第22話 ひと段落ついた日々
心地よい風に鬱陶しい湿気が混ざりはじめる6月上旬。
僕は湿度100%より不愉快な空間へと、ため息交じりに踏み込んだ。
「いやー、霧乃さんギャグセン高くね? 高くね〜?」
「ふふ、桃井さんよりかはユーモアセンスがあると自負しております」
「ひどくねひどくね〜?」
教室の窓際で、転校早々すっかり学園のマドンナになった霧乃(旧霧素)が、桃井やら他の男女に囲まれていた。
「桃井マジ家須さんに発情しすぎ」
「お前ごときがキリノンに近づくなー」
「ひっで〜」
あははは〜。
なんて、スクールカースト上位どもが朝から元気に喚いている。
授業中はまったく発言しないくせに。
「ふふふ、確かに桃井さん、男性フェロモン噴出しまくりでドン引きですね」
「そんなことないよ霧乃さ〜ん」
「ふふふ」
はぁ、と再度ため息をかましたところで、自分の席に座る。
クラスカーストトップ層のド真ん中。家須霧乃の前の席。
挨拶はしない。されたくもない。
ていうか、こいつらは僕の存在など気にしない。
霧乃以外は。
ツンツン、と僕の背中をつつく。
「おはようございます、末永さん」
「……おはよ、霧素」
「あらら、霧素とは誰のことでしょう?」
あんたのことだよ自称ホムンクルス。
いや、自称しているのは神の娘か。
つくづく恐ろしい女だこいつは。
表の顔は清楚で天使なお嬢様。
裏の顔は、超能力組織SOBAによって生み出された毒舌人工生命体。
怪しい組織なんぞ信じたくはないけれど、この前のショッピングモール事件やらユーイチロウに殺されかけたことで、否が応でも認知せざるを得なくなったのだ。
怖かった。本気で死ぬかと思った。
だって殺されかけたからね。でっかい犬に。
「ほら、霧乃ちゃん、と言い直してください。わたしの名前は、家須霧乃ですので。ふふふ」
しかして、でっかい犬より厄介なのがこの女。
霧乃に改名しますと宣言した翌日には、書類上でも同級生たちの記憶上でも、本当に家須霧乃に名前が変更されていた。
戸籍改ざんはまだ理解も納得もできるが、記憶改ざんはどういう仕組なんだ。
記憶消去の念波がどうのと前に解説していたが、その類?
あれ、そもそもこいつに戸籍とかあるの?
「あー、うん」
霧乃を無視して前を向く。
スマホを取り出し、数独のアプリを起動する。
「ところでさー、キリノンの元彼ってどこ行ったの?」
「ユーイチロウさんですか? さぁ? 引っ越す際に他の女性とも関係を持っていたと教えられて、縁を切ってしまいましたので」
「えぇ〜、さいてー」
「はい、最低でした。……ですので、現在絶賛、恋人募集中です」
見なくてもわかる。
今、この教室にいるすべての男子が聞き耳を立てた。
「どう思います? 末永さん」
なんで僕にフるんだよ。
あーもう、勘弁してほしいよまったく。
僕は注目されるのが苦手なのに、お前に絡まれると必然的に視線が集まるんだよ。
現に陽キャ共にジロジロ見られているし。
不快指数100over。
獣がうごめく夜の森で蚊に刺されまくっている方がまだ快適だね。
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HRも終わり、授業がはじまる。
英語の赤城先生が英文の翻訳を黒板に書いている間、僕はシャーペンを動かすのをやめて窓から外を見やった。
英語は苦手だ。日本語ですらままならないのに外国の言語など扱えるわけはない。
校庭を見下ろす。
体育の授業をしている。あれは……たぶん2年生。
男子はサッカー。女子はハンドボール。
どっちも球技。最悪だ。僕は球技が嫌いなのだ。
チームプレイが苦手だから。スポーツが得意な連中に舌打ちされるから。
しかしてどうにも、男子の動きが悪いな。
心此処にあらずというか、全員よそ見をしているような……。
「あぁ」
なるほど。
女子だけのハンドボールで一人、スーパープレイでチームを沸かせる生徒に気づいた。
長い紺色の髪、高い身長にグラマラスなボディ。
凛と大人びた顔つきながら、子どものような笑顔を浮かべてクラスメートとハイタッチをしているギャップに、隣でサッカーをしている男子たちは悩殺されていることだろう。
霧乃に負けず劣らず、男女共に大人気のクイーン・オブ・アイスマン。
鎖巡凪。
僕が恋愛相談に乗ってあげている、先輩。
そして、超能力。
先輩の視線が僕と重なった。
やべっ、気づかれた。
「アヤメく〜〜ん!!」
遠くからブンブンと手を振って僕の名を呼ぶな。
幸いにも、僕の名前がアヤメだと知っている人物は滅多にいないので、彼女が誰に手を振っているのか誰も理解していない。
後ろの女以外は。
「誰のことなんでしょうかねぇ、アヤメくんって。ふふふ」
無視無視無視。
そうこうしているうちに、お昼。
僕は弁当を手に持って、屋上へ上がった。
扉を開けると、
「あっ!! アヤメくん!!」
すでに巡凪先輩がいた。
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※あとがき
新章開始ですっ。