序章11
「いいえ。太陽の女神のせいではありません。すべては月の神が悪いんです。あの不吉な予言も、水の女神が天上の階段から落ちたのも、すべてあいつのせいだ。太陽の女神は何も悪くありません」
火の神が言葉をつぶやくたびに、彼の体から炎が噴き出します。
太陽の女神は火の神を悲しげな表情で見つめていましたが、火の神はその表情にちっとも気付きませんでした。
胸の中に宿る炎と同じ強い意志を秘めた瞳で、彼は太陽の女神を見つめます。
「太陽の女神も気を付けてください。いつあの月の神が天上にやってくるかもしれない。危害を加えられるかもしれない。どうか自分のことを第一に考えて、世界を支える大樹を守ってください」
「うむ、わかった」
太陽の女神は大きくうなずきます。
それから火の神は、風の神と大地の女神の方に向き直ります。
「みんなのくれた力は、きっとこの先役に立つと思う。ありがとう」
火の神は、寂しげに目を細める風の神の顔と、泣き出しそうな大地の女神の顔を順番に見比べました。
「行ってくるよ」
二人に手を振り、火の神は地上や地下へと続く白い螺旋階段を下りていきました。
三人の神々はその後ろ姿が見えなくなるまでいつまでも見送っていました。
黒く太い幹を伝う白い階段の先に火の神の姿が消え、辺りは耳が痛いほどの静寂に包まれました。
頭上には始原の大樹が緑の葉を茂らせ、眼下には青い空と白い階段がどこまでも続いていました。
白い階段を降り続けて少し経った頃、天上と地上の境にある雲の波間にたどり着きました。
そこは天上と地上を区切る雲の海があり、白いさざ波が寄せては返す静かな浜辺でした。
浜辺の砂は水晶や瑪瑙などの宝石で出来ていて、日の光を受けて色とりどりに輝いていました。
火の神はそこで一休みし、波の打ち寄せてくる沖を眺めました。
雲の海は青い空との境目がわからなくなるほど遠くまで続いていてとてもきれいでした。
水平線の彼方に、天に伸びる大樹の白い四本の根が目に入りました。
火の神は月の神の恐ろしい予言を思い出します。
――すべての神々は夜の獣に食い殺されるだろう。