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ユキナ



現実世界へと帰還した。


目の前のコーヒーはまだ煎れたてのままで温かい。

どうやら時間は停止していたっぽいな。

こういうときは夢を疑うべきだけど、全身が夢ではないと告げてくる。


そう、明らかに体調が違うんだよ。 

体内に感じるキレみたいなモノが別モノだ。


なにより鏡を見るまでもなく、視界に入る身体が違う。

ビール腹はどこにいった。

腕の筋が尋常じゃない。

これどこまで影響受けてるんだ!?!


てかさ!

能力バレで殺されたってなんだよ。

最後の最後になに怖い爆弾落としてるんだよ。


いかん、もうユキナが起きてくるぞ。


この事務所は作りが特殊だ。

マンションの3フロアがひとつになった4LDK+Sになっている。

2階が広いLDKでオフィス兼リビング。

3階に2部屋あって、私の私室のほかに作業場 兼 倉庫がある。

4階にも2部屋があり、そこにタレントがふたり住んでいる。

まあよくある事務所の寮みたいに使っている感じだ。


男ひとりに女性のタレントふたりなのがちょっと特殊だけど、親子ほどの年の差がある上に健全な関係なので身内的にはなんの問題もない。


とはいえ対外的には難クセをつけられるかもしれないので、親しい関係者にも階段続きの4LDKSとはわざわざ言っておらず、なんとなく同じマンションの3フロアを契約していると誤解してもらっていたりする。


付け加えると、2階にはかなり広いバルコニーがあり、5階にあたる屋上はさらに広いバルコニーになっていて小さなサービスルームを備えている。

なお1階には洋食屋さんが入っていたりする。

とんでもなく美味しいのでほとんど毎日通うような大切な店だ。



こじんまりした小さなマンションながら広いバルコニーがふたつも付いているのがかなりレア。

そこが気に入って契約したマンションだ。


それはさておき。


定時などはないけれど、そろそろ早起きな方が起きてくる時間なわけだ。


うーん。

とりあえず鏡だな。


で、絶句した。


どうみても20代。

30歳ほど若返ってしまった。

ほどなく50歳になるにしてはかなり若く見られる方だけど、とてもじゃないが無理がある。


まずアゴ周りの肉がない。

スッキリしすぎて小顔になっとるやん。

体型もあかん。

腹回りはまあ洋服で誤魔化せる……のか?


あーーー! 階段を降りてくる音がするし。

時間が足りん!


あ。時間!

たしか【時間停止】があったよな。 


どうやるんだ?

ナビゲーター付けたって言わなかったか?

そんなのいねえし!!


えーい、とりあえず唱えるか。


「時間停止!」


その直後、世界がモノクロになった。

どうやら時間停止したらしい。


私は動けた。

とりあえず時間は稼げたな。


あとなんか持ってたか?

あ、【認識阻害】!


「認識阻害!」


……いやこれ。効果がわからんって。 


第三者にしか分からないんだろ。

オレからしたらなんも変わってないし。

危険すぎる。


「えーと、認識変更!」


なんかチュートリアルになった。

とりあえず50歳にセッティングしてみるか。

そりゃ!


急いで鏡を見るといつもの自分だ。

どうにかなったぞ。 


リビングに戻り椅子に座って深呼吸。


「時間停止解除」


モノクロの世界に色がつく。 

同時にユキナがパジャマでリビングに降りてきた。


「……ウミさん……おはよう」 


いつもはかなり元気な性格なのだけど、朝と寝る前だけはちょっと照れたように挨拶をするのがユキナのクセだ。


「お、おう、おはよう!」


ユキナは25歳の俳優。

細くて小顔。

その顔は整いすぎていて、むしろデビュー当時はクセがなさすぎると言われたほどの美人。 

芸能界はちょっとクセ顔のほうが売れるからな。


スレンダーながらメリハリはあるので変な言い方になるけれど、モノは大きくはないが大きく見えるという業界ではかなり得なスタイルの持ち主だ。

 

演技の方は超天才肌とはいえないまでも、それなりにしっかりとできる。

それよりも素が天然爆発している。

そのギャップが受けて人気の俳優になれた。


言っておくがたまにいる天然どころではないぞ。

遥か斜め上を行くファンタジスタである。


そしてほかの人にはそれほど知られていないが、やたら勘がいい。

まさにいま、それが本物だと確信させられた。


「んー? あれ、 ウミさん……なんかあった?」


マジかよ。いきなりブチ込んできたぞ。

ユキナ、やっぱただものじゃねえし!


「え! んー? 別にどうもしないけど?」

「なんだろ。ウミさんなんか違うよ」

「え、え?」

「うーん。ウミさんはウミさんだけど」 

「え? 何言ってんの?」

「……なんか違うな」


どんだけだよ。

大当たりだよ。


ユキナは天真爛漫、純真無垢の塊だ。

こんな素直で良い子がよく芸能やってるよなってくらいの普通の子だ。

売れたいっていうよりも、拾ってくれて一緒に頑張ってくれている私のために芸能で成功したいってところがある。


ゆえに、私の一挙手一投足に敏感なところは前から感じていたけれど。


勘がエグいよ。


「……何言ってんの。ほら顔洗っておいで。飲み物はいつものでいいか?」


ユキナはコーヒーが飲めないけど飲みたがるので、ホットミルク多めのカフェラテだ。


「……うん! ありがとー! 今日オーディションだし髪ちゃんとしたいからシャワー浴びちゃうね」


何か言いたいことを飲み込んだような顔をしてユキナは洗面所へ向かおうとした。


「あ、だったらオレが先に顔洗うわ」


先に洗面所にいき顔を洗っていると後からユキナが入ってきて服を脱ぎだした。


「あのさ、いつも言うけどそれはダメだろ」

「え? なにが?」

「なんでオレの前で脱いでるんだよ」

「えー、別にウミさんなら平気だし」

「前から言ってますよね。親子みたいな年齢差でもこの業界じゃ男女はあり得るんだよ。家族同然だからこそちゃんとしないとダメだ」 

「はいはい、わかりました」

「返事は1回な。2回言うのは刺さってない証拠」

「はいはーい」


2回だし。

ユキナはまたリビングに戻っていった。


急いでもう一度鏡で顔を見る。

いや全く変わらんぞ。

どこに違和感みつけたんだよ。


(ユキナの勘がヤバいな。気をつけよう)


顔を洗ってリビングに戻ると下着姿のユキナがいた。


「なんも懲りえてねえ!」

「えー、ウミさんの前では脱がなかったよ」 

「それはヘリクツだ! オレの前で脱がなくても見せてたら同じ! それにカーテン開いてる! 写真撮られたらどうするんだ! いつも言ってるだろ!」


「はいはーい」


そう2回言いながらユキナは私と入れ替わりに洗面所へ向かっていった。

ブラを外しながら。


「あのさあ」


何度言ってもダメだな。


ユキナは「仕事に必要ならなんでもする」と私にだけは公言している。

ちなみに間違っても枕営業とかはしない。

それをするくらいならこの仕事は辞めるとも言っている。

怪しい誘いはもちろん、食事も基本的に断っている。

たまには無碍にできない仕事相手からの誘いだと私に判断を委ねてくるし、若い女性タレント独特の悩み事は全く起こり得ない。


で、間違いなく私が脱げと言えば脱ぐ。

私の選んだ仕事でそれが必要なことなら。

まあヌードの仕事をさせるつもりはないけれど。 


これは彼女の覚悟の話だ。


それほど信頼してくれているのは有難いが、度を超えているところもある。


さっき言ったような親子ほどの年の差だからとか、家族同然の関係だから、なのではない。


おそらくは私とのすべてが「仕事」なのだと思う。


だから私になら裸をみられてもなんでもない。


ある意味ではプロだけどな。


そんなことを考えていたらまた階段を降りる音が。

もうひとりの問題児が起きたようだ。




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