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第18話 僕にできるのは

 僕と先輩しかいないはずの夜のショッピングモールに、もう一人同じ学校の嫌なやつが現れた。 

 巡凪先輩の想い人、ユーイチロウ。


 どうしてこいつがここにいるんだ。

 無意識に警戒してしまう。筋肉が強張ってしまう。


 一方先輩は、口をポカンと開けて驚いていた。


「ユーイチロウ。まさかユーイチロウまで私の夢に出てくるなんて!!」


「夢?」


「くふふ、私の夢にアヤメくんとユーイチロウ。ま、まさか私は、ふたりの男の子が気になっているのかしら? これぞ世にいう、不倫?」


 二股だろうてそこは。

 不倫は段階飛びすぎだろ。まず結婚してから言え。

 ていうか元々ダブル彼氏だからね僕と彼は。


 ユーイチロウがクスクス笑う。


「そっか、夢、夢ね。残念だけど現実だよ、巡姉ちゃん」


「へ? でも……」


「ここは現実さ。明晰夢にしては意識や感覚がハッキリし過ぎているし、肌寒いだろう?」


 先輩が自分の腕をさすった。

 そいえばちょっと寒いかも、みたいに。


「末永、君はずいぶんと冷静だな」


「ビックリしてるさ、お前が出てきてな」


「ちょっとした推理だよ。モール侵入事件に巡姉ちゃんの急な健康診断。そして霧素の慌てよう。巡姉ちゃんは氷属性と基礎念波術しか使えないから、超能力による移動ではない。なら、おそらく、そしてたぶん、今夜も……そんなところさ」


 察しのいいやつ。

 ここはひとまず、逃げるべきなのだろうか。

 ユーイチロウは危険な男だ。無力な僕にできることは、走って逃げることだけ。


 もちろん、先輩と一緒に。

 あいつは先輩が神の娘だと気づいている。力を利用するつもりでいる。

 なら、先輩を一人にはできない。


「さっそく本題に入るけど巡姉ちゃん、お願いがあるんだ」


「お願い?」


「巡姉ちゃん、俺と神にならないか?」


「へ?」


「はは、ごめんごめん。突拍子もなさすぎたね。巡姉ちゃんに眠るもう一つの力を、俺の意のままにしたいんだ」


「私に、眠る力?」


 まずい。

 こいつバラす気だ。

 ええい、巡凪先輩に真実を知られたくないんだったな、霧素。


「先輩、そいつの言う事はーー」


 ユーイチロウが僕に手をかざす。

 瞬間、僕の肉体は突風に煽られたかのように後方へ吹っ飛んだ。

 壁に背中が激突する。


「いっ!!」


「アヤメくん!! え? え?」


 なんだよ、これ。

 こいつが超能力? それとも別のなにか?

 そんなことはどうでもいい。痛い、背中が痛い。


「ユーイチロウ、なんてことするのよ!!」


「巡姉ちゃん、他のSOBAの隊員よりも、やけに大切に扱われているなーと、思ったことない?」


「な、なんのこと?」


「常に監視がついて、定期的に健康診断があって、食事のメニューも読む本も徹底的に決められていて、謎の実験までやらされていたでしょ。まぁ、最近は緩くなったみたいだけど。……しかも、ははっ、鎖巡凪って、呪いの名前じゃないか。力と抑え込み、存在を現世に留めるための呪文だろ」


「いったい、何を言っているの……」


「俺が言いたいのはね、霧素ではなく、巡姉ちゃんこそが神の娘だってことさ」


「私が?」


 バラしやがった。


「そう、巡姉ちゃんには神の力が宿っている。それを世界平和のために使おうよ。……俺はね、みんなを幸せにしたいんだ。みんなが幸せな世の中にしたいんだ。巡姉ちゃんだって、共感してくれたじゃないか」


「そ、それは、そうだけど……。私、なにがなんだか」


 混乱している。

 無理もない。

 いきなりユーイチロウが現れて、僕をふっ飛ばして、神の娘だとか聞かされて、おまけに神になろうだって? ついていけなくなった英語のリスニングテストくらい意味不明なテンポで意味不明な展開が続いていやがる。


「俺は巡姉ちゃんが神の娘で嬉しいよ。俺をヒーローにしてくれた恩人が、俺の隣に相応しい人だったなんて。さぁ、俺の手を取って。ひとまず俺と巡姉ちゃんでSOBAを壊滅させよう。急がないと連中が来てしまう。俺のことが好きなら、俺に協力してくれるよね?」


「た、確かに私は、ユーイチロウが好きよ。だけど、なんだか怖いわ。私が神の娘? なら霧素ちゃんは何なの?」


「どうでもいいだろそんなこと。これはね、巡姉ちゃん自身の願望でもあるんだよ。あの日、地球滅亡のピンチに、巡姉ちゃんは祈った。『世界に平和をもたらす救世主よ現れてくれ』とね。そして無意識に力を使い、あらゆる勢力の異能を奪って、一般人である俺に与えた。つまり、俺を生んだのは巡姉ちゃんなんだよ」


「私が、ユーイチロウを?」


「そして俺は救世主として多くのことを学んだ。組織が眉唾だってことも、宇宙や未来や異世界には、滅ぼすべき悪がいるってことも。しかし、俺一人じゃどうにも……。だから神の娘が必要なのさ。すべてを破壊し、生み出す神がね」


「わ、私は組織の人間よ。組織を裏切るなんてできないわ。ましてや、悪いことはしていないのに壊滅させるなんて……」


 本当に悪いことはしていないのか、定かではない。

 こいつのいう壊滅というのは、全滅なのだろうか。

 なら、霧素は? まさかあいつのことも……。


「巡姉ちゃんの価値観で話さないでよ。なんにも知らない箱入り娘なんだから。あのね、神の力を持ちながら何もしない方が悪だよ? 俺たち、さんざん命がけで戦ってきたよね。辛い思いをしてきたし、させてきた。それをさ、すべて癒やしてあげようってことなんだよ。神になるんだよ。使おうよ、世界平和のために」


「あぅ……」


「ていうか、酷い話だよね。巡姉ちゃんに救世主させられて、いろいろ頑張っているわけだけど、当の姉ちゃんは遊んでいるだけなんて。苦労はすべて俺に押し付けるの? それってさ、すっごく冷たいよね。好きな人にする態度かな」


「だ、だって私……」


「巡姉ちゃんは俺が好きなんだよね? これまで恋愛をしたことがないから知らないだろうけど、好きな人のために何でもするのが、愛なんだよ。俺たちの愛ですべての人間を幸福にしよう、ということなんだ。単純だろ? これは、愛の話だ」


「愛? そ、そうなの?」


 先輩が僕を一瞥する。

 判断を委ねられている。

 そんなわけない。そんなわけないんだよ先輩。


 僕にだってわかることを、先輩は知らないんだ。


 先輩の視線に気づいたユーイチロウが、鼻で笑った。


「そういえば末永の存在を忘れていた。確かお前も巡姉ちゃんの彼氏だったな。そうだ」


 ユーイチロウの背中から、黒い天使のような翼が生える。

 ふわりと宙に浮いて天に手をかざすと、大きな魔法陣のようなものが出現し、三頭の巨大な猛犬、いわゆるケルベロスが召喚された。


 CGでもぬいぐるみでもない。

 僕はいま、本物の怪物を目にしている。


「俺の手を取ってSOBAを滅ぼさないなら、今ここでこいつを殺すよ」


「なっ!?」


 僕を人質にしやがった。


「ほら、どうする? このケルベロスは暴れん坊だから、急がないと取り返しがつかなくなるよ。ねえ、俺は巡姉ちゃんを嫌いになりたくないんだよ」


 こんなの、性質タチの悪い脅しだろ。

 先輩が泣きそうな顔をしている。

 混乱のなかで必死悩んでいる。


 ふざけんな、ふざけるなよ。

 巡凪先輩はお前に好意を示しているんだ。勇気を振り絞って好きだと告白したんだ。

 その気持を利用して、あげくに脅迫?


 ふざけんな。


 怖い、正直かなり怖いし足も震えている。

 だけどあいにく、僕は眠気と混乱でハイになっているんだ。

 自分の命を軽んじるくらいには頭がバカになっているんだぜ。


「先輩、自慢の超能力でそんなやつ倒せばいいですよ」


「部外者は黙っていろ、末永。それとも、かつての俺のようにお前も異能の与えてもらうか?」


 嫌に決まっているだろ。

 僕を異能バトルに巻き込むな。

 だいたい力を手に入れたところで、ロクに喧嘩もしたことないのに戦えるわけがない。


「末永、俺はお前すら幸せにしてやれるんだ。お前の望む世界を、お前のためだけに作ってやろうか? お前が最強でモテモテな、ファンタジーのような世界を」


「いらないね。僕は異世界転生は好きだが転生したいと思ったことはない」


「なら黙っていろ。お前は無力な羊だ。神の世界に足を踏み入れるな。本当に殺すぞ」


 そうさ、僕は無力さ。

 身長低いしユーモアもないし顔も平凡でスポーツも苦手で成績だって目立たない。


 でも、僕にだって責任感くらいはあるんだ。

 一度引き受けた仕事は、最後までまっとうする。

 先輩の恋愛相談は、まだ終わっていない。


「巡凪先輩、そんなやつに尽くしてどうするんですか。みんなを幸せにしたい? 公平に愛す? 舐めるな、眼の前の巡凪先輩を泣かせるような男が偉そうな口を叩くなよ。先輩を悲しませて僕を苛つかせる男が、平等に幸せにしたいとか抜かすな」


「アヤメくん……」


「先輩、そいつはただの偽善者です。独りよがりの正義を振りかざす、ヒーロー気取り。それでもこいつの視線を独占したいっていうのなら、次の作戦を伝えます」


「作戦?」


「ボロクソにフって驕り高ぶったプライドをズタズタにしてやりましょう。先輩は安い女じゃないってこと、とくと知らしめてやるんです!!」


「…………」


「あんなやつの言いなりになる先輩なんか、僕は見たくない」



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