序章3
「やめろ!」
年若く勇敢な火の神が止めに入ります。
「それ以上横暴な振る舞いをするなら、月の神とて許さないぞ」
火の神は床の上を這ううじ虫達をひとにらみしました。
すると広間の床は炎に包まれ、虫達は瞬く間に黒い消し炭となって燃えてしまいました。
「ならばやってみるがいい。何ものをも焼き尽くすことが出来るお前ならば、すべてを灰塵に帰すことも出来るだろう」
「なにを!」
火の神は怒りに燃えた赤い瞳で月の神をにらみました。
月の神は水の女神の細腕を締め上げ肩をすくめます。
「その炎に巻かれれば、わたしもただでは済まない。しかしそれは天上の神々とて同じこと。わたしに炎を放てばこの女神も無事では済まないぞ」
月の神に腕をつかまれ、水の女神は苦しげにうめきました。
火の神は悔しげに顔をゆがめ、振りかざした手を下ろしました。
するとそれまで黙り込んでいた太陽の女神が二人の間に進み出ます。
「それくらいにしておけ、月の神」
太陽の女神は赤い裾をひるがえし、月の神と対峙しました。
「確かに、あなたは未来を知る力があり、その予言は真実となって天上を飲み込むだろう」
神々は太陽の女神の言葉を聞いてうろたえました。
月の神の予言は嘘だとばかり思っていたのです。
「しかしその予言には幾つか触れていないところがある。それはわたし達神々についてのことだ。天上が滅ぶとは言っていたが、神々が滅ぶとは一言も言っていない」
力強い太陽の女神の言葉に、神々の混乱も徐々に落ち着いてきました。
「世界を支える大樹が枯れるというのなら、わたしは大樹の代わりになる新しい若木を植えよう。天上が滅ぶというなら、わたしはそれまでに出来る限りの神々が生き残る術を考えよう」
太陽の女神の堂々とした態度に、神々は喜びの歓声を上げました。
「果たして、そう上手くいくかな?」
月の神はさもおかしそうに声を立てて笑います。
「世界の果てに、世界を支える大樹の四本の枝が張りだしていることは知っているな。原初の大樹が世界を支え、また天上と地上、地下の死の国とを繋いでいる枝だ。わたしはその四本枝それぞれに夜の獣を放った。大樹の若木をどこに植えようと、天上以外のところに神々が逃げようとしても無駄だ。すべての神々は夜の獣に食い殺されるだろう」
太陽の女神は不敵な笑みを浮かべる月の神を前に一歩踏み出します。