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短編集・話

電車に乗った男女の話

作者: 陽田城寺

 その女性は大学一回生である。

 小学校から高校までは全て徒歩と自転車で通学していた彼女にとって、大学でとうとう電車通学となり、気持ちは新たに頑張っていた。

 彼女は平々凡々たる大学生にして、平々凡々に悩み苦しみ、平々凡々に楽しみむような一般大衆の一人であった。

 して、そんな彼女に最近悩みが出来た。

 それは通勤電車の中、満員になる前の半端なときに、必ず席に座っている男がいるのだが、そいつのことである。

 その男はいつもパーカーのフードを目深に被り、それだけでも怪しいのだが、ポケットに手を突っ込み常にそれを動かしているのだ。

 最近女性が電車の中で見る人は、大抵スマホなり携帯なり、本を読むなり眠るなり、様々作業に勤しむものだ。

 けれどその男は、目つきは鋭く、眠ることもなく、たまににやっと笑い、ポケットの中で何か手をせわしなく動かすのだ。

 その動かすというのも、時に激しく、時に優しく、時に動かしているのか分からぬほどゆっくりとしたり、女性以外が気付くほど乱暴だったりする。

 女性が真っ先に考えたのは、自らの服を汚す行為であり、朝の電車からナニをしごいているのかと疑った。

 男が不埒な妄想に浸っているだけだとしても体を動かす必要はなく、なのでそういう考えに至ったのだが、朝の電車、満員になる前にそのようなことをするのは甚だ遺憾であり、注意せねばならないと感じた。

 して女性は、毎日毎日注意深く、気付かれないように男を見張っていた。

 しかしよく見ると、男の手は股間やズボンに届かず、上半身のパーカーの中だけで完結しているのだ。

 胸にも遠い、腹の部分。

 ヘソのゴマ、など服のうえから取れるものではない。一体男が何をしているのか、女性はますます気になった。

 そしてついに、女性は実力行使に出る事にしたのだ。

 男はいつも同じ駅で降りる。女性はそれよりずっと先の駅で降りるのだが、女性は予め男の近くに立ち、男が降りるため立ち上がった瞬間にそのポケットから手を強引に引っ張り出すという手段を思いついたのだ。

 一歩間違えれば女性が痴漢と呼ばれてもおかしくはないかもしれない、けれど女性はもう気になって気になって仕方がなかった。

 駅を一つ一つ通り過ぎ、電車の中は人で混雑していく。

 ついに男が立ち上がった瞬間、女性の手は乱暴に男の手を引っ張った!


 ところで皆さんは、水風船をご存知だろうか?

 夏祭りの縁日、綿菓子水あめりんご飴、わなげおみくじ射的など、子ども達が浴衣などで集まり楽しむ夏の風物詩の一つである。

 その水風船は、昔は放り投げればすぐ割れる、まさしく風船に水を入れただけのものだったのだが、最近のホビーはどうやら進化しているらしく、その水風船も類を漏れない。

 袋はプラスチックのようなゴムのような、で落としても割れず、ぎゅっと握っても膨れるだけで意外と割れない丈夫なものだ。

 素材自体ひんやりしているうえ、中に水が入っているので一層気持ちよい。

 球の部分もあれば、当然ヨーヨーのような紐がついていて、バスケットボールをドリブルするような動きも完全に再現できる、丈夫な水風船があるのだ。

 それで、ウケを狙った商品の一つに、その丈夫な水風船に特殊な着色を施したものがある。

 球を肌色に塗り、一箇所をピンク、あるいは茶色などで塗り、その肌色ではない部分を突起させるのだ。

 それは、女性の乳房を思わせるもので、俗に言えばおっぱいボールとも言う。

 して、なぜ今そのおっぱいボールの話をしたかというと、皆さん察しがつくだろう。


 込み入った熱い電車の中、男はポケットの中に忍ばせたおっぱいボールを散々に揉みしだいていたのである。

『きゃー、この人胸を触っています!』

 などと女性が言うことはなかった。ただ茫然と見つめただけである。

 一方の男も何も言わなかった。睨むことも恥ずこともなく、ただ仰天していた。

 そして、男は手を振り払いそれをポケットに戻すと、何事もなかったかのように駅の階段を下りていった。


 以降、男は電車の中で常に本を読んでいた。





何の訓戒も意味もなく、ただただ下らない話。くすっと笑ってもらえればそれで大満足です。

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