01話 王太子妃候補筆頭なのに、私だけが場違いに思えてくる
仮面が暴走したら、王太子の溺愛も止まらなくなりました。
仮面×本音×王宮ロマンスの短編連載。
王宮の庭園は、優しい日差しに包まれていた。
薄桃色の花びらが風に乗って揺れ、噴水のしぶきが宝石みたいに光る。
本来なら、それだけで気分が弾みそうな午後……なんだけど。
今日は王太子殿下の婚約者候補が集う、月に一度のお茶会。
筆頭候補である私、ルシア・クロフォードには、自然と視線が集まっている。
(こんなに見られ続けるなんて……正直、しんどいんだけど)
銀髪は丁寧にまとめられ、ラベンダー色のリボンまで添えられている。
刺繍入りのドレスも、薄いシルクの手袋も、全部“完璧な淑女”のための装い。
なのに。
(どうしていつも“借り物のお人形”みたいな気持ちになるのかしら)
私は、剣を握っているほうが性に合っている。
風を切って動き、汗をぬぐいながら笑っているほうがずっと自然。
談笑する令嬢たちの輪の中にいると、かすかに距離を感じてしまう。
話題のテンポも速く、少し油断すると置いていかれそう。
「ルシア様。そのリボン、とても素敵ですわね。どちらで?」
急に話を振られ、私は微笑みを作った。
「最近、新しく屋敷に出入りしている商会がありまして――」
「まあ、まさかマリツィオ商会? いま大人気ですものね!」
「ええ、母も気に入っておりますの」
会話は、できている。
でも――
(また“流行りの商会”の話ね。話題の波に乗らなければ置いていかれる、この空気……どうにも苦手なのよね)
そんなことを思っていたとき。
「ルシア」
陽だまりのようにやわらかな声が、すぐ耳元に落ちてきた。
胸がぽん、と跳ねる。
振り返ると、王太子アレンがまっすぐ私を見ていた。
透ける金髪は光をまとい、澄んだ青い瞳は宝石みたいに静かに輝く。
絵本の王子様がそのまま抜け出したような完璧さだった。
「紅茶、強すぎなかった? ここの茶葉、香りが濃いから」
いつもは大人びて見えるのに、笑うと少し幼くなる。
その落差が、いつ見ても心臓に悪い。
「いいえ、とても上品ですわ」
できる限り優雅な声色で、“完璧な淑女”らしく振る舞う。
アレンの笑顔がふわっと広がった、その瞬間。
ティーカップの持ち手が、手袋越しにわずかに滑った。
「……っ」
カップが落ちる前に、アレンの指先が自然に伸びてきて、そっと受け止めてくれる。
「大丈夫? 持ちにくかったかな」
やわらかい声に、頬がじんわりと熱くなる。
「……いえ。少し滑っただけですわ」
平静を装っても、失態は失態だ。
(はぁ……どうしてアレンの前だと、うまく振る舞えないのかしら)
ふいに、幼い頃ふたりで駆け回った庭がよみがえる。
他愛もない会話で笑い転げた時間が、胸の奥をやさしく揺らした。
(あの頃は、隣にいるだけで自分らしく笑えたのに……)
アレンは私の小さな失態など初めからなかったかのように、変わらぬ穏やかな声で続ける。
「ルシア。聖星夜の仮面舞踏会のことだけど――」
その言葉が落ち着くより早く、侍従が慌ただしく駆け込んできた。
「殿下、執務室より至急のご連絡が……!」
アレンは短く息をつき、私へ視線を戻す。
「……すまない。少し席を外すよ」
そう言い残し、アレンは足早に去っていった。
庭園に静けさが戻ると同時に、令嬢たちのひそひそ声が風に乗って届く。
「今のカップ、見た?」
「筆頭候補なのに、ちょっと不慣れよね」
「まあ、クロフォード家は代々騎士の家系だから。所作が武骨なのは仕方ないわ」
「殿下、気疲れなさっていないかしら」
声は優しいふりをしているのに、刺すところだけしっかり刺してくる。
(その“気遣ってます風”の言い方、やめてほしいわ……)
私が聞こえないふりをしていると、薔薇の香りがふわりと漂った。
「クロフォード侯爵令嬢」
澄ました声の主は、ビアンカ・ルドベイ公爵令嬢。
薔薇色の髪が陽に透け、完璧な微笑み。なのに、その瞳の奥は氷のように冷たい。
「殿下のおそばを務める方には、落ち着いた振る舞いが求められますわ。王家の顔ですもの」
ビアンカは扇を軽く傾け、香りを揺らす。
「今日のご様子、少し無理をなさっているように見受けられましたわ」
柔らかい言葉で鋭い棘を刺してくる。実に厄介だ。
(要するに“あなたは不適格”って言いたいんでしょ? ビアンカは自分こそが未来の王妃だと思ってるから)
私は呼吸を整え、ゆっくりと顔を向ける。
「お気遣い感謝いたします。……ですが、どなたをそばに置くかは、殿下がお決めになることですわ」
穏やかな声で返すと、ビアンカの笑みが一瞬だけ揺れた。
私は会釈をしてその場を離れる。
足取りは乱れていないのに、胸の奥がじんと痛い。
(言い返せたのに。どうしてこんなに落ち込むの?)
風が銀髪を揺らした。
アレンは優雅で、隙ひとつない王太子。
隣に立つなら、もっと華やかで堂々とした令嬢がふさわしい。
(私はというと……どう見ても“華”より“剣”のほうが似合うもの)
胸がきゅっと締めつけられる。
噴水のきらめきは相変わらず優しいのに、私の胸の奥だけが静かに揺れ続けていた。
読んでくださって、ありがとうございます。
続きはすぐ投稿しますので、お時間のある時にふらりと見に来ていただければ幸いです。




