仲間というよりは単に同類
屋上からの続きです
「そういえば、今日はどうする?」
「何が?」
放課後、と言いかけて思いとどまる。
「……部活」
「道場いかないの?」
わずかに首をかしげる羽山。言っておいてよかった。コイツは、携帯を携帯しない。大抵は鞄に入れっぱなしなのだ。
「今日は無いって、メールあった。見てない?」
「見てない、着てない」
一斉送信だったから、届いてないはずはない。していないのは確認だ。
「急に暇かぁ。バイトもないし、何かやる?」
中身がない部活なので、いざやると言っても、活動内容と目的がない。
「そうだな、勧誘でもするか?」
「そうね、しようか」
いや、冗談だったのだが。
「ポスターくらいは描こうか。昼休みと放課後に活動しています、いつでも歓迎です、って」
「えー……」
面倒なことになった。
「そう言わない。やることないでしょ?」
「それはそうだけどさ……」
やることがないからと言っても、やりたくないことはやりたくない。
「部室ずっと欲しいでしょ? 屋上にもっと居たいでしょ? クラスで二人ボッチは囲居心地悪いって思ってるでしょ?」
いや、ま、確かにそうだ。
クラスではもう、友人グループが出来上がっている。それには今更加われないし、そもそも加わりたくもない。
独りはそれなりに寂しいが、それ以上に集団が辛い。側に居たくすらないのだ。
駄目なところと自覚はしているが、そう簡単に治せるものでもない。
だからと言っても、すんなり頷くなどできない。
「どうしたんだよ、急に。今まで何も言わなかっただろ?」
「ちょっと考えたのよ、さっきの娘のこと。どうしてこんなとこに来たんだろうって」
「はぁ」
「それで、思いついたの!」
ほんのわずかに高い声。口の端も、よく見れば上がっている。余りないことなので、やや期待。やや意外は不安。
「何を?」
「さっきの娘、招き入れよう。我が天文部に」
意味がわからないよ。
「何で?」
実は馬鹿じゃないのか、お前?
「さっきからもう何でどうしてと、五W一Hでも制覇するつもり? あの娘が一人ぼっちみたいだったからに決まっているでしょ」
ははぁ。
「そんな傷の舐め合いしても……」
思いっきり呆れた顔をしてみせる。そんなことをして何になるのだ。
そもそも、一人ぼっちだと決まったわけでもない。
「甘い、甘い、ハル」と指を振る。
「もう仲間作ってお昼一緒に食べてなきゃいけないこの時期に、一人で屋上に来たってことはね、はい、どう思う?」
「いや……友達いないとか?」
さっき話したと思う。しかも、それだけで決定的というわけでもないだろう。
「そう、あの娘は一人ぼっち……少なくとも、その可能性は高い。部活も入っていないでしょうね。部室に逃げてないところを考えると。コミュニケーション苦手なのかも」
そら、そうかもしれないけど。人に散々言った割には随分強引な仮定ではないだろうか。
あと、コミュニケーション云々は僕らが言っていいことじゃない。
「羽山、人と接する云々はな?」
「さっき、私たち見てさっさと撤退したあたりが証明してくれるんじゃない?」
いや、能力の高低ではなく、だな。僕らが言うなと。
「と言うことは、よ。仮にウチの部に入ったとしても、馴染めなくって、いずれ部活にも来なくなるかもしれないじゃない? チャンスよ!」
うわ、腐った意見だ。win-winの関係でも築くのかと思っていたのに。
だが、採用。
「よし、勧誘しよう」
「やる気出た?」
「プライベートスペースは大事だからな」
結局、僕も腐っているのだ。
「そうこなくちゃ」
「でも、どうするんだ? さっきの娘、名前も何も知らないんだろ?」
一年のクラスを片端から当たれば見つかるだろうが、それは嫌だ。
「だから、考えなさい。新学期が始まって約一ヶ月。黒点観察はずっとやっていたけど、ここにあの娘が来たのは初めてでしょ?」
「ん、ああ……」
と言うことは、つまり?
「新学期からずっとじゃなく……今までは上手くやっていて、今日か昨日、何か問題を起こした……? 喧嘩したとか、彼氏に振られたとか」
「そう、いい感じの不幸ね。かわいそう」
結構な言い様である。
「他の可能性は?」
「えー……んじゃあ、馴染もうとしていたけど上手くいかず、ついに居たたまれなくなって教室から出てきた?」
「うん。どっちでもいいけど、私的には後者であって欲しいわね」
「……うん、まぁ。で、それが?」
「どっちの場合でも、よ。あの娘は今まさに諦めて、一人で食事できる感じの、目立たない場所探しているわけでしょう? 今日ポスター描いて、明日そういった場所に貼れば目につくと思わない? むしろ、貼っているときに会えるかも?」
ああ、なるほど。
足で勝負か。
「あれ、でも待て。掲示物って、確か決まった場所にしか貼っちゃいけないような……?」
昇降口と、廊下の踊り場の掲示板くらいにしか貼れなかったはずだ。それも、もうすでに満杯を超えて、掲示板の端っこに無理やりピンを刺して留めている状態だったと思う。
貼れるのか、そこに。
「今日は何日?」
「二十八日だけど、それがどうした」
「部活勧誘の期限は?」
「今月末……まさか、お前」
「うん。違反掲示物は見つかり次第剥がされるけど、逆に言えば剥がされるまでは貼れるってことじゃない? 急いで今日作っても、どうせ二日しか貼れないんだから、どこに貼っても似たようなものでしょ」
「後で怒られるかもよ?」
「そのときは心を無にして受け入れなさい。豆腐みたいなメンタルでは、ボッチやっていられないでしょ。修行の一環」
修行……ボッチって、そんな高尚なものだったか?
「まぁ、いいけどさ。失うものもないし」
大学進学の意志は今のところ微妙だが、少なくともAOやらの推薦を使うつもりはない。内心に対するこだわりはゼロだ。
などとポスターの一つで打診してしまうあたり、我ながら小物臭が酷い。
「あれ、どうしたの?」
「ちょっと落ち込んだだけ」
「ふぅん? 気になるのなら、3時間目の休み時間に貼って、昼休みの終わりに回収する?」
「どっちでも。それより、今何分?」
「えっと、はい」
羽山が携帯を見せる。体感でなんとなく察していた通り、授業開始の十分前だ。望遠鏡の片付けもあるし、そろそろ戻らなくてはまずい。
「じゃあ、これ戻しておくから。先どうぞ」
「助かる。トイレ行きたかったんだ」
望遠鏡と三脚を抱える。ドアは羽山が開けてくれた。
「また放課後」
僕らは、基本的にクラスでは話さない。特別理由はないけれど、不文律みたいになっている。例外は朝の人が居ない時間帯くらいだ。
「また」
適当に羽山が手を振って別れる。
僕は部室にやや早足で向かった。さて、上手くいけばいいのだが。
観想いただけると助かりますm(_ _)m