第29話 結成ともう一つの秘密
ソニックブームという現象をご存知だろうか。
物体の移動速度が音速を超えた時に発生する音で、鞭を振った時に『パシン』と鳴るのがそれである。
パァン!!
ピユシラが投げたボールを巡凪先輩がキャッチした瞬間、なにかが破裂したような渇いた音が響いた。
「え……」
先輩もキョトンとしている。
えーっと、ごめん。瞬きしちゃったのかな?
ピユシラが投げたボール、視認できなかったんだけども。
「くっくっく、やるじゃない、ピユシラちゃん」
「手加減した」
「むっ!! 私だって負けないわよ!!」
先輩が構える。
足を前に出して……投げた!!
見える、シンプルなストレート……じゃない!! フォークだ!! フォークボールだ!!
予期せぬ軌道に、ピユシラは球を取り損なった。
小走りでボールを拾いにいく。
「くっくっく。このクイーン・オブ・アイスマンこと鎖巡凪。3000種の変化球が投げられるのよ」
そんなにないだろ変化球。
僕が見てみたいわ。最終的に直角に上昇でもするのか?
ピユシラ、不服そう。
「舐めるな」
またもピユシラの(速すぎて)見えない音速球。
先輩、ナイスキャッチ。
ていうか手への負担が凄いだろ。
霧乃が笑う。
「ふふふ、ふたりとも白熱してますね」
「改めて思い知ったよ。ふたりともただの人間じゃないんだって」
その後も続く魔球と音速球の応酬。
これも一応、異能バトルに含まれるのだろうか。
「ユーイチロウに殺されかけたトラウマを思い出す」
「ピユシラさん、静かな割には嫉妬深いようですね」
「……あのさ、勘違いしているようだけど、僕はピユシラと恋愛関係にないし、先輩ともあくまで相談する側とされる側の関係なんだよ」
「この状況を存分に楽しめばいいじゃないですか。ハーレムですよ、ハーレム」
「そもそも僕は恋愛なんて興味が……ないわけじゃないけど、どうせ好き同士になるなら『普通』で『一般的』な女の子がいい」
「ふふ。普通で一般的じゃない末永さんが、ずいぶん高望みしますね」
くっ……。
「き、霧乃はチクチク言葉が得意だね。レスバが趣味とか言ってそう」
「冷笑に逃げるのは敗北宣言と同じですよ、末永さん」
こいつ!!
こ、ここから逆転するのは不可能か?
ないのか、奇跡の一手は!!
ない!!
「参りました」
「ふふふ」
そんなこんなで先輩たちの戦いも終了。
決着がついたのか知らないが、どちらも息を荒げて休んでいるので、ここらが潮時である。
「またやりたいわね、ピユシラちゃん」
「この世界の人間にしては、よくやる」
「あっ!! そうだアヤメくん!!」
ハンカチで汗を拭いながら、僕のところへ歩いてくる。
「私、良いこと思いついたわ」
「なんです?」
「部活を作りたいなって話、作りましょう。私たちで。……その名も、キャッチボール部!!」
「女子ソフトボール部でいいじゃないですか」
「それだとアヤメくんが参加できないでしょ」
仮に部を設立したところで入部したくはないよ。
バイトもあるし。キャッチボールなんてのはたまにやるからちょうどいいのだ。
野球部でもないのに肩を壊してたまるか。
「ねぇ!! どうかしら!!」
「恋愛相談はどうするんですか」
「それはそれ、これはこれよ。……ピユシラちゃんはどうかしら?」
ピユシラはじーっと僕を見つめたあと、「スエナガがいるなら」と僕を道連れにした。
ちなみに霧乃はマネージャー枠らしい。
「いいじゃないですか末永さん。なにも、毎日活動するわけじゃないんですから。ねぇ? 巡凪さん」
「えぇ!! でも週一でやりましょう。くっくっく、このメンバーならオリンピック優勝も夢じゃないわ!!」
まず正式種目になるところから目指してくれ。
ていうか誰が応援するんだよ、ひたすらキャッチボールするだけなのに。
そこだけ視聴者0%だろ。NHKですら受信料返金するレベルだぞ。
「はぁ……。わかりましたよ。週一なら」
「やったーー!! さすがアヤメくんね」
マズイな、この流れ。
部員の数が足りなくてどうしよ〜、からの新たなヘンテコ女の子が現れる流れだろ。
僕が一番苦手なジャンルのラノベワールドになりつつある。
「まずは地元の野球少年たちを片っ端からコテンパンにしてやりましょう!!」
「地元の野球少年たちの邪魔をしないであげてください。高野連からクレーム来ますよ」
「高野連にクレームを入れるんじゃなくて? そういえば例の事件ってどうなったのかしら」
なんで危うい時事ネタは知ってるんだよこの人。
途端、先輩と霧乃のスマホが鳴った。
ふたりが同時に確認すると、先輩が顔をしかめた。
どことなく、ピユシラも眉をひそめて視線を落としている。
「むー、アヤメくん。ごめんなさい急用ができたわ」
「へ?」
「また学校で会いましょう!!」
え、急に終わった。
デート終了。
なんで?
わかったぞ、実は先輩と霧乃は裏でスマホを使ってやり取りをしていたんだ。
【つーか飽きたわ、このチビマジつまんね】
【大学生のイケメンに誘われたし、そっちに行きません?】
【いくいくー、やっぱ男は身長の高い大学生だよねー、ピユシラちゃんも誘ってあげよー】
的なメッセージを送り合っていたに違いない。
うっ、頭が!!
なんてアホな妄想をしていると、霧乃に腕を掴まれた。
「では末永さん、せっかくなので近くの喫茶店でアイスコーヒーでも飲みませんか?」
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先輩だけでなく、ピユシラまでどこかへ行ってしまったので、僕は霧乃とふたりで個人経営の喫茶店に入った。
テーブル席に座り、アイスコーヒーを二つ注文する。
「巡凪さんのこと、気にしないでください。突然の任務に向かわなくてはならなかったので」
「そ、そうなんだ。昼間なのに」
「異変は時間を選びませんから。……今回はピユシラさんの世界からやってきた怪物退治です。ピユシラさんも気配を察したようでしたね。まぁ、末永さんには無関係なことですよ」
さっきまで仲良くキャッチボールをしていたのに、急な疎外感。
「気にすることはありませんよ。末永さんの役割は戦いではなくメンタルケア。世の中兵士だけが職業じゃないでしょう?」
「だったらこのままお開きにすればよかったのに」
「まぁいいじゃないですか。わたし、まだ時間があるので。それにせっかくですし、もう少し巡凪さんのこと、お話ししておこうと思いまして」
まだ秘密があるのかよ。
「巡凪さんの過去の話です。巡凪さんは2017年に、SOBAが所有するとある敷地内で発見されたんですよ。毛布に包まれた赤ん坊としてね」
「赤ん坊? え、親に捨てられてたの?」
「気になるとこそこですか。末永さん、今って西暦何年です?」
「2025年だけど。……あれ?」
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※あとがき
悪いけど普通で一般的な女の子はアヤメくんを好きにはならないと思うよ。
うそうそ、冗談だよ。あはは。




