エピソード5
南風が春を運んでくる。
大地が芽吹き始め、緑でおおわれていく。村の活気が戻ってきた。
タカとユカが初めて体を重ねてから、二か月程が経った。
その間、触れ合うことはあっても、それ以上には進めなかった。
「どうしてかな」
ベッドの中でふれあいながら、ユカがぼそっと呟く。
それは、責めているのではなく、単なる疑問に聞こえた。
「――ずっと、気持ちを抑えてきたからかな」
男に欲情するなんておかしいだろ、と付け加える。
「そっかあ」
ユカが手に触れてきてもてあそぶ。
「ごめんな」
こんな自分が情けない。
「私はタカがいてくれたら、それでいい。ホントよ」
ユカが顔を覗き込んでくるが、薄暗くて表情はよくわからない。
「明日も早い。もう休もう」
ユカの頭を撫でる。
そろそろ、田植えの準備が始まる。田んぼは村の共同作業だ。村の南側に段々の田んぼが広がっている。耕して、水をいれ、種から苗を作る。畑に種をまかなければいけない。やることは山ほどある。
ユカの母親が来る頻度は落ちた。忙しくなったというのもあるのだろうが、暇を見てユカが実家へ行っていた。それでも、時に差し入れを持ってやってくる。自分に何か言いたいことがあるのかもしれないとタカは思った。
話は実家でというユカに、ユカの母親は早々に家を出て行く。ただ頭を下げて挨拶するのだが、何か言いたげな表情は、ユカに何も言うなといわれているのかもしれないと思った。
ユカには何も言わず、家を出てユカの母親を追った。気配に気づいたのか母親が立ち止まり振り向く。
「すみません。このままもう少し見守っていただけませんか? ユカのことは大切にします」
タカは伝えたいことだけを言うと、頭を下げ戻ろうとした。ユカはきっと母親と接することを嫌がるだろう。それは、タカのことを思ってだ。
「待って」
母親の声に止まる。振り切ってまで戻るのが良いことか分からない。振り向くと、母親はすぐ目の前にいた。
「ユカをよろしくお願いします」
母親は震えた声で言うと、タカの手を握ってきた。瞳は潤み、その手は暖かかった。
タカは母親の手を両手で包み込んだ。
「もちろんです。私にとって大切な人ですから」
ありがとう、と母親はか細い声で答える。
母親はただユカが心配なのだと思った。
「ユカが心配するので、帰ります」
タカが手を緩めると、母親は手を離す。軽く挨拶して踵をかえした。家に着くと、ドアが開きユカが出てくる。
「あ、タカどこへ行ってたの? 」
不安そうな瞳が揺れる。
「ちょっと気になることがあったんだ」
タカは視線を意図的に畑へ向けた。ユカに心配をかけたくない。
「あ、そう」
ほっとした顔をする。肩を抱いて家の中へ入った。
「今日もお母さんは、手の込んだものを持ってきてくれたんだろ? 」
「ええ、まあ」
「良いお母さんだな」
「心配しすぎなのよ」
それも仕方ないだろうと思う。すべては自分のせいだとタカは思った。
穏やかな毎日が変わるのは突然だ。
共同作業のために、家を出ようとしていた時だった。ドアをどんどんと叩かれた。ドアを開けると、友達のリョウが落ち着かない様子だった。
今日の作業は中止して、神の森へ行ってくれないか、という依頼だった。わかったと返事をして、すぐに村の入口へ向かう旨を伝える。
神の森へ行くということは、神の花を見つけに行くということだ。神の花は病にきく薬だ。特に、小さい子供が高熱を出し、薬草が効かなかった時、神の花を煎じて飲ませることしか、助けることができないと言われている。
神からもたらされたと言われるその花は神の森で大切に育てられていたが、ある時、神の花を全て摘み、町に出て商売を始めた者達がいた。仕方なく、神の花を由来とする薬をその者達から買っていたわけだが、新たな仕入れがあるわけではなく、終わりはくる。全てを取りつくしてしまった神の森では新しい神の花は生まれなかった。
今も、探しに行って得られることはないかもしれない。けれど、もしかしたら、という可能性にすがりたくなる気持ちはわかる。
用意していた昼の食料一人分と水筒を小さなバッグに入れ、肩にかけた。
柄の長い鎌を持ち、「行ってくるよ」とユカに告げた。
「気をつけてね」とユカは心配そうな顔を見せる。
「大丈夫だよ」
タカは微笑んだ。
初めてではない。それほど深く森に入り込むわけでもなかった。




