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第20話 SRCL-5941

 消えていく。

 建物が、夜道を歩いていた人が、鳥が、この世界のすべてが。


「先輩」


 巡凪先輩はうずくまって、「いやだいやだ」と呟いている。

 きっとたぶん先輩が、願ったからだ。


 夢よ覚めてしまえと。

 こんな世界、はやく無くなれと。

 本当は現実なのに。


 ユーイチロウや僕の腕を消した罪悪感から、逃れるために。


 皮肉なものだ。

 古いライトノベルみたいな展開を僕は現実だと受け止めているのに、先輩の方が虚構であれと願っているのだから。


「先輩、落ち着いてください。これはーー」


 言葉が詰まる。

 どう慰めればいい? 夢なので大丈夫ですでは意味がない。

 実は現実ですじゃあ余計に悪化する。


 先輩も周囲の変化に気づいた。


「な、なに? これも私のせいなの?」


「違いますよ」


「きっとそうなのね。もうなにがどうなっているのよ」


 なくなっていく。

 視界からなにもかも。

 僕の家は無事なのか。家族は? サアヤは?

 湯白や霧素は?


 世界は消滅してしまうのか。

 こんなにもあっさりと?


 くそっ、くそっ、まずは先輩を落ち着かせないと。


「先輩、お願いだから僕の話を聞いて下さい」


 ようやく、先輩が目を合わせてくれた。


「アヤメくん……。どうしよう、どうしよう」


「霧素が言ってました。神の娘? は物を奪って与えるとかなんとか。それってつまり、先輩なら世界を元に戻せるってことじゃないですか? 消したぶん、作れるんですよ」


「私が、世界を?」


「そうです。きっとそうですよ」


「無理よ。創るって、どう創ればいいの? なにから、なにを、わからないことだらけなのに」


 あぁそうだ。無理な注文だった。

 もし頭のなかのイメージを具現化することで世界を復元するのなら、世界を元に戻すなんてのは全知全能の神じゃなきゃ不可能だ。


 先輩は知らない。

 世界の広さを知らない。


「ぐすっ、きっと神様が私に罰を与えたのよ、ユーイチロウを好きって言ったのに、アヤメくんにも惹かれてしまったから」


「…………」


「またアヤメくんとお弁当を食べたい。今度こそ、あーんしてあげたい。そしてユーイチロウや霧素ちゃんとまたダブルデートするの。あのふたりも、大切な友達だから」


 だが、もうユーイチロウはいない。

 先輩が消してしまった。そしておそらく、霧素も。

 じゃあ、どうして僕は残っている?


 先輩を中心に破壊がはじまっているのなら、真っ先に僕が消えているべきだ。

 まさか僕にも異能があったわけでもあるまいに。


「全部、全部嘘じゃないのよね」


 虚構、妄想、夢。

 僕もそうであってほしいと願ったさ。

 この世に異能バトルも学園ラブコメも存在しない。


 そう思っていたけれど、違った。

 存在した。してしまった。


 散々否定したけれど、真実なのだ。

 世界の広さを知らないのは、先輩だけじゃない。僕もなんだ。


 僕は先輩とは違う。正反対。

 そうじゃない、同じだ。僕も先輩も、まだまだ知らないことがたくさんある。


 いや、やはり違うのだろう。だって先輩は、踏み込もうとしている。知ろうとしている。

 普通の一般人に紛れて、がむしゃらに突っ走っている。


 僕は? してないね。

 僕は踏み込んでこなかった。失望するのが怖いから、『どうせ』とか『意味ない』とか冷笑して、期待しないで小馬鹿にして、知ろうとさえしなくて。


 現代ファンタジーやラブコメが嫌いなのだって、存在しないからじゃない。


 未知の世界だとか冒険だとか青春だとか、そんなもの僕には無縁で、結局モブにしかなれないのだと思い知りたくないから、否定しているだけにすぎない。


 隅っこでコソコソしている臆病な生き方しかできないから、体や心を痛めるような体験から逃げているから。


 だからずっと、孤独だったんだ。


 湯白や霧素とだって、全然似てなかった。

 僕は、僕自身のせいで寂しかったんだ。


「ごめんねアヤメくん」


「なんで謝るんですか」


「こんなことになっちゃって」


「…………」


「私、なんにもできないけど、ずっとふたりぼっちかもしれないけど、嫌わないで」


「先輩を?」


「アヤメくんにだけは、嫌われたくないの」


 なんて、泣きべきかいて懇願している。

 氷のようにクールな女のくせに。


 嫌いになるわけないだろ。


「寒い、寒いわアヤメくん」


 雲が消える。

 星が消える。

 世界が、真っ暗な空間へと変貌していく。


 これが神の娘の能力。

 霧素が生まれた理由。

 湯白にとっての希望。

 ユーイチロウが望んだ力。


 でも僕にとっては、どうでもいい能力だ。

 肝心なのは力のほうじゃない、先輩だ。

 僕にとって先輩とは何なのか。


 神の娘でもSOBAの隊員でも、クイーン・オブ・アイスマンでもない。

 なら僕にとって先輩は、巡凪先輩は。


 決まってる。ずっと隠していたけれど、はじめて会ったときからそうだった。

 あぁ、そういえば湯白に聞かれたな。僕にも叶えたい望みがあるのかと。

 あのときの質問、いまもまったく同じ返答をする自信があるよ。


 だって望みなら叶っているから。

 先輩と巡り合ったその瞬間に。


「寒いなら結構じゃないですか、氷の女王なんでしょ? 先輩は」


「アヤメくん……」


「嫌われたくないのは、僕の方なんですよ。今になってようやく自覚しました。心惹かれていたのは僕なんです。先輩と出会ってから、先輩に会うたびにずっとドキドキしていたんです。僕の知らない世界に連れて行ってくれる人だから。無縁だと思っていた世界まで、引っ張ってくれるから」


 残った腕で、震える先輩を抱きしめる。

 僕の方が小さいけれど、少しくらい人肌で温まるだろう。


「先輩の恋愛相談をしてから、毎日が絶好調なんです。無口だけど気の合う友達ができて、美人なクラスメートのストレス解消サンドバッグになったりして。これまで触れてこなった経験を、僕はようやくしているんです」


「……」


「だから僕も、先輩が知らないことをたくさん教えたい」


「私が、知らないこと?」


「常識とかモラルとか……あとは恋心」


「し、知ってるわよ恋なら」


「いいえ、先輩のユーイチロウへの想いは『恋に恋』しているだけです。恋愛への憧れが、ユーイチロウへの憧れになっているだけなんです」


「それじゃあダメなの?」


「だから教えるんです。僕が、本当の好きってやつを。先輩の恋愛アドバイザーですから、なんちゃって。あはは」


「……くふふ、アヤメくんの笑ったところ、はじめてみたわ」


「はじめてみせました」


「かわゆいわね」


 いつもは気持ちの悪い笑顔だと自虐しているけど。

 先輩がかわゆいと言うのなら、そういうことにしておこう。


 あー、僕も体が震えてきた。

 寒いからじゃない。怖いんだ。ユーイチロウに喧嘩を売るより遥かに怖い。

 先輩に本当の気持ちを伝えるのが。


 だけど、こんな状況になってようやく決心がついた。

 僕はもう、逃げない。


「巡凪先輩」


「なに?」









「先輩の方が100倍可愛いですよ」









「も、もう一度言って!!」


「嫌です」


「言って!!」


「もう一度聞きたいなら、時間を巻き戻せばいいんですよ」


「巻き戻す?」


「はい。目を閉じて、リラックスして、全部元に戻れって、祈るんです。そしたら、また聞けますよ」


 実現可能である確証なんかないね。

 神の娘の能力について詳しくないし、時間や空間に関する物理学なんてサッパリだ。

 だけど、自信がある。

 だって先輩だから。


 僕がはじめて耳にした先輩の言葉、今でもハッキリ覚えている。


「氷の女王に不可能はないんでしょ?」


 先輩の頭を撫でる。

 寝かしつけるように、背中を優しく叩く。

 この辺の所作は、たまに妹にしていたから、はじめてではない。


「うん……」


 元気で明るい笑み。

 僕の心を照らす、見慣れた表情。


「じゃあ、祈ってみるわね。アヤメくん」


 僕の肩に顔を埋める。

 大きく息を吸って、ゆっくり吐く。


「戻しましょう。そしてユーイチロウに邪魔される前にショッピングモールを抜け出して、遠くへ行きましょう。ふたりっきりで、朝になるまで」


「うん」


「そして胸や体が痛くなるくらい、いろんなことを覚えて、体験して、走りましょう。僕と、先輩のふたりで」


「……アヤメくん」


「なんですか?」


「やっぱり夢なのね。だってアヤメくんが不気味なくらい優しいんだもの」


 不気味って。


「失礼な人です」


「くふふ、ごめんなさい。でもアヤメくんのこと、好きになっちゃったかも。夢の中じゃないと言えないわね、こんなこと」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「あにちゃん?」


 ハッと目を覚ます。

 家のソファで眠っていた。

 どうなった? 僕は、世界は?


 腕は……戻ってるけど。


「あにちゃん」


「サアヤ」


「さっきの質問に答えるね。あたしはあにちゃん専用サキュバス。……いひひ」


「へ?」


「あにちゃん、あたしが普通の人間かどうか聞いてきた」


「あ、あ〜」


 時間戻しすぎだろ……。

 まぁ、いいや。


 立ち上がり、サアヤを抱きしめる。


「え? え? あにちゃん、ついにあたしに発情?」


「うん。なんかもう、それでいいや。またお前に会えてよかった」


「おほっ♡♡」


 結局その後、僕は眠ることもワープすることもなく、朝を迎えてしまった。

 僕は軽く朝食を食べて、学校へ向かった。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※あとがき

次回で一章終わりです!!

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