03話 仮面舞踏会で、ふたり同時に暴走しました
仮面が暴走したら、王太子の溺愛も止まらなくなりました。
仮面×本音×王宮ロマンスの短編連載。
聖星祭の夜。
王宮の大広間は、息を飲むほどきらめいていた。
シャンデリアが瞬くたび、床に星屑のような光がいくつも跳ねる。
色とりどりのドレスと仮面の紳士淑女が、まるで夜空を流れる星の軌跡みたいに優雅に舞っていた。
(……こんな華やかさの中に、私も飛び込むのね)
扉の前で、そっと息を吸う。
胸の奥で心臓が落ち着きなく跳ねた。
(お腹痛い……緊張で死にそう)
大広間の鏡張りの壁に映る私は、普段と少し違って見えた。
今夜のドレスは、アレンの瞳と同じ澄んだ青。
水面をすくい取って仕立てたのではと思うほど透明感があり、銀糸の刺繍は星座のようにきらめく。
銀色の髪はふんわりまとめられ、星型のピアスが夜空の欠片のように揺れた。
(落ち着いて、私。……逃げたらあとで絶対後悔するから)
頬に触れた仮面はひんやりとして心地よい。
“勇気の出る仮面”。真偽はともかく、仮面をつけて鏡に映る姿は、いつもより少し大胆で、どこか悪役令嬢めいている。
(おまじないでも何でもいい……今夜、気持ちを伝えられるだけの勇気をちょうだい)
そう願って視線を上げた瞬間――目に飛び込んできた光景。
アレン王太子。
そして、その隣には“薔薇姫”ビアンカ。
深紅のドレスに薔薇の仮面。
今日も隙のない淑女の完璧さ。
(……よりによって、なんで今ふたりでいるのよ)
ふたりが並んで話しているだけで、周囲の令嬢たちのささやきが広がる。
「まあ、見て。本当にお似合いだわ」
「“薔薇姫”と“王太子様”ですもの。まるで絵画みたい」
(わかってるわよ……私から見ても、本当にお似合いだもの)
胸の奥に、ちくりと棘が刺さった。
比べに来たわけじゃない。今夜は気持ちを伝えるために来たのだ。
……けれど、どうしても心がざわついてしまう。
そのとき、アレンがふいに振り返った。
一度、瞬き。
もう一度。
そして、確かめるように私を見つめたあと――ビアンカに軽く一礼し、躊躇いもなく、まっすぐこちらへ歩いてくる。
「……ルシア。来てくれたんだね」
低く甘い声。
名前を呼ばれただけで、胸がふわりと高鳴る。
私は、いつものように“淑女らしい”言葉を探そうとした。
けれど、口からこぼれたのは――
「遅いですわ、殿下。
わたくしを待たせるなんて……他の令嬢と仲良くしてらしたのかしら?」
……とんでもない言葉だった。
(えええ待って!? 今の、私!?)
口が勝手に動いた。
まるで魔法みたいに……。
ほんのり甘く、少しだけ棘を含んだ――“悪役令嬢”めいた響きだった。
(なんでこんなこと……! まさか、これが「勇気の出る仮面」ってことなの!?)
慌てて訂正しようとした私は、アレンの様子がおかしいのに気づく。
いつもの落ち着いた“完璧王太子”ではない。
一瞬ぽかんとしたあと、耳がほんのり赤くなり、瞳が大きく揺れていた。
「……か、かわいい……」
「へっ?」
聞き返す間もなく、彼はふいと視線をそらして横を向いてしまう。
「そんなふうに言うの……反則だよ……」
(……反則なのはアレンのその反応ですわよ!?)
アレンは小さく咳払いして、そっと一歩近づいてきた。
そのわずかな距離の縮まりだけで、胸の奥がきゅっと跳ねる。
「ルシア。君と踊る栄誉をもらえたら……嬉しいんだけど」
差し出された手。
仮面越しにまっすぐ向けられた瞳。
(今度こそ淑やかな返事をするのよ、私!)
なのに、またしても口が――
「ええ、特別に栄誉を授けますわ。感謝なさって?」
(また言った……! どうしてこんな“強気お嬢様”みたいになるのよ。勇気って、こういう方向性じゃないはず……!)
慌てて仮面を外そうと触れてみたが、ぴったり張りついて離れない。
仮面の内側で、頬がじわりと熱くなる。
その一方でアレンは、私の“悪役令嬢”めいた言葉を聞いても怒るどころか――顔を両手で覆い、小刻みに震えていた。
「……し、しんどい……」
「殿下!? 大丈夫ですの!?」
(顔が真っ赤だわ! 熱があるのかしら……?)
心配して顔を覗き込むと、アレンはかすれた声でつぶやく。
「大丈夫じゃない……嬉しくて心臓が……」
言いかけて途中で飲み込み、深呼吸してから微笑む。
「いや……失礼。大丈夫だ。問題ないよ」
(どう見ても問題ありそうだけど……?)
しかし、その瞳は嬉しそうに私だけを見ている。
「……行こう、ルシア」
彼に手を取られ、自然と舞踏の輪へ誘われる。
ワルツの楽団が奏でる柔らかな旋律が、青いドレスの裾とアレンの影を静かに揺らす。
その瞬間、この世界には私たちふたりしかいないみたいだった。
「ルシア……本当にきれいだよ。
君と踊れるなんて、夢みたいだ」
アレンがうっとりと囁き、
私は胸の奥が蕩けるように熱くなるのを感じた。
(よし……良い雰囲気だわ! 今なら言える! 今こそ“好きです”って告白するのよ……!)
そう決意した、はずだった……が。
「殿下。誰にでもそんな甘いお言葉をおっしゃるの? ……慣れていらっしゃるのね」
出た言葉は、またしても毒舌だった。
(なんでよ!! 今、告白の流れだったじゃない!! 仮面のせいだわ! マリツィオ商会……あとで覚えてなさい!!)
私がひとりで怒りに震えていると、その怒りの矛先が自分に向いていると思ったのか、アレンが慌てて手を振った。
「誰にでもじゃないよ! ルシアだけだ! 君が、すき……す……いや、なんでもない!」
「今、何か言いかけましたわね」
「言ってない! 言ってないからね!!」
「ふふ……その言い方。すぐムキになるところ、子どもの頃のままですわ」
私がくすりと笑うと、アレンはふっとやわらかな笑みを零した。
(ああ……この笑顔。昔とちっとも変わってない)
「ねぇ、ルシア。僕は何も変わってないよ。王太子という“仮面”をかぶっているだけで」
「仮面……?」
「うん。ルシアだって“婚約者候補の顔”をかぶってるだろう?
でも今日は……刺激的なルシアで嬉しいよ」
「刺激的……って。殿下って、変わってますわね……」
「僕は、君の“本当の言葉”が聞きたかったんだ」
――本当の言葉。
(……そっか。仮面のせいで毒舌だったけど。本当はずっと、こんなふうに話したかったんだわ)
胸がじんわりと温かく満たされていく。
気づけば私は、昔のように自然に口を開いていた。
「ねぇ……アレン」
アレンは息を飲み、嬉しそうに目を細める。
「……もう一回。名前で呼んで?」
(しまった! つい名前で呼んじゃったわ!)
「む、無理ですわよ!!」
「ルシア、ほんとに可愛いね……好き……」
音楽が終わる寸前。
アレンは甘く囁き、自分でも驚いたように顔を赤らめた。
「僕も本音が出ちゃったな。ねぇ、ルシアも教えて?
君は……僕のこと、どう思ってる?」
仮面の下で心臓が強く跳ねる。
胸の奥で長く温めてきて、拗らせまくったこの想いを――ついに言葉にする時がきた。
(……言うのよ、私)
「……愚問ですわね。
もちろん……お慕い申し上げておりますわ」
言った瞬間。
アレンの顔が真っ赤に染まり、へなへなとその場に膝をついた。
「ル、ルシア……好きすぎる……待って……その笑顔……反則……」
「殿下!? 皆が見てますわ!! しっかりなさいませ!」
「む、無理だ……今は無理……」
アレンは胸を押さえて深呼吸し、上目づかいで私を見上げてくる。
「……ルシア。怒ってる君も……可愛すぎる……天使か……!」
「で、殿下……暴走しすぎですわ……っ」
音楽が終わるころには、いつの間にか私は仮面を外していた。
仮面はもう必要なかった。
胸の奥にしまっていたふたりの想いが、ようやくひとつに溶け合ったのだから。
けれどその星明かりの下で、
薔薇色の影はひそやかに形を変えつつあった。
……もう戻れない想いを抱えたまま。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回は少し雰囲気が変わる予定です。また見に来ていただけると励みになります。




