第14話 湯白とピユシラ
あのあと霧素に連行される形で、僕は教室まで逃げた。
HRの間、僕は嫌な汗が止まらなくて気分が悪かった。
もう一度情報を整理してみる。
巡凪先輩は『神の娘』だった。
僕は彼女の力で深夜のモールデートをしてしまった。
霧素は先輩の影武者的存在で、ホムンクルス。
湯白も『そっち側』の人たちだった。
おいおい、勘弁してくれ。
本当に勘弁してくれ。
もしやマジで僕の頭はどうにかなってしまったのか?
おかしいのは巡凪先輩たちじゃなく、僕の方だったのか。
すべて僕の妄想で、差別を助長するタイプの禁止用語に該当するのは僕だった?
どんなサスペンスホラーだ。
つんつんと、後ろの霧素に突かれた。
半分に折られた手のひらサイズの紙を渡された。
【あのふたりなら大丈夫です。殺し合いになったりはしません。とりま普段通りに過ごしてください】
だとさ。
悪いがそうさせてもらう。
僕は身の程をわきまえられる人間だ。
無駄に干渉して余計なことはしないのさ。
おっ、二枚目。
【巡凪さんはこのあとすぐに早退させて、組織の検査に回します】
じゃあ、会いに行っている時間はないのか。
どのみち、霧素はまだ僕が先輩と接触することを望んではいない。
ならば……。
HRのあと、僕は急いで教室を出て、成績優秀な生徒だけが在籍する1組(特別進学クラス)を覗いた。
いた、誰とも打ち解けず、黙々と授業の準備をしているやつが。
「湯白」
よかった、ユーイチロウと揉めていたけど、怪我はなさそうだ。
でも、誰の目から見てもわかるくらい、機嫌が悪そうな顔をしている。
「話しかけづらいなぁ」
ていうか、ゆっくり喋っている時間もない。
一旦退散し、午前の授業を受ける。
そうこうして、お昼。
もう一度1組を訪れ、今度こそ話しかける。
「ゆしら〜」
名前を呼ぶと、僕の方を向いた。
赤い髪、小さな体躯、黄色い目。
駐輪場で霧素を攻撃していたのが、いまでも信じられない。
「ごめん、ちょっといい?」
霧素よ、安心してほしい。
僕はちゃんと普段通りに過ごすよ。
普段通りに、バイト仲間に話しかけるだけだ。
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屋上に連れだす。
事前に自販機で買っておいた紙パックのイチゴミルクを渡すと、湯白は無言で受け取り、無表情のまま、
「ずぞぞぞぞ」
一気に飲み干した。
「えっと、どこから話したものか」
「キライな匂いの理由、わかった」
「はい?」
「スエナガ、失望」
「なんで!?」
「SOBAの仲間だった」
「違う違う。僕をあんなヘンテコ連中と一緒にするな。ただいろいろあって知り合っただけだ。ていうか、僕こそ湯白にドン引きしている」
湯白は空のパックを空気まで吸ってへこませると、今度ははいて一気にパンパンにした。
「今朝のあれは、なんだ? 僕の見間違えじゃなきゃ、湯白は霧素を襲っていただろ」
「……」
「同じバイトのよしみじゃないか。教えてくれ。なんでもいいから納得できるオチが欲しいんだ。演劇の練習か? それともドッキリ? 幻覚? ええい、この際なんでもいい。湯白の口から聞きたい。僕の眼の前で起きていることは、現実なんだよな?」
「……」
「誰にも言わないよ。チクる相手もいない」
「…………」
頼むから喋ってくれ〜。
湯白の寡黙なところは気に入っているが、今回ばかりは矢継ぎ早に喋り続けてくれ。
「スエナガは、優しい。面倒を見てくれる」
「バイト先でね」
「だから教える。アタシは……この世界の住人じゃない」
「すぅーっ」
わかった。
とりあえず一旦聞こう。
まず否定から入るのはやめよう。
「アタシの本名はピユシラ。帝国騎士団の一人」
「き、騎士……」
「訳あって、神の娘を、貰いにきた」
「じゅ……霧素を?」
危ない。
たぶんダメだよな、巡凪先輩だって教えたら。
「なんだろう、湯白の世界を救うため、的な?」
「いや、アタシは…………帰りたい」
「へ?」
「指名手配されていて、逃げてきた。同郷の者は頼れない。でも、帰りたい」
指名手配って、なにをしでかしたんだこいつ。
まさか殺人? 湯白なら黙々と遺体を処理しそうではあるが。
「つまりこっそり地元に帰るために、霧素の力が必要だと」
コクリと湯白が頷いた。
どうしてさっさと帰らせてもらえないんだ。とか、どうやってこの学校の生徒になれたんだとか、疑問は様々だが今は触れないでおこう。
僕の脳内ハードディスクは残り2キロバイトほどしか入らなさそうだ。
「えっと、なんであれ霧素を殺すのはよくないと思うよ」
「殺しはしない」
「あっ、うん」
会話終わっちゃった。
改めて湯白を見下ろす。
赤い髪、金色の瞳。ぜんぶ天然物なら、そりゃあ別世界の住人たる説得力はある。
とりあえず、納得できるオチかどうかは判断しかねるが、この異常事態に心が慣れてきたのは感じる。
「信じた?」
「え、あぁ、うん。ぼちぼち。というか、情報量に圧倒されて飲まれちゃってる」
「……」
「湯白はイタズラに嘘をついたりしないからな、真っ向から否定はしないよ」
「アタシでも、嘘はつく」
「必要な嘘なら、だろ? ただ僕をからかう嘘はつかないという意味だ。これでもお前とは同じ職場で汗を流しているからね、多少は理解している」
こいつが汗をかいているところを見たことはないが。
「……ふっ」
同じくらいこいつの笑顔も見たことなかったが、たったいま目撃してしまった。
わずかばかり唇を綻ばせて、感情を表に出していた。
「とはいえ、僕の頭が麻痺しちゃっている可能性も否めない。なんかの病気による幻覚とか夢の中で、それを現実だと誤認している可能性ね」
「…………」
途端、おもむろに湯白が僕の手を握ってきた。
小さくて冷たい手。弱々しいけれど、僕の手をガッチリ掴んで離さない。
「触れる。アタシはここにいる」
「う、うん」
あぁ、これ少なくとも夢ではないな。
夢だったら僕の心臓はこんなにもドクドク高鳴らない。
認めるしかない。
受け入れるしかない。
すべて本当なんだ。
超能力も異世界人も、存在する。
異能バトルは、実在するんだ。
「スエナガに会えてよかった。寂しくない。この世界の、たった一人の友達」
友達だったんだ、僕ら。
はじめてだ、女子の友人。
先輩も霧素も、そういう関係ではないし。
なんだぁ? 僕も頬が緩んじゃいそうだぞ。
予鈴がなった。
まずい、昼休みが終わる。
話を切り上げないと。
「まぁ、その、なんだ。協力できることは協力するよ」
「……」
「聞いてる?」
「スエナガ」
「?」
「スエナガも、神の娘に叶えてほしいことがあるの?」
「え」
「だからSOBAと接触してる?」
そうか、僕自身のことは語っていなかった。
なんで霧素と仲良さげに話していたのか。
何者なのか。
語るほどの者ではないが、気になるよな。
「僕はただ恋愛相談をしているだけさ」
「れんあい?」
「叶えてほしいことなんかないよ。慎ましく生きているからね」
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※あとがき
湯白ちゃんは小柄ですが、貧乳ではありません。