表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

真夏は朝も暑い

作者: 蜘蛛雲3

この物語に出てくる主要人物の大体は大人ですが、3人だけ子どもがいます。小学5年生っていう設定なんですが入れるのを忘れていたので、覚えといて下さい。初めて完成させた短編ものです。感慨深いですね、それではどうぞ。

ある夏の出来事である。

まだ日が出て間もない時間に、朝霞(あさか)は外で町中を歩き回っていた。

目的もなく只々、町中をぶらついていた。

なにか面白いことでもないかな、なにかとんでもないことが目の前で起きないかな。

なんてことを頭の中で考えながら意味もなく歩いていた。

何もないし一端家に戻ろうかとした時、朝霞の後ろから朝霞を呼び止めるような声がした。

朝霞が振り返るとその先には、彼の友人である公 貫(おおやけ つらぬき)がいた。

朝霞は元気な声で「おー!おはよう!」と挨拶をしながら貫の元へ向かう。

「久しぶりじゃんつっきー!お前今までどこいたんだよ?」

「久しぶりって、5日空いただけじゃないか」

貫は含み笑顔をしつつ朝霞に返す。

「俺にとったら5日は久しぶりなんだよ!んでさ、お前、どっか行ってたのか?遊びに行っても誰もいやしないんだからさー」

「旅行だよ旅行。家族みんなで青森まで行ってさ、見てきたんだ、ねぶた祭。いやーかっこよかったよー」

「まじか!?いいなぁ、俺んちは金がねぇから旅行なんて連れてってくれねえよぉ。いいよなぁお前んちは毎年どっか行けて」

「ま、僕のことはどうでもいいけどさ、朝霞の方はどう?なんか面白いことあった?」

「面白いも何もねぇーよー。何も楽しいことねぇしよぉ」

「楽しい事なんて、すぐに見つかるよ。こうやって話している間にも楽しいことはやってくるさ」

「適当なこと言うなぁ。ま、俺だってそれがないかって思いながら歩いてるわけなんだが」

なんて喋りながら二人はまた歩き出した。意味もなく。

とりあえず町をもう一周したいという朝霞と、その後ろを歩く貫。

日が出てまだ時間が経ってないおかげか、長い時間歩くことができた。

車が走ってこないので、二人は車道に出て遊びながら行く事にした。

歩道は車道によって狭められていたので、車道の広さは二人にとって開放感にあふれるものであった。

二人は車道で走り回りながら町を巡っていた。

そのうち疲れた二人は、近くのコンビニで飲み物を買うためにコンビニのある十字路に向かっていった。

コンビニのある十字路は町の中で一番交通量が多く、さすがに危ないと感じた二人は歩道に戻っていた。

歩道を歩いている内に、貫の顔が次第に曇っていった。

気になった朝霞は貫にしゃべりかける。

「おいどうしたんだよつっきー。顔色悪いじゃねえか、倒れたりするなよ」

「いや、別に体調は悪くないんだけどさ、僕がおかしいなぁって思ってるのはもっと、もっと別のことであって・・・」

「? おかしいってどういうことだよ?」

朝霞が尋ねると、貫は指を二人が歩いて行く先、つまりは十字路に向けてさす。

「たしかにまだ朝も早いし、人通りが少ないっていってもさ、僕らが登校して来るときにはここ、すごい車通ってるよね・・・?」

「たしかに、ココら辺は車が多くてうるさいけど・・・・!」

台詞の途中で口を閉ざし固まる朝霞。視線の先には、十字路。

「そう、うるさいんだよ。いつもは。なのに、今はなんでこんなに

静かなんだ」

貫の指差す先にある十字路には車が一台も通っていなかった。

いや、それ以前に。

彼らはこの日、車が通っている姿を、人が街を歩いている姿を、一度たりとも見ていなかったのだ。



■  ■



十字路に出て周囲を確認してみたものの、やはり予想通りというべきか、人影はなかった。

近くにあったコンビニはシャッターが降ろされていて、中を確認することができない。民家に侵入すれば一番わかり易いのだが、そんなことをしてもし中に人がいたらそれこそめんどくさいことになると、そんな結論になり、行き詰ってしまった。

「とりあえず休もう」貫のこの言葉により一旦休むことに。

コンビニの車止めブロックに座りながら、朝霞は考えた。

これからどうするか、ということについて。

驚いては見たものの、なんだかんだ言っていつもどおりだということに気付いた朝霞はとりあえず自宅に戻って朝食を食べたいなんて、のんきなことを考えていた。

正直もうどうでもいいや、なんて思っていた。

朝霞はチラと貫の方をみる。そして思う。

――はやく帰ろうといってくれ、つっきー・・・・!

この状況で一番気がかりな存在がこの男、公貫なのである。

貫は好奇心旺盛で、こういう変なことに首を突っ込まずにはいられないような男なのだ。

ここでもし貫が「もう少し調べよう」なんて言い出すと、必然、自分もついていくことになる。さすがにこの事態に一人で歩かせるのは友達としてダメだと思う。ということでついていくことになる。しかしそうなると朝食が遅くなる。

だから、貫にははやく「帰ろう」コールをしてもらいたいものなのだ。

などと朝霞が脳内で考えていると、スクッと、貫が立ち上がった。自然、身震いをする朝霞。

貫は朝霞の方に体を向け、口を開いた。

「朝霞、やっぱりなんかおかしいみたいだし、帰ろうか」

と、貫は朝霞に向けてそう呟いた。

心のなかで安堵する朝霞。これで帰れるか、なんて思いながら立ち上がり、

「しゃあないな、ま、こんな日もあるだろうさ。さっさと帰ろうか・・・・」

なんて言いながら車道を見ると、反対車線の向こう側から。

一人の女の子がとても弱々しい歩調で歩いてるのを目視した。

女の子の服は土や泥で汚くなっていて、細く白い腕には何箇所も傷がある。

朝霞はその光景を見て驚きを隠せず、「おい!」と、強い口調で叫んでしまった。

致し方無いだろう。こんなおかしな状況で、一人で歩き回っていて、しかも傷つきながら目の前に現れたのだ。

心配になって大声を上げてしまうのは仕方ない。むしろ誇るべき行為である。

が、しかし。

普段なら誇れるようなその善行も、今この場においては一番やってはいけない行為になってしまう。

大声をだすということはそこに人がいることを周りに教えてしまうということだからだ。

この何気ない行動が、彼女と彼らの運命を変えてしまう。

が、その時、最悪のパターンに陥ることを知らない朝霞は、倒れかけている女の子に近づく。

その直後、女の子も体力の限界だったのだろうか。歩くことをやめ、体全体を前方に倒れこませた。

女の子が床に倒れる直前、朝霞は女の子をすくうようにして抱きかかえた。

朝霞は、とりあえずこの子を休ませようと思い、影になっているところまで彼女を運び、横たわらせた。

呼吸が不規則だった女の子は次第に息を整え、数分もすれば上半身を上げる程度に回復した。

上半身を上げ、朝霞に体を向ける女の子。

「あの・・・、先程はありがとうございました」

上げた上半身をそのまま前に下げておじぎをする女の子。

それを見て朝霞は少し照れくさそうに答える。

「いやいや、そんなこともないよ。それより、どう?気分の方は?」

「はい、大分落ち着いて来ました・・・」

「それはよかった。ところで君、だれ?ここらじゃ見ないけど、引っ越してきたの?」

「いえ、私はそういうものではなく・・・、伊万里 妹(いまり  まい)と言うものなのですが・・・」

「伊万里?伊万里ねぇ、聞いたことあるようなないような・・・・。まあいいや」

頭を抱えるような素振りを見せながら朝霞は女の子―伊万里に質問をする。

「伊万里ちゃんは、他になにか、してもらいたいことはない?水がほしいだとか、そういうのは難しいかも知んないけど・・・、一緒に帰ってあげるくらいなら出来るよ?」

「なにか、ですか・・・」

伊万里は少し口を結び、言いがたいかのような表情を見せたあと、目を見開いて朝霞に告げる。

言ってはならない台詞を。

「それでは私を・・・私を、助けてください!」



■  ■



その時だった。彼らから見て十字路の向こう側、つまり伊万里がやってきたところから二人の男性が出てきた。

暑い夏だというのに真っ黒なスーツに黒のサングラス。

ドラマとかでみかける典型的な「スパイ」というような人間だな、なんて思っている朝霞の横で伊万里が体をふるわせている。

「あ・・・、あの人達です!あの人達に追われているんです!」

「ん、ああ。そうなの。それじゃ逃げよっか」

朝霞は伊万里の手を掴み、追っ手からなるべく気付かれないように近くの路地に向かう。が、足音で追手に気づかれてしまったのか、二人に向かって駆けていく追っ手。追っ手が気付いたとわかるやいなや全速力で駆ける朝霞、それに引きづられる形で走る伊万里。

この逃走劇に、貫の姿はなかった。

貫はトイレに行くとの断りで二人と少し離れていたのだ。

そのせいというべきか、そのおかげというべきか、貫はこの逃走劇には出演しない。

と、同時に、貫は傍観者という、絶好のポジションに就くことになった。

そんな貫は、先程まで二人がいた陰に立ちながら、持論を誰に言うでもなく、つぶやく。

「伊万里、ねえ。朝霞は気付いてなかったけど、伊万里って言えば日本の三分の一を牛耳っているって言っても過言じゃない大組織じゃないか。ということはあの子は伊万里家の愛娘?なんで逃げてきたんだろうか、というよりもあんな子がよくここまで逃げてきたものだよ。まあそれもここまでだね、さっきの朝霞の大声のせいでここらにいた追っ手さんに気づかれただろうし、囲われるのも時間の問題だよね、その後がどうなるか、楽しみだねぇ・・・」

さて、と言いながら動き始める貫。

「ゆっくり観戦させてもらうよ、朝霞」

貫のその時の表情は、楽しみにしている映画が始まるのをワクワクしながら待っている子どものような、そんな、純粋な笑みだった。

しかし、その心中はとても純粋なものではなかった。

「君たちの逃走劇を、いや、闘争劇といった方がいいのかな?」

クツクツと笑いながら、貫は進む。

「終わり」へ。



■  ■



全速力で走って数十分。いつのまにか追っ手の数は数十名になっており、逃げ切るのは難しいかなと考えていた朝霞は、道のど真ん中で急に立ち止まる。

走っている途中から体力の尽きた伊万里は朝霞の背中に乗せてもらっていたので、現状を把握するのに、時間はかからなかった。

「・・・・!」

気付けば囲われていた。先ほどまでいた大きな十字路で、他の三つの道からそれぞれ20~30名ほどだろうか、壁になるように立ちはだかっていた。これでは進むことができない。

「おい、そこ、の、おま、え」

朝霞達を追っていた男達の中から、一人が息を切らしながら出てきた。どうやらはじめから追ってきた二人のスーツ男、その片割れのようだ。

息を整えながら、スーツ男は二人に迫る。

「お前が背負っているその子をこちらに渡してくれないか?」

朝霞と一定距離を保ちながら手をさし伸ばすスーツ服の男。

朝霞がスーツ男に答える前に、背中に乗っていた伊万里が答える。

「いやです!私はもうあんなところにはいたくないの!」

「妹様!もう逃げるのはおやめ下さい!会長が悲しんでおられます!」

「会長?私の人生とおじいちゃんは関係ないわ!帰って!」

「そんな事申されましても、このまま帰ってしまえば、我々調査隊は全員路頭に迷うことに・・・」

「だからそれと私の人生は関係無・・・・・・」

「なぁ、ちょっといいかな?」

二人の話を遮るように二人の主張を確認する。

「つまり、伊万里ちゃんは自由になりたい、だけどそれにはこの取り巻きが邪魔だと。んで、スーツのおじさん方は伊万里ちゃんを連れて行かないとクビになっちゃうから必死に確保に向かってると」

うーん、と頭を抱える朝霞(実際には背中に伊万里を乗せている関係で頭を抱えることはできないのだが)。

「つまり、伊万里ちゃんを救うか、おじさんたちを救うか。数としてはおじさんの方を助けたほうがみんな幸せになりそうだし、だけど最初に助けを求めてきたのは伊万里ちゃんなんだよなぁ。どうしたものか・・・」

ぶつぶつと、呟く朝霞。

その間にも二人を追い詰めるようににじり寄るスーツの軍団。

顔面蒼白な伊万里を余所に朝霞は二者択一の答えを考えていた。

気付けば、二人とスーツ軍団の距離は5mとなかった。

その時、

「あ、そうか」

と、朝霞はひらめいたかのように言った。

じりじり詰め寄っていたスーツ軍団もその台詞により立ち止まる。

この状況で一番謎であり、今現在、伊万里を捕まえられない原因ともなっている男がなにがしかの結果を見出したのだ。場合によってはこのまま伊万里をこちらに渡してくれるかもしれない。それに、もし自分たちに反旗を翻しても、この数だ。最悪暴力で済ますことも出来る。が、そんなことをすれば様々な不祥事が明るみに出ることになる。故に、その手は『最後の手段』だ。今は静観しつつ、間合いを測るのが順当。そう考えた。

たしかにそれは大人らしい判断で、正しい判断だっただろう。

しかし、彼らは気付くべきだった。

見ず知らずの少女にいきなり助けを請われるという状況をあっさり受け入れ、彼らが敷いていた包囲網を人一人担ぎながら数十分も逃げ切るような常軌を逸した少年が、自分たちが考えつくような答えで行動するはずなんてないということに。

それ以前に、考えるべきだったのだ。最悪の事態というものを。

スーツ軍団は、甘く見ていた。相手がまだ小さいからという理由で。

何もできないだろうなんて、勝手付けてしまったせいで

そのせいで彼らは、地獄を見ることになる。



■  ■



「伊万里ちゃん、降りて」

そう言われ、手を離し、降りる伊万里。

伊万里がスカートの裾を直していると、朝霞は周りのスーツ軍団に説明をはじめる。

「わかったんですよ、この状況で、皆が『幸せ』になれる方法が!」

「み、みんな・・・?」スーツ軍団の中で動揺が広がる。

それもそうだ、伊万里を救うために伊万里を逃せば、スーツ軍団は『不幸せ』になり、スーツ軍団に伊万里を明け渡せば、それは伊万里が『不幸せ』になるということだ。両者が得できる手段があるなればそれに越したことはないが、それが見つからなかったからスーツ軍団は伊万里を追っているんだし、伊万里は彼らから逃げていたのだ。

朝霞は伊万里の方に体を向け、話しかける。

「幸せに、自由になりたいんだよね?」

「は、はい!」

「それじゃあ、俺が幸せにさせてあげるよ」

と言いながら、両手で伊万里の頭をつかむ朝霞。

「え・・・」

伊万里は何かを言う暇もなく、朝霞によって首を捻じ曲げられた。

ゴリュリ。

不気味な音が、十字路で響く。

朝霞が手を離すと、伊万里だったものは重力に逆らうことはできず、そのまま床に倒れ込んだ。

伊万里だったものは倒れても、何一つ反応はなかった。そして、それ以降、この物体が自立して行動することはなくなった。

「さあ、これで伊万里ちゃんは自由になった。そしておじさんたちはこれを持っていけば首にならずに済むんでしょ?さあこれで万事解決だね!よかったよかった」

「・・・・お、お前・・・」

「何してくれたんだああああああ!」

先ほどまで静まり返っていた十字路が瞬く間に悲鳴と怒声に溢れかえった。

先ほどまで硬直していたスーツ軍団が伊万里に近づき、様々な処置を施しを行なってみたが、全て杞憂に終わった。

首は皆がどう頑張っても直すことはできなかった。途端、悲しみにくれるスーツ軍団。大の大人が何人も涙をこぼした。

スーツ軍団の一番のミス。それは「見ず知らずの人間を殺すことはない」なんて考えていたことだ。殺される可能性はいつでもあるというのに、ターゲットを見ず知らずの人間に預けてしまっていた。それが彼ら唯一の、そして絶対的なミスであった。

そしてそのミスは、取り返すことはできないのだ。どうあがいても、どう努力しても。

「ねぇ、おじさんたち」

気付けば、スーツ軍団の外に朝霞はいて、不思議なものを見つめるかのようにそこにいた。

「なんでそんなに悲しんでるの?やっと捕まえられたんだよ?喜ばないの?」

この時、スーツ軍団は絶句した。

まさかこの少年は、なんとも思っていないのだろうか。今自らが行った行為について。人殺しという、非人道的な行為に、何一つ思うことはないというのか。そう思った。が、誰も口にできなかった。なぜなら、それを口にしてしまえば、今ある現実を真実だと受け入れてしまうということだから。

自分たちのターゲットで、日本の三分の一を占める家系の家長がこよなく愛していた愛娘の死が、真実だといってしまうということと同時に、その先にある自分たちの処遇を受けれなければならないということなのだから。

しかし、一人のスーツ男は口を開いた。真意を知るために。このような虐殺を行った相手に、その行為の真意を教えてもらいたかったから。

「なんでって、そりゃあそうだろ。死んじまったんだぞ?伊万里嬢が。死んじまったら、お話もすることはできない、食事も、遊ぶこともできなくなっちまうんだぞ?そんな状態に、お前がしたんだ。だのにお前は、どうしてそこまで、平静で、いられるんだ?」

「どうして、ね。だってあの子、自由になりたいって言ってたんだよ?自由ってのは、つまり、『死』ってことじゃないの?」

平然と答える朝霞。その声には「どうしてそんな常識もわからないのだろう」という、少し馬鹿にするような笑いが混じっていた。

「じ、自由だと。こんな、何も出来ない状況が、自由?何を言ってるんだお前は」

「死んだら何にも縛られない。誰にも捕まらない。これほどいいものはないでしょ?素敵でしょ?」

「・・・・・・」

この時、スーツ軍団は同じ事を考えていた。

――この男、いかれている。と。

人の死を知らない、というレベルじゃない。死というものを理解した上で自ら進んでこのような蛮行を行なっている。それはもう人間ではない。人間外の行動だ。

こんなやつを野放しにしては、何をしでかすかわからない。もっと多くの犠牲が出ることは目に見えている。なれば、罪を背負ってでも奴を仕留めなければならない。

と、大人らしくもない事を考え始めた。この時点で、スーツ軍団には一番正しい行動、人道的行動というものが麻痺し始めていた。それは伊万里という、自分たちの人生を左右させる存在を目の前で虐殺されたからなのか。それとも、朝霞という、今まで対峙したことのないタイプの人間の本質を知ってしまったせいなのか。またはその両方か。

が、どちらにしろ、彼らは壊れてしまった。

朝霞によって。伊万里によって。もしくは、双方の手により。

「わかった・・・。わかったよ・・・」

スーツ軍団の一人が、声を上げた。

「お前とは分かり合えないよ」

最初声を出した男とは違う男が、台詞をつなぐ。言葉を連ならせる。

「お前の考え方じゃ、未来はない」

「故に、私達がお前を」

「殺さねば」

「殺さねば」

「殺さねば」

「殺さねば」

気付けば低い声音が共鳴するかのように広がっていき、次第にその声はまとまっていく。

そして、完全に一つにまとまった時、その声は死へと誘う死神を想起させるそれとなり、スーツ軍団の顔もそれにふさわしい、炯々とした表情になっていた。

「「「「「「「「「 殺 さ ね ば 」」」」」」」」」

ぞろぞろと、誰に命令されたわけでもないのに、まるで引かれるかのようにスーツ軍団は朝霞のもとに向かう。殺すために。

伊万里のため?

違う、彼らにそんな人道的な考えは無かった。

殺す理由。それはただの「ストレス発散」である。この現実に、この事実に少しでも遠ざかるため。夢ではないものから覚めるため。このあと、自分たちに立ちふさがる絶望から目を背きたかったため。言うなれば、自分のためである。

その行動は人としてあまりに劣った考えではあったが、人外としては最も正しい判断であったろう。

「さっきから殺す殺すいってるけどさぁ、おじさんたち」

行進してくるスーツ軍団を眺めながら朝霞は言う。とても、人間的なことを。

「人が人を殺しちゃ、いけないんだぜ?習わなかった?」

「・・・・・・知ってるよぉ!」

その台詞に我慢ならなくなったか。スーツ軍団は朝霞に殺意を集中させながら特攻をかけた。

「あっそ、それじゃあ」


「終わりにしよっか。」



■  ■



結果は悲惨なものだった。

死亡者こそでなかったものの、この一日で124人もの人がこの町の病院に入ることとなった。

124人、それは伊万里を追いかけていたスーツ軍団の人数と合致する。

そう、彼らは負けたのだ。朝霞に。124対1という状況で、戦闘不能にすることすらできなかった。

それに引き換え、スーツ軍団の被害は凄まじかった。

数針縫うぐらいだったらまだいいのだが、中には骨を折ったもの、臓器を破壊されたもの、腕を引きちぎられたもの、全員が何かしらの傷を負った。

誰もが倒れ、叫び続けていたり意識を失っている人間しかいない、地獄絵図のような場から病院に連絡をとったのは他の誰でもない、朝霞であった。

殺そうと思った相手に返り討ちに遭い、その上病院に隔離されてしまった。これほど屈辱的なものはないのだろうか。しかし誰として、その事を口にすることはなかった。口止めなんかはされていなかった。彼らは自らの意志で記憶を閉ざした。地獄を見ないために、全てを隠すために。口を閉ざし、記憶を閉ざした。

故に、この事件を知っている人物は限りなく少ない。

まず一に、地獄絵図を創りだした張本人。朝霞夕閑(ゆうかん)

次にその状況を安全なところから傍観していた公貫。

そして、実はもう一人。この状況を知っていた人物がいる。

誰であろう。伊万里妹である。


「あれ?妹さん生きてるじゃん」

その事を初めに知ったのは貫であった。

貫は十字路の道の一つから少し離れた塀の上でその様子を傍観していたのだが、向かいの道の電柱の影に伊万里がいるのを発見した。

先ほど朝霞が殺したにんげんがどうしてあんな所にいるのだろうか。好奇心が疼いた貫は遠回りをして伊万里のもとに向かった。

「やっほ、妹さん」

貫は伊万里の肩をポンと叩いた。

「え!?」

伊万里は驚きながら貫の方に体を向ける。

「な、なぜ私の名前を・・・・!」

「あ、そっか。あの時僕はトイレに行ってて君の名前を聞いてなかったんだっけ。これじゃあ話があわないなぁ・・・・」

「あ、あの・・・、一体何を」

「僕の名前は公貫。あそこできみのボディーガードと闘ってる朝霞の友達さ。君の名前は伊万里妹。あの超をつけてもおかしくないほどに大きな家系の愛娘だってんだから、知らないはず無いよ!」

「なんであの人達が私のボディーガードだとわかったのですか?」

「なんでって、そりゃあ僕の家にもあの人達がきたからね。『ここに女の子が隠れてるんじゃないか』って。まあそんなわけないんだけどね。僕の家ではそういう人はすぐ警察に突き出すようにしてるし。そういえばその時『家から出るな』とも言われてたけど、それも君を捜すために部外者を外に出さないようにするためだったんだね。まあ結局のところ僕は外に出ちゃってるし、朝霞なんかは彼らが来る前に外に出ちゃってたから知らなかったし。なんか色々と甘いねぇ君のところは」

「・・・・???」

流れるようにしゃべる倒す戸惑った伊万里は頭を抱えて整理しだす。

「えっと、貫さん?」

「なんだい?」

「あなたの家に、私のボディーガードがきたのですね?」

「そう」

「それで、あなたに家にいろといったのですね」

「そう」

「なんであなた家から出てきちゃってるんですか!」

「口約束ってそれほど信用にならないよねってことさ」

「・・・・いや!全然答えになってない!」

まるで友達かのように問答をしているが、二人は今日、時間にしてみても数十分前に一方的に出合ってるだけである。だのにこのような会話ができるようにするのは、貫の魅力である。

「まあ、僕のことなんかどうでもいいんですよ、今取り上げるべき問題はなんであなたがこんな所にいるかってことですよ」

「・・・・!」

「僕は遠巻きながら見ていたんですが、さっきあなたは殺されていましたよね?僕の友達、朝霞によって」

「そ、それは・・・・・・」

「どうして生きてるんです?あそこに転がっていたあなたは、なんだったんですか?」

何もしていないのに、貫によって追い込まれているかのような気持ちになる伊万里。

言うか言うべきか、と決めあぐねていると。

「もしかして、特殊能力を持ってたり?」

貫が冗談交じりで質問をしてきた。その問に伊万里は不意に

「そうなんですよねぇ。私、能力をもってるんです」

と、まるで通販の買い物でミスをした時のような、やるせない声で事実を述べた。

途端、しまったとばかりに口をふさぐ伊万里。

その反応を見て、何を思ったか一瞬だけ片口を上げる貫。

貫は口元をつぐみ、冷静な口ぶりで話しだす。

「そうか、やっぱりあなたも能力を持っていたんですね!」

「やっぱりって、え?もしかして・・・あなたも?」

「そうです、僕も人にはない能力をもってるんですよ。僕もそうですし、朝霞もそうなんです」

「そ、そうなの・・・よかった。他にこんなこと言える人間はいなかったですから。私だけおかしいのじゃないかと思っていました・・・」

「そうですよね、僕も朝霞がいなかったらどうなっていたかわかりません。孤独の中で自分に恐怖していたかもしれない」

なんて貫は言っているが、実は彼は自身に能力があるとは思っていない。本当は持ち合わせているのに彼自身はそれは能力ではない否定をし続けているのだ。それは能力でもなんでもなく、運がいいだけ。そう思うだけなのだ。

特別な能力。それを望まない男子はいないだろう。しかし、貫はあくまで否定し続ける。実例があるからこそ、自分自身は普通だということを貫き通している。が、今この状況では話を合わせたほうが展開が進みやすいと考え、自分には能力があると言っているのだ。

「僕の能力は数十秒先を見通せる力なんです。先ほどトイレに行ったのも、このままだと自分もあなたのボディーガードに追われてしまうと思って避難させてもらいました。このままだと確実に足手まといになるからと思いまして・・・」

「なるほど・・・」

もちろんこれも全部貫の嘘だ。話を合わせるために偶然なった結果を伏線にしただけだ。しかし実体験を含ませたおかげか、伊万里の方は信じきってしまった。

「わ、私の能力は・・・私の偽物を作ることなんです」

貫が簡単に(ウソの)能力を教えたせいか、今度は自分が教えないと不公平なのかなんて思ってしまった伊万里は本当のことを話し始めた。

「偽物?それを作ることがあなたの能力なんですか?」

「ええ、例えばそこにあるアスファルトなんかを原料にして、私を作るんです」

そういうと、アスファルトに低く手を伸ばし、その手の伸びた先をじっと見つめていた。するとどういうことか、アスファルトの下から伊万里の形をした何かが浮かび上がってきたのだ。

顔も髪も服も靴も、全て伊万里と同じそれであった。

その姿を見てさすがの貫も驚きと好奇心を隠せなかった。

「なるほど!これを動かすことで本体の妹さんは隠れていても、偽物の妹さんが走り回るからボディーガードはそっちを捕まえようとして追いかける。結果として本体の妹さんは無事だってことですね!」

ワクワクした口調で答える貫。

「この素材自体は、アスファルトの下にある土を使ってるから、アスファルトが抜けるなんてことはあるかもしれませんが、そうなるまでそこの土が抜けているなんてことに気付かれることはないです」

「土を使う?アスファルトを材料にしてとか言ってましたけど、もしかして他の物質を利用しても同じようなものが使えるんですか?」

「ええ、まあ・・・試したことはないけれど、今までやってみたもの、例えば木とかゴミ袋とかでもできます」

「へぇ。もしかして一部だけを創りだすとか出来るんですか?腕とか、足とか」

「やったことはないですけど、できるんじゃないかなぁ・・・」

「おお!すごいすごい!」

拍手をする貫。拍手を受ける伊万里。

「それを使えば追っ手の足を狙って手とか作り出して足を掴んで止めたり、腕をいっぱい壁から作って道を遮断させたり、思い通りじゃないですか!」

「・・・・?なんかアドバイスを受けてるみたい私」

「そりゃあそうですよ。だってあなた、自由になりたいんでしょ?」

「・・・・!」

急に話を切り変え、じっと伊万里を見つめ始める貫。少し戸惑い、目線をそらす伊万里。少しの沈黙の後、貫は話を続けた。

「これからも逃げ続けて、そして自由を手に入れるんでしょう?それだったら出来るだけ逃げのバリエーションを増やしてあげようかなと思いまして」

「・・・・・・」

「しかし、あんな大勢の人から逃げるなんて、すごく力を使いそうですよね。何日逃げてるかはしりませんが、もう限界なんじゃないんですか?」

「・・・・・・」

「多分この騒動が終わったらまた新しい人が来るんじゃないでしょうかね、どんどん人が増えて、どんどん行動範囲が狭まれて行って。今回は朝霞が身代わりになってくれてるからいいものの、この先朝霞のような無尽蔵に全てを助けるような人間には巡りあえないと思いますし」

「・・・・・・」

「それに、逃げてるだけじゃなんにもならないと思うんですよね。僕からしたら」

「・・・!」

「逃げるだけじゃなんにも変わらない、前を見ないで逃避するだけじゃ、前には進めない。あの大人たちのように」

貫は十字路の中心を指さす。見てみるとそこには伊万里を追ってきていたボディーガード達が朝霞一人相手に苦戦している姿があった。既に何人かのスーツ男は戦闘不能になって倒れている。

「自由になるためにはどうしたら良いか、それは闘うべきなんですよ」

「闘う・・・?」

伊万里は十字路から目を背き、貫を見つめる。その目は縋るような眼だった。救ってもらいたい人間が作る目だった。

「そう、闘うべきなんです。現実と、妹さんの自由を遮らせるものと」

「だ、だけど、私一人じゃ、何も・・・・」

「何言ってるんです!」

貫は感情を高ぶらせて声を張り上げた。が、十字路の喧騒に消され、まともにその台詞を聞けたのは伊万里だけになる。

「僕がいるじゃないですか!僕もいるし、朝霞も味方になってくれる!だから現実から逃げちゃダメなんです!自由になりたいんだったら、目を背けずに闘うべきなんだ!」

「・・・・・・!」

貫の仰々しい台詞に感銘をうけたのか、伊万里は呆然と立ち尽くす。

「私は・・・」

小さな声で、伊万里は問いかける。

「私は自由に、なれますか・・・?」

「自由にさせます。自由になりましょう」

「・・・・・・そう!」

伊万里はそう言うと十字路を背に歩き始めた。

「どこにいくんです?」

貫は問うた。

「帰るんです。自由になるために、勝利するためにまずは情報収集です。おじいちゃんに謝ってきます」

「・・・・・・そうですか」

「・・・あの!」

少し歩くと伊万里は振り返り、貫の方を見つめた。その目は先程の縋るような眼差しではなく、未来に思いを馳せる希望に溢れた少女の目だった。

「ありがとうございます!」

深々とお辞儀をして、笑顔を見せる伊万里。その顔に、不安という字は一切なかった。

そして再びクルリと回り、十字路から離れていく。

伊万里の歩く先には太陽があり、貫は眩しくてうまく伊万里を見ることはできなかった。

だけどそれでいい、と思った。

そして、貫は笑う。クツクツと。この先の展開に思いを馳せて。


対象者伊万里妹が自主帰宅したので、本来ならば彼らのスべきことは彼女を家まで安全に送り届けることなのだが、今現在、伊万里と一緒に歩ける人間はいなかった。

ボディーガードは全て朝霞によってやられていたからだ。

全員をのしたところところで、貫は十字路の中心にいる朝霞に声をかける。

「妹さんは無事に帰ったよー」

「え?死んだんじゃないの?」

「んにゃ、生きてたよ」

「あれー?俺ちゃんと殺さなかったっけ?」

「朝霞、お前人殺ししたことあるのかよ?」

「・・・・・・無かった」

「んじゃ、殺し損ねてたんだろうよ」

「そうだったのか」

「そうだよ」

適当に会話を済ませたあと、貫はスーツ男の一人を指さし、質問をする

「こんなにしちゃって、どうするの?」

「救急車に来てもらう。さっき携帯から電話しといた」

「お前携帯もってたっけ?」

「持ってないから、ちょっと借りさせてもらった」

ポケットから黒いスマートフォンを取り出しながら電源をつけてみせる。そこには1から0の数字と4つ空いた空間が存在した。4桁の数字を入れて解錠させる式のものらしい。

「暗証番号はどうしたんだ?」

「適当に打ってたら開いた」

「流石」「どうも」という会話の後、スマートフォンは適当に投げ捨てられ、液晶画面にはひびがついた。

それじゃ、朝ごはんを食べに帰るか。僕ん家によってけよ、東北のおみやげいっぱいあるぞ。本当かよ。ねぷた祭りで拾ってきた鈴とか。いらねぇー。などと、いつもどおりの会話をしながら彼らは非日常から日常へ戻る。普段通りの生活に戻っていく。


太陽の日差しにやられながら、道路を歩く影2つ。

一つの影から声がする。

「今日は疲れたかい?」

もう一つの影から答えが返ってくる。

「いつもどおりだったよ。」

2つの影は形も大きさも変わらず、ただただ前に進み続けていた。

というわけで子供が大人を倒す話でした。自分の考えでは5千字で終わらせるつもりでしたが気付けば一万字を超えてました。そういうの時もありますよね。続きは考えてませんが、もし出来るんだったらもっといやぁなオチにすると思います。微妙なオチにしないように努力します・・・・・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ