第24話 ワーカホリックピユシラ
「先輩、部活やってるんですか?」
「部活?」
たぶん答えはNOだろうと予想はついている。
超能力として日々異能バトルに励んでいるみたいだし。
だが確認しておいて不利益が被ることはないし、興味がある趣味種目があるなら、把握しておきたい。
そこから新しい恋を芽生えさせるヒントが得られるかもしれない。
僕だって、先輩には先輩に相応しい立派な男子と恋愛してほしいし、その方が恋愛相談のしがいがあるのだ。
「それが、なにもしてないのよね。よく誘われるけど」
「でしょうね」
「でも憧れるわね、部活。裏社会を生きるクイーン・オブ・アイスマンこと鎖巡凪の表の顔も、世界中に名を轟かせるくらいバリバリ目立ちたいわ」
「目立っちゃダメでしょ裏社会の人間が。ていうか全国出場前提ですか」
「運動は得意なのよ。特に球技が大好き。くっくっく、アヤメくんも私の手のひらのうえで転がっているのよ!!」
唐突に上手いこと言おうとしなくていい。
とはいえ、球技か……。
うーん、部活ではなく、地元のスポーツチームに入ってもらうのはどうだろう。
部活ほど強制力はないし、多くの人とコミュニケーションも取れる。
「あっ、そうだわ!!」
「なにも閃かないでください」
「作りましょうよ、私たちで」
「……なにをですか」
「決まっているじゃない。私たちならではの部活よ!!」
う、うわあああああああ!!!!
部活を作るとか言い始めたよついに。
勘弁してくれ勘弁してくれ勘弁してくれ!!
どんだけ古のライトノベルな世界に生きているんだこの人は。
もはや誰もやらなくなったよ変な部活物。
さんざん擦られすぎて。
逆にか? ならばこそ逆に新しいのか?
流行りや文化は一周も二周もするもの。
さしずめ令和のルネサンス期。
逆に変な部活物が光り輝く時代なのか!?
「いや普通に無理です。僕は仲間とかチームとか絆みたいな、他者との繋がりを指し示す単語が嫌いなんですよ。部活を作って活動するってことは、その三つの大切さみたいなものを学ぶ展開になるじゃないですか」
「学べばいいじゃない」
「あのですね、僕は常に将来を見据えているんです。大学で離れ離れになり、就職して、30歳も半ば。あのころの連中どうしているかなって連絡を取ってみたら、みんな自分より遥かに良い人生を送っていて劣等感が刺激されるんです。そして僻んでついには呪うわけですよ、あいつら、不幸になればいいのに。……て。それが容易に想像できるから、僕は仲間とかチームとか絆とか、一過性の連帯感に溺れたくないんです。呪術師にまで落ちぶれたくないので」
「ふーん」
あーあ、聞き流されちゃった。
そりゃ先輩みたいなパーソナルスペースが1mmの人間には理解できない予測だろうね。
「それって……。うーん、胸を張れる人生を送ればいいんじゃないかしら?」
正論爆撃やめてください。
カウンターもウィットに富んだ皮肉もできないような即死技をされると思考が停止しちゃうんですよ。
「ちなみに、どんな部活を作るおつもりで?」
「そうねぇ……。くふふ、恋愛マスターであるアヤメくんが依頼者の恋を応援する、名付けて、恋愛相談部!! 」
「あっ、今から飛び降りるんで見ててください」
「なんで死のうとするのよ!!」
冗談じゃない。
僕はなにも恋愛相談が好きなお人好しでも世話焼き野郎でもないのだ。
たまたま、勢いと成り行きで先輩の相談相手になってしまっただけなのだ。
言わば専属。
大谷翔平における水原一平のようなものさ。
ーーこの例えはたぶん間違っているし縁起悪いな。
「なにはともあれ、先輩がのびのびとスポーツに打ち込めるようなクラブチームを探してみますよ。任務とやらがない日にでも参加して、素敵な人と出会ってください」
「む〜」
なんだいその不服そうな顔は。
口を尖らせちゃったりしてさ。
「一度試しに、アヤメくんとふたりで運動がしてみたいわ」
「運動は嫌いです」
「どんなことでもいいの。なんでもいいから……アヤメくんと一緒になにかをしたい」
先輩が僕を見つめる。
物欲しそうに。怯えつつ。
僕より背が高い先輩が、小さく感じた。
思い出す。あの夜、先輩を抱きしめたこと。
感触。近い声。髪の匂い。
「な、なんでですか」
「なんでって……」
気まずい。
沈黙は慣れっこのはずなのに、首が閉まっている感覚がする。
「考えときます」
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放課後、自転車でバイト先のファミレスに到着すると、ちょうどバイト仲間の友達と出くわした。
赤い髪に金の瞳、僕より小さな体躯。
湯白、本名はピユシラ。
僕の唯一の友達にして自称異世界からの逃亡者……なのだが、
「ど、どうした、その怪我」
僕の友達が大変な事態に陥っていた。
額に包帯を巻き、右目には眼帯、頬にはガーゼ。
おまけに左手の人差し指と中指が、仲良くテーピングでぐるぐる巻きにされていた。
「転んだ……にしては重症じゃないか?」
「そうでもない」
ぎこちない動きで歩き出す。
「足も痛いの?」
「アバラの骨が2、3本折れている」
それマジで言ってるやつはじめて見たよ。
ていうかバイトしている場合じゃないだろ。
ピユシラは冗談を口にするタイプじゃない。
おそらく、本当にアバラ骨が折れているのだろう。
「平気。耐えられる」
「耐えてまでやらなきゃいけないほど、ここは繁盛してないよ。ましてやピユシラはキッチン担当だろ? 危ないって」
「…………」
「僕が店長と話すから、休みなよ。ていうか店長もその姿見たら休ませようとするって」
「…………」
ピユシラは不服そうに視線を落とした。
そんなに働きたいか。働きたくてワクワクしちゃうタイプか。
令和にあるまじきワーカホリック。
「わかった」
店長に事情を説明し、この日ピユシラはバイトを休むことになった。
怪我の理由は階段から落ちたから、らしいけど、たぶん違う。
僕の勘が告げている。
とはいえせっかくバイト先まで来たので、しばらく休憩室で休んでから帰るらしい。
そしてバイト終わりーー。
「まだいたのか」
ピユシラは休憩室で本を読んでいた。
僕が荷物をまとめると、本を閉じて立ち上がる。
「帰る」
「え、あ、うん。……自転車で来たの?」
「今日は徒歩。自転車は壊された」
マジでなにがあったんだよこいつに。
強盗集団にでも奇襲されたのか?
まさか故郷の世界から敵が来たとか、謎の宇宙人や妖怪に襲われたとか?
「家、どこなのさ」
「桐生市◯◯町◯番地◯ー◯◯」
辺境の地群馬のなかでも特に辺境なとこだな。
ここからだと歩きで1時間はかかるんじゃないだろうか。
しかもピユシラは怪我をしているし。
まさか学校も徒歩だったんじゃあるまいな。
「平気。アタシ、誉れある騎士団の一人」
「だとしても、ここではただの女子高生だ。僕の自転車に乗りなよ。送るから」
「……スエナガ、申し訳ない」
「謝るな。僕は感謝されるのと謝られるのが嫌いなんだ」
「ジュオ、クグッサマリ、スエナガ」
「なんて?」
「……ヒミツ」
心なしか、ピユシラの頬が緩んだ気がした。
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※あとがき
時々ボソッと異世界語でデレるピユシラさん