第26話 人じゃない証明
「末永さん、少し話しませんか?」
暗闇から突然現れたクラスメートに、しばらく硬直してしまった。
いつから、どうしてこいつがいるのか。
話とはなにか。
疑問が溢れて止まらない。
「あぁ、残念ですけど巡凪さんは一緒じゃないですよ」
「ひとりってのは、どうなんだ。一応、狙われている立場なんでしょ」
「ふふふ、心配してくれるんですね。安心してください、そんな常にwarning状態ではないんです。前にも説明しましたよね、どの勢力も、基本的には戦争を熱くしたくないのだと。知性のない怪物や霊魂だって、毎日エネルギッシュではないですし」
「そう」
「それに末永さん、わたしは一人で来ちゃいませんよ」
周囲を見渡す。
誰もいないけど。
スナイパー的なのが辺りを囲んでいるのか?
「僕の存在って、秘密にしているんじゃないの?」
「いいえ、さすがに報告済みです。機械や暗示に頼らず巡凪さんをコントロールできる貴重な生命体だとね」
「先輩をコントロールした覚えはないよ」
「まぁいいじゃないですか。……いま、わたしが気にしているのは、あのはぐれ者のことですよ」
「ピユシラ?」
「SOBAとしては、あんなものには関わってほしくないんですよね」
僕の友達をあんなもの呼ばわりか。
別に友情を重んじるタイプじゃないけど、不愉快だな。
「彼女が過去にしたこと、ご存知ですか?」
「知らないけど、霧乃からは聞きたくない。本人が自分の意志で伝えるべきだ」
「そうですか。ピユシラさんに発情してます?」
「してないよ。失礼なやつだな」
「ふふふ、申し訳ないです」
ハッキリと断言する。
大方の予想はついている。
別の世界に逃げるくらいだからさ。
でも、認めたくない。意識したくない。
まして本人曰く、自己中心的な動機だなんて。
「彼女は目的のためなら手段を選ばない。そんなものと接触してほしくないんですよね」
「重犯罪者だってわかってるなら、なんで放置してるんだ」
「ごもっともですね。それは現在の彼女の危険性が低いからです。刺激しなければ、暴力的な最終手段はとってこない。むしろ消極的で慎ましく生活しているくらいです。逆に、こっちからワザワザとっ捕まえて向こうの連中に引き渡してやる道理もない。勘違いされることが多いのですが、SOBAは慈善活動団体じゃないんですよ。正義の執行やら一般人の保護やら、最低限の措置しかしません」
「そんな気はしてた」
「彼女より危険な存在がわんさかいるなかで、構ってやる理由もない。言葉を選ばず表現すると、優先度の低い『どうでもいい存在』なんです」
「ピユシラに襲われたくせに。もうユーイチロウはいないぞ」
「彼がいなくても彼女一人くらいどうとでもなります。わたしに触れることすらできません。その前に」
霧乃は拳を自分の頭に近づけると、「ぱあん」と破裂音を口にしながら手を開いた。
霧乃を護衛しているやつらに狙われるってわけか。
「どうでもいいなら、僕が友達をやっていてもいいだろうに」
「うーん、そういうわけにはいかないんですよ。彼女自体はどうでもよくても、あなたはどうでもよくないんですから。危険性が低いからうんぬんではなく、巡凪さんの精神的な問題で。つまりは、彼女と接触しているあなたが肝心なんです」
「僕は先輩の恋愛アドバイザーにすぎない」
「強情ですね」
「そしてピユシラは僕の大事な友達だし、あいつの罪に関わるつもりはない。恋愛相談ぐらいなら、してやるかもしれないけど」
「おやおや、末永さんの口から『大事な友達』なんて言葉が出てくるとは意外ですね。友情なんてものは暇を潰しあう間柄でしかない、とか捻くれ発言しそうなのに。やっぱり発情しているんじゃないですか?」
「発情してるかしてないかで判断するな。確かに友情なんてクソ喰らえだけど、あの子はひとりで異世界から来て、一生懸命勉強したり働いているんだろ? 僕より小さい女の子なのに。少しくらい情は湧く」
「ふふふ、僕より小さい女の子だから、ですか。それってやっぱり、発情してますよね」
こいつ。
僕を不快にしてどうしたいんだ。
いま、かなり頭に血が上ってるぞ、僕。
「……はぁ。末永さん、自転車、降りてください」
なんだよ、殴り合いでもするのかよ。
勘弁してくれ、たぶん負ける。
「あーあ、なーんでそうも他人のために頑張れちゃうんだか。あなた叱り、ピユシラさん叱り。イライラする」
出たな、裏霧乃。
霧乃は僕のママチャリに跨ると、ペダルを漕いで後輪を回しはじめた。
スタンドで固定しているから、タイヤが空回っている。
「理解できませんねぇ。末永さんって、わたしと同じタイプなんだと思っていました。友情とか鼻で笑っちゃう感じの」
「霧乃だって、先輩のためにいろいろ頑張っているじゃん」
「あくまで仕事ですから」
「友だちを大切にしたいって気持ちは、当たり前のことだろう。僕は捻くれ者だけど、その辺は一般的な価値観を持っているつもりだよ。霧乃だって、友だちがたくさんいるんだからわかるでしょ」
「友だち? ふふふ、えぇそうですね、クラスのみなさんは一応わたしのご友人です。でもね末永さん、勘違いしないでほしいんですけど、わたしはあんな連中嫌いなんですよ」
嫌いなやつが多いな、こいつ。
巡凪先輩のことも嫌いとか言っていた。
「すみません、訂正します。あんな連中、では規模が小さすぎました。末永さん、わたしはね、およそ人間と呼称される生命体はすべて嫌いなんです。イライラする。見ているだけでイライラする」
「……」
「しょせん人造人間ホムンクルスですから。人を仲間だと認識していないのでしょうかね。ふふふ、あ〜あ、みんな死んでくれないかな」
物騒なホムンクルスだ。
こいつが本物の神の娘だったら、今頃人類は絶滅していたのだろう。
残念ながら、僕には慰めの言葉をかけてやることはできない。
どこまでいっても、部外者の無責任な言葉でしかないから。
「ふふふ、でも末永さんのことは若干、嫌いでもないですよ」
「一番嫌いであったほしかった。僕は人に好かれるより嫌われている方が安心する。慣れているからね」
「ふふ、ふふふ、そういうところですよ、末永さん。……さて、話がそれてしまいましたね。わかりました、では警戒だけはしておいてください。下手に介入しないように、守ろうだとか考えないように。末永さん、あなたはあくまで、一般人なのですから」
「わかってる。調子に乗らないが僕のモットーだ」
霧乃が僕の自転車から降りた。
そろそろ話は終わりかな。
だけど、もう少し付き合ってもらう。
「ちょっとだけ、知ったふうなことをいう」
「はい?」
「僕からしたら、霧乃も立派な人間だよ。ホムンクルスだとか人間だとか、深く考えない方がいいんじゃないか?」
「ふふ、月並みな慰めですね」
「ごめん」
「いえ、割と心に染みますよ。月並みでも、そんなこと言ってくれるのはあなただけですから。でもね、末永さん」
霧乃が僕の手を握った。
そのまま彼女の方へ引っ張られて、僕の手は霧乃の胸に触れてしまった。
「なっ!!」
「わかりますか?」
「む、胸!!」
「ふふ、そうですけど、そうじゃなくて」
「え?」
落ち着いて、手から伝わる感触を確かめる。
柔らかくて、柔らかい以外の感想が出てこない!!
僕は今、女性の胸に触れている!!
ごめん巡凪先輩、ピユシラ。ってなんで謝ってるんだあのふたりに。
「まったく、おっぱいで頭がいっぱいのようですね。感じてください、鼓動を」
「鼓動?」
感じろって……すまん、よくわからない。
胸の厚みのせいか、服のせいか。鼓動を感じ取れない。
「え、じゃあまさか」
「そうです。わたしには人間と同じ心臓なんかないんです。根本的に、人間とは中身が違うんですよ。化け物なんです」
「あ……」
手を離す。
辛い事実を語っているはずなのに、霧乃は相変わらず、天使のように微笑んでいた。
「ごめん」
「いえいえ、むしろちょっと嬉しいくらいですよ。ついに末永さんが、わたしの肉体の秘密まで知ったわけですから。どんどん、わたしを理解してくれる」
理解される。
それが霧乃の望み。
孤独を紛らわせる手段。
「次は巡凪さんのおっぱいを触れるといいですね」
「別に、そんな……」
「ふふふ。では、異世界人にだけ注意して」
霧乃が踵を返す。
「ひとつ聞きたい」
「はい?」
「異世界の人って、ポンポン来れるものなのか? 霧乃や、ピユシラを狙うような連中は」
「ポンポンは無理ですね。どの世界だろうが、こちらより遥かに科学が進歩していようと魔法などの不可思議パワーがあろうと、基本的には困難なものです。神の娘以外はね」
「なら、お前たちを狙う追手は、そうそう現れないのか」
「ノーコメントですね。実際問題、なにが起こるかなんて予測不可能ですから。……そんなに心配ですか?」
「心配だよ。……どっちも」
「ふふふ、優しいですね」
それだけ言い残して、霧乃は闇のなかへと消えていった。
時刻を確認する。あぁ、もう23時になっちゃうじゃないか。
最後にピユシラの住むアパートを見上げて、僕は急いで家に帰った。
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※あとがき
霧乃ちゃんの胸は巨ではないですが、それなりにあります。
大きい順だと、
巡凪先輩→ピユシラ→霧乃→アヤメくん→サアヤちゃん。
ですね。