序章12
火の神の背筋を冷たいものが走ります。
しかし火の神は美しく優しい水の女神のことを思い出し、自分を奮い立たせました。
白い階段に戻り、一歩一歩下へと降りていきます。
地上が近付き、今まで空ばかりだった景色がいっぺんに変わりました。
地上は夏を迎え、あちこちの野原で花が咲き乱れ風に揺れています。
山々や森には緑が輝き、湖の水は白く光を映しています。
小鳥は木々で鳴き交わし、動物は野山を駆け回っています。
しかし明るい空の下に、灰色にたなびく幾筋もの煙が上がっています。
どうやら人間同士の戦争のようです。
村には火が放たれ、人々が逃げまどっています。
銀の槍が振り上げられ、青銅の盾がそれを防ぎます。
何百人もの人々が入り乱れ、緑の野原に赤い染みが散っています。
火の神はわずかに眉をひそめました。しかし彼が示した行動はそれだけでした。
火の神にとって、人間の戦争など些細な物事だったのです。
永遠に近い寿命を持つ神々にとって、人間同士の諍いなど暇つぶしの道具としか受け取られていなかったのです。
火の神は再び階段を降り始めました。
それからどれくらい降りたでしょう。
地上の明るい日差しの降り注ぐ中、火の神の頭上に黒い影が落ちました。
彼が頭上を振り仰ぐと、空には巨大な獣の影が見えました。
「これが、夜の獣か?」
火の神は軽く手を振り、虚空から炎の槍を生み出しました。
夜の獣は地に響くような低いうなり声を上げ、火の神の前に降り立ちました。
それは炎をまとった巨大な獅子でした。金の鬣は燃えるように光を受けて赤く輝いています。
火の神は手に持った炎の槍を夜の獣目がけて投げつけます。
夜の獣は口から熱風をはき出し、炎の槍をはじきました。
火の神は炎の槍を二度三度と投げつけましたが、すべてはじき返されてしまいました。
渾身の力を振り絞って投げた槍もはね返され、それが螺旋階段の中央にある大樹に刺さりました。
そこから炎が燃え上がり、火の神は慌てて幹に刺さった槍を引き抜きました。
夜の獣は赤く獰猛そうな目を輝かせ、下り階段の前に立ちふさがります。
火の神は少し考え込み、辺りを見回しました。
そこで天上で風の神にもらった力が役に立ちました。
火の神は素早い動きで白い階段の縁に立ち、飛び降りました。