイザックが許嫁ということもあってか、いまはレイザックの実家で寝泊りしているらしい。許嫁が一つ屋根の下で一緒に暮らしているのか……薄い本が厚くなるな……
授業も終わって、クレアがマリアの見舞いに行きたいと言い出しそれに俺も付いて行くことになって、いまからレイザック宅に見舞いという名の殴り込みをすることになった。なにげにレイザックの家に行くのは初めてだな、確かこいつの家って魔法の名家なんだっけ?高価そうな杖とか魔導具とか置いてありそうだな。あとは当主の肖像画とか飾ってありそうだ。
――しかし俺たちにほんわかした雰囲気はすぐにぶち壊されることになった。
校門を出ると一人の執事が立っていた。
「爺か、どうした?」
どうやらこのじいさんはレイザックのところの執事らしい、おぉ、生爺やか。黒い燕尾服を着こなし、両手には白い手袋、白い髭を携えるその姿はザ・執事という感じだな、護身用なのか腰には剣が一本さしてあるし、指輪も付けているしなんでも出来そうだな。つーかこいつの家って使用人もいるのか、これで貴族じゃないとか、もう貴族で良いんじゃないかな。
爺やは焦っているのか、額には冷や汗がすこし滲んでいる。レイザックもそれに気付いているのか少し表情が険しい。爺やは少し息を整えてから俺たちを霊獣車――オクタヴィア家専用のやつらしい――に案内した、始めはレイザックだけだったのだが、マリアの見舞いをしに行くということを話したら、了承してくれた。話の分かる人だな。
「マリア様のご容態が急変致しました」
「なにっ!?」
いきなり爆弾投下してきたな。まぁなんとなくそんな気はしてたんだけど……
「それで……どうなってる」
「そちらについては実際にご覧になられたほうがよろしいかと……」
霊獣車が走り出して数分、詳しくは知らないらしいが爺やは一応俺たちに説明はしてくれたが、イマイチ状況が掴めない。
そうこうしているうちにレイザックの家についた。レイザックの家が持っている霊獣車だからなのか、学校からいきなり家まで帰ってきた、乗車賃はもちろん無料だ。まさかこいつ毎日これにのって学院に通っているのか……?ブルジョワめ……!
と、そんなことをしている場合じゃなかったな。マリアだマリア。
レイザックの家はデカかったがそれはまぁ取り敢えず置いておいて、俺たちはマリアがいるという部屋まできた。
ここまできてやっと事の深刻さが理解出来た。
今現在、マリアには使用人の1人に看病してもらっている状態だった。取り敢えずは爺やとメイドさんには一旦退出してもらって、クレアが変わって看病を始めた、事前に治癒魔法は使わないように行ってある、【ヒール】程度ならクレアは扱えるのだが、今は返って逆効果だ。
マリアの顔は青白く、息も荒く辛そうな表情をしており、素人が見てもかなり危険な状態だと分かるだろう。それに加えてこれは――
「ちっ……面倒なことになったな……」
「アリス……何か知っているのか……?」
俺が漏らした声にレイザックが反応する、クレアもそれに気付いたようで俺の方を向いた。
「あぁ……まず先に言っておくが、これは風邪じゃない」
「なに……?」
「瘴気に充てられたな……どこから漏れ出したかは知らんが……」
「瘴気?」
聞きなれない言葉にクレアが首を傾げた。レイザックは心当たりがあるようで顎に手を当てて考えている。
「瘴気って……冥界に満ちている毒素のことか……?」
ほどなくしてレイザックは考え至ったようにそう呟き、俺はコクリと頷いた。
瘴気とは、レイザックが先ほどいったように冥界のあらゆるところに存在する空気のようなものだ。レイザックは毒素と言ったが実際はマナと呼ばれる空気中に漂う自然の魔力だ、マナじたいはこの地上にも満ちているのだが、冥界のマナが地上のマナよりも濃いらしく、冥界の生物にとっては薬になり、地上の生物にとっては毒になる。まぁ例外もいるのだが……
マリアの場合、どこでかは知らないが少量の瘴気を吸い込んだようだった。ただ少量とは言え瘴気は人間にとっては猛毒だ、ただ、少量であったのが幸いした。もう少し多く吸い込んでいたら助からなかっただろう。
俺は“倉庫”から白色の薬を取り出した、レイザックに渡した。
「これは?」
「瘴気の毒素を緩和する薬だ」
正確には、体内の瘴気を地上のマナ程度にまで薄める薬だ。昔の時代でもそれなり高価だったんだぞ、それ。
「なんでアリスがこんなのを持ってるんだ?」
な、なかなか痛いところをついて来るじゃないか。
「通りすがりの薬屋に貰ったんだ」
「えっ、それはどういう……」
「察してくれ、いろいろとあるんだ」
「そ、そうか……いや、でもこれでマリアは助かるんだろ?なら礼以外に言うことは無いな。ありがとう、アリス」
やだ、なにこのイケメン。
まぁ元々は渡すつもりはなかったんだがな……レイザックとマリアは悪い奴じゃないし、それにこいつらがいなくなるとクレアが悲しむだろうし。まぁ、仕方ないな。レイザックなら大丈夫だろう。
俺がレイザックの礼に対して何か言おうとしたところで……全身に嫌な気配を感じた。
「レイザック!離れてろ!」
俺は咄嗟に近くにいたレイザックを突き飛ばした、薬の瓶が割れるかもと終わったが無事のようだな。
「アリス!?」
「クレア、来るなッ――ガッ!?」
クレアが俺に近づこうとして、俺がそれを止めようとしたところで、ソレは現れた。
紫色の肌をした手、1メートルほどの巨大な手が俺の胴体を力強く捕まえた。俺はオーラを纏って手に押しつぶされないようにはしたが、押し返すことは出来ないようだった。
(チィ!“イヴィルハンド”か!?)
イヴィルハンド、分かりやすく言えば“昇天の扉”の冥界版、しかも半強制。イヴィルハンドの巨大な手は、対象を掴んでそのまま冥界まで引きずり込む、そのときに相手との力量差が離れていると、冥界に引きずり込む前にイヴィルハンドの巨大な手に握りつぶされる。こちらが上なら振り切ることも可能なんだが……今の俺には難しいみたいだな。
「アリスッ!!!」
「近づくな!」
まだオーラで対抗しているため、急に引きずり込まれはしないが、それでもズルズルと、ゆっくりとだが俺の身体が引っ張られていることが感じとれた。イヴィルハンドが空中に出現し、俺の背が低いこともあるのか俺の足は地面についていない、それでも外なら地面にオーラを突き刺して滑り止めにするのだが、ここは屋敷のなか、流石に無理だ。今はイヴィルハンドが生えている空間の淀みみたいな場所の端にオーラをつっかえ棒のような感じで何とか耐えている、それもガリガリと削られているが……
「アリス……!」
「安心しろ……大丈夫だよ俺は……」
泣きそうになるクレアに俺はそう声をかけた。しかし逆効果だったのか、クレアはさらに泣きそうな顔になってしまった。
「レイザック!」
「はっはい!」
「なんで敬語なんだ……まぁいい、取り敢えずマリアは大丈夫だろう。それと――」
「な、なんだ?」
「俺が帰ってくるまでクレアの事を頼んだぞ……」
「あ、あぁ……!任せてくれ!」
大分引き込まれて来たな、もうすぐ身体が全部埋まる。
「アリス……お前は一体……」
「……お前ならすぐに分かる時が来るだろうよ」
レイザックは勘がするどいからな、鈍感系主人公とは大違いだ。
そして、遂に俺の視界は闇に染まった。
最近スランプ真っ只中の作者の僕ですよ!
スランプは置いといて、遂に総合評価が4000ptを突破しました!本当に有難うございます!
いやー長いものでこの作品も6、7ヶ月ほど連載しています!長いな……長くない?
ちょっと最近文章がダメダメになっており、手厳しい評価も貰いましたが、それを踏まえて、これからもよろしく頑張っていきますので応援のほうをお願い致します!
次回更新は一週間以内、早ければ3日、4日くらいです。プロットはできてるんです!本当なんです信じてください!
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