ミズホ
転がり落ちるように階段を下りてきたのはミズホ。
「ウミさんおはよーー!!!!」
そう言って私に飛びついてくる。
顔をこすりつけてしっぽフリフリ。
まるで犬だ。
しっぽはないけど。
ミズホは18歳のアイドル。
いまどき珍しくソロのアーティストで成功しているレアな子だ。
「ダメだぞ。 離れなさい!」
「なんでー! 早起きのご褒美じゃんかー!」
「そんなものはない!」
引き剥がしてダイニングに座らせる。
すると改めて私の顔を見てキョトンとした顔をしてから爆弾を落としてきた。
「今日のウミさんってばなんかいつもと違うなー」
うおい! ミズホもか!
「あ、あのさ、どこ見てそうなるんだ」
「えー、なんか昨日よりかっこいいよー」
「えっと、あのな。来月で50歳になるおっさんになにいってんだよ」
「むぅ。なんだろうな」
「そ、そんなことより何飲む?」
「あ、ウミさんと同じのー!」
「いつもそういって苦そうにコーヒー飲んでるだろ。素直にオレンジジュースにしときなよ」
「やだー!」
ユキナに続いてミズホもエグい勘をしてるぞ。
こりゃ気をつけないといかんな。
ミズホは直球。
全力で私のことが大好きだと言う。
なんなら取材でも大好きな人として公言してたりもするのがヤバい。
マネジメントをし始めた15歳くらいの頃はまだそれもファザコンネタで通ったけれどもはや18歳だ。
全く隠さないところが逆に怪しくないので、今のところは仲のいい父娘みたいな立ち位置のままで許されているけれど。
好き→尊敬ってことだと周りは思ってくれているようなのがありがたい。
親子役でCMオファーもあるほどだからな。
その話を受けた方がいいかもな。
よし、受けたろか。
「あのさ、いつかオレ、ミズホの信者に刺されるよ?」
「私のファンにそんな人いないよー!」
そういってわざわざ隣にイスを寄せてきて腕を組んでくる。
「(胸あたってるんだって) 離れなさい!」
「やだー!」
スレンダーなユキナとは違い、ミズホはグラビアアイドルに負けないような身体をしている。
負けないっていうか圧勝か。
こちらも最初はギャップが話題を生んだケースだ。
「ウミさん、今日はこそは最初から一緒に寝たいんだけどなー」
「あり得ない。ってかこっそりベッドに潜り込むのも止めなさい」
「なんにもしてないよー」
「当たり前だ」
これは毎日のお約束。
よくも空きずに毎日おねだりするものだ。
悪い気はもちろんしないけれど、怖いのは油断をすると何をしてくるかわからないところだ。
起きたら隣に寝てるなんてことはしょっちゅうだし、私とは距離感ゼロのユキナですら、ミズホにはたまに注意するほどだからな。
「じゃあさ、今度のアルバムが1位取れたら!」
「あー。動機はともあれ、心がけはいいけどな。でもアオイとリリース被るから無理だと思うぞ」
「げ! リリース1週間ずらそうよー」
「アオイ、4週間連続リリースだってよ」
「なんだそれはー!!」
アオイは世界クラス。
さすがにまだ届かないな。
そこにユキナがお風呂からあがってきた。
「こらー、ミズホー! またウミさんにくっついてる!」
「おはよーユキナ! なんで? 別にいいじゃんー」
「あ、おはよう。てかね、家族だからこそ最低限のルールは守らないとダメだって言ってるよね」
いや、言ってることは正しいけどな。
そういうユキナもさっきは下着姿でウロウロしてたけどな。
今もバスタオル1枚だし。
「ユキナ、そのカッコでは説得力に欠けるぞ」
「! ユキナは大人だからいいの!」
「ずるいユキナ! ミズホだって大人じゃんー」
とまあ、終始こんな感じである。
毎日が楽しいっちゃ楽しい。
てか、人気女優と人気アイドルとの共同生活なんてとんでもなく幸せな環境なんだろうな。
ふたりとも隙だらけでラッキーなハプニングだらけだし。
なぜこんなおっさんがタレントと共同生活をすることになったのかは、話せば少し長くなる。
―――――――
もともと私は中堅出版社の役員だった。
いくつかの媒体で編集長を務めて編集長統括の部長になり、そこから役員として経営にシフトした。
もっぱら芸能事務所のツワモノたちとの外交がメインの仕事だったのだが、そこでまずユキナと出会った。
社長がマネージャーで、タレントもユキナひとりの小さな事務所だったが、その社長がとても純粋で熱心な人だったので最初の仕事ですぐに気に入った。
さらにはユキナの尋常ではないポテンシャルに気づいて初めて本業とは別にプロモーションの手伝いをすることにしたのだ。
しかし残念ながらその事務所はその直後に畳むことになった。
もともと私財をすり減らしながらどうにかやりくりしていた状況だったのがいよいよキャッシュアウトしたのだ。
私も手伝い程度ながらもタレントプロダクションの仕事に面白さを感じていたところだったので、心機一転してセカンドライフに動いたところだった。
出版社の役員を降りて顧問となり、個人会社を立ち上げたタイミングだったので、そのままふたりを預かることにして今の形態になったのだ。
そう、その時の社長はいまは私の会社の役員としてマネジメント業務を継続してくれている。
もともと売れてないのが不思議なくらいの逸材。
エンタメ出版のツテを違う角度で使ってみたら、すぐにチャンスを掴んで、ユキナはブレイクしたのだった。
そしてミズホ。
彼女も似た境遇だった。
老舗芸能プロダクションに所属して早々にドンが亡くなってしまいお家騒動が勃発。
プロダクションは空中分解してしまったのだ。
まだ所属してまもなく、デビュー前で実績のなかったミズホは行く先が無くなった。
デビューが内定していたレーベルのプロモーターが私と旧知の親友だったので、その紹介でミズホと会い、その感性と歌声に(そして元グラビア編集長としてその身体にも)感動して、うちに所属してもらうことを決めた。
絶対に売れるという親友の言葉を信じて、近年の昭和歌謡人気を乗ってあえてのソロ・プロジェクトにしたらそれが当たった。
そしてその時のプロモーターも今ではうちの役員だったりする。
当時はどちらも金銭トラブルがきっかけだったので住むところにも困っており、とりあえずは私の事務所に仮住まいさせたのだが、売れてからもふたりはここから出ていかなかった。
一緒に努力して掴んだ結果はとても大事なことだけど、なによりもそこに辿り着くまでの途中経過が大事なんだそうだ。
24時間生活も共にして頑張ったこの場所にいることに意味があり、ここに原点があるんだといってどれだけ説得しても聞かなかった。
そんなわけで。
この不思議な共同生活は続いているのだった。




