第21話 次なる恋愛相談
「やっ、末永」
登校中、僕はこの世で最も会いたくない男に話しかけられた。
ユーイチロウ。そうだよな、時間が戻ったならこいつも復活しているよな。
「昨夜は悪かったね」
「覚えてんの?」
「お、やっぱりお前も覚えていたか。俺は巡姉ちゃんに力を与えられたけど、実はね、俺自身が生まれ持って保有する異能があるんだ。些細な能力だけどね。そのおかけで記憶を保持できた。だから夜のことを知っているのは、たぶん俺とお前と、巡姉ちゃんだけさ。少なくとも、組織のやつは知らなかった」
「また僕を人質にするつもりかよ」
「いいや、もういい。巡姉ちゃんこっぴどくフラれて思い知ったよ、俺はヒーロー気取りで舞い上がっていただけだってさ」
「本当に反省したのか怪しいもんだ」
「ははっ、これでも俺はナイーブなんだよ。いろんな子と知り合って、みんなを助けたくて、そのプレッシャーに押し潰されて、結果お前たちに酷いことをしてしまった。すまん」
本当に申し訳なさそうに、ユーイチロウが頭を下げた。
謝るから僕じゃなくて先輩だろう。
「とうぶん会うことはないだろう」
「へ?」
「見識を広めたくてね、しばらくは異世界を旅することした。小さなヒーロー活動を、コツコツ積み上げていくつもりだ。どのみち、俺のせいで世界が崩壊しかけたんだ。島流しじゃないが、この世界から追放されるよ。自主的に」
「じゃあ、会えなくなるのか?」
「そう言っているだろ。まぁ、今生の別れでもないさ。また会おう末永。巡姉ちゃんと霧素をよろしくな。……あ、そうだ」
「?」
「一人の女を幸せにできないのにみんなを幸せにするとか言うな、てお前の言葉、身に染みたよ。さすが恋愛アドバイザーだな」
こいつが言うと煽っているように聞こえるな。
「待って、巡凪先輩、お前の瞳は青色だって言ってたけど……」
「あー、組織の検査にも引っかからない微弱な魅了魔法の影響さ。だから絶対俺の指示に従うと思ったんだけど、よほど強い気持ちが芽生えちゃったんだろうな」
それってまさか、ユーイチロウの力で先輩は……。
どうだろう、わからん。異能の考察なんぞしても無意味だろう。
「しょうがないよな、巡姉ちゃんは、魅力的な人だから」
ユーイチロウは笑顔で手を振ると、そのままどこかへ消えてしまった。
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学校の駐輪場まで到着したところで、僕はつい自転車を乱暴に降りて駆け出した。
視界にあいつが入ったからだ。
小柄で赤い髪のーー。
「湯白!!」
自転車に鍵をかけていた湯白が振り返る。
「よかった、本当によかった。また会えた」
「スエナガ」
「平気なのか? 監禁されていたんだろ?」
「あの男、ユーイチロウが出してくれた」
あいつが?
「それは大丈夫なやつなの? また捕まらないの?」
「大丈夫。いっぱい反省文書いたから」
学校の停学処分じゃあるまいに。
しかし本当によかった。実はずっと心配していたんだ、湯白のことは。
「気にかけてたの?」
「当たり前だろ。……その、僕ら友達なんだから」
まさか僕がコロコロコミックの主人公みたいなセリフを吐くことになろうとは。
うっ、虫唾が!!
「そ、それで元の世界に戻るみたいな願いはどうなったんだ?」
「しばらくは、故郷に帰るの諦める。無理そう」
「ユーイチロウに頼むとか」
「可能ならお願いしている。あいつは他人を他の世界に連れていけない」
そりゃそうだよな。
たぶん湯白は俺よりも先にユーイチロウと接触していて、あいつも湯白の望みを知っていたはずだから。
なのに湯白が残っているということは、そういうことなのだ。
「うーん。すまん、僕には何ともできん」
「構わない。ここでの生活も、悪くない」
「そっか。今日もバイトのシフト入ってるんだろ? 頑張ろうな、湯白」
コクリと、湯白は頷いた。
「スエナガ」
「ん?」
「スエナガには、ピユシラと呼んでほしい。アタシの、本当の名前」
「わかったよ、ピユシラ」
「にひひ」
普段の無表情からは想像つかないほど、ピユシラは口角を上げてニコリと微笑んだ。
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「あらまぁ、そんなことがあったのですか」
教室に着いてすぐ、僕は後ろの席にいる霧素を階段の踊り場まで連れ出してすべてを話した。
どうやら、ユーイチロウの言葉通り覚えていないらしい。
時間が戻ったわけだから、当たり前だけど。
「驚かないんだな」
「驚いていますよ。ただ、今朝方巡凪さんから同じ話を聞いていたので」
「そうなの?」
「変な夢を見たら報告するように伝えておいたので」
ということは、やはり巡凪先輩も覚えてはいるけれど、夢だと思っているのか。
察しの悪い人だ。
「ご安心ください。ユーイチロウさんの件を含めて、あとのことはこちらで対処いたします。巡凪さんにも、引き続き神の娘は『わたし』であると、改めて認識してもらいます」
「そう。頑張って」
「ふふふ、他人事ですね」
「他人事だもん。他人事であってほしい」
「ふふ、ど真ん中にいるくせに。どうして昨晩、あなただけが消されなかったのか、理論的に説明しましょうか? 背中がむず痒くなる解説ですけれど」
「聞きたくない」
「おやおや」
霧素は作り笑顔を浮かべたまま、ぐいっと僕との距離を詰めた。
ほのかにお花の匂いがする。
「巡凪さんの持つ神の力は、本人が興奮状態になると発動しやすくなります。もしかしたらわたしも、興奮したら真の力が覚醒するのでしょうか」
「走ってくればいいじゃん」
「ふふふ。……さーて、これからめんどくさくなるぞー。でもユーイチロウさんがいなくなって、少しは肩の荷が降りた気がします。うざいのが一人消えてラッキー」
「霧素のそういうとこ、怖いけど嫌いじゃないよ」
「ところで、わたしの新しいあだ名は?」
やべ、すっかり忘れてた。
ちくしょう、なんであのときの僕はあだ名を考えるなんて口にしたんだ。
女の子をあだ名で呼んだことすらないのに。
「えっと……き……きり……きりのん」
「霧乃? ふふ、あんまり変わってないですね」
「ごめん」
「構いませんよ。では今後は私のことを、霧乃ちゃんとお呼びください。組織にも、そう改名するようお願いしてみます」
僕は霧乃ではなく『きりのん』と言ったつもりだったのだが。
これじゃあだ名決めじゃなくて命名だな。
家須霧乃、それがこいつの新しい名前?
うーん、マジであんまり変わってない。
どうせならエリザベスとかにすべきだったか。
「ふふ、ふふふ。霧乃。霧乃ちゃん」
でもまぁ、本人が嬉しそうなら、別にいいか。
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昼休み、ついにそのときがきた。
「アヤメくーん!!」
あの人が僕の教室まで押しかけてきたのだ。
理由はわかってる。
「お昼ご飯食べましょう!!」
「もぐもぐ、それでね、すごい夢を見たのよ」
「へー」
「ちょっぴり怖いけど、幸せな夢だったわ」
屋上でふたり、緩やかにお昼休みを過ごす。
まったく、本当に皮肉なものだよ。あの不思議現象を僕は現実だと受け入れているのに、クイーン・オブ・アイスマンの方が夢幻だと信じているだなんてさ。
「具体的にはどんな夢だったんですか」
「へっ!? そ、それは……」
先輩の顔がみるみる赤くなる。
やめろやめろ、こっちまで照れる。
「乙女の秘密よ!!」
「そっすか。ところでユーイチロウのやつ、急に転校 (ということになっているらしい)しちゃいましたね」
「そうなのよ。私に挨拶もなしに。悲しいわ」
「じゃあ、恋愛相談も終わりですか?」
「くっくっく、実は私、すでに気になる人がいるのよ」
「…………」
「相手は私より身長低くて、かわゆくて、でもカッコいいの」
誰のことだかさっぱりだ。
僕じゃない。きっと僕じゃない。
僕みたいなもんが好かれるわけないし、「え、なんか勘違いしちゃってて草」とか嘲笑されるのが目に見えている。
昨日は空気に流されて前向き主人公みたいな思考へとたどり着いてしまったが、やはり僕の人生観は基本『石橋は叩きまくれ』なのだ。
期待せず、恥をかかない生涯を送りたいのだ。
「とくに名前がね、素敵なのよ。誰か知りたい? 知りたいかしら? くっくっく、ダメよ。恥ずかしいもの。きゃー!!」
おいこの人を最初にクイーン・オブ・アイスマンって呼んだやつ出てこい。
「くふふ、そういえばアヤメくんは、まだ自分の名前嫌いなの?」
「…………別に」
期待するな期待するな期待するな。
「最近は、好きです。…………先輩に褒めてもらったから」
「っ!?」
僕はいわゆる陰キャで、非モテの冴えない高校生だ。
これといった特徴も秘密もない平凡な存在。つまりは、モブキャラ。
どうやら僕の周りで異能バトルが展開してるらしいが、モブなので恋愛相談しかできない。
それでも、
「今後も、相談には乗りますよ。恋愛の」
できることは、精一杯やろう……と思う。
「あーんしてあげるわアヤメくん!!」
「結構です。僕ヴィーガンなので」
「豆腐ハンバーグよ!!」
「大豆アレルギーなので!!」
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※あとがき
ものすっごく綺麗に収まったのでここで終わらせるつもりでしたが、もう少しだけ続けます。
更新頻度は落ちますが。
ピユシラや霧乃ちゃん周りを、いろいろ掘り下げたいです。