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にくひめ  作者: 枝津切悠
2/2

いつも通りの朝・教室

 紗姫の早足に付き合って歩くと、あっという間に教室に到着。

 時計の針を確認すると──うん、やはりまだまだ余裕があったな。

 はぁ……もうちょっと紗姫を独り占めしたかったんだけどなぁ……。

「も~、だから全然間に合うって言ったじゃんかよ。紗姫と二人きりになれる貴重な時間なんだから、もっとゆっくり歩いても──」

「そうね、ワザと遅刻すればあんたの眼球を握り潰してウサギの餌に出来たわね」

「酷くなってる! さっきより酷くなってるよッ!」

 まったく……こんな可愛い顔してなんて恐ろしい事を言うんだ……。

「おはよっ、高山君」

「ん? あぁ、しーぽんか」

 名前を呼ばれ振り返ると、そこには我が二年A組の数少ない良心、古賀静ちゃん(通称しーぽん)の姿が。

「おはようさん、しーぽん。今日も可愛いな」

「はいはい、どう致しまして。紗姫もおはよう」

「……おはよう、しーぽん」

 しーぽんに朝の挨拶を交わしながら、俺をジトっと睨む紗姫。

 なんか可愛い。

 可愛いから頭を撫でてみた。

「にゃっ……なにしとんじゃーっっ!」

 殴られた。

「なっ……なななななにすんのよ、いきなりっっ! 馬鹿じゃないの!?」

「紗姫。高山君は馬鹿なのよ。確認するまでもなくね」

「それはそうだけど! それはそうなんだけどね、しーぽん! でも突然女子の頭撫でるとかあり得なくない!?」

「うん、あり得ないとは思うけど……でも紗姫、撫でられたとき、『にゃ』って言いながらうれし──」

「よーし。歯を食いしばれ、しーぽん」

「ごめん紗姫。私が悪かった」

 なんかよく分からないやりとりが俺の頭上で行なわれていた。

 ──あ、ちなみに俺は紗姫に良いボディを貰いうずくまっている。

 うぐぅ。

 とまぁ、こんな感じでいつものように朝から暴れていると、これまたいつものようにいつもの面子が集まってきた。

「にゃはは〜♪ おはよ~、『にくがわら』ちゃんっ♪ また高山君とイチャコラしちゃって羨ましいですにゃ〜♪」

 楽しい事至上主義のユッキーに──

「ぐふふっ、おはよう『にくがわら』氏。今日もエロイ躯してますなぁ……流石高山氏の肉嫁ッ! ギザうらやましスッ!」

 ステレオタイプのオタク像を演じる(?)次郎丸に──

「『にくがわら』ちゃん! 今日の宿題見せてっ! お願いしますっ!」

 そして最後にバカな真琴。

 この三人はしーぽんと違い、紗姫をからかう事を生業としているからタチが悪い。

 今日も今日とて紗姫のウィークポイントの苗字ネタで攻めてきやがった。

「お、おい……お前ら……いい加減にしないと紗姫が……」

 俺は内蔵に残る鈍い痛みを押し殺しながら立ち上がり、紗姫を見る。

「………………」

 うわぁ……これは不味い……。

 体をプルプルと震わせ、拳を握りしめている……。

「さ、紗姫さん? ちょっと落ちついて……ねっ? じょ、冗談だからっ。皆、冗談で言ってるだけだから──」

「うがああああああああああああッ!てめえらの血は何色だァァァァァッ!おらあああああああああッ!」

 なんかキャラ憑依したーーーッ!

 完全に世紀末のキャラが憑依したッ!

 ヤ、ヤバいぞこれは……大暴れしだした紗姫は誰にも止められない……破壊衝動が収まるまではッ!

「うわっ! 紗姫がキレた! ちょっと高山君! 紗姫を止めなさいよ!」

「無茶言うなよ、しーぽん! てかなんで俺が!? 今のはどう考えてもこの三人のせいだろ!」

「いやいや、高山君。高山君はクラスのサンドバック係なんだから、ちゃんと仕事しないと駄目だよ~♪」

「何その係!? 完全にイジメだよね!? そんな係あっちゃ駄目だよね!?」

 なんでユッキーは愉快そうな顔で、陰湿な発言するの!?

 イジメ駄目! 絶対!

「そうでござるよ高山氏ッ! 紗姫殿の柔肉を受け止める仕事など、光栄の極み! 拙者が変わりたいくらいでござるよ!」

「うるせぇよッ! じゃあお前が行ってこいッ!」

「よ、宜しいのでござるかッ!? うおぉぉぉぉぉぉーーッ! 紗姫殿ォォォォォォッ!」

「ごめんっ! やっぱお前引っ込んでろッ! なんか駄目だッ! なんか駄目な匂いがするッ!」

 駄目だった! 次郎丸は駄目だった!

 次郎丸は見た目可愛いけど、中身は完全におっさんだもんな!

 うんっ、引っ込んでろ!

「ちょ、ちょっと宿題見せて……いやマジで、マジでやばいんだって……もう誰でも良いから宿題見せてーー!」

「真琴ッ! お前はちょっと静かにしてろッ! 今それ所じゃないねーんだよッ! お願いだから空気を読んでくれッ!」

 お前は黙ってろ! 今日はもうずっと黙ってろ!

「おらあああああああああああ! とるにたらん人間共よォ! 支配してやるぞォッ!」

 なんか紗姫ちゃんがラスボスみたいな事を言い出してる!

 くそっ……不味い事になった……このままでは教室が……いや世界が滅んでバッド・エンドになってしまう!

 な、なんとかしないと……。

「なんだ、どうした?」

「おいおい、肉河原マジギレじゃねぇか。高山さっさと止めろよ」

「朝倉……花畑……」

 この騒ぎを聞きつけやってきた、俺の男友達の朝倉と花畑。

 ──というかもうクラスの殆どが俺達の周りに集まってきた。

「いや、止めろと言ってもな花畑……この状態の紗姫を止めるのは簡単じゃないんだぞ? そもそも今回は俺のせいじゃないし……」

「でもなぁ高山……肉河原を止めれるのはお前くらいだろ? じゃあ行くしかないんじゃ……」

「あ、朝倉まで……」

「そうだぜ、高山。結局はお前しか止められないんだから早く壊されてこいッ! それっ、たっかやま! たっかやま! たっかやま!」

「お、おいやめろ花畑……そんなことしたらクラス全員乗っかってくるからマジでやめろ……」

 ほんとにやめてくれ、と花畑に懇願したが時すでに遅し……。

 周りは既に──

「たっかやま! たっかやま! たっかやま! たっやっ! へったっ! へっんたい! へっんたい! へっんたい!」

 ──と、何故か『たっかやま』から『へっんたい』に代わっていた。

 クラス一丸となっての変態コールである。

「ぐぬぬ……てめぇら……」

 ち、ちくしょう……もうこうなったら行くしかない……天国のじいさん! 俺に力を!

「うおおおおおおおおおおおお!静まれ紗姫ィッ!静まらないと今日のお前のパンツの色がピンクだって事を皆にバラすぞォォォッ!」

「なんで知ってんだコラァァァッ!」

「おぱんつッ!」

 全力全壊の──いや、全力全開のパワーで放たれた渾身の右ストレートが俺の左頬に被弾。

 ちょっと引く程の速度で、人体が床に叩きつけられる。

「おらあああああああーーーッ! まだまだあああああああーーーッ!」

 暴走状態の紗姫はそれだけでは収まらず、ぶっ倒れた俺の上に股がり、容赦なく殴る。……殴る殴る……殴る。

 うぅ……どうせマウントポジションを取られるならベッドの上が良かったぜ……。

「やっぱさっき見てたんじゃねーかァッ! オラァ! 『ありがとうございます』はどうしたァ! オラァ! お礼言ってみろコラァ!」

「ありがとうございますっ! ありがとうございまっ! ありッ! あっ! うっ!……っ!……っ………」

「紗姫! 紗姫ってば! もう止めて! 高山君のライフはゼロよ!!」

 俺の命の危機を感じて、しーぽんが止めに入ってくれたが、それでも殴り続ける紗姫。

 遠のいてく俺の意識。

 ああ……美少女に股がられて死ぬなら悪くないかも……。

「ジャスティスッ! ジャスティスッ! ジャスティスッ!」

「紗姫! 高山君の顔がドドリアさんみたいになってる! ちょっと皆! 紗姫を止めるわよっ!」

 さすがはこのクラスの良心、しーぽんさん。

 しーぽんの命令で女子生徒達数人が紗姫にしがみつき、動きを封じる。

 その程度で封じられる紗姫ちゃんではないが、さすがに暴れ疲れたのか、拳の鉄槌を俺に振り下ろすのを止めた。

「はぁ……はぁ……わ、私は一体何を──ってあれ……誰これ? ドドリアさん?」

「そうよ紗姫。これはただのドドリアさんよ。どうせ戦闘民族の王子に消される運命だから気にしなくて良いわ。さっ、あっちに行きましょう」

「え? う、うん……」

 ……あれ?

 な、何故だしーぽん。お前は俺の心配をしてくれてたんじゃなかったのか……。

「ま……待ちやが……うぅっ……」

「高山ーーー!死ぬなーーー!」

 俺の名を呼ぶ朝倉の声が聞こえるが……だ、駄目だ……い、意識が……遠のいて──

「うう……あれ……? じ、じいさん……じいさんじゃないか……なにそのムチムチの女子達は……え? そんなプレイも? ちょっと待って……今この河渡ってそっちに行くから……」

「高山ーーー! その河は渡っちゃ駄目だぞ!」

「え? その膨らみに俺のふくらみを入れて良いの? ちょ、ちょっと待って……この河流れが速くて……」

「なんだとぅ!? おい高山! なんて羨ましい! ちょっと俺もそっちに……」

「ちょっと黙ってろ花畑! おい高山! いい加減に目を覚ましやがれッ!」

「うぅっ……はっ」

 ゆさゆさと朝倉に体を揺さぶられ、俺の意識は元に戻った。

「おっ……おおぉ……サンキュー朝倉……なんか知らんが助かった……もう大丈夫だ……」

「ふぅ……良かった……俺はもう駄目かと思ったぜ……」

 このクラスで比較的まともな部類に入る朝倉は、どうやら本気で心配してくれていたらしい。

 うぅ……やはりこういう時に心配してくれる友達が居るというのは良いものだ……。

「おっ、高山の意識が戻ったみたいだぜ」

「大丈夫か高山? 今回は随分とハデにやられてたなぁ」

 俺の意識が戻ると、ゾロゾロと男子生徒達が俺の周りに集まってきた。

「あぁ、大丈夫だ。心配かけて悪かったな」

「そうか、無事でなによりだぜ。しかし──ところで高山よ。お前に聞きたい事があるんだが……」

「あぁ……そうだな。おい、高山……さっき言ってた肉河原のパンツの件だが……本当か?」

 やはり皆の興味はそこにあった様だ……まぁ無理もない。

 なんたって学園のアイドル、紗姫ちゃんのパンツの色だ。例え泥水を啜ろうとも知りたい筈だ。

「ふっ、当たり前だろ。紗姫の事ならパンツの色から生理の周期まで把握済みさっ☆」

「さすが高山ッ! 清々しい程の鬼畜! そこに痺れる憧れるゥ!」

「ハッハッハッハッハ! 当然だろ! さぁ愚民共! この俺についてこいッ! 俺が新世界の神に──」

「なれるかァッ!」

 ──突如背後から現れた紗姫のハイキック。

 綺麗にジャストミートし、俺の体は再び教室の床に沈んだ。

 今度こそ……南無三。

「お前ら……散れ!」

 俺を取り囲んでいた男子生徒共を一喝。

 すると彼らは──

「イエス・ユア・マジェスティ!」

 と言って一同一斉に敬礼。

 そして鍛え抜かれた軍隊のように足並み揃えて散っていった。

「全くあの馬鹿共は……ちょっと龍介。起きなさい。」

「お、おおぉ……なんだ……まだ殴り足りないのか? よ、よし来い。お前の全てを俺が受け止めてやるぜ……」

「ち、違うわよ……あ、あの……その……わ、悪かったわねっ」

「……え?」

「いや……なんていうか……その……暴走してて流石にやり過ぎたかなって……あんたは私を止めようとしてくれた訳だし……」

 紗姫は顔を赤くしてモジモジしながら、俺に謝罪してきた。

 通学路での件もそうだが、紗姫は自分が悪いと思ったら、ちゃんと謝る事が出来るとっても良い子なのだ。

 うーん……やばい……なんか普通に可愛い……。

 ──っていやいやいや! いかんいかん! 俺はこんなキャラじゃない!

 紗姫が早々にキャラ崩壊を起こした今、せめて俺ぐらいはしっかりキャラを守らないと!

「デ、デレイベントキターーーーー! さすが紗姫だぜ! ツンデレの何たるかを理解している!」

 俺はすぐに自分のキャラを思い出し、いつもの調子に戻る。

 ふぅ、危ない所だったぜ。

「ふんっ! 勘違いしないでよねッ! あんたの顔がドドリアさんみたいに腫れ上がってるから、ほんの少しだけ反省してるだけなんだから!」

「生『勘違いしないでよね』キターーーーーー! その台詞をリアルで言えるのは紗姫ちゃんだけ!」

「や、やかましいッ! あんたがツンデレツンデレうるさいから、サービスで言ってあげてるだけよ! か、勘違いしないでよね!」

「いやいや、今! たった今凄いナチュナルに『勘違いしないでよね』って言ったぞお前!」

「いっ……言ってない!」

「えぇ!? いや言ってたって!」

「絶対に言ってない!」

「なぜそこまで頑ななの!? 絶対に言ってたって! メチャクチャ自然に『勘違いしないでよね』出てたって!」

「し、しつこいわね! もうどうでもいいからあんたも早く席に座りなさいよ! いい加減にしないと先生が来るでしょ!」

「うん、もう来てるぞー」

 ──俺と紗姫の言い合いに突如乱入してきた声。

 それは低く、そしてやる気を全く感じさせない声だった。

「「え?」」

 その声のする方へ、俺と紗姫は同時に振り向く。

 するとそこに立っていたのは、やる気を全く感じさせない事でお馴染み、我が二年A組の担任教師様の姿だった。

「「……え?」」

 ──ふと周りを見てみると、クラスの連中共はすでに着席してニヤニヤこちらを眺めていた。

 お、お前ら……。

「まぁ先生としてはお前ら二人が仲良くしてるのは大変喜ばしい事だと思うんだが──紗姫ちゃん。とりあえずホームルーム始めたいから、席に戻ってくれるか?」

「ちがっ────はい……すみませんでした」

 紗姫はなにか文句を言おうとしたが、先生の言葉に素直に従った。

「いやいや、分かってるよ紗姫ちゃん。紗姫ちゃんは高山の相手をしてたんだよな」

「べ、別にそういうわけじゃ……ないですけど……」

「うんうん、大丈夫だよ紗姫ちゃん。先生ちゃんと分かってるから」

 普段はやる気の欠片も感じさせないこの担任教師は、何故か紗姫には甘い。

 まぁ、この問題児だらけのクラスの委員長を任せている紗姫には、一応の労いをかけていると言った所か。

「おい、高山ぁ。紗姫ちゃんにいらん苦労かけてんじゃねーぞコノヤロー」

「はぁ……すみません」

 そして俺にはこの態度である。

 紗姫と比べると、どうしても対応が雑に感じてしまうが、これがこの先生のフラットな態度なのだ。

 今更気にしない。

「お前もさっさと座れよー。空気椅子に」

「空気椅子に!? 先生! 俺の椅子は!? 俺の椅子はどこに消えたの!?」

「おいおい高山ぁ、そんな空想上の物があるわけないだろ。いい年して夢見てんじゃねーぞ」

「言ってる事が無茶苦茶だぞあんた!? それでも教師か!」

「これでも教師だ。先生のお仕事は生徒に現実を教える事だからな。分かったらさっさと空想上の椅子に座れ。この非実在青年」

「実在してるよ! 俺も俺の椅子も実在してるよ!」

「うるせー。幼なじみが居るとか、あり得ねーだろ。しかもその幼なじみが紗姫ちゃんだと……? 大人舐めんなよお前!」

「なにを言ってるの!? ちょっ……先生しっかりして下さい!」

「お前にしっかりして下さいとか言われたくないが……はぁ……まぁいいや……」

面倒だし、と面倒そうに呟く。

ほんとやる気ねーな、この人……。

「さて……そんじゃそろそろホームルーム始めるかー。紗姫ちゃーん、号令お願いねー」

「はい」

 起立、気をつけ、礼と紗姫が言い──おはよーございまーす、とクラス全員で号令。

 こうして俺の慌ただしくも──しかしいつも通りの朝が終わりを迎えた。

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