第23話 冷笑系無気力少年
「アヤメくん酷いじゃない、手を振り返してほしかったわ」
「なんのことですか? わかりませんね」
「もー」
屋上にて先輩の隣に座り、弁当箱を開ける。
なにも、僕は先輩とラブラブカップルなわけじゃない。
恋愛相談をしなくちゃいけないから、渋々、嫌々、一緒にご飯を食べているのだ。
じゃなきゃ、
「それでね、ついに魔王が召喚したオークが、Sクラス隊員の隊長を追い詰めたの。けれどそこに駆けつけたのがこの私、氷の女王たるクイーン・オブ・アイスマンなのよ」
こんな電波系中二エピソードを嬉々として語る女性の側になど、いたくない。
ちなみに、世界崩壊の危機を免れてから一度も、僕は夜のモールに飛ばされてはいなかった。
正確には、先輩が無意識に自分と僕をワープさせることはなかった。
霧乃曰く、左手首に装着しているブレスレットを強化したとか、明晰夢を見すぎるとボケやすくなると嘘をついたとか。
先輩のことだ。たぶんボケるのが怖くて夢で僕に会わないように意識する(意思を持ってワープを使わない)ようになったのだろう。
新しいブレスレットの効能だの明晰夢のデメリットの信憑性だの、僕にはサッパリだが効果はあるようでなにより。
「そんなことより、恋愛相談でしょ」
「そうだったわね」
「先日も忠告しましたが、いま気になっている人というのは……」
「でへへ〜♡♡ かわゆくてぇ、ぶっきらぼうだけど優しい人なの。くっくっく、きっと正体を知ったらビックリするわよ」
「聞きたくありませんし、諦めた方がいいですよ」
「なんで!?」
「そいつ、恋愛には興味ないかもしれませんので」
「えぇぇぇ!? そうなの!? なんで!?」
「さ、さぁ」
きっと僕じゃない。
絶対に僕じゃない。
とわかってはいるけど、一応念には念を入れて予防線を張っておく。
先輩が付き合うべきは高身長でイケメンで優しい男なのだ。
正反対の卑屈なチビなんぞに意識を向けている場合じゃない。
なので目下の目標は、先輩に相応しい男性をあてがって、先輩に本当の恋愛を教えてやることなのだ。
「うーん」
めっちゃしょんぼりしてる。
怒られた犬みたいだ。
「そういえば恋愛には興味ないって言ってたかも」
「でしょう」
そりゃあ確かに、あの世界崩壊の危機の際、少しは世間様に対して前向きに、歩幅を広く取って歩いてみようと考えを改めましたが、あくまでアレは所信表明と言いますか、政治家が選挙の時だけ口にするマニフェストと言いますか、『できたらいいね』ぐらいの気持ちなのだ。
だいたい、決意直後に性格や思考パターンを180度変えられる人間なんぞいやしない。
まずは少しずつ、無理のない範囲で、人間的に成長できたらいいな、ってことなのだ。
なのでしばらくは、冷笑系無気力少年でやらせていただく。
「ちなみに質問なんだけど、アヤメくん」
「なんですか」
「私たちってまだ、恋人同士なのよね?」
なんて、不安げな上目遣いで問いてきた。
それはあくまで、ユーイチロウを嫉妬させるための作戦だろう。
もうあいつはいない。ならば、偽の彼氏を演じる必要もないわけで。
「私、仮に嘘の恋人でも、まだ続けたいわ」
「どうしてですか」
「嘘でも、彼氏は彼氏。恋愛のこと、もっと知りたいもの。それも、恋愛相談の内容に含まれるわよね?」
「…………含まれまーー」
「含まれま?」
せん。せん。せん。せん。せん。せん。
せん。せん。せん。せん。せん。せん。
せんと言え!! 絶対に「せん」と言え末永アヤメ。
発情して返答を捻じ曲げるなよ、僕は僕を信じるぞ。
先輩が本気の恋をしたとき辛くなるだけだぞ!!
「す」
「含まれます!?」
「含まれます」
あーもうこのクソ童貞が。
ワンチャンあるとか期待してんじゃねーよ末永アヤメ!!
「くふふふ♡♡ さすがアヤメくんね!! これからも偽の恋人を続けましょう!! でへへへへへ〜〜♡♡♡♡」
「……はい」
「くっくっく、顔が赤いわよアヤメくん。さては照れているわね。かわゆいわ!!」
「かわゆくないです」
「つまり、アヤメくんは私を意識してーー」
言いながら、先輩も赤面して硬直した。
そっちも恥ずかしくなってんじゃないよ。
だったら最初から調子に乗るな。
「あ、熱くなってきたわねー!!」
「そっすね」
話題を変えたい。
なんとなく、ハンドボールをしている先輩の姿を思い出す。
「そういえば先輩って、部活やってるんですか?」
----------------------------------------
※あとがき
お、本格的な両片思いになってきたぞ。