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王太子なんてなるもんじゃない。基本的に自分の思い通りになることなんて、この人生にはただの一つも存在しないのだから。
豪奢な彫刻が施された王宮の執務室。天を突くほどに山積みされた書類の山と格闘しながら、ウィリアムは深い、深い、本日何度目かも分からないため息をついた。
「やめてくださいよ殿下、幸せが逃げていく。ただでさえ書類の山で埋もれかけてて嫌な気持ちになってるんですから」
「黙って手を動かせ、レオン。お前のそのやたらと回る口を動かす暇があるなら、その三分の一でもいいから決裁印を押す速度に回してくれ」
「横暴だなあ。私だってこれでも、寝る間を惜しんで殿下のスケジュール調整と根回ししてるんですよ? ねえ、アレクシスもそう思うよね?」
「馴れ馴れしすぎだ、レオン。それと殿下、手を止めて愚痴をこぼす暇があるなら、先ほど財務大臣から回ってきた予算案に目を通してください」
「アレクシスも殿下側かあ! 冷たいなあ、堅物騎士は」
「仕事中だろ。私語を慎め」
我が片腕たる側近たちは、今日も今日とて実に賑やかだ。ウィリアムはこめかみを指で押さえ、もう一つ、今度は音にならないため息をついた。
そもそも、なぜ自分が、国王である父の仕事まで押し付けられて死にそうになっているのか。原因を辿れば、すべては親世代の身勝手なやらかしに行き着く。
とあるところに、国同士で決められた立派な婚約者がいたにも関わらず、それを一方的に破棄し、自分が一目惚れした地方貴族の娘と大恋愛の末に結婚した男がいた。──何を隠そう、現国王、つまり自分の父親である。
当然、理不尽に婚約を破棄された側の公爵家は大激怒した。国政のバランスはガタガタになり、その大いなる尻拭いのため、息子である自分が、元々の婚約者の家系に連なる令嬢と結婚することで手打ちにする予定だったのだ。
そこまでは、ウィリアムも王族の義務として受け入れるつもりだった。しかし、ここで今度は母親である現王妃が、余計な待ったをかけた。
『愛のない結婚なんて可哀想だわ! 私たちのように、魂で結ばれるお相手を見つけなさい!』
おかげで公爵家との約束は直前で綺麗に流れ、ウィリアムの婚約話は完全に宙に浮いた。始めから終わりまで、親世代の我が儘と感情論に振り回される自分の人生。
だが、現在の問題はそこではない。
「ルイーズ・ローレン嬢、か……」
ペンを持ったまま、ウィリアムはその名をぽつりと呟いた。
何を隠そう、その流れてしまった婚約予定の相手だった令嬢が、どうにも気になって仕方がなかったのだ。
重臣たちが、王妃にバレないよう秘密裏に設定したお見合いを兼ねたお茶会があったのは、ほんの先ほどのことだ。
最初に彼女を見た時の印象は、絵に描いたような深窓の令嬢だった。
穏やかそうなたれ目に、すっと伸びた背筋。一挙手一投足に無駄がなく、おっとりとした淑女のオーラを纏っている。お茶会が始まってからも、他の令嬢たちと特に変わることもなかった。季節の移り変わりについての当たり障りのない話や、給仕された紅茶の茶葉についての無難な会話が続き、特別に話が弾むということもない。
(なるほど。派手さはないが、静かで穏やかに人生を歩んでいけそうな相手だ)
そう納得し、このまま可もなく不可もなく、平穏に婚姻を結ぶのだろう──と思ってお茶会が終わりかけた、まさにその時だった。
どこから聞きつけたのか、血相を変えた王妃がドタドタとお茶会に乱入し、先程の台詞を言ってのけた。重臣たちの計画は見事に破綻し、形式上、二人の婚約話はその場で完全に消滅した。
息子としては頭の痛い出来事だったが、王妃が満足そうに席を辞した直後、事件は起きた。
王妃の姿が見えなくなった途端、それまで借りてきた猫のようにおっとりしていた令嬢が、がばっと勢いよく立ち上がったのだ。
「あらまあこれはこれは、ではお役御免ですわね! それでは失礼します。殿下に素敵な、魂で結ばれる方が見つかりますことを心よりお祈り申し上げますわ!」
「え、……?」
ウィリアムが呆然とする間すらなかった。彼女は流れるような口調でそれだけを言い残すと、ドレスの裾を翻し、まさに脱兎のごとく部屋から退出してしまったのだ。
残されたのは、口を半分開けたまま固まる自分と、お腹を抱えて爆笑し始めたレオン、そして警護のために控えていたものの、あまりの出来事に憮然とした顔を隠せない武官のアレクシスだけ。
バタン、と勢いよく扉が閉まるその直前。遠ざかる廊下から、「よかった!急げば午後の劇の開演に間に合うわね!」という、お茶会では聞いたこともないような元気いっぱいの弾んだ声が聞こえた気がした。
「……何だったんだ、一体……?」
「うーん、傑作ですね! 彼女、殿下と婚約しなくてせいせいしたって感じが全身から溢れ出てましたよ」
「おいレオン、不敬だろ。相手は公爵令嬢だぞ」
「いやいやアレクシス、側近たるもの、私の視点から見た令嬢の正確な印象をきちんと殿下に伝えておかなくては。ねえ、殿下?」
「……せいせいした、か。あまりにも見事な逃げ足だったから、否定できないのが辛い」
思い出しながら、ウィリアムは再び手元の書類に視線を落としたが、並んだ文字は一切頭に入ってこなかった。
脳裏に焼き付いて離れないのは、去り際の彼女の、あの向日葵のように弾けるような笑顔だ。お茶会の最中、あんなに澄ました顔で「まあ、素晴らしい色合いの薔薇ですこと」なんて退屈そうに言っていたくせに。
「しかし殿下、あんな風に振られたのに、彼女のことが気になるんですか?もしかして殿下、そっちの趣味に目覚めました?」
レオンが、いよいよ可哀想なものを見るような目でウィリアムを凝視する。
「うるさいな。お前も見ただろ、去り際のあの活き活きとした様子。絶対に猫を何十匹も被ってたんだ。あの澄まし顔の下にどんな素顔が隠されているのか、知りたくなるのが人情だろう?」
「それはそうですね。普通の令嬢は、王太子殿下の前であんなにお役御免!じゃあな!みたいな態度取りませんよ。清々しいくらいです」
「レオン、言葉を慎めと言っている。……それで、殿下はどうされるおつもりですか? 王妃陛下がああして公に口を出された以上、今から改めてローレン公爵家に正式な婚約を申し込むのは政治的に不可能です」
側近二人のもっともな指摘を聞きながら、ウィリアムはふっと不敵に口元を緩めた。
「公がダメなら、私的に追いかけるまでだ。王太子としての身分が邪魔なら、それを捨てて近づけばいい。……アレクシス、今すぐ彼女が向かった劇場の演目と、今後のスケジュール、小劇場の特徴をすべて調べ上げろ。レオン、今週末の俺の予定をすべて白紙にしろ。這ってでも、血を吐いてでも今ある書類を終わらせる」
「ええっ!?」
「待ってください、私の睡眠時間とスケジュール調整の努力が盛大に巻き込まれて白紙にされてませんか!?」
側近二人の絶望と悲鳴を背に浴びながら、ウィリアムは神がかった速度でペンを走らせ、猛然と書類を片付け始めたのだった。
◇◇◇
さすがに全ての公務を白紙にすることはできなかったが、不眠不休で捻り出した、奇跡のような週末の数時間。
ウィリアムは今、王都の下町にある大衆劇場の前にいた。もちろん、王太子の姿のままでは一歩も歩けない。そこで、レオンの魔術により変化していた。
「うわあ、すごい熱気と人ですね。大丈夫ですか、リリーお姉さま? ドレスの裾、踏まれて破けても文句言わないでくださいね?」
「平気よ、レオノーラ。それより、そのニヤニヤした顔をどうにかしなさい。お仕置きが欲しいのかしら?」
「……お下がりください、お嬢様がた。あちらからガラの悪そうな男たちの集団が来ます」
「ありがとう、アリエス。頼りにしているわ」
そう、変化は女の姿に。レオンも同じく女に姿を変え、アレクシスは一度は女に姿を変えたものの、あまりの棒読みっぷりに、違う男の姿に変えられた。いかにも姉、といった体で応じながら、ウィリアムは劇場前の喧騒に目を瞬かせた。
普段、王族として赴く国立劇場は、開幕まで優雅な会話はあれど、基本的には静粛な空間だ。しかし、この庶民の劇場は違う。売り子の叫び声、観客たちの熱い議論、笑い声。その凄まじい熱気に当てられていると、人混みの向こうから、あの聞き覚えのある鈴を転がすような声が鼓膜を震わせた。
「ほんっとうに楽しみですわ、本日の劇! これを見ずして今月は越せませんもの!」
「お嬢様、これで同じ演目を見るのは7回目ですのに……。本当にお好きですね。旦那様が呆れていらっしゃいましたよ」
「ええ! だって今回は、開幕前の役者様の口上が毎度違うでしょう? それを聴き比べるだけでも、通う価値が十分にありますわ!」
お茶会では見られなかった、心の底から弾むような溌剌とした笑顔。隣に立つ侍女に呆れ顔で窘められているというのに、そんなことは微塵も気にしていない様子だ。
ウィリアムの視線が一点に固定されたのを察し、ルイーズの存在に気づいたレオノーラ──もといレオンが、そそくさとその場を動いた。さすがは伊達に側近をやっていない、こういう時の行動力だけは一級品だ。
レオンは、いかにも世間知らずな良家のお嬢様といった風を装い、ルイーズの元へと近づいていった。
「あのう、そこのお姉様、少しよろしいかしら?」
「あら? まあ、可愛らしいお嬢さん。どうされましたの?」
「私たち、この劇場へ来るのが初めてで。チケットの買い方も、どこに並べばいいかも分からなくて困っておりましたの。あなた様がとても観劇に慣れてらっしゃるようでしたので、もしよろしければ、お話を伺えればと思いまして……」
「まあ! 初めてですのね! 演劇を好きになってもらえるなんて、私とっても嬉しいわ。任せてくださいな、何でも教えて差し上げます!」
「よかった! リリーお姉さま! レイ! 親切なお姉様が教えてくださるって!」
本当に口から先に生まれてきた男だなとレオンの強心臓に感心しつつ、ウィリアムはゆっくりとアレクシスを伴ってその輪へ向かった。
間近で対面した彼女は、やはり、あのお茶会の時とは完全に別人に見えた。瞳の輝きがまるで違う。
「初めまして。リリーと申します。妹が突然不躾に無理を言ってしまい、本当に申し訳ありません」
「いいえ、いいんですのよ! 私はルイーズ。こちらの劇場はね、国立劇場と違って客席と舞台の距離がとっても近いのが特徴なんですの。演者様の息遣いや、衣擦れの音まで聞こえるくらいで──」
生き生きと、身振り手振りを大きく交えて語る彼女から、ウィリアムは目が離せなくなった。この小劇場の熱気をそのまま凝縮したかのような、演劇への底知れない熱い思い。
(やっぱり面白いな、この子)
あのお茶会の時の、あの退屈そうな澄まし顔はどこへ行ったのだろう。王太子との未来を決める場よりも、今この薄汚れた劇場の前で話している時の方が、よっぽど彼女の気持ちが全面に入っている。
「それでは皆様、そろそろ開場時間ですわ、中へ入りましょう! 自由席ですから、良い席は早い者勝ちですわよ!」
「ええ、行きましょう」
ルイーズの元気な号令とともに、リリー改めウィリアムたちは劇場内へと流れ込んだ。
すでに人でごった返している薄暗い客席を、メアリーは慣れた足取りで、まるで自分の庭であるかのように縫うように進んでいく。
その背中を必死に追いかける中、レオンがすれ違いざま、ウィリアムの耳元で素早く囁いた。
「殿下、あそこの列の席でしたら、ちょうどローレン嬢の真隣に滑り込めます。アレクシスと私で後方からの周囲の動線を固めますから、あとはご自身で頑張ってくださいね」
「分かった」
さすがは我が片腕、こういう現場での機転は恐ろしいほどに利く。
アレクシスがさりげなくその大柄な体躯を使って他の観客の動線を遮り、レオンが「わあ、あっちの壁の絵も素敵!」とわざとらしい声を上げて周囲の目を引く隙に、ウィリアムはドレスの裾を捌きながら、流れるような動作でルイーズの真隣の席を確保した。
「あら、リリー様! お隣に座れて嬉しいわ。ここ、実は舞台の役者様とちょうど目が合う、この劇場で最もとっておきの角度なんですのよ」
「まあ、そうなの? 素敵な場所を教えてくれてありがとう、ルイーズ様」
リリーとしての淑やかな微笑みを返すと、ルイーズは「一緒に楽しみましょうね!」と人懐っこく破顔した。あのお茶会の時の、あの能面のような笑みをしていた令嬢と同一人物とは、何度見ても到底思えない。
やがて、劇場の灯りが消え、舞台が眩しく照らされる。開幕を告げる重々しいベルが鳴り響いた瞬間、隣に座るルイーズの空気が一変した。
「……っ!」
ルイーズの大きな瞳が、舞台の光を吸い込んでキラキラと輝く。舞台から発せられる役者の一言一句、呼吸の一つすら聞き逃すまいと、細い身を乗り出すようにして舞台に釘付けになっている。
主人公の若き騎士は、身分違いの王女を守るため戦場へ赴く。そこで役者が格好良いセリフを決めれば、小さな拳をぎゅっと握りしめて静かに大興奮し、コミカルなシーンでは、淑女らしからぬ様子で声を殺して肩を激しく揺らして笑っている。
くるくると、万華鏡のように変わる彼女の表情が、あまりにも眩しくて。
ウィリアムは本来、正面の舞台を見るべきなのに、どうしても視線が隣の彼女に向かってしまった。
身分が違うゆえに、中々思いを口に出せず、戦乱の中で何度もすれ違う二人。やがて劇は佳境を迎え、主人公の騎士とヒロインの王女が、運命の濁流に引き裂かれる悲恋のクライマックスへと差し掛かった。騎士が命を懸けて、王女を逃がす。舞台上の役者たちの迫真の熱演に、客席のあちこちから鼻をすする音が聞こえ始める。
「ううっ…………ひっく……っ」
隣を見ると、ルイーズがハンカチでボロボロと溢れる涙を拭っていた。本当にこの作品を、この物語を愛しているのだと、その涙が示している。
気づけば、ウィリアムは自分のドレスの隠しポケットから、上質な仕立てのハンカチを取り出し、彼女の手にそっと握らせていた。
「よかったら、これを使って、ルイーズ様」
「あ、ありがとうござ、います、リリー様……っ!」
感極まり、完全に物語の世界に没入していたルイーズは、差し出されたハンカチを握りしめ、そのまま興奮のあまり、空いている方のウィリアムの手をガシッ!と両手で力強く掴んだ。
「ひっく……っ、この、この後……っ! 二人が来世では結ばれることを暗示するシーンが……本当に、本当に尊いの、ですわ……っ!」
「え、ええ……きっと、ものすごく素敵だわね?」
ルイーズの小さくて、少し涙で湿った手の温もりが、手のひらから伝わってくる。
その瞬間、ウィリアムの心臓は、舞台上で鳴り響く劇的な悲恋のオーケストラすら完全に掻き消すほどの爆音で跳ね上がった。普段エスコートで女性に触れることはあるが、こんなに色気もなく強く、しかも向こうから触られることはない。
(…っ)
完全に固まっているウィリアムの背後から、レオンとアレクシスの物言いたげな、生温い無言の視線が突き刺さる。しかし、今のウィリアムには、そんな外野の目を気にする余裕など一微塵も残されていなかった。
◇◇◇
大盛況のうちに幕を閉じ、劇場の一歩外へ出ると、夜の王都には心地よい涼しい風が吹いていた。
興奮冷めやらぬ観客たちが、口々に感想を言い合いながら夜の街へと散っていく中、ルイーズはいまだにその目を潤ませたまま、ウィリアムの手をしっかりと握りしめていた。……というか、劇の終盤のあの瞬間から、かれこれ半時近くずっと握られっぱなしである。本人は興奮しすぎて気づいていないらしい。
「リリー様、本当に……本当に素晴らしかったですわね……!」
「え、ええ。とても心に響く、見応えのあるお話だったわ」
正直に言えば、ウィリアムの頭には劇の内容なんて殆ど残っていない。未だに自分の手を包んでいる、柔らかくて温かいルイーズの手の感触に、内心で激しく動転しっぱなしだった。
「特にあの、終盤で騎士様が息を引き取る間際に、王女様からかつて贈られた青いスミレをそっと胸に抱いて眠る演出! あれは小さな幸せ、という花言葉を意識してのことですわよね!?王女様の側にいられたこと、助けられたことが彼にとっては幸せだったんだわ。ああ、なんという心憎い、涙を誘う演出かしら……!」
ルイーズが興奮で息を荒くして熱弁する。あのお茶会での、「お花はどれも、それぞれに素敵ですわね」と凪いだ目で言っていた淑女の面影は、もはや塵一つ残っていない。
しかし、その青いスミレのくだりを聞いて、ウィリアムの王太子として叩き込まれた教育、そして一人の読書家としての知識が自然と頭をもたげた。
「ルイーズ様、あのスミレは確か、劇の前半のシーンでは、王宮の中庭の日陰にひっそりと咲いていたものでしたわよね?」
「え? ええ、そうですわね。それが何か……?」
「あの劇の舞台となった東方の古い国において、伝統的に日陰のスミレは、神に捧げる秘めたる誓いを意味するはずですわ。だからあの騎士は、次こそは、来世こそは想いを伝えるという誓いを胸に抱いて眠りについたのではないかしら」
ルイーズが、ヒュッと息を呑んで動きを止めた。穏やかだった垂れ目が、限界までカッと見開かれ、至近距離でウィリアムの顔を凝視する。
「……日陰の、スミレ……。秘めたる、誓い……っ!」
ルイーズはがたがたと感動で身を震わせ出すと、再びウィリアムの手をブンブンと上下に、壊れんばかりに激しく揺らした。
「リリー様!! あなた、天才ですの!? そこまで演出家の隠された意図を正確に汲み取るなんて、なんて恐ろしく深い考察かしら……! あああ素晴らしいわ、そんな解釈、私7回目にして初めて気づきましたわ!!」
「ま、まあ、落ち着いて、ルイーズ様。手が、手がちぎれてしまうわ」
「落ち着いていられませんわ! リリー様、あなたとは一生、良いお友達になれそうです! ねえ、実は来月に別の小劇場で、新作の歴史劇が始まるのですけれど、ぜひ、ぜひ私と一緒に見に行ってくださいな!」
キラキラと輝く、夜空の星をそのまま閉じ込めたような美しい瞳で真っ直ぐに見つめられ、ウィリアムの唇から思わず言葉が溢れる。
「ええ……喜んで。お供させてちょうだい」
「約束ですわよ!」
満足そうにひまわりのような満面の笑みを浮かべたルイーズは、ちょうどタイミングよくやってきたローレン公爵家の迎えの馬車に乗り込むと、「それではまた!」と名残惜しそうに何度も手を振って去っていった。その足取りは、脱兎のごとく去っていったお茶会の時とは、明らかに異なっていて。
彼女の馬車が夜の闇に消えるまで見送った後、ウィリアムは深くため息をつき、ようやく自分の胸を押さえた。衣服越しでも分かるほど、心臓の音がうるさく脈打っている。
自分も隠していた馬車に乗り込むと、ウィリアムはふと笑った。
「やっぱり、ものすごく面白いな、彼女。目が離せなくなる」
「殿下、面白がっているところ大変申し訳ありませんが」
前方冷ややかな、しかし完全に呆れ返ったレオンの声が響き、ウィリアムは現実へと引き戻された。
「考察でローレン嬢の気持ちをガッチリ掴んだのはお見事ですが……殿下、次の約束、またそのリリーの姿で行くおつもりですか?」
「……あ」
「しかも来月とおねだりされていましたが、来月は隣国からの重要な使節団が滞在する時期ですよ。スケジュールを白紙にするなんて、今度こそ不可能です。這っても血を吐いても無理です」
アレクシスも、隣で腕を組んで憮然とした顔のまま、追い打ちの現実を突きつける。
楽しい時間から一転、ウィリアムは、己が置かれた女装した王太子という、すでに詰みかけている歪な現実に、ようやく気づいて頭を抱えるのだった。




