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antidote  作者: 斎木
4/10

気を使うのならば放っておいて欲しいけど、そんなこと言えない

続き。放課後です。

「ポスターの許可取ってくる。部室先行って」

帰りのホームルームが終わると同時、携帯が震えた。羽山からのメールだ。

口で言えばいいのにと思い、羽山の席を見る。

姿がなかった。

(瞬間移動でもできんのか、あいつは)

昼休み以降、午後の授業を貫通して寝ていたはずなのだが。何時の間に。

(……まぁいいか)

素直に従い部室に向かうことにした。返信はしない。

教室のある三階から、校舎の端の西階段を一つ下りる。

面倒だが、部室には直接行けない。二階の端にある職員室まで出向き、鍵を貰う必要があるのだ。面倒だが。

(……しくった)

二階に降りたと同時、後悔。

帰りの時間がかぶったらしく、二階廊下は三年生でごったがえしていた。いつもは西端の階段を使うのだが、今日に限ってボケた。

だが、今更戻る気もしない。壁と一体化するようにすり抜け、職員室へ。

「すいません」

入り口の傍、壁にかけられた鍵の中から「地学室」のタグの付いた鍵を取る。泥棒みたいにすぐに出て、無言でドアを閉めた。

あとはもう、問題ない。手前の階段まで戻り、一階昇降口まで降りる。

(ああ、そうだ、本……)

昇降口脇には図書室がある。公立のせいか偏差値のせいか、館ではなく室なのが気になるが、それなりに広くコピー機まであって重宝している。

(羽山が来るまで少しあるだろうし、何か借りて……いや、返してなかったっけ?)

そういえば、先週小説を借りたままだった気がする。

しかも、まだ読んでない。

(いいか……今度で)

諦める。所詮は思いつきなのでどうでもいい。

途中、自動販売機でコーヒーを購入してから、渡り廊下を通り、向かいの特別棟に向かう。

「あー……このクソ移動がな……」

本校舎向かいの特別棟に行くには、さらに一階まで降りて、渡り廊下を通らなければならない。二階にも連絡路があればいいのだが、増改築する予定はないそうだ。公立万歳。

(まぁ、羽山よりはマシか)

渡り廊下の左手、おおよそ百メートル先にある食堂を見やる。あそこの二階の奥の部屋が生徒会室だ。行って帰って部室に向かっては、面倒臭すぎる。

渡り廊下を抜けて特別棟に入り、三階まで上る。

これでやっと、部室に到着だ。

疲れた。

日ごろ運動はしているが、疲れた。

「こんにちはー……」

生物室の鍵を開ける。教室ではなく、併設されている準備室の方を。稀に先生がいるときがあるので、挨拶も忘れない。今回は運が良く、誰も居なかったが。

真ん中に配置されている長机とパイプ椅子を避けて、細長い部屋の奥へ。薬品棚の前のコンピューターデスクの椅子を引き、腰を下ろす。

「……ふぅ」

缶コーヒーを片手で開けて、一口。甘みと苦味が口に広がる。

やっと一息つけた。

「ハル、貰ってきた!」

ガラッとドアが開く。

「ごっふッ!」

思い切り咽た。不意打ちだ。吐き出したコーヒーを手のひらで抑え戻す。

羽山はうろたえた僕には構わず、付箋のような紙の束を目の前垂らしてくる。

「どうしたの? 許可証だよ、これ」

紙束にはそれぞれ、「生徒会」の赤い判子が押されていた。

(そりゃよかったな……!!)

文句を言ってやりたかったが、今は無理だ。気管に入った。なんとか手のひらの中に吐き出して、ばれない様に舐めとる。

(くそ、早過ぎだろオイ)

渡り廊下を通ったときに、羽山の姿はなかった。あれからすぐ来たにしても早すぎる。

どうやって来たというのだ?

「ねぇ、ハルはこれ使える?」

羽山が机の上のパソコンを指す。

「……ああ、一応な」

言っている意味がよくわからないが、頷く。

「いや、それより羽山、一体どうやって――」

「良かった。私、あんまり得意じゃなくて。ポスター製作お願いね」

「ここに……って、え、ポスターって手描きじゃないのか?」

ちょっと待て。一旦疑問は置いておく。製作お願いって、しかもそれ、僕がやるのか?

「必要事項、大文字の太字で書くだけだもの。印刷のほうが楽でしょ? これ、十枚もあるけど、逐一書きたい?」

そりゃ嫌だけど。予想と違う。

「イラストは?」

「誰が描けるの?」

それはそうか。

「できるのなら背景黒にして、白か黄色の水玉でも散らせて。無理なら無地で。そんなもので充分でしょ? それとも拘りあったりする?」

「ない」

あるわけがない。と言うか、そもそも、やりたくない。

「じゃあ、お願い」

「プリンター、あるのか?」

「ないの?」

ねぇよ。

一年使っていてどうして知らないんだ。

「家には?」

「ないな」

「じゃ、コンビニでプリントね」

「そんなことできるのか?」

「うん。ネットにさえ繋がっていれば」

知らなかった。

どうやら問題はないらしい。この作業は無駄にはならないらしいと安心する。二割くらいは、無駄だったら中止になったのにと嘆いているが。

仕方ない、こうなったのならばさっさとやろう。

まず、文章作成ソフトを開く。

「そういや、サイズは?」

「適当でいいんじゃない? 掲示板のも統一性なかったし」

「じゃ、B5な。そんで、まずは『天文部』と太字で書くとして……あとは何書く?」

左肩に重み。羽山が圧しかかる。

「新入生歓迎。お一人様でもどうぞ」

「何だよ、お一人様って」

突っ込みつつも、言われた通り打ち込む。

拘りはない。断固。

「活動、改行、昼休み→屋上。放課後→生物室」

「ひるやすみ、やじるし……」

適当に改行して打ち込む。

「以上」

「いじょ……え、マジ?」

短すぎるだろう。全部大文字で書いても余るぞ。

「そのくらいで充分だって。来てくれればいいんだし。書きたいことあったら加えてもいいけど? 拘りある?」

「いやない」

「背景は黒にできる?」

「背景と文字色はわかるが、水玉はいじくってみないとだ」

「わからないなら、これでも大丈夫。百円シールでも買って貼るから」

「ああ、そっちのがいいな。見栄え的にも」

大雑把にレイアウトを整えて、背景と文字の色を変える。どれも数クリックで終わる。

「終了」

思ったより早く仕事が終った。

「ありがと」

もうやることがない。

「ってか、いかにも放課後毎日やっています! みたいに書いているけど、どうなの? 多くて週三日だろ。増やすのか?」

「ううん、バイトと道場があるから無理。単に明日と明後日、どっちかが部室に居ればいいだけの話じゃない」

「僕、明日はヒマだけど、明後日はバイトだ。そっちもそうじゃなかったか?」

「風邪ひく予定」

「そこまでしてか……?」

恐ろしい。この辺だと高めの時給なのに。

「何かを得る以上、対価は必要だと思わない?」

「うーん、どうだろ。確実に得られるんならわからんでもないが」

「小さ。公務員にでもなれば?」

うるさい。平凡真ん中が何よりだろうが。

「なれるもんならなりたいけどな」

「そうなの? そういえば、話したことなかったよね。将来の夢とかって。何になりたい? 何をしたい?」

「あー……何だろ。羽山は?」

肩を押される。もたれるのはやめ、ちゃんと立ったようだ。

「何だろうね?」

まぁ、そんなものか。

「イス変わって。データ、送るから」

了解、と頷いて立ちあがる。滑り込むように、羽山が座る。

「すぐ終わるから。ちょっと待っていてくれる? 百円ショップ行こう?」

「ああ」

そばのパイプ椅子に座る。

やることがないが、何かして潰さねばもたないほど、時間がかかるわけでもなさそうだ。

羽山の後姿を見ながら、ぼんやり考える。

思いつくのは、先程の一件。

(……そういや、こいつ、なんでこんなに早かったんだ?)

生徒会から許可を貰ってくるといっていたのに、部室に来たのはほとんど僕と同じ。数分の差はあったけど、それにしても早すぎる。生徒会室は、教室からするとこことはまた逆方向にある、食堂の隣の一室である。

一階まで降りる手間は変わらないが、その後の移動距離は、ここまで来るのとほとんど変わらない。

(走ってきたとか?)

真っ先に浮かぶ可能性だが、却下。部室に入ってきたとき、羽山の息は乱れていなかった。それに、意味なく走るようなキャラではない。

(そもそも、授業終わってすぐ生徒会室行ったって、誰もいないだろうし……)

授業のコマ数は、どの学年でも変わらないはずだ。それはこの一月、授業中に窓の外を眺めて学んだ。

(と、なると許可証、既に手に入れていたのか? 生徒会に友人でもいるのなら、ありえ……ないか。却下)

羽山にも僕にも友人はいない。それに休み時間、あいつは授業を貫通してずっと寝ていたと思う。

以上から察すると、

(ひょっとして……あいつ、生徒会から許可証貰っていないんじゃ?)

自問自答だが、おそらく正解だろう。

では、あの視許可証はどこから手に入れたのか。どこかの部の余りを貰いでもした? いや、それも違う。そんな気さくな関係の奴はいない。誰かから入手した可能性はない。

と、なるとだ。

(盗んだ……既に貼ってあるのを千切ってコピーしたか)

昇降口横の図書室には、コピー機がある。教室を出た後、そこに寄って印刷してから来れば、ちょうどあれくらいの時間差になったのではないだろうか。

(あー、くそ。面倒くさいことしやがって。今のうちに生徒会室行って、ちゃんと許可貰っておくか)

あのとき、図書室に寄っていればこんな面倒は避けられたのか。ちゃんと本、返してさえいれば。

無言で立ち上がり、部室を出ようとドアに触れる。

「ハル、どこ行くの? トイレ?」

眼は画面に向けたまま、羽山が問う。

「あー……まぁ」

突っ込んでやろうかとも思ったが、辞める。わざわざ人が隠したものを明るみにすることもない。僕が申請して、そのままゴミ箱にでもぶち込めば問題はないのだ。

「生徒会室なら、行かないほうがいいよ?」

……え?

「どうせ貰えないから、許可証。無駄手間になるよ」

どうしてばれたのか、いや、そうではない。

「無駄手間って、何で?」

「うん。私ね、五、六時限に寝ながら考えたんだけど」

いや、寝ながら?

「夢で考えたんだけど。ポスター貼っていいのって、掲示板だけなわけじゃない?」

「まぁ、そうだな」

その規則を破ろうとした奴が何を言う。

「既に掲示板が万杯な今、掲示許可って下りると思う? 一部くらいならくれるかもしんないけど、欲しいのはもっとだよね?」

「…………そうか」

そう言えば、そうか。貼るところがない。

羽山が立ち上がる。

「送信できた、行こっか」


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