序章7
広間では神々が落ち着かない様子でそれぞれ話をしていました。みな自分のことで手一杯で、彼の姿に気付く者はほとんどいませんでした。
火の神は出て行ったときとは変わり、覇気のない様子で広間の扉をくぐります。
重い足取りで広間に入ってきた火の神を見つけ、仲の良い風の神が声をかけます。
「火の神、どこへ行っていたんだ? 水の女神と広間を出て行ったきり、戻ってこないかと思ったぞ」
側にいた大地の女神も心配そうに尋ねます。
「彼女はどうしたの? 一緒じゃないの?」
「…………」
火の神は何も答えません。暗い表情でうつむき、まんじりともせず押し黙っています。
そのうちに、火の神に気づいた太陽の女神が赤い衣をひるがえしやってきました。
「どうした? 何があった?」
火の神の様子に気づき、太陽の女神は美しい顔を曇らせます。
「そうか、水の女神は連れ戻せなかったか」
うつむいていた火の神はゆっくりと首を横に振ります。
「いいや、違う。彼女は」
そこで言い淀み、火の神は再び黙り込んでしまいました。
太陽の女神は火の神の様子を見て、大方のことは理解したようでした。
「水の女神は自ら死の国へ赴こうとしたのだな? 月の神の死臭に当てられ年老いてしまった水の女神は、自分の醜さに耐え切れず、月の神を追って死の国へ赴こうとしたのだな?」
太陽の女神はすべてを見透かすような強い目差しで見つめました。
「水の女神は夜の闇に魅入られてしまったのだろう。優しく美しい女神だからな。夜の世界を統べる月の神に気に入られてしまったのだろう。その美しさや優しさを妬んだ月の神が、いかにもしでかしそうなことだ。それでどうした? 彼女が死の国に去ってしまうのを止められなかったのか?」
火の神がことの成り行きを話すと、太陽の女神は形の良い眉を寄せます。
「それは、死の国へ自ら赴かれるよりやっかいだな。月の神の死臭に当てられたときに、水の女神は神としての美しい心も姿も失ってしまったのだろう。世界を支える大樹の階段から足を滑らせた水の女神がどこへ落ちたのか。天上と地上とを見渡すことの出来るわたしでさえ、彼女の行方を探すのは相当難しいことだろう」
「そんな」
火の神は気落ちし、風の神と大地の女神は困ったように顔を見合わせます。
「しかし、手がない訳ではない」
太陽の女神は赤い裾で口元を隠し、何かを考えるように目を細めました。