第28話 三人娘集合!!
先輩は運動が得意だ。
それにキャッチボールの類はSOBAの部隊のレクリエーションでもよくやっていたらしく……ぶっちゃけ球の伸びがいい。
球速こそ緩いが、狙いが安定している。
「くふふ、楽しいわね!! 特に受け取るの」
「そうですか?」
「アヤメくん、狙いが正確ね!! キャッチしやすいわ」
あんたもね。
ちなみにどうして運動嫌いの僕がキャッチボールを選択したのか。
すでに語った理由だけでは納得できないだろう。
答えは単純。これでも僕は地元の小学生野球チームに所属していたからだ。
小2から小5までね。
スタメンで試合に出場したことも、決して少なくない。
おかげで投球に関しては割と自信があるのだ。
監督からもフォームの綺麗さだけは褒められていたし。
じゃあどうしてやめたのかって? 小5あたりからでしょ、体格やセンスの差が如実に現れるのは。
好きだった野球がどんどん嫌いになっていったね。
明らかにセンスあるやつだけが活躍して、足手まといになっていったんだもん。
チームメンバーからは舌打ちされるし無能判定されるし。
そのときのトラウマがあるからチームスポーツは嫌いなのだ。
あーそうだよ、見切りをつけたんだよ。
たくさんゲームしたかったしね。
「くくく、そーれ、アヤメくん!!」
バシッと受け取る。
軽く投げる。
「なんすか」
「くふふ、なんでもないわ。アヤメくんと言葉だけじゃなく、ボールのやり取りもしているって思っただけよ」
「……」
しまった、喋らない作戦が。
「てか先輩、どんどん近づいてきてません?」
「そう?」
僕の自転車に跨っていた霧乃が、にっこり天使スマイルで口を挟んできた。
「おやおや、巡凪さんってばそんなに末永さんの近くにいたいんですか? 求愛行動みたいですね」
「求愛!? ち、ちちち、違うわよアヤメくん!! アヤメくんとのキャッチボールは楽しいけど、求愛をしているわけじゃないの!!」
わかってるよ。
先輩はキャッチボールを中断すると、霧乃の方へ駆け寄った。
「ちょっと霧乃ちゃん!! アヤメくんは一気に押すと逃げる性格だから、ちょっとずつ距離を詰めましょうって言ったの、霧乃ちゃんじゃない!!」
「ふふふ、大きな声ですね。聞こえてしまいますよ」
「はわっ!? ち、違うのよアヤメくん!! 物理的な距離よ!!」
霧乃のやつ、先輩で遊んでやがるな。
先輩も弄ばれて顔が真っ赤だ。
「あーもー、暑くなってきたわ」
先輩は自分のバッグから水筒を取り出すと、ゴクゴクと水分を摂取した。
「アヤメくんも飲む?」
「飲みません」
飲めばいいじゃないですか、と霧乃。
こいつ、何を考えている。先輩や僕のことが嫌いなはずなのに、僕らがワイワイやってるのを茶化して。
ていうか、第三者の立場で傍観するなら、黙っていてほしいものだ。
「そういえば末永さん」
「ん?」
「この前偶然、末永さんのお友達にお会いしまして」
「は?」
「別に誘ったわけではありませんけど、日時と位置情報は伝えておいたんですよ。……あ、ちょうどあそこに」
霧乃が指をさす。
つられて振り向く。
いた、土手の斜面を下っている。
赤い髪、小さな体躯、黄色の目。
「ピユシラ!? な、なんで?」
「神の娘に来いと言われた」
誘ってんじゃねえかよこいつ。
どうするつもりだよ、一応これは、模擬とはいえデートなのに。
「ていうか、怪我は? 包帯とかしてないけど」
「治った。アタシは治りが早い」
アバラ骨が折れてたんじゃないのかよ。
先輩は……きょとんとしてる。
面識はあるのか?
「えっと先輩、僕の友達の……」
ピユシラ。と本人がボソリと名乗った。
本名を。
「あ、うん。ピユシラ。学校では湯白ですけど。で、ピユシラ、こっちは巡凪先輩」
「SOBAの匂い」
ピユシラが眉をひそめる。
どうやら相当嫌いらしい、超能力組織SOBAが。
「ピユシラさん、巡凪さんは末永さんの彼女なんです」
「彼女」
先輩がてへへと照れる。
「といっても仮よ? 仮の恋人。恋愛相談をしてもらっているから。よろしくね、ピユシラちゃん」
「…………」
先輩が手を差し出す。握手を求めているようだ。
ピユシラはじーっと僕を見つめてから、ちょこんと先輩の指先に触れた。
霧乃に耳打ちする。
「どういうつもりだよ。関わるなとか言っていたくせに」
「ふふふ、ピユシラさんの友好関係を広げてあげようという心遣いですよ」
「で、本音は?」
「えぇ〜、本音ですよぉ。末永さんの偽彼女と友達を合わせてあげてるだけじゃないですか。どういう科学変化を起こすのか、皆目見当がつかないですけど」
やはりどうも楽しんでる節があるな。
争いあうのを求めているような、試合開始前のプロレス観戦客みたいな顔をしている。
「巡凪先輩の心の安寧を維持するストレスがたまって、逆にストレスを与えたくなったんじゃないのか」
「ふふふ、うがった見方をしすぎですよ。そりゃあ多少は火花が散ったら面白いですけど、これは一言で表すと、一括管理です。あなたを大切にしている巡凪さん、あなたが大切にしているピユシラさん。そしてあなた。この三人の距離をいっそ縮めてしまった方が、楽なんじゃないかなって、考えただけです」
「そっか。……なんかごめん、悪く受け取って」
「意外と素直に謝るんですね。それに、少なくとも巡凪さんは、男絡みで相手を嫌うことはないですよ。嫉妬こそすれ、喧嘩はしない。無邪気ですから。……でないと、神の力でとっくにわたしは消されてます」
そうか、霧乃と巡凪先輩はユーイチロウを取り合った仲だった。
確かにあの頃も、先輩は霧乃を羨ましがってはいても悪口を口にしなかった。
「僕や霧乃とは正反対だ」
「ふふふ。わたしは巡凪さんのこと、嫌いなんですけど」
最後の一言が余計。
先輩たちを見やる。
グローブとボールを手に持って、ピユシラにキャッチボールについて教えているようだ。
「せっかくよピユシラちゃん!! お近づきの印に、キャッチボールをしましょう!!」
デートが台無しだけど、本人は気にしていないみたいだな。
「末永さんのお友達という属性に興味津々のようですね。方やピユシラさんの方は……」
どことなく、瞳に熱を宿らせている気がする。
ほんと、気にするだけ。違うかもしれない。ペプシコーラとコカコーラくらいの些細な違い。
だいぶ違うだろって? 味オンチなんだよ悪かったな。
「スエナガの、彼女……」
ボソリと呟き、距離を取る。
球を握り、左足を前に出してーー。




