【第4話】王子様である理由
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電車は帰宅ラッシュと重なっていつもよりも混雑していたが、それでも微々たる差だ。座席も普通にスカスカだし、各停って人気ないんですかね。
俺がドア近くの座席に座ると、黒崎も何故か俺の隣に座った。
「お前、どこで降りるんだ?」
とりあえず適当な話題で場を繋ぐ。ていうかこれってキモがられる話題なのではと口にしてみて思ったが、もう遅いしどうでもいいや。
「3つ先の駅だよ」
「へえ、結構近いんだな」
そう言う俺は5つ先の駅だから広い目で見ればご近所さんだったわけか。
「……」
「……」
それからしばらくお互いに無言の時間が続く。
まあ三駅先なんてすぐだし。別に話さなくてもいいな。
『間もなく、室塚、室塚』
3つ目の駅が近づく。この気まずい時間もいよいよ本当に終わりだ。
「じゃあ、私はこれで失礼するよ」
黒崎は座席から立ち上がり俺の方を見つめる。
「おう。じゃあな」
「……」
黒崎は黙って俺を見つめている。
適当に別れの挨拶を済ましたつもりだったが、まだ何か不安でもあるんだろうか。
「その、出来れば、今日のことは忘れて欲しいんだ」
黒崎は顔を赤くする。
今日のことって、階段から落ちかけて、意識が空高くフライアウェイしかけたことか。
「任せろ。忘れるのは一番の特技だ。今日も数学の教科書をしっかり忘れた」
何か忘れるたびに「君社会でやっていけないよ」って言われるけど、これも個性ってことで許してほしい。
ほら、ありのままの自分って素敵じゃん。
「なら安心だね」
黒崎上品に口元を手で隠し笑う。育ちの良さが垣間見える瞬間だ。
俺なんか大口開けて笑うのに。
「じゃあ、本当にこれで失礼するよ。それと、ありがとう」
爽やかな笑顔を浮かべ、黒崎は電車を降りた。車両のドアが音を立てて閉まる。
電車が動き出し、黒崎の姿が完全に見えなくなったのを確認すると、俺はポケットからイヤホンを取り出す。
黒崎を助けた時に途切れてた曲をもう一度かけ直し、黒崎のことをやんわりと思い浮かべた。
完璧がどうとか、さっきの爽やかな笑顔とか。
「結果にゃ理由があるわな。そりゃモテるわ」
黒崎との一件から数日。
あれから特に関わり合うこともなく、元通り他人同士の関係に戻った。
忘れると言った手前話しかけるのもどうかと思うし。そもそも話すネタもない。
偶々事故でああなっただけで、本来俺と黒崎は一生平行線の交わらない、対極の存在。
これで丁度いい。変に関わっても面倒くさいしな。
「慶君起きて。次移動教室だよ。早く準備しないと」
ヒロトに身体を揺さぶられ俺は目を覚ます。どうも五時間目の授業をまるまる爆睡していたらしい。
「次なんだっけ」
「物理だよ。アキラ君先に行っちゃったし」
物理か。だるいな。
しっかしなんで特に実験もしないのに、わざわざ物理室に行って授業するんだよ。
「あー分かった。先行っててくれ」
「もう。早くね」
ヒロトは頬をぷくーっと膨らませると、一人物理室に向かった。
こうしてみると何故男なのか、そう思える可愛さだ。いやむしろ男だからこそか。
「んーっ!」
長時間机に突っ伏して寝ていたせいで固くなった身体を、伸びをしてほぐす。
だるいな。シンプルに午後の授業がクソだるいな。
「あれとこれと。あ、ワーク無いわ」
授業中暇だから提出物のワーク先にやろうと思ったのに。
四の五の言っても無いもんは無いと自分に言い聞かせ、俺は大人しく物理教室に向かう。
他のクラスも移動教室なのもあってか、廊下は閑散としていて静かだ。
そんな静かな廊下に俺以外の人影が前に1つ。
黒崎だ。
違うクラスで特別関わることがなかったからあれだけど、こうして二人っきりになると途端に気まずくなるな。
無言ですれ違うべきだろうし、お互い無視する方向で認識してると思うけど。何と言うか微妙な空気が漂ってるんだよな。
なんてことを考えているうちに、黒崎との距離が縮まりすれ違う寸前になった。
その時だ。
俺は黒崎の様子がどうもおかしいことに気づいた。何故か息が上がっているうえに少し顔色が悪い。
今日二年はどのクラスも体育の授業がないはずだ。だとしたら。最悪この前みたいなことに。
「なあお前大丈夫か? すげえ顔色悪いぞ」
取り敢えず声をかけてみたが、やっぱり黒崎は元気がない。多分目の焦点も俺に合ってない。
どう考えてもこのまま放っておくのは不味い。
「はは、分かってしまうか」
黒崎はどこか悟った様な顔を浮かべると、俺の方に倒れてきた。
「ねえ君。すまないが、もう一度助けてはもらえないかな」