陰キャ悪役令嬢ですが、陽キャヒロインに拾われていたら、いつのまにか王子に恋していた件
わたくしの名前は、リディア・フォン・エーヴェルハルト。
エーヴェルハルト公爵家の令嬢である。
そして、ルクセリア王立学院では、いわゆる悪役令嬢である。
とはいえ、現実のわたくしは全然そんな感じではない。
悪役になるほど元気がない。
気力もない。
体力もない。
あるのは、眠気とだるさと、低い自己肯定感だけだった。
このままだと、わたくしはたぶん静かに終わる。
孤独に。
すみっこで。
そんなことを学院の中庭で考えていた、そのときだった。
「私と一緒にいればいいじゃ~ん」
顔を上げる。
そこにいたのは、ミレイユ・ベルランだった。
ベルラン家の娘。
超美少女。
陽キャ。
友達が多い。
まぶしい。
太陽みたいな女である。
そんな相手に拾われた瞬間、わたくしの学院生活は少しだけ変わった。
◇
ミレイユは距離が近い。
近すぎる。
休み時間には、勝手にわたくしの本をのぞきこむ。
わたくしが読んでいたのは、内政チート系の小説だった。
知力を上げたいからである。
公爵令嬢には、そういう雰囲気が必要な気がするからである。
するとミレイユは、それ補習の内容じゃん、と笑った。
うるさいですわ。
そう思った。
でも言い返す気力はなかった。
そのかわり、放課後に喫茶店をおごると言われたのでついていった。
ちょろいと言われた。
否定はできなかった。
だが、わたくしにも事情はある。
喫茶には、王子がいるのだ。
◇
王都アステルにある喫茶。
放課後のわたくしたちは、そこへ向かうのが日課になっていた。
ドアベルが鳴る。
出てきたのは、アルノー・ルクセンヴァルト。
この国の第一王子。
超イケメン。
王位継承権第一位。
なのに社会勉強のため、なぜか喫茶店で働いている変な王子である。
そのギャップがずるい。
王族なのにエプロンが似合うのは、反則だと思う。
ミレイユは元気に注文する。
わたくしも同じものを頼む。
アルノー王子はそれを淡々と受けて、厨房へ戻っていく。
その背中を見ていると、たいていミレイユがニヤニヤする。
顔に出てる。
そう言いたげな顔だった。
やめてほしい。
でもたぶん出ている。
わたくしは人が多い場所だと無言になりがちだ。
だから余計に、視線だけで全部バレる。
ミレイユはそんなわたくしを見て、なぜかいつも楽しそうに笑った。
◇
ミレイユは、たまに変なことを言う。
紅茶と緑茶って何が違うの。
紅茶草と緑茶草があるんじゃないの。
紅葉って紅茶草っぽくない。
そんな雑な発想を、平然と投げてくる。
雑。
雑すぎる。
でも、ときどき変な方向で頭がいい。
わたくしが本の中で内政だの産業だのを読んでいる横で、ミレイユは雑談みたいな顔で商機を見つける。
くやしい。
すごくくやしい。
その話をアルノー王子に振ると、王子まで適当に乗る。
そのへんに生えてるんじゃない、みたいな顔で言う。
その結果、なぜかわたくしだけが負けた感じになった。
納得いかない。
その夜、わたくしは夢を見た。
広大な紅茶畑。
豊作。
歓声。
紅茶帝国。
大陸を支配するわたくし。
悪くない夢だった。
◇
朝は地獄である。
ねむい。
だるい。
起きたくない。
制服も着たくない。
朝食も面倒くさい。
そんなわたくしを毎日なんとか人間に戻してくれるのが、執事のセドリック・グレイだった。
セドリックは有能である。
有能すぎる。
起こす。
着替えさせる。
食べさせる。
砂糖の入ったカフェオレまで用意する。
たぶん、セドリックがいなければ、わたくしはとっくに床で干からびている。
エーヴェルハルト公爵家は、わたくしではなくセドリックが支えているのではないかと思うときがある。
◇
学院に行くと、ミレイユは朝から元気だった。
見ているだけで疲れるくらい元気だった。
なんでそんなに元気なのかと聞いたら、ミトコンドリアが多いんじゃない、みたいなことを言った。
ありえますわね、と返したら、普通に流された。
それからミレイユは、勝手にわたくしの髪をいじる。
編み込み。
お団子。
遊び放題である。
わたくしは、ねむい、だるい、としか言っていない気がする。
でもその日々は、妙に悪くなかった。
気づけば、ミレイユが隣にいるのが普通になっていた。
◇
喫茶も、いつのまにか居場所になっていた。
ドーナツの穴はなぜ空いているのか。
宇宙の神秘だとか、ブラックホールだとか、どうでもいい話で盛り上がる。
ミレイユは笑う。
アルノー王子は少し呆れる。
わたくしは適当なことを言う。
それで成立していた。
ある日、わたくしはメロンソーダを見てひらめいた。
イチゴジュースにストロベリーアイスをのせて、さくらんぼを飾れば、ストロベリークリームソーダになるのではないか。
ミレイユは天才じゃん、と目を輝かせた。
ふふん、である。
糞陽キャ女に一回でも勝つと、よく眠れる。
その日は本当に気分がよかった。
◇
だが、ずっと同じ日々が続くわけではなかった。
最近、ミレイユは放課後に来ない日が増えた。
予定がある。
そう言って、軽く手を振って去っていく。
わたくしは置いていかれる。
ぼっちになる。
さみしい。
でも、そういうことを正面から言うのは負けな気がした。
だから仕方なく、ひとりで喫茶へ行った。
すると、店の空気がいつもと違って感じられた。
静かだった。
人のざわめきが遠い。
カップの音が小さい。
窓の外には、夕方の王都アステル。
落ち着く。
すごく落ち着く。
その静けさの中で、わたくしはアルノーの横顔を見た。
皿を洗う手。
少し疲れた目。
でも、やさしい表情。
その瞬間、やっとわかった。
ああ。
わたくし、恋をしている。
それは静かに落ちてきた。
でも、気づいたら最後だった。
帰り際、雨が降った。
傘を持っていなかったわたくしに、アルノーはこっそりビニール傘を貸してくれた。
店長には内緒。
それだけだった。
でも、たったそれだけで胸がうるさくなった。
心臓発作か?
◇
次の日。
ミレイユは、わたくしを見るなり全部見抜いた顔をした。
好きな人いるでしょ、という顔だった。
そして実際にそう言った。
わたくしは黙った。
ミレイユは、それで十分わかったらしい。
アルノー王子のこと、ずっと見てるし。
そう言って、アップルパイをつつく。
デートの約束を取りつけてあげようか。
そんなことまで言った。
わたくしは、いいよべつに、と答えた。
本当は、心臓がうるさかった。
ミレイユはそれ以上は踏み込まなかった。
いつも通り笑って、アップルパイをはんぶんこした。
でも、その笑顔が少しだけ遠かった。
気のせいかもしれない。
でも、少しだけそう見えた。
◇
そんなある日、家で言われた。
そろそろ婚約者を決めないとね。
社交界に出なさい。
めんどくさい。
めんどくせー。
心の底からめんどくさい。
だが、わたくしはエーヴェルハルト公爵家の令嬢である。
逃げられない。
社交界の日、わたくしは眠い目をこすりながら支度をした。
セドリックが髪を整え、ドレスを用意し、アクセサリーまで発掘してくれる。
もはや母より頼れる。
会場はきらびやかだった。
貴族の笑顔。
うるさい音楽。
退屈な会話。
全部めんどくさい。
たいくつですわ。
そう思っていたら、ミレイユがいた。
ドレス姿のミレイユは、いつも以上に光って見えた。
もともと太陽みたいな女なのに、今日は本当に光属性が強い。
そして、バイト王子アルノーもいた。
ルクセンヴァルト王家の第一王子として、立派に挨拶をしていた。
喫茶のエプロン姿とは別人みたいだった。
王妃クラウディア様もいた。
クラウディア様はミレイユを見て、何かに気づいたような顔をした。
重い秘密を思い出したような顔だった。
そしたらバイト王子とミレイユを交互に見て信じられないみたいな感じの顔をまたしてた。
でも、わたくしにはよくわからない。
なにしろ、たいくつで、ねむかったからである。
◇
やがて元老院の年寄りたちが、アルノーとわたくしを見て、にやにやしながら夜風にあたってはどうかと言った。
めんどくさい誘導だった。
だが、バルコニーに出られるなら悪くない。
外の空気は冷たい。
星がきれいだった。
わたくしが空を見上げる。
アルノーがわたくしを見る。
気づいて、わたくしもアルノーを見る。
しばらく、何も言わなかった。
でも苦しくなかった。
沈黙なのに、いやではない。
むしろ、落ち着いた。
それからアルノーは、そっとわたくしに口づけた。
頭が真っ白になった。
星も、夜風も、音楽も、全部ふっとんだ。
何も言えなかった。
アルノーも何も言わなかった。
でも、その沈黙はやっぱりいやではなかったみたい。
◇
次の日のルクセリア王立学院で、ミレイユが言った。
またぼーっとしてる。
そんな顔だった。
婚約者、見つかったの。
そう聞かれて、わたくしは慌てて内緒ですわと返した。
ミレイユは笑った。
わたくしも少しだけムキになった。
結局、いつも通りだった。
いつも通り、じゃれあった。
たぶん、これから色々あるのだろう。
アルノーのこと。
ミレイユのこと。
社交界のこと。
ルクセンヴァルト王家の秘密のこと。
でも、今はまだいい。
わたくしは陰キャで、眠くて、だるくて、恋をした。
それだけで、今日を生きる理由には十分だった。
だから、とりあえず放課後は喫茶に行こうと思う。
アールグレイを飲みながら。
たぶんまた、アルノーを見てしまう。
そしてミレイユには、また笑われる。
それでいい。
それが今の、わたくしの世界なのだから。
お嬢様ぶつぶつうるさい?セドリックのばーか
おわり




