序章4
「それでも。たとえ夜の獣がどのようなものであっても、わたし達は恐れたりしない。命をかけて大樹の若木を根付かせ、新しい世界を再び創造するでしょう。そのような者がいる限り、わたし達神々が滅び去ることはなく、天上が滅びることもありはしない」
太陽の女神は力強く気高い目差しで月の神を見据えます。
月の神は肩をすくめます。
「おお、怖い怖い。わたしは真実を告げているだけなのに。死の国よりはるばる遠い道のりを出向いてきてこの扱いとは、天上の神々はなんと冷たいことだろう」
月の神は水の女神の細首に指を回し、締め上げます。
「うう」
水の女神は苦しげにうめきます。
「やめろ!」
火の神は二人の間に割って入ろうとしましたが、太陽の女神に手で止められました。
「ならば、どうしたら死の国へ再び帰ってくれるのだ。女神の酌でも受ければ、それで満足するのか?」
月の神は片手で水の女神の首をつかんだまま、もう一方で肉の削げ落ちたあごをさすります。
「ふむ、そうだな。では蜜酒の一杯でももらい、ここを去ることとしよう」
太陽の女神は遠巻きに眺めていた花の女神に目配せをして、蜜酒を持ってくるように指示しました。
ほどなくして花の女神は銀の酒壺と金の酒杯を木の盆にのせて戻ってきました。
太陽の女神は黙って月の神を目で示します。
盆を持った花の女神は怖がりながら月の神の方へゆっくりゆっくり進んできます。
足下は震え、酒壺と酒杯のぶつかり音が広間に響きます。
神々が固唾をのんで見守る中、花の女神が月の神にそっと木の盆を差し出します。
月の神は盆の上の酒杯をひったくると、一息に飲み干してしまいました。
「ああ、うまいうまい。天上の蜜酒を飲むなど、何千年ぶりのことだろう」
そして空になった金の酒杯を花の女神の前に差し出します。
花の女神は震える銀の酒壺をかかげ、酌をしました。
二杯目の酒を注いでいるとき、酒杯の琥珀色の酒が突如として濁り始めました。
見る間に月の神の握っていた酒杯は真っ二つになって床に落ち、腐った蜜酒が地面にこぼれ異臭を放ちます。
花の女神は銀の酒壺を取り落とし、悲鳴を上げて逃げ出してしまいました。
他の神々も驚きと恐怖の目でそれを眺めています。
太陽の女神だけは悲しそうに長いまつげを伏せて見つめています。
「さて、名残惜しいが、そろそろ死の国に戻らなくては」
月の神は青い衣をひるがえし、優雅に一礼します。