第32話 帰還
俺が名前を呼ぶと、巨大な赤竜、セーゼルヴェージュは目を細めて俺を見つめたあと、理解したように告げた。
「お前...アリスか?」
「ご名答」
「随分可愛らしくなったな」
「バハムートにも言われたよ」
俺とセーゼルヴェージュが談笑していると、俺とセーゼルヴェージュの顔を見比べていた、恐らくこいつの子どもたちであろう赤竜の一人が話しに入ってきた。
「お、お父様、この人間とお知り合いなのですか...!?」
「あぁ、昔いろいろとあってな」
俺がセーゼルヴェージュと始めて出会ったのは、1000年前、俺がこの世界に来てから4、5年がたったころだ、あの頃は俺もこいつもやんちゃしてたからな、あいつが喧嘩吹っかけてきたからそれをものの数秒で屈服させたのはいい思い出だ。
セーゼルヴェージュがそのことをかいつまんで話しかけてきた赤竜に話すと、驚いたように目を見開いてこちらを見つめてきた。
「お父様!」
俺の腕のなかではしゃいでいたリィエンが、遅い気がするが自分の親の姿に気がつき、”人化”を解いて竜の姿になりながらセーゼルヴェージュに擦り寄っていった。ちなみに、いまのリィエンに傷はない”人化”で傷を治すと竜に戻ったときの傷も当然だが全て消える、竜の姿よりも”人化”を使って小さくなってから傷を治したほうがコスパが良い。
リィエンがセーゼルヴェージュの近くによると、近くにいた赤竜たちもリィエンに群がって安否を確認している。その際に、リィエンが俺のことを話して、赤竜たちは俺のほうをみていろいろな感情が混じった視線を向けてくる。
「リヴァルツェを助けてくれたのか、感謝する」
「あぁ、それは別に良いんだが...相変わらず竜の名前ややこしいな...」
「まぁな、そこは種族柄仕方がないんだ」
ふむ、リヴァルツェか、やっぱり偽名だったか、まぁいいけど、それくらいの警戒心は持ってもらっていないと困るし。
取り敢えずあまり積もる話しもないため、俺はさっそく本題を切り出す。
「さて、俺がここにきた理由だが...」
「おぉ、そうだったな、昔のこともあるしリヴァルツェを助けてもらった恩義もあるしな、俺に出来ることならなんでも言ってくれ」
「あぁ、じゃあまず―」
俺はそう言いながら”倉庫”からパーシオンが残した竜玉を取り出して、セーゼルヴェージュに見せる。それを見ると、セーゼルヴェージュは驚きに満ちた表情―わかりずらい―でそれを見つめた。
「それを、どこで?」
「迷宮でボスが落としたんだよ、俺としてはなんでまたお前の竜玉があんなとこにあったのかが知りたいね」
「それはだな...」
話しを聞いてみると、要するにこういうことだ。
今から数百年前―詳しい年月は覚えていないらしい―セーゼルヴェージュはある竜の一族と戦闘になったらしい、その竜はブラックドラゴン、闇竜ともよばれる竜で、その竜たちの上にいた固有種の闇竜が自分たちの力を示すために”赤竜帝”の異名をもつセーゼルヴェージュに一族総出で勝負を仕掛けたらしい。
結果は勝ち越し、相手の闇竜もトップの固有種を失い散り散りになって逃げていったそうだが、その直後に、闇竜たちとの戦闘で疲弊したセーゼルヴェージュを奇襲した竜がいた、名も無き黒龍の固有種だ。黒龍はダークナイトドラゴンとも呼ばれ、位置的には赤竜と並ぶ竜だ。しかもその竜の固有種、無名とは言え、疲弊したセーゼルヴェージュは苦戦し、相手の首を取ったが、代わりに自分の竜玉を持って行かれたらしい。もしかしなくてもあの迷宮はその黒龍の竜玉が元になってできたものか、コアとして残ったのは普通の魔力結晶だったけど。
しかしその状態で子どもを授かったらしいから無茶をするものだ、竜は子に自分の魔力を継がせる...わかりにくいな、要するにアレするときに魔力も一緒になって出すということだ、メスの場合は持続的に魔力を送り続ける、そうすることで子はより強靭な竜となる、らしい。
竜玉がない以上、魔力は回復しないのに、馬鹿じゃないのか。
「ん?お前、番の竜は?」
「あぁ...あいつは...死んだよ」
「...なに?」
「安心しろ、人間じゃあない、竜だよ。攻めてきたんだ、子どもを守るために戦ってな、俺はなんとか生き延びたがあいつはダメだった...子を守って死んだんだ、あいつに悔いはないだろう」
「そうか」
う、うん。なんか地雷を踏み抜いちゃったな、気まずい。
「そ、そうだ。セーゼルヴェージュ、口を開けろ」
「む、こうか?」
セーゼルヴェージュがその大きな口をゆっくりと開けると、俺はその中に竜玉と迷宮のコアを放りこんだ。セーゼルヴェージュも自分の口の中に放り込まれたものがなにかわかったらしく、口角を僅かに上げながらそれらを飲み込んだ。
次の瞬間、少し色あせていたようにも思えたその赤い鱗が鮮やかな緋色に代わり、日の光りを受けて輝いた。竜玉が戻ったことにより魔力が生成され始め、さらに迷宮のコアである高純度の魔力結晶を食べたことで魔力が回復したのだろう。
セーゼルヴェージュのボロボロだった翼膜を綺麗になり、セーゼルヴェージュが軽く羽ばたいただけで火口の穴の中に暖かい風が吹き荒れた。あいつの子供の赤竜たちも自分たちの親が元気なったのを見て嬉しいらしく、輝いた目でセーゼルヴェージュを見つめていた。
「元気になったか?」
「あぁ、久しぶりの感覚だ!」
そうか、そんなに元気なら俺の頼みごとくらいなら容易いだろう。
「よし、元気になったところで俺の頼みを聞いて欲しい」
「おぉ、そうだったな、借りがひとつ増えたし、なんでも言ってくれ」
「俺を送り届けて欲しい」
「アリスをか?」
セーゼルヴェージュは俺の方を向いて「それくらい自分で...」と言いかけて、俺の魔力事情を察したのか「あぁ、そういうことか...」とひとりでに納得した。
「分かった、どこまでだ?」
「ティリスのノクタスの街までだ」
「ふむ...ティリスはわかるが、ノクタスが分からんな」
「そこらへんは向こうについてから言うから大丈夫だ」
「分かった。お前たち!」
俺の頼みごとを聞き終えると、セーゼルヴェージュは自分の子供たちに大声で告げた。
「これからアリスを送り届けたあと、そのまま北の大陸に向かう!」
北の大陸とは、この人間が多くすむ大陸からかなり北にある別の大陸のことでそこには妖精、精霊、竜なんかが入り乱れて生活しているらしい。精霊の森にはエルフがいなかったし、もしかしたら向こうにいるのかも知れない、いつか行ってみたいものだ。
セーゼルヴェージュの提案を聞いて、子供の竜たちはいくつか反論をしたが、セーゼルヴェージュはそれをすべて説得した。もともと赤竜はひとつの場所には留まらない種族だしな。その間に、俺はリヴァルツェや他の竜たちと話していた、リヴァルツェはなぜか謝っていたが、俺がなんの問題もないので即許すと嬉しそうな声を上げて顔をすり寄せてきた、かわいい。
セーゼルヴェージュが子供たちを説得し終えると、俺はその背に乗るように言われた。竜の背中には座りにくいようなイメージがあるが、そんなことはない、ちゃんとした龍なら背中に人を乗せても落とすことなく飛行できるものらしい。
セーゼルヴェージュがその大きな背中の翼を羽ばたかせると、先ほどとは比べ物にならないほどの風が生み出される。そのままゆっくりと上昇していく。下からは続々と子供の竜たちが上がってくる。
最終的には雲の上まで上昇した、下の人間に姿を見られると厄介だからな、すこしでも姿を隠せるようにだ。空気がすこし薄いが別に運動をするわけでもないし大丈夫だ、寒さはセーゼルヴェージュという暖房があるから問題ない。
セーゼルヴェージュは前に進み始めると一気に下の景色が変わっていった。街をいくつも通り越していく、本来をもっと速いが、俺と後続の竜たちのこともあり、いくらかはゆっくりした空の旅だった。
いくつの街を通り過ぎたか、日が沈み始めた頃、ようやくティリスのノクタスの街が近くなってきた。俺は風魔法でセーゼルヴェージュに聞こえるように声を飛ばし、指示を送った。
そして遂に俺はノクタスの街のはるか上空にたどり着いた。ここからどうするか?もちろん飛び降りるに決まっているだろう、あまり迷惑はかけれないからな、それにスカイダイビングもなかなか楽しいし。
「助かったぜ、ありがとよ」
「まだまだお前への借りは残ってるんだぞ」
「そんなもんどうでもいいっつってんのに...」
それからリヴァルツェも俺にお別れを言ってきた。
「大丈夫だ、また会えるさ」
「会いにいくからね!」
マジか。まぁいいけど、竜の姿でくるのは勘弁してくれよ。
他の竜にも大雑把に挨拶したあと、俺はセーゼルヴェージュの背を蹴って上空に身を投げ出した。雲の層を通り抜けると、したには灯の灯るノクタスの街が見える。帰ってきたんだと、小さな感動を胸に、【フライ】を使って落下位置を孤児院に調整しながら、ゆっくりと落下速度を落としていく。
数分が経って、ようやく地上数100メートル。ここまでくれば、と思い俺は魔力がなくならないように注意しつつもさらに減速をかける。そのおかげに地面に着いたときには落下速度が羽根が落ちるような速度だった。
一週間とすこししか経っていないにもかかわらず、目の前にある孤児院はかなり懐かしく感じられた。俺はそんな感慨にふけながらもまずは自分の部屋に向かった。
久しぶりに見慣れた扉を開けると、俺のベッドに人影があった。緑色の髪の少女、クレアだった。ここでなにをしているのかはあまり考えたくはないが、取り敢えずベッドですやすやと眠るクレアの横に腰掛ける。顔をみるとすこし疲れたような感じだった、俺のことを心配してくれていたのか、まったく...相変わらず人が良いな。
俺がその髪を撫でると、「んっ...」という声とともにその瞳が開き、俺の姿を捉えた。ちなみにすでに俺の服装は孤児院にいた頃の服装だ、まちがってもあんな中二病臭い全身真っ黒ではない。
クレアは寝起きなのか俺の方を向いて「あえぇ...わあしのえんひがみえうおぉ?」と言っている、何を言っているのか分からんが、かわいかったから良しとしよう。
俺はそんなクレアの頬を指で突っつきながら「ただいま」と呟いた。するとクレアはガバッとベッドから起き上がり、完全に目覚めた瞳で俺の姿を捉えた、その目には若干の涙が溜まっている。
「ア...アリス...?」
「はいどうも、アリスさんです」
「ゆ、夢じゃないよね...?」
「あぁ、夢じゃないよ」
「ア、アアア...アリスゥゥゥゥゥゥゥうわぁぁぁぁああああん!!」
クレアは泣きながら俺に抱きついてきた、大粒の涙をこぼしながら。あぁ、心配かけたな...と言おうとしたのもつかの間、クレアの手が俺の服の中に入ってきた。その手はなにかを探るように俺の全身を撫で回している。
「うわあぁぁぁあん、ぐへっぐへへへへ!」
「おいどこ触ってんだ!」
「本物のアリスだ!!ぐへっぐへへっぐへへへへ!」
「くすっ、くすぐった!おい、おまっちょっやめっ!」
クレアの暴走は騒ぎを聞きつけたアンジェさんが駆けつけるまで続いた。
そのあとはいろいろと聞かれるかと思ったが、久しぶりにこの場所に帰ってきた安心感からか、クレアの暴走による疲労かは知らないが猛烈な睡魔が襲ってきて、アンジェさんもそれを察したのか、今日は休むことになった。ちなみにベッドにはクレアが潜り込んでいる、一緒に寝るといって聞かないのだ、いろいろと言うとクレアが真剣な顔で「心配したんだよ」と言ってくるから俺も観念したのだが、クレアが俺の身体を触りまくったのは言うまでもない。
いろいろと台無しだな。しかし俺はどこか嬉しいような、安心するような気持ちになり、眠りに落ちた。
はいどうも!僕ですよ!無事に2章が終了しました!ありがとうございます!
次回からは3章を始めたいと思うのですが、閑話を挟みたいとも思っています。でも文字数が少なくなりそうなので多分ないです!次回からは3章です!
さて、次回の更新ですが...一週間以内とだけ言っておきましょう、何をするかも決まっていません。今日湯船の中で考えてきます!一週間以内には更新します!
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