第10話 ダブルデート③ 結局、神の娘って?
モールに到着してすぐ、巡凪先輩はトイレに駆け込んでしまった。
ユーイチロウも女子ふたりのためにシェイクを買ってくるらしく、必然的に、
「ふたりきりになっちゃいましたね」
僕と霧素だけになってしまった。
モール内のエスカレーター近くにあったソファに座る。
「今日は暇だったの?」
「そうですね、まぁ。じゃなかったとしても、こっちを優先するんですけど。監視は任務なので」
「…………」
「…………」
会話が途切れた。
霧素がスマホを弄りはじめる。
こいつにまで気を使う必要はないか。僕もSNSでも開いて時間を潰そう。
えーっと、今日のトレンドは……。
「末永さん」
「なに」
「スマホのバッテリー残量がデートの点数なんですよ?」
なんだよその採点方式。
初めて聞いたよ。
バッテリー無くなったらどうなっちゃうんだよ。
「僕は巡凪先輩とデートしているのであって、家須とはデートしていない」
「うふふ、確かにそうですね。それと末永さん、わたしのことは霧素ちゃんと呼ぶようにお願いしたはずですけど」
「馴れ馴れしいでしょ、名前呼びなんて。僕が嫌なんだよ」
「……」
じーっと僕を見つめたまま動かない。
真顔で、まん丸の目を見開いて。
圧をかけているのか? 負けないぞ、人の視線を無視するのには長けているんだ。
下を向いて、心を無にしてやる。
「…………」
顔まで近づけてきた。
なんだよもう!! 怖いんだよもう!!
「呼んでください、末永さん」
「…………」
「末永さん」
「……り、りす」
「はい?」
「き、き、霧素」
「はい、おりこうさんですね」
負けました。
よくよく考えてみれば、誰からも見られたりしない僕が視線を無視することに慣れているわけがなかった。
「ふふふ。はー、喉乾いた。ユーイチロウさん、並んでいるんでしょうか。……別にシェイクじゃなくても自販機で適当にジュースを買ってくればいいのに、使えないなー」
こっわ。
全身鳥肌立ったよいま。
淡々と、霧素が話しかけてくる。
「バスの会話聞いてました? 今日のお昼はモスバーガーらしいです。わたし、バーガーはバーガーキングしか認めないって何度も伝えていたんですけどね。あいつは平然と他の女の好みとごっちゃにするから」
「僕もバーキン派だが、モスも美味いだろ」
「わたし、優劣をつけたがる性格なんですよね。モスを食べている最中、バーキンと比べてしまって、味に集中できないんです。男性にとっての女性がそうであるように」
知らんわ。
「まぁ巡凪さんみたいな雑な人間にとっては、どっちでもいいんでしょうけど。……バスのなか、ずいぶん大声で会話していましたね。耳障りでした」
「悪かったな。ていうか、さっきから僕に愚痴ばかりはくなよ。せめて遊んでいる最中はネガティブな発言は控えてくれ」
「……」
なんだ、今度はキョトンと驚いたように目を丸くして。
僕だって言うときは言うのだ。たとえ相手が美少女であってもね。
「なるほど、愚痴ですか。なるほどなるほど。わたしが組織に末永さんのことを報告しないのは、愚痴をこぼす相手がほしかったから、なのでしょうかね」
「知らん。問われても困る」
「うふふ、新たな発見です。無関係ながら事情を把握している相手、これほど愚痴をこぼすに相応しい相手はいませんね」
「僕も誰かに愚痴りたいよ、霧素のこと」
「ふふ、ふふふふ。ダメです」
霧素は、サイゼリヤの間違い探しをすべて見つけだしたときのような晴れ晴れとした笑顔を浮かべながら、「その人の記憶を消さないといけませんから」と忠告してきた。
「ダブルデートが終わるまで、愚痴は封印しますね。これでも自称神の娘ですから。おおらかでいないと」
自称?
そりゃ自称だろうが、本人自ら『自称』なんてワードを使うなんて。
しかも皮肉めいた言い回し。本気じゃないのか?
やはり、謎設定を演じているだけなのかな。
読めてきたぞ。すべては頭がアレな巡凪先輩が社会復帰するための大掛かりなお芝居なんだな。
統合失ーーえっと、想像力豊かな先輩に、妄想と現実の区別をちゃんとつけさせるために、徐々に真実を教えていくつもりなのだろう。
「なぁ、その神の娘っていうのはどういうものなの? 全知全能なの?」
「興味あるんですか?」
「別に。暇つぶし」
「ふふ。わたしは全知全能ではありません。神の娘はすべての世界、事象、存在に干渉できる上位存在ですが、万能ではないのです。やれることはただ一つ、奪って与える」
「ほう。いいよ、考えた設定を語っても」
「例えば、使っても使い切れないくらいお金のある大富豪がいるとします。方や富豪の屋敷の周りには、今日の食べ物さえ心配している貧乏人たち。末永さんなら、どうします?」
心理テストかな。
富豪をコテンパンにして財産をみんなに配る、かな。
「模範解答ですと、富豪の財産の一部を貧民に配る、でしょうかね」
コテンパンにはしないのか。
一発くらいビンタしてもいいだろ。金持ちなんだし。
僕は階級闘争が好きだ。
努力を怠っているくせに人の足を引っ張るのは得意だからね。
「神の娘の能力は、それです。この世のあらゆる世界、事象、存在から何かを奪い、分け与える。極端な話し、他人の寿命を奪って家族や友達の寿命を伸ばすこともできます。物理現象だけでなく、概念すら操れるのです」
「そりゃ恐ろしい」
「はい、恐ろしいんです」
霧素の表情が変わった。
えらく真面目な、圧のある目付きだ。
「無から有を生み出すならまだよかった。被害者はいないから。これは、争いの種にしかならないんですよ。奪われたくない、奪いたい、排除したい、利用したい。恐怖と欲望を刺激する、禁忌の力。ただの異能に収まらない、魔神の力」
「そうかい。じゃあぜひともどっかから金と土地と女を奪って僕に渡してほしいものだね」
「やはり信じていませんね」
「壮大過ぎて冷める」
「庶民的な使い方もできますよ? 別の空間から誰かを存在ごと奪い、自分の近くに持ってくる、なんて『ワープ』も可能なんです」
「もういいよ、充分わかった。僕から聞いておいてなんだけど、これ以上喋るなら僕も政治の話しするよ。……最近の与党どうなの? LGBTはどんな感じ?」
「うふふ、いずれ機会があればお見せしますよ」
いま見せてみろ、自称神の娘さんよ。
「末永さんは話しやすくていいですね」
「僕を褒めるな」
「好きになっちゃうから、ですか?」
「なっ!?」
「捻くれているようで単純。さては末永さん、交際経験ゼロですか?」
「そ、そんなこと……」
「ふふふ、耳が真っ赤ですよ。巡凪さんの気持ちがよくわかります。末永さんあなた……かわゆい、ですね」
こいつ……。
今ここでハッキリさせておく。
僕はこの女が嫌いだ。
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※あとがき
アヤメくんがヒロインなのかもしれない。