【第3話】王子様が落ちてきた
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、ブックマーク、ポイントの方よろしくお願いします。
「ああああ! 終わった! 長い!」
図書室内に俺の声が響き渡る。
本来静かにするべき場所でこんなことができるなんて最高だな。
「お疲れ様です」
俺と金代さんは肩に手を当てて首を回す。ずっと同じ姿勢で作業してたからガッチガチだ。
入った時は楽だって思ってたけど全然しんどい。
運動する時とは違う筋肉使うからよく分からない筋肉痛になるし、ずっと黙って作業してるから頭がおかしくなりそうだった。
「6時過ぎか」
いつもは五時頃には終わるんだけど今日は一時間以上オーバーしてしまった。
「もう帰りましょうか。私鍵返してきます」
「いや俺が返しとくよ」
いつも返してもらってたし、今日くらいは俺がやるのも一興だ。多分。
「じゃあ、お願いしてもいいですか?」
「と言うより俺がお願いしてる」
「ふふ、それもそうでしたね」
金代さんは微笑みながら俺に図書室の鍵を渡す。俺がそれを受け取ると、金代さんは荷物を持って図書室を後にした。
「失礼します。図書室の鍵返しにきました」
「ああ、そこに掛けて置いて」
顧問の先生でも何でもない教頭先生の不愛想な指示に従い、俺は大人しく鍵が掛かってる棚みたいな所に鍵を掛ける。
わが校の部活は一律五時終わりなので、ほとんどの部活の鍵が返されていた。
「失礼しました」
俺はドアの手前で軽く頭を下げて職員室を後にする。
やっぱり職員室は何回来ても慣れないな。あのどことなく漂う緊張が無理。
「さいならー」
「おうさようなら」
すれ違う先生方に挨拶しながら校門まで向かい、俺はイヤホンケースから無線イヤホンを取り出す。イヤホンをスマホに接続して音楽アプリを立ち上げ、プレイボタンを押す。
流れてきたのは最近出たばかりの洋楽。正直半分くらい何を言ってるのか分からないが聞き心地がいいからよく聴いてる。
その洋楽をバックに、俺は映画の主人公になった気分で帰路を歩く。
この瞬間が楽しくて堪らない。世の中から解放されて、自分だけの世界にのめり込める。
やっぱり自分の時間は大切にしないといけんね。
俺が駅前に着いた頃、空は既に赤く染まっていた。もうすぐ夏だというのにせっかちなお天道様だ。
何気にこんな時間に帰るのは高校入って初めてだな。
改札を通ってホームに行こうとした時、目の前に見覚えのある後ろ姿を発見した。
あれは確か、誰だっけ。そうだ確か黒、黒山じゃねえな。黒岩でもなかったし、そうだ黒崎だ。下の名前は、楓だったけ?
ギターケースらしきものを背負ってるし、軽音部なんだろう。
それよりも、このまま行くと同じホームになるんだけど。あいつと帰り道一緒だったのか俺。
でもなんか様子が変だな。遠目で見てもフラフラしてる。
にしても歩くの遅いなこいつ。さっきまで結構離れてたのに追いついちまったぞ。
若干の心配を持ちながら、俺は黒崎のすぐ後ろを歩く。
そして黒崎がホームに上がる階段を登っているとき、俺の心配が現実になった。
黒崎が最後の一段に足を掛けた時、突然身体が後ろ向きに倒れる。
「やばっ」
考えるよりも先に身体が動いた。
俺は左手で倒れてくる黒崎の身体を支え、右手で横にあった手すりを力いっぱい握る。
黒崎の身体はなんとか止まり、大事には至らなかった。当人の黒崎は状況が吞み込めてないのか、ポカンとしている。
「危なかったなお前。俺が筋トレしてなかったら死んでたぞ」
途中遅いから抜かそうかなとか思ったけどもしそうしたら、考えただけでゾッとする。
「え、あ、その」
少しして黒崎も状況を理解したのか、顔を赤くして何か言おうとしてる。
正直まだイヤホンしてるから何言ってるか全然わからない。けど多分焦ってるんだろう。
「あ、待て。慌てる前に身体起こしてくれ。この体勢結構きついんだよ」
俺は今黒崎の全体重プラスギターの重みを左腕だけで受け止めている。
故にしんどい。
「す、すまない」
黒崎は俺に支えられながら身体を起こす。俺もイヤホンを外し、やっとまともな会話が出来る状態になった。
「大丈夫か? さっき歩いてるときフラフラしてたぞ」
「え? そ、そうかな? でももう大丈夫だ、よ」
大丈夫とは言っているが黒崎は今だ足元がおぼつかない。
「嘘つけ。まだフラついてんぞ」
これはほっといたら無理するタイプだな。
「とりあえずあそこの椅子座れ。少しは楽になんだろ」
「……わかったよ」
黒崎は渋々ながらも椅子に腰かける。
その間、俺は近くにあった自販機で水を買い、黒崎に手渡す。
「悪いよ、そんな」
遠慮がちなのか、黒崎は俺が差し出した水を受け取ろうとしない。正直面倒くさいから潔く受け取って欲しい。
「そう遠慮すんな。これ自販機で一番安いやつだ。飲んだら多少はマシになるだろ」
「……すまない。何から何まで」
「いや別に。そこまでのことはしてねえよ」
流石の俺でも目の前で倒れそう、もとい倒れてきたやつを、そのまま放置してさよならするほど薄情じゃない。そこら辺の倫理観はちゃんと持っている。
黒崎はペットボトルの蓋を開け、水を一口飲み込む。
「気分悪いんだったら医務室行くか? 多分どっかにあんだろ」
「いや、もう大丈夫だよ。本当に。随分良くなったから」
「そうか。ならよかった」
しばらく沈黙が続き、何となく気まずくなった俺は横にあった時刻表へ目をやる。
俺の乗りたい電車が来るまで後十分以上ある。その間こいつと二人っきりっていうのはちょっとしんどい。
「毎日この時間まで残ってるのか?」
とりあえず適当な話題で場をもたせることにした。
「まあ、そうだね。もう少し遅いときもあるよ」
「そんな時間まで残って練習してんのか?」
これより遅いって何時に帰ってんだ。
「ああ。課題曲の練習をして、それと気になってた部分の確認と、明日の準備だね」
「すごいなお前」
俺だったら終了時間が来たらマッハで身支度して、誰よりも早く帰る自信がある。
「そんな、当然のことだよ」
その当然のことができない、というよりしようとしない人と話してるんですよあなた。
「でも多少休んでもいいんじゃねえか? お前絶対疲れてんぞ」
「そうはいかないよ。私は、完璧じゃないといけないから。今のままでは、とても」
「完璧?」
「あ、いやなんでもないよ。本当に、なんでもない」
黒崎から焦りを感じる。そうは言われてもバッチリこの耳で聞いちまったし。
まあこいつにはこいつの事情があるんだろう。それに俺には関係ないしな。
『間もなく、一番ホームに電車が参ります』
線路の向こうから電車のライトが近づいてくる。この気まずい時間も終わりだ。
「まっ、どうするかはお前の勝手だけど、体調は気を付けろよ。次倒れたら助けてやれないからな。じゃあ」
俺は椅子から立ち上がりホームに並ぶ。すると黒崎も立ち上がり俺の隣に並んだ。
「えっと、まだ何か?」
「いや、私も同じ電車に乗るんだ。まさか帰り道が一緒だったなんてね」
え? 同じ電車? マジで?
正直朝電車で同じ学校の奴を見ないから、この路線で来てる奴は俺だけなんだオンリーワンって思ってた。
仮に使ってる奴がいたとしたって、各停で来てるになんて俺だけだと思ってたんだけど。
それよりも、あんなカッコつけて捨て台詞吐いたのに。あんなもうお別れだみたいな雰囲気出したのに。
なのに、なのにまだ一緒だなんて。恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。
今日は早く寝よ。