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antidote  作者: 斎木
2/10

新学期からテンション高い奴は死ねばいい

(あー、今日も流石の安定。ろくでもないな)

机に上半身を預け、椅子を前後に揺する。ため息はつかない。

今朝は人が死んでいた。自殺だ。真昼間に高層ビルの上から飛び降りたらしい。

現実だが身近ではない、新聞記事だから同情はない。

タップしてページを捲る。

(円の上昇……外国行かないし)

事故も事件も問題も、携帯経由の新聞で簡単に見られる。ほとんどが犯罪か経済、政治関連の情報なのだが。これ、毎日毎日書いている方はどんな気持ちなのだろう。

(地方紙にでも乗り換えようかなー……)

購読しているのは大手のネット版だ。もう何年も継続しているというのに、記事の内容に近親感を持てないでいる。同じ国で起こっている事のはずなのに、現実じゃないみたいだ。

今のところ、今年で潰れてしまいそうな我が天文部の方が、よほどか深刻に感じている。

(……はぁ)

今度はため息。

机に携帯と頬を置く。朝の教室は、人が疎らで、静かだ。クラスではこの時間と放課後だけが、安げる。

「ハル、また新聞?」

後頭部を指で突かれる。結構どきっとするから辞めて欲しい。

犯人は知れているが、確認のため振り返る。おろしたての針金みたいな、真っ直ぐな髪と、陶磁器のような顔。当たり前だけど、わが校のブレザー。でも着ていなければ、動き出した市松人形にも見える。

「……羽山か。おはよう」

「おはよう。私でなかったら、誰だと思うの? 幽霊?」

朝っぱらから余計な言葉だ。僕にはこの能面しか友人がいない。

もっとも、それはお互い様なのだが。

「うるさいな……んで、新聞が何?」

「おもしろいかなって。その新聞って右寄だし、ネットニュースかポータブルサイトの方が中立だしお手軽じゃない? あと、政治欄見た?」

えらい多いな、質問。

「いや、まだ学校来たばっかりで。そっちこそ、何かある?」

「特に」

「そんなもんか」

「そう。そもそも毎日毎日、真新しいニュースがある方がどうかしている。CNNやABCあたりでも見ていればまた違うと思うけど、英語は読むのに時間がかかるから難しい。他の言語はわからないから論外。あと私、トイレ。また後でね」

翻訳ソフトでも使えばいいだろって、突っ込みが追いつかない。

言いたいことだけ言って、わが友は教室からさっさと出て行く。荷物だけ置きに来たのか。

「あー、いってらっしゃい」

やや早足の羽山に軽く手を振ってやる。背中が消えると、廊下の窓越しにほとんど花の散った桜が目に入った。

「……もう二年、か」

この高校に入ってから、二度目の春だ。改めて、よく無事に進級できたと思う。今年はどうだろうか。部活だけでなく、羽山と同じクラスになれたのは救いだが、それだけで上手くいくとは限らない。

(今年も、あんまり変わりなさそうだなぁ……まぁ、そんなもんだろうけど。でも、部室なくなるとマジでめんどい)

学校生活は嫌でもないし、辛くもない。そして好きでもない。

なんとなく、早く終わらないかなと思う。

思うだけだけど。

ニュースの続きを読む。

うっかり閉じてしまっていたので、再ロード。やはり一面で、人が死んでいた。余計気が滅入る。指でタップして、頁を捲る。経済や、政治の方がマシだ。スポーツ欄は後ろにあるが、興味が無いのでスルー。

「ふぅん……」

適当に見出に目を通す。まだ眠気が残っているので、あまり真面目には読めない。

読み進むにつれ、周りに人の気配が増えていく。クラスメイト達だ。朝だというに、ずいぶんと騒がしい。新学期が始まったばかりで、よくこんなに仲良くなれるものだ。

うらやましい。

「ほら、席に付けー!」

クラスの喧騒とはまた違う、低い声が響く。担任の……誰だっけ。中年の男性。体育の担当だったとは覚えているが、名前が出てこない。

新学期が始まってから二週間は経つというのに、まだ羽山以外の誰の名前……どころか顔すら覚えられていない。

そして、多分、覚え切れないまま卒業するのだろう。

「きりーつ、れい」

日直の号令に従い、皆が立ち上がって頭を垂れる。着席は言わないが、座るタイミングは大体同じで揃っている。

まばらな私語と共に、担任の体育教師の話が続く。

「飯島が欠席しているが、知っている奴はいるか?」

少しのざわめきの後、「メールで、熱あるから休むって言っていました」と誰かが返す。

だったら友人じゃなく学校に連絡しろよ、と思うが口には出さない。そもそも、僕なら誰にもしない。

携帯が振動する。

ばれない様に机の陰になるように見る。わかってはいたが、羽山からだ。「昼の場所は?」あいつの言葉はメールでも口でも、基本、長いか短いかの二択だ。

「晴れている限りは屋上で」と打ち返し、一時限目の英語の教科書を机から引っこ抜く。さて、今から予習だ。当てられる前に、終わりますように。




天体望遠鏡を太陽に向ける。

「すごいぞオイ、今日の太陽核分裂絶好調。プロミネンスが龍のようだ!」

ややテンション高めに言ったのだが、羽山からの返事は無い。

サンドイッチを咀嚼する音だけが返る。

「……あー、えっと、ごめん」

少しの間をおいてから、羽山が精一杯軒を使ってくれた。

表情筋は死んだままだが、血管は拡張している。

多分、ちょっとそれっぽいリアクションを返そうかと思って辞めたのだろう。日ごろのテンションが低い人間が、無理に上げようとした結果がこれか。

「……うん、天気は良いよね」

まだ少し頬が赤い。後悔先に立たず。すまん。

「黒点は描けた?」

「これから」

大きな丸が描かれている、ハガキ大の紙。僕らは毎日毎日、ここに黒点を描いている。天文部として、屋上を使うためだ。

正直、天体に興味はほとんど無い。

パックの牛乳にストローを差し込みながら、羽山が思い出したように言う。

「もう一年経つのかぁ。続かないと思ったけど、案外保つね。ねぇハル、少しは太陽に興味沸いた? 発表会とか出てみたい?」

「この黒い点を集めて、何をどうするのか未だに理解していない。調べてもいない。そもそも、正直、屋上の合鍵作った時点でどうでもよくなってはいる」

「うん、同意」

では何故続けているのかといえば、単に習慣化したからだ。発表義務のある文化祭も、これを切り貼りすれば乗り切れるという利点もある。

「でも、今年までか?」

適当に黒点を描き写す。少しずれているが、気にしない。正確な資料は、もっと立派な観測所がやってくれているだろう。

「部員のこと?」

「そ。三人いないと部活でも同好会でもなくなるからな。三年が引退したらアウトだ」

ちなみに三年生は一人だけが在籍。部活外での関わりこそ多少あるものの、天体観測には全くやって来ない。

「ん、探す?」

望遠鏡を三脚から外し、短く畳む。まさか本気で言ってはいまい。

「当てがあるのなら。新入生も空振りだっただろ」

「そもそも振ったっけ? 勧誘する気、欠片でもあった?」

無かった。実際、ポスターすら作っていない。新入生のオリエンテーションでやる部活紹介もパスした。

三脚を畳みながら、小さくため息をつく。

「正直、来られてもというところだな。本気で教えること無いぞ。それに、そもそもの目的に反する」

僕らの目的は、あくまで屋上と部室だ。天文部の繁栄でも継続でも無い。

「プライベートスペース確保のために入ったのに、他人を招き入れなければ存続できない。パラドクス、と言うよりただの皮肉ね。いっそ幽霊部員募集中! の張り紙でもする? 今からでも間に合いそうじゃない?」

それで来る奴って何が目的だ?

いや、そもそも生徒会から掲示許可が降りないだろうが。

「まー、いいんじゃないの」

「え? どっちの意味で?」

「いや、来なくての方」

「そう? 最近、ちょっとしたゲーム貰ったから、やってみたかったけど。三~四人用だけど、部長来ないし。機会が無いまま捨てるのも勿体無いと思わない? ハルはそんなに冷めたくないでしょ?」

「冷た……いや、別に拒否するとは言ってない。来ないなら来ないでもって……え、ゲーム?」

話がこんがらがった。あまりにも珍しいことを言うからだ。

「ハード、何か持っていたか? 羽山って、ゲームとかやる人種じゃないだろ」

「ハード? カードだけど?」

会話が噛み合っていないのに、言いたいことだけはわかる不思議。

「ボードゲーム的なものか?」

「こんなの」

ブレザーの内ポケットから、小さな紙箱を取り出す。何でこんなの持ち歩いているんだろう。何も知らなければ、タバコの箱にしか見えない。

「中身はこんな……こん……」

思ったより硬かったらしく、カリカリと爪を立てる。苦戦の後、そのまま渡された。

「……あけて」

「そんな非力でもないだろお前……」

爪で舗装のビニールを切る。

開けられた中には、歩行者用信号機の中に居る人型と、小さなカードがそれぞれ数枚。それと折り畳まれた取扱説明書があった。

「ルールに従って、犯人と探偵に分かれる。心理ゲームね。頭も使いそうだし、天体観測よりは面白そうでしょ? トレーニングになりそうだと思わない?」

トレーニングって、何のだ。脳のか。

「面白いかもしれないが、犯人当てじゃぁな。二人でやっても……」

ギィ、と傷んだノブの回る音がする。用務員さんでも来たのだろうか? 天文部です屋上の使用許可は貰っていますと、どもらないよう反論を用意しながら、ドアの方に顔を向ける。

「あ……」

少しだけ開いたドアの陰にいたのは、見たことのない女子が一人。ずいぶんと驚いた顔をしている。

「ごめんなさいっ!」

開けたときとは対照的に、バタンと大きな音を立ててドアを閉めた。

「……?」

閉じたドアを見ながら、しばし沈黙。羽山を見るが、思考は同じようだ。

「今の誰? クラスメイトか?」

「ハル……キミ、まだクラス覚えていないの? 認識障害?」

散々な言われようだが、事実なので甘んじる。やはりクラスメイトか。知っている振りでもすればよかった。

「一年生でしょ、多分」

危ねぇ。

「よくわかるな。どこで判断するんだ?」

「二年は大体わかるでしょ、普通。あとは新一年と三年しか居ないから、わかりやすいと思うけど? 比べれば幼く見えるし、制服もきれいじゃない?」

「そうか?」

「そう、病気ね」

「……。あと、何で急に帰った? 僕ら、どうしたって怖そうには見えないよな?」

「犯人当てゲーム、私圧勝できる気がしてきた。ハル、少しは脳を使ったらどう? 若年性認知症になるよ?」

「…………。推測だが」

静まれ感情。クールにいこう。

「屋上は普通、立ち入り禁止だ。そこに入ろうとして、見つかった……つまり罰せられると思った?」

ふむ、考えながらしゃべった割には、中々論理的である。まぁ、事実自体、こんなもんなのだろうけど。

「はいハズレ」

「嘘だろ!? あ、いや、そうか。部活動の邪魔になると思ったから、か? 確かに、一人で知らない集団の中に入るのは嫌だよな」

「はい、またハズレ。むしろ遠ざかりましたばーか」

台詞に抑揚がある分、無表情で言われると非常に腹立たしい。

「いや待て、おかしいだろ。理由はなんだ? 間違っているって言うなら、まず一つ目から説明しろ」

そんなに奇抜なことを言ったつもりはない。

適当に馬鹿にされてたまるか。

「一つ目って、罰せられるかもって話だっけ? あのね、それはどう考えても変でしょ。同じ違反者がどうやって罰するって言うの? 私たちが教師か用務員なら兎も角」

むう……。確かに、それはそうか。

だが突っ込みどころはまだある。

「それは僕らが部活やっているって思ったからじゃないのか?」

二つ目の推測。これはそんなに間違っているとは思えない。可能性の一つとして、完全に無視は出来ないはずだ。

「望遠鏡と三脚を仕舞っていなければ、そうだったかもね」

「……あ」

そういえば、黒点を描いてからさっさと畳んだような。

「いやでも、畳んだものを見た可能性も……」

「畳んだ望遠鏡と三脚って、ぱっと見てそれとわかる? それに、位置的にハルの陰で死角じゃないの?」

「そうかもしれないが、しかし……」

「仮に見えていたとしても、連想は難しいと思うよ。今は昼だもの。普通、天文部って言ったら、星でしょ? 夕方から夜に活動すると思うんじゃないの?」

そう言えば、そんな気もするような。

黒点観察は昼休みの自由空間確保ための、適当な理由付けだった。

「それにね、さっきまで話していたじゃない。私たちはポスター貼りも勧誘もやっていないって。つまり、天文部があることを一年生は知らないはずでしょ?」

目的はプライベートスペースの確保。

我が部は、一切の広報活動をやっていない。

「ぐ……」

深追いして、カウンターを食らった。

天井を見上げるボクサーの気分だ。

もちろん、さっきの彼女がオリエンテーションを休んでいたり、聞き流していたりした可能性もあるにはある。が、これだけ言われた後だ。反論の拠り代にするには弱すぎる。

ギブアップだ、両手を挙げる。

「わかった。答えは?」

「簡単でしょ。逢引していると思われたんじゃない」

「アイ……?」

「逢引。デート。キャッキャウフフフ」

「してたか?」

少なくとも、身体的接触は無かったと思う。

「思うのは個人の自由」

能面のまま淡々と言う。

「うーむ」

反駁はないが、感情面で納得ができない。

「思い込みや先入観を加味しても、そんなに変だとは思わないけど? 男女二人、昼休み、人気の無い場所。これだけ言うと、X指定のキャッチコピーみたいじゃない?」

「昼休みってよりは放課後じゃないか?」

「へえ、そっちが好み?」

「……一般論だ。でも、待ってくれ。どうしてカップルがいると戻るんだ」

「気まずいからじゃない?」

「平気な奴だっているだろ」

「あのコは駄目だったんじゃないの? この時期に、昼休みに、一人でくるようなコでしょ?」

「あー、そうか。コミュニケーション駄目なタイプか」

仲間である。

「自分に近いことは察しがいいね。それじゃ、これでQED、オーケ?」

おーけー。


よろしければ、感想おねがいしますm(_ _)m

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