気を使うのならば放っておいて欲しいけど、そんなこと言えない
続き。放課後です。
「ポスターの許可取ってくる。部室先行って」
帰りのホームルームが終わると同時、携帯が震えた。羽山からのメールだ。
口で言えばいいのにと思い、羽山の席を見る。
姿がなかった。
(瞬間移動でもできんのか、あいつは)
昼休み以降、午後の授業を貫通して寝ていたはずなのだが。何時の間に。
(……まぁいいか)
素直に従い部室に向かうことにした。返信はしない。
教室のある三階から、校舎の端の西階段を一つ下りる。
面倒だが、部室には直接行けない。二階の端にある職員室まで出向き、鍵を貰う必要があるのだ。面倒だが。
(……しくった)
二階に降りたと同時、後悔。
帰りの時間がかぶったらしく、二階廊下は三年生でごったがえしていた。いつもは西端の階段を使うのだが、今日に限ってボケた。
だが、今更戻る気もしない。壁と一体化するようにすり抜け、職員室へ。
「すいません」
入り口の傍、壁にかけられた鍵の中から「地学室」のタグの付いた鍵を取る。泥棒みたいにすぐに出て、無言でドアを閉めた。
あとはもう、問題ない。手前の階段まで戻り、一階昇降口まで降りる。
(ああ、そうだ、本……)
昇降口脇には図書室がある。公立のせいか偏差値のせいか、館ではなく室なのが気になるが、それなりに広くコピー機まであって重宝している。
(羽山が来るまで少しあるだろうし、何か借りて……いや、返してなかったっけ?)
そういえば、先週小説を借りたままだった気がする。
しかも、まだ読んでない。
(いいか……今度で)
諦める。所詮は思いつきなのでどうでもいい。
途中、自動販売機でコーヒーを購入してから、渡り廊下を通り、向かいの特別棟に向かう。
「あー……このクソ移動がな……」
本校舎向かいの特別棟に行くには、さらに一階まで降りて、渡り廊下を通らなければならない。二階にも連絡路があればいいのだが、増改築する予定はないそうだ。公立万歳。
(まぁ、羽山よりはマシか)
渡り廊下の左手、おおよそ百メートル先にある食堂を見やる。あそこの二階の奥の部屋が生徒会室だ。行って帰って部室に向かっては、面倒臭すぎる。
渡り廊下を抜けて特別棟に入り、三階まで上る。
これでやっと、部室に到着だ。
疲れた。
日ごろ運動はしているが、疲れた。
「こんにちはー……」
生物室の鍵を開ける。教室ではなく、併設されている準備室の方を。稀に先生がいるときがあるので、挨拶も忘れない。今回は運が良く、誰も居なかったが。
真ん中に配置されている長机とパイプ椅子を避けて、細長い部屋の奥へ。薬品棚の前のコンピューターデスクの椅子を引き、腰を下ろす。
「……ふぅ」
缶コーヒーを片手で開けて、一口。甘みと苦味が口に広がる。
やっと一息つけた。
「ハル、貰ってきた!」
ガラッとドアが開く。
「ごっふッ!」
思い切り咽た。不意打ちだ。吐き出したコーヒーを手のひらで抑え戻す。
羽山はうろたえた僕には構わず、付箋のような紙の束を目の前垂らしてくる。
「どうしたの? 許可証だよ、これ」
紙束にはそれぞれ、「生徒会」の赤い判子が押されていた。
(そりゃよかったな……!!)
文句を言ってやりたかったが、今は無理だ。気管に入った。なんとか手のひらの中に吐き出して、ばれない様に舐めとる。
(くそ、早過ぎだろオイ)
渡り廊下を通ったときに、羽山の姿はなかった。あれからすぐ来たにしても早すぎる。
どうやって来たというのだ?
「ねぇ、ハルはこれ使える?」
羽山が机の上のパソコンを指す。
「……ああ、一応な」
言っている意味がよくわからないが、頷く。
「いや、それより羽山、一体どうやって――」
「良かった。私、あんまり得意じゃなくて。ポスター製作お願いね」
「ここに……って、え、ポスターって手描きじゃないのか?」
ちょっと待て。一旦疑問は置いておく。製作お願いって、しかもそれ、僕がやるのか?
「必要事項、大文字の太字で書くだけだもの。印刷のほうが楽でしょ? これ、十枚もあるけど、逐一書きたい?」
そりゃ嫌だけど。予想と違う。
「イラストは?」
「誰が描けるの?」
それはそうか。
「できるのなら背景黒にして、白か黄色の水玉でも散らせて。無理なら無地で。そんなもので充分でしょ? それとも拘りあったりする?」
「ない」
あるわけがない。と言うか、そもそも、やりたくない。
「じゃあ、お願い」
「プリンター、あるのか?」
「ないの?」
ねぇよ。
一年使っていてどうして知らないんだ。
「家には?」
「ないな」
「じゃ、コンビニでプリントね」
「そんなことできるのか?」
「うん。ネットにさえ繋がっていれば」
知らなかった。
どうやら問題はないらしい。この作業は無駄にはならないらしいと安心する。二割くらいは、無駄だったら中止になったのにと嘆いているが。
仕方ない、こうなったのならばさっさとやろう。
まず、文章作成ソフトを開く。
「そういや、サイズは?」
「適当でいいんじゃない? 掲示板のも統一性なかったし」
「じゃ、B5な。そんで、まずは『天文部』と太字で書くとして……あとは何書く?」
左肩に重み。羽山が圧しかかる。
「新入生歓迎。お一人様でもどうぞ」
「何だよ、お一人様って」
突っ込みつつも、言われた通り打ち込む。
拘りはない。断固。
「活動、改行、昼休み→屋上。放課後→生物室」
「ひるやすみ、やじるし……」
適当に改行して打ち込む。
「以上」
「いじょ……え、マジ?」
短すぎるだろう。全部大文字で書いても余るぞ。
「そのくらいで充分だって。来てくれればいいんだし。書きたいことあったら加えてもいいけど? 拘りある?」
「いやない」
「背景は黒にできる?」
「背景と文字色はわかるが、水玉はいじくってみないとだ」
「わからないなら、これでも大丈夫。百円シールでも買って貼るから」
「ああ、そっちのがいいな。見栄え的にも」
大雑把にレイアウトを整えて、背景と文字の色を変える。どれも数クリックで終わる。
「終了」
思ったより早く仕事が終った。
「ありがと」
もうやることがない。
「ってか、いかにも放課後毎日やっています! みたいに書いているけど、どうなの? 多くて週三日だろ。増やすのか?」
「ううん、バイトと道場があるから無理。単に明日と明後日、どっちかが部室に居ればいいだけの話じゃない」
「僕、明日はヒマだけど、明後日はバイトだ。そっちもそうじゃなかったか?」
「風邪ひく予定」
「そこまでしてか……?」
恐ろしい。この辺だと高めの時給なのに。
「何かを得る以上、対価は必要だと思わない?」
「うーん、どうだろ。確実に得られるんならわからんでもないが」
「小さ。公務員にでもなれば?」
うるさい。平凡真ん中が何よりだろうが。
「なれるもんならなりたいけどな」
「そうなの? そういえば、話したことなかったよね。将来の夢とかって。何になりたい? 何をしたい?」
「あー……何だろ。羽山は?」
肩を押される。もたれるのはやめ、ちゃんと立ったようだ。
「何だろうね?」
まぁ、そんなものか。
「イス変わって。データ、送るから」
了解、と頷いて立ちあがる。滑り込むように、羽山が座る。
「すぐ終わるから。ちょっと待っていてくれる? 百円ショップ行こう?」
「ああ」
そばのパイプ椅子に座る。
やることがないが、何かして潰さねばもたないほど、時間がかかるわけでもなさそうだ。
羽山の後姿を見ながら、ぼんやり考える。
思いつくのは、先程の一件。
(……そういや、こいつ、なんでこんなに早かったんだ?)
生徒会から許可を貰ってくるといっていたのに、部室に来たのはほとんど僕と同じ。数分の差はあったけど、それにしても早すぎる。生徒会室は、教室からするとこことはまた逆方向にある、食堂の隣の一室である。
一階まで降りる手間は変わらないが、その後の移動距離は、ここまで来るのとほとんど変わらない。
(走ってきたとか?)
真っ先に浮かぶ可能性だが、却下。部室に入ってきたとき、羽山の息は乱れていなかった。それに、意味なく走るようなキャラではない。
(そもそも、授業終わってすぐ生徒会室行ったって、誰もいないだろうし……)
授業のコマ数は、どの学年でも変わらないはずだ。それはこの一月、授業中に窓の外を眺めて学んだ。
(と、なると許可証、既に手に入れていたのか? 生徒会に友人でもいるのなら、ありえ……ないか。却下)
羽山にも僕にも友人はいない。それに休み時間、あいつは授業を貫通してずっと寝ていたと思う。
以上から察すると、
(ひょっとして……あいつ、生徒会から許可証貰っていないんじゃ?)
自問自答だが、おそらく正解だろう。
では、あの視許可証はどこから手に入れたのか。どこかの部の余りを貰いでもした? いや、それも違う。そんな気さくな関係の奴はいない。誰かから入手した可能性はない。
と、なるとだ。
(盗んだ……既に貼ってあるのを千切ってコピーしたか)
昇降口横の図書室には、コピー機がある。教室を出た後、そこに寄って印刷してから来れば、ちょうどあれくらいの時間差になったのではないだろうか。
(あー、くそ。面倒くさいことしやがって。今のうちに生徒会室行って、ちゃんと許可貰っておくか)
あのとき、図書室に寄っていればこんな面倒は避けられたのか。ちゃんと本、返してさえいれば。
無言で立ち上がり、部室を出ようとドアに触れる。
「ハル、どこ行くの? トイレ?」
眼は画面に向けたまま、羽山が問う。
「あー……まぁ」
突っ込んでやろうかとも思ったが、辞める。わざわざ人が隠したものを明るみにすることもない。僕が申請して、そのままゴミ箱にでもぶち込めば問題はないのだ。
「生徒会室なら、行かないほうがいいよ?」
……え?
「どうせ貰えないから、許可証。無駄手間になるよ」
どうしてばれたのか、いや、そうではない。
「無駄手間って、何で?」
「うん。私ね、五、六時限に寝ながら考えたんだけど」
いや、寝ながら?
「夢で考えたんだけど。ポスター貼っていいのって、掲示板だけなわけじゃない?」
「まぁ、そうだな」
その規則を破ろうとした奴が何を言う。
「既に掲示板が万杯な今、掲示許可って下りると思う? 一部くらいならくれるかもしんないけど、欲しいのはもっとだよね?」
「…………そうか」
そう言えば、そうか。貼るところがない。
羽山が立ち上がる。
「送信できた、行こっか」
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