04話 薔薇姫は仮面に微笑み、陰謀に沈む
仮面が暴走したら、王太子の溺愛も止まらなくなりました。
仮面×本音×王宮ロマンスの短編連載。
大広間は、今夜いちばん華やぐ瞬間を迎えていた。
軽やかなワルツに合わせて、殿下とルシア・クロフォードが楽しげに舞っている。
星々のような光がふたりの足元で跳ねる――まさに絵画の一場面のようだ。
その光景を、私はカーテンの影からじっと見つめていた。
(……妙ね)
真紅の髪に灯りが揺れて、私の視界をわずかに刺す。
あの仮面さえつければ、ルシアは“手に負えない高慢令嬢”になるはずだ。
殿下はそういう相手には、必ず冷たく距離を置く。
その隙に、名実ともに殿下の婚約者の座へ――それが私、ビアンカ・ルドベイの計画だった。
なのに。
(どうして殿下は、あんなに嬉しそうなの)
胸の奥で、刺々しい焦りが膨らんでいく。
ルドベイ家にとって“王家の血統に入り込む”のは悲願。
だから私は、殿下の妃になるべき存在として育てられた。
宰相である父の後ろ盾もあって、“未来の王妃”と呼ばれる地位を築いてきたのに……。
その座が揺らぐなんて、絶対許されない。
「ビー、こんな隅っこにいたのか」
軽い声に振り返ると、灰金の髪を揺らした男――ダリオ・マリツィオが、ワイングラス片手に近づいてくる。
例の商会長であり、私の“協力者”。
「やめて。その呼び方、外ではしないでと何度言えば?」
親しげに腕を回されたので、私は軽く払いのけた。
彼は気にも留めず、さらりと髪をかき上げる。
「さっき殿下と話してたよな?」
「ええ。“ルドベイ家とあなたの商会の関係”を探られたわ。
だから言ってるでしょう。もっと慎重に動きなさいって」
ダリオはニヤリと笑い、わざとらしく頭を下げる。
「未来の王妃様のご要望とあらば」
“未来の王妃”。
その甘美な響きに、思わず口元がゆるむ。
「私が“王太子妃に決まったらしい”なんて噂まで流したんでしょう?
ほんと、姑息ね」
「誉め言葉として受け取っとくよ。世論を動かすのは俺の得意分野だからな」
裏稼業までこなす便利な男。
私は目的のためなら、利用できるものはなんだって使う。
ふいにカーテンの向こうに気配を感じ、声を落とす。
「……いい? あなたがルドベイ家と繋がってるなんて悟られたら終わりよ。
王宮に入り込めているのは、お父様のおかげなんだから」
「心得てますとも。
高位貴族様相手に商売できるのも宰相様のおかげだしな。だから、ちゃんと役に立ってるだろ?」
その軽薄な笑みが、時々どうしようもなく腹立たしい。
「それで――仮面は、本当にクロフォード侯爵令嬢に渡したんでしょうね?」
ダリオが愉快そうに鼻を鳴らした。
「ああ。ビーのご所望どおりの“悪役令嬢になる呪いの仮面”。
あの令嬢には“勇気の出る仮面”って売りつけたけどな」
(やっぱり……ルシアがつけてるのは呪いの仮面で間違いない)
「すぐには外せないから、相手との関係は悪化するはず。
殿下との仲なんて一瞬で――」
ダリオが言いかけた、その瞬間。
「――なら、どうしてあの顔なのよ!」
声が震え、私は反射的に大広間を見た。
曲はすでに終わっており、
殿下とルシアがソファで――笑い合っていた。
殿下の視線は蕩けるように甘く、
とても“関係が悪化している”とは思えない。
「何が、殿下をあそこまで笑顔にさせてるの!?」
胸の奥で、熱と棘が暴れた。
ルシア・クロフォード。
騎士家系の娘で、華やかさも品格も足りない。
所作ひとつとっても粗削りで、王宮の光には似合わない。
――殿下の隣に立つべきなのは、あんな子じゃない。
“選ばれるべき”は、この私なのに……!
ダリオは興味なさそうにワインを飲み干す。
「さぁな。“悪役令嬢”になったからって、嫌われる保証はないだろ?
……そこまで面倒は見れねぇよ、ビー」
「もういいわ!」
弾けるように声を上げ、
私はヒールを響かせてその場を離れた。
(なんて頼りにならない男なの……)
ルシアが悪役令嬢になるだけでは、足りなかったのだ。
(次の手を考えなきゃ。
違法魔道具でも何でもいい……殿下の心を私に向ける術くらい、どうとでもなる)
その時、前方から男がやってくるのが見えた。
真っ青な顔で慌てふためいて、よろけるように走ってくる。
父の側近のひとりだ。
「ビアンカ様……た、大変です……!!」
その悲痛な声に、
私は無性に嫌な予感を覚えた。
――この瞬間、薔薇はすでに散りはじめていた。
本日もお付き合いくださり、ありがとうございます。
物語もいよいよ終盤です。
最終話は、すぐ投稿しますので、お時間のある時にぜひ。




