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第11話 帰還。

黒いウサギがやってきて、

「ご注文は?」

と聞くので、とりあえずエールを注文した。


「あと、お勧めの料理を2品ぐらい持ってきてくれるかな?」

「はい。今日はまだ寒いので、豚肉の煮込みがお勧めです。締めはご飯とパスタが選べますよ。」

「じゃあ、パスタで。」

「はい。お待ちくださいね」

そう言って黒ウサギが、にぱっと笑った。



帰国してから、外遊中のレポートを作成していて、なかなか終わらない。実家にも帰れずに王城に泊まり込んでいた。いつまでたってもこの食堂に来れそうになかったので、今夜は振り切ってきた。閉店ぎりぎりになってしまって、黒いウサギとおかみさんしかいなかった。


帰国して、所属している近衛第一師団に土産を届けに行ったら、この食堂のことを聞いた。

「ウサギが3羽いてねえ…白・黒・茶色のウサギなんだけど。」

「食堂に?」

「そ。行って見ればわかるよ。今度お前の帰還祝いもそこでやろう!」

「ああ。ありがとう。」


俺の同期の、今は副師団長まで上がったイーヴが、俺の肩を抱いて言った。


「俺は美人の白ウサギがいいんだけどね~黒ウサギもカワイイ。茶色のウサギは若い者に大人気だ。飯は美味いし、腹いっぱいになるし。楽しみにしてろ、ララ食堂。」



…黒ウサギ、か。


僕が頼んでいる侍女から毎月、僕の婚約者の定期報告が来る。

【…もし、もしもですが…ジュリアン様が本気でお嬢さまと結婚する気がなく、一時的な、女除けのための婚約だと思っていらっしゃるのなら…お嬢さまが18歳になる前に婚約を解消してあげて欲しいのですが……】

雇い主に書くような内容ではないな。まるで、自分の妹の行く末を心配するような……。



黒ウサギがキッチンのおかみさんに料理の注文を入れている後姿を見る。

羽織ってきたフード付きの外套を脱ぐ。春とはいえ、まだまだこの時間は冷え込む。

店の暖炉は火が入っていて、ほんわりと暖かい。


黒い耳をぴょこぴょこ弾ませて、エールを運んでくる。


「はい。エール。お待たせしました。煮込みはちょっとだけお時間下さいね。」


なみなみのエールと、サラミとチーズ。小さな温野菜のサラダ。

後から来た煮込みは、優しい味がした。


僕はしばらく、黒ウサギを観察してみようと思った。



*****


「ジューンさん、今日はどうする?」

「うーん。ご飯にしてみようかな?」

「はいよ~。」


黒ウサギは随分なついてくれて、口調も砕けたものになった。

いつも申し訳ないと思いながらも、閉店ぎりぎりになってしまう。これでも走って来るんだが。

「どんなブラックな職場にお勤めですか?ジューンさん。」

黒ウサギがそう言う。同情してくれているのか、憐れみなのか。


週に2.3回。

毎日来たいところだが、殿下があちこちの晩餐会に呼ばれる頻度が高すぎて無理。晩餐会を兼ねた、帰国報告会、なんてのもあるし。


鍋の残りに、ご飯とチーズが入っている。

これは残った汁がもったいないからと、黒ウサギの兄が考案したものらしい。

僕はパスタ派だったが、これはこれで即席リゾットみたいで美味しい。


これもいつものことだが、鍋が締めに入ったあたりで、店のカーテンが引かれて、看板もしまい込まれる。

「どうせ後片付けしてるから、気にしないでゆっくり食べてね。」

黒ウサギは溜まった食器を洗いながら、僕の話し相手になってくれる。


最初のころはテーブル席だったけど、どうせ一人なのでと、カウンター席になった。


学院の話や、自分の国元の話。家族の話や、友人の話。自分で作っていた畑の話。そして大好きだという制服の話が始まると、黒ウサギの緑のきれいな瞳がキラキラした。


黒ウサギとはいろいろな話をしてきたが…3か月たっても、婚約者の話だけは出てこなかった。











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