婚約破棄? いいですけど、なんで私の杖奪うのですか?
「……届かないよねー」
王宮の本棚は何故こんなに高いのだろう。偉い王族が住むからって本棚まで高くする必要あるのだろうか。
欲しい本は手を伸ばしたところで到底届かないところに。まわりには、はしごとなるようなものは無い。頼るしかないか。
私の背丈ぐらいある長い杖でコンコンと地面を叩く。すると、
『はーい。呼んだ? アリシア』
ふわっと風を巻き起こる。人間の女性のような見た目をした風の精霊シルフだ。
「あそこの本取って。届かないの」
『えー、またそんなことで呼んだのー? ちょっとは人間に頼りなよー。そんなんだから、人間の友達出来ないんだよー』
「別に契約違反じゃないでしょ。精霊の方が優秀で気が楽だし。それとそういう事は言わないで。嫌なこと思い出すじゃない」
シルフがいらん事言うから嫌なこと思い出したじゃない。学生時代、友達も出来ず、イジメも受けてたことを。まあ、イジメって言っても、目を合わせてくれないとか無視されるとか、じゃれ合いレベルの魔法をぶつけられるとかの可愛いものだったけど。物が無くなったり、壊されたりしたのはさすがに嫌だったな。
『別にいいけどねー。呼んでくれるのは嬉しいしー。はい、本。せっかく来たんだから、読む前にあたしと遊んでよー』
「うーん、いいけど何する? 他の精霊も呼ぶ?」
くるくると私の周りを飛び回るシルフ。遊ぶって何しよう。シルフ元気だから、外飛び回りたいとかいいそうだなーとか考えていた時、
コンコン。
扉をノックする音が聞こえた。
「はいどうぞ」
「失礼します。アリシア様、殿下がお呼びです」
「……はーい」
ノックして入ってきたのはメイドだった。殿下がお呼びです、か。どうせ、しょうもないことかな。
「お前との婚約は破棄だ。そして、お前は国外追放だ」
「……は?」
呼ばれて行った第一声がこれだった。
「……理由を教えてください」
そもそも婚約自体、あなたから無理矢理決めたことでしょう。学校卒業直後に勝手に婚約を決め、国王命だとか言って逆らおうなら、反逆罪だとか言って。同じ学校の同級生だから、卒業まで待ってやったとか言ってたけど意味分かんないし。
「理由だと? お前が言う事を聞かないからだろう! 精霊姫と呼ばれていたから、婚約したというのに。お前はその精霊の力を、国の為に全く使わないだろうが!」
精霊姫。いったい誰が呼んだのか、それが私についたあだ名。精霊しか友達がいないことを馬鹿にした私のあだ名。……事実だから、否定もしにくい。
「魔物退治とかには協力していたじゃないですか」
「魔物退治なんか冒険者にでもやらせておけばいい! それよりも、隣国への侵攻に協力しろと何度も言っていただろう!」
「……はあ。戦争には協力しないと、何度言えば分かるのですか?」
そう、この男は私と精霊達へ戦争への協力を要求してくるのだ。確かに、精霊達の力は人間よりも遥かに強い。でも、だからといって彼らを人殺しの道具になんかさせたくない。
人を襲う魔物を退治するぐらいは協力してもらってるんだから、それで満足しろと何度言っても聞かないのがこの男。
「ああ。もう分かった。だから、お前との婚約は破棄だ。無能め。そして、我が国へ非協力的な非国民であるお前は国外追放だ」
「…………そうですか。では、荷物まとめたら出ていきますね」
元々気乗りしない婚約だったのだから、破棄されるのはむしろ好都合。国から追い出されるのは困るけど、戦争しようとしてる国に居る方がよくないかもしれない。
家族達にも伝えておこう。婚約破棄されました。国外追放になりました。みんなも逃げた方がいいよ。何かあっても精霊が守ってくれるようお願いしとくけど。
コンコンと杖で地面を叩き、シルフをもう一回呼ぶ。みんなによろしく伝えておいてね。さて、シルフも行ったし、私も行かないと。
もう用なんて無いと、部屋を出ようとしたその時、
「待て。その杖を置いていけ」
「は?」
殿下に引き止められた。杖? 杖ってこれ?
「お前が今持っているその杖だ。それを使って精霊を使役しているだろう。そんな物を持ったまま国外へ出ることは許さん」
私が精霊と契約する時に使っているこの杖。え? こんなボロボロの杖欲しいの? 色々使ってるからボロボロだよ?
「はあ。まあ、欲しいならどうぞ」
こんなボロボロの杖を欲しがる人がいるなんて。確かに、素材は良い素材だったと思うけど。これを持ってようとなかろうと何も変わらないのに。
殿下に杖を渡す。その杖を受け取り、ニヤリと殿下は笑みを浮かべた。
「フン。……クククッ。ついに俺に精霊を従える力が」
「……殿下、精霊術が使えたのですか?」
精霊は人間が住む世界とは別の世界に住んでいる。その二つの世界を繋げ、精霊を呼び契約を交わすのが精霊術。
精霊術は難易度が高い魔術になる。一般的な方法だと、まず複雑な術式と長ったらしい呪文で世界を繋げる。そして、現れた精霊と契約しなければならない。
この契約というのも一癖あり、精霊は人間より強大な生物だから、下等な人間なんか下に見て契約をしてくれない精霊が多い。そんな彼らには自分が対等な存在と認めさせた後、契約をする必要がある。
「フン、お前がしているところを何度も見ている。それに、来い、イザベラ」
「はい。殿下」
殿下が名前を呼ぶ。すると、一人の女性が現れた。あっ、この人……、
「お久しぶりね。アリシア」
「……お久しぶりです」
イザベラと呼ばれ現れた女性。この人、私をイジメてたグループのリーダーだ。色んな魔法をぶつけて来たのをよく覚えている。
「こんなところで再会するなんてね。学生の時は思いもしなかったわ」
「……本当ですね」
ふと思ったが、学生時代この人は何を思って、私をイジメていたのだろう。接点なんて何も無かったし、まともに話したことすら無かったのに。
「お前も知っているだろう? イザベラ=スカーレットだ。俺達、同じ学校で同級生だもんな」
それは知っているけれど。ああ、彼女に手伝ってもらうのか。
「お前との婚約も破棄できたからな。彼女と正式に婚約し、俺はこの国の王となる」
婚約破棄直後にもう新たな婚約者が。まあ、色んな女性がいることは知っていたけれども。陛下ももうお年だから、こいつが国王になってしまうのか。大丈夫か、この国。まあ、私にはもう関係ないか。
「あなたが心配せずとも、私が殿下を支えますので。もうあなたは用済み。さっさと消えてくださらない?」
「おいおい、言ってやるなイザベラ。もう会うことが無いかもしれないんだぞ? いや、また会うことがあるかもしれないがな。今度は奴隷として」
「ウフフ! そうですわ! 世界は殿下の物ですわ!」
「……では、お世話になりました」
高笑いする二人に見送られ、私は部屋を出た。その後、荷物をまとめ、王宮も出ていった。
コンコン、コンコン。コンコン、コンコン
杖で地面を叩く音だけが響く。
「ええい! 何故何も起きん!? あの女はこうして精霊を呼び出していたはず! 術式や呪文も使っていなかっただろう! この杖に精霊を従える精霊術が仕込んであるのではないのか!?」
アリシアが去った後、王子は奪った杖で地面を叩いていた。かつてアリシアが精霊術を使う際にやっていたこと。その杖を使い、同じことをすれば自分でも精霊術が出来ると思い込んでいた。
「どうなっている!? 力加減か!? リズムの問題か!? 精霊ごときが俺を馬鹿にするのか!」
叩いても叩いても精霊は現れない。王子の苛立ちは加速し、叩く音も大きくなっていく。
「クソッ! これだから、精霊は嫌いなんだ! 道具のくせに、昔から俺を馬鹿にしやがって!」
「あら、殿下はそんなに精霊がお嫌いなのですか?」
「ああ、大嫌いだ。子供の頃、精霊と接することがあったが、あいつらは俺をからかって馬鹿にしやがった!」
王子は語る。プレゼントとして渡された物が、どれもこれも粗末なガラクタだったこと。空を飛びたいと言って飛ばしてもらったが、力の制御が難しく木の上に着地し、降りられなくなったこと。精霊に対する恨みつらみが次々と出てくる。
「精霊は嫌いだ。だが、力は使える。だから、こいつらを使って隣国に侵攻しようと思ったんだ。侵攻して戦利品を得られたら良し、戦うのもこいつらだから死のうがどうでもいい。なんなら、死んでくれた方がいい!」
「さすが殿下! まさに一石二鳥ですわね!」
「フッ、そうだろう。だから、好きでもないあの女の力を使う為に、わざわざ婚約までしてやったというのに。あの女は」
王子はチッと舌打ちし、憎々しそうにアリシアの事を口にする。精霊嫌いの彼からすれば、アリシアは憎むべき存在とも言えよう。
「殿下の気持ちよく分かりますわ。私も学生時代は彼女にずっと邪魔ばかりされてきたのです」
「ほう。そうだったのか」
「ええ。彼女は精霊しか友達のいない根暗女のくせに、少し見た目がいいからって、神秘的だの精霊姫だのチヤホヤされて。私がどれだけ輝こうとその邪魔ばかりするのですよ。……殿下との婚約だって」
「……フッ。俺達にとって、あいつは忌々しい敵という訳か。よし、あいつを倒す為、諦めず続けるとするか。あいつに出来たのだから、俺達にだって出来るはずだ」
「その意気ですわ! 殿下!」
再び杖で地面を叩く王子。精霊はまだ現れていない。だが、アリシアの精霊術に関する、王子の推測はあながち外れではなかった。
アリシアはこの杖を介して精霊術を行なっていた。一般的には高度な術式を組み、長い呪文の詠唱によって精霊を呼び出すのが精霊術。しかし、アリシアの場合は、会いたい精霊を思い浮かべ、魔力をこめノックをする。すると、精霊に繋がるという方法だった。
だから、アリシアの魔力が残るこの杖を使えば、こうなる事もおかしな事ではない。
『何用でございましょう。アリシア殿』
「よ、よし! やった! 成功したぞ!」
「すごい! さすが殿下ですわ!」
叩き続けて数分、一体の精霊が現れた。
『……お前は誰だ?』
「フン。俺はアル国の王子サノトだ。今日からお前達の主になる男だ」
『……アリシア殿はどうした?』
「アリシア? あんな女追い出した。あいつが持っていたこの杖は、今は俺の持ち物だ。だから、今日からお前達の主は俺だ! さあ、分かったら、俺に従え! 他の精霊も呼んで侵攻開始だ!」
『……承知した。では、契約の儀をアリシア殿に倣い行うがよろしいか?』
「ああ、なんでもいい! これで、これで俺はっ! クククッ、フハハハッ!!」
王子は高笑いする。精霊の力を得た今、侵攻は容易いこと。己の野望が叶う日が来たのだと。
『伝えなくてよかったのか?』
「ん? カーバンクルじゃん。どうしたの?」
これからどうしようか。どこかのんびり過ごせる場所に行きたいなー、なんて思って森を歩いていると、一匹の猫が。額に赤い宝石を宿した猫、精霊カーバンクル。猫のくせにあんまりニャーニャー言わないのが特徴の猫。
『あの杖の事だ。あの男は杖があれば精霊を従わせることが出来ると考えている。戦争をする為に精霊を呼び出すぞ』
「ふーん。あっそ」
もう別に殿下が何をしようが興味の欠片もない。前からかもしれないけど。
精霊達を使って戦争したいなら、好きにすればいい。殿下曰く、杖があれば精霊を従えられるらしいし。
「欲しいって言ったからあげただけ。それより、カーバンクルさ。次の杖探してくれない? なんかしっくりくるのが見つからなくてさ」
『にゃあ……。お前だけだぞ。あんな杖の使い方、あんな方法で精霊と契約しているのは』
カーバンクルが呆れたようにため息をつく。そして、呆れた目をして言った。
『杖をただの鈍器として使い、精霊を殴って契約しているやつなど』
「言い方。ちゃんと合意の上で、決闘して勝って契約してるだけだし」
王子は見誤った。杖は従わせる装置ではなく、鈍器として精霊を殴るものであり、そのついでで呼び出しのノック係を兼ねていただけだったということを。そして、契約方法は精霊と決闘し、勝利することだったということを。
その後、風の噂で王宮が崩壊したというニュースがアリシアにも聞こえてきた。王子とイザベラがどうなったかまでは、彼女は聞く気にもならなかった。
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