バー
カラン。
ドアを開き、音で客が現れたことを伝える。
入った店は全体的に暗めで、ほのかな光が見えている。落ち着いた雰囲気とカクテルが人気の店だ。人気がある、といっても常に客は少なく、隠れた名店として知られる店だ。俺たちの馴染みの店といってもいい。
男は入ってすぐに溜息をついた。
普通、この音が鳴ったら、何人かこっち向くだろ。それに今日は貸切だから、友達って分かってるのに誰も歓迎なしかよ。薄情な奴らだぜ。最初から分かってたけどな。
その場で、しばらく立っていると、ようやく何人かが気付き、声をかけてきた。
「おー、零児じゃんか!遅かったな。待ってたんだぜ?」
「ホント、ホント。全くいつもながら遅ぇーっての」
男―零児―は苦笑した。自分を迎えに来た二人の男はすでに酒を飲んで、出来上がっているようだ。
待ってた、って嘘だろ。どう考えても随分前から飲んでるだろ。それに予定の時間に間に合ってるっての。
「悪かったな。ちっと、来るまでに色々あってよ」
二人にいった。この二人、というか今日ここに集まった奴らは全員古くからの友達だ。この二人は昔から仲がよく、結構つるんでいた。ツッコミ役の明人とボケ役の浩二。学校では有名な奴らだった。
「色々〜?まさか女じゃねーだろうな?」
明人が疑惑の眼差しを向けてくる。
「確かに、その可能性は否定できないね。零児は昔からモテたからな〜」
「そんな訳ないだろ。約束あんのにそんな真似するか。それと、俺はモテた覚えはない」
俺はそう言って、その場を離れた。これ以上この場にいると、絡まれそうだ。酒癖悪いからな。この二人。
適当に空いた席―カウンター―に腰を下ろした。マスターに適当に注文し、後ろで騒ぐ俺の友を見る。
「聞いてくれよ〜。俺、この前フラれたんだ。いいところまでいったのに、『あなたじゃ、もの足りないわ』とか言われてさ。突然のことだったから混乱して、何も出来なくて、そのままいっちゃったよ。……ちくしょー!俺のどこが不満だってんだ!」
男は狂ったように酒を飲み始める。
「はは、あんたの頼りなさが災いしたんじゃないの?」
笑いながら、そんなことを言った。
そこで、そういくか。鬼だろ、未央。あれじゃ、止め刺しちまってんぞ。
やはりその一言が効いたのか、更に酒を煽る。
「おおー!いいぞー、勝也(かつや」!俺はその心意気に惚れた!俺がお前と付き合ってやる」
勝也の隣で様子を見ていた海が、立ち上げって叫んだ。
「ホントかっ!?嬉しいぞ、海!やっぱお前だけだよ。俺を分かってくれるのは」
「だろ?俺の胸で好きなだけ泣け!さあ、来いやー!」
勝也は海の胸に飛び込み、二人はきつく抱き合っていた。そして、周りもそんな二人を祝福する。まさに地獄絵図だ。
「俺は前から、お前らはお似合いだと思ってた!」
「そうね、私も思ってた!結婚式には呼んでよね」
「俺は別れるに3千円!」
「じゃ、俺は続くに千円!」
「いいわね。私も混ぜてよ!私も別れるに5千円!というか、別れなさい!気持ち悪いから!」
様々なところから声が飛ぶ。もう、何がなんだか分からない状況になっていた。零児のことなど視界に入っていない。
(全く、いつものこととはいえ、冷たい奴らだぜ)
と言いつつも、笑みを崩さない。なんだかんだで、この雰囲気が心地よいのだ。嘘や虚勢もない。ただ、ありのままを見せるこいつ等が、零児は好きだった。
まあ、俺には気付いてないみたいだけど、しばらくはそのままにしといてやるか。
「お待たせしました。レッドアイです」
「ありがと、マスター」
出来あがった酒を受け取る。
「皆さんをまとめる零児さんも苦労なさいますね」
マスターの言葉に思わず苦笑してしまった。
「はは、慣れてますから。それに、たまにはこういう馬鹿騒ぎもいいもんです。でも、幹事を放っておくのはひどいですけどね」
「そうですね。でも、最後は零児さんの所に集まります。零児さんのことが好きですからね」
「よして下さい。そんなことありませんよ」
「いえいえ、見ていて分かりますよ。皆さん信頼してらっしゃる。いい友達です」
慣れない褒め言葉を貰い、思わず照れてしまった。
「ありがとうございます」
それきり、俺はなにも言えなくなり、しばらくの間、周りの騒音をBGMに一人酒を楽しんだ。