【第21話】王子様の過去
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俺は楓を連れ、駅から少し離れた場所にある公園にたどり着いた。ワイワイと賑わっていた駅前とは打って変わり、公園内は静かで人の影も無い。
「ちょっと待ってろ」
楓をベンチに座らせ、俺は近くにあった自販機へ向かう。そこでこの時期としては珍しいホットのカフェオレを二缶購入し、それを両手に持って楓の下へ戻る。
「ほら、これでも飲んで落ち着け。美味いぞ」
俺が持っていたカフェオレの片方を渡すと、楓は下を向いたまま受け取り、ふたを開けた。
さっきから、楓の表情はピクリとも動かない。泣きじゃくって目元は赤く腫れ、鼻をすする音も聞こえる。
「大丈夫か?」
楓に問いかけるが、返事はない。
精神的に相当きているんだろう。今はまず、心を安定させる事が重要だ。
楓の隣に座り、カフェオレの蓋を開ける。そのまま何口か飲み、小さく息を吐く。
しばらく沈黙が続いたところで、楓はようやく口を開いた。
「すまない。折角時間を割いてくれたのに」
楓は下を向いたまま、声だけが俺の耳に届いた。その声はいつもより小さく、かすれている。
「そんなに気にすんな。元より別の予定も無いし」
「でも……。私が予定を壊してしまったのは本当だし」
納得がいかないのか、はたまた予定を壊してしまった自分を責めているのか、楓は暗い顔をしている。
「そう何でもかんでも背負い込むな。お前は何も悪くねえよ」
俺は精一杯楓を慰めるが、その表情は依然と晴れない。
どうしたものか。一向に良くなる気配が無い。それどころか、どんどんと悪化していっている気がする。
何かいい手は無いものかと、久しぶりに脳みそをフル回転させる。
しかし、対人関係の無さが仇となったか、全くいい考えが思い浮かばない。もうお手上げかと思った時、無意識のうちに俺の口からある言葉がこぼれた。
「……何かされたのか? あいつらに」
あの女二人が原因なんて、そんな事はとうの昔に分かっている。あの二人と楓の周りに流れる空気は、流石の俺でも分かるほどに最悪だった。
そんな中で察しない方が無理だろう。
「……やっぱり、慶には分ってしまうんだね」
「そりゃまあ。状況を考えればな」
俺が返答すると楓は自虐的に笑う。
「油断してたよ。もう会うことなんて無いと思っていたからね。ずっと、ずっと、会うことなんて無いって、思ってたんだ」
楓の手は小刻みに震え、再び涙がこぼれ出す。頬を伝って下に落ちた涙は、手の甲に水滴を作っていた。
その光景に、俺は何も言えず、ただ楓の背に手を置いてなで下ろすことしか出来ない。
「嫌味に聞こえるかも知れないけど、私は昔から物覚えが良かったんだ。勉強も運動も、教われば直ぐに習得できた」
「まあ、それは何となく想像できるな」
「嬉しかったんだ。色んな人に褒めて貰えて、私の周りには常に沢山の人がいた。でも、そのことを良く思わない子達も居たんだ」
「それがさっきの奴らか」
何となく、事の顛末が想像できるな。見るからに頭悪そうな奴らだったし。
「ああ。中学の時、あの子達にいじめの標的にされてね。靴を隠されたり、机に落書きをされたり。その他にも色々されたよ」
「やりそうだな。あいつらなら」
予想通りろくな奴らじゃなかったな。偏見ってのは信じてみるもんだ。
「私は何もしなかった。と言うよりも出来なかった。怖かったんだ。あの子たちに抵抗する勇気が、恐怖で塞がれていた」
楓は顔を下に向けた。
「誰にも相談できずに、ずっと一人で怯えてたんだ。忙しい両親に、心配を掛けるわけにもいかないからね」
楓の身体が震える。
「最初のうちは私に味方してくれる子もいた。でも、日が経つにつれて一人一人と減っていって、最終的に、私は一人ぼっちになってしまったんだ。そこからいじめはどんどんと過激になっていった。けど、誰も私を助けてはくれなかった」
楓の声は段々と震えていき、息も荒くなる。
「上履きを隠されて探していた時に、教室から話し声が聞こえたんだ。声の主は、私と仲良くしてくれた子だった。その子の言葉がずっと、頭の中に残ってるんだ」
楓は吐き出す様に声を出す。
「失望したって。いじめに無抵抗で、怯えて何もしない私に愛想を尽かして、見放されたんだ」
「それは、キツイな」
「それから、誰かに見放されるのが途端に怖くなったんだ。何か失敗したら、また誰かに見放されるかもしれないって。だから、必死だったんだ。誰にも失望されないように。勉強も、運動も、ずっと好きだったギターも。無理して虚勢を張って、皆が求める黒崎楓であろうとしたんだ」
なるほど。この前言っていた完璧がどうこうっていうのは、そういう訳か。
楓は楓で、自分自身の為に精一杯努力してたってことだ。
「だからあの日、君に助けられた時は肝を冷やしたよ」
「ああ。あれは俺も焦った」
いきなり倒れてくるんだもんな。人気のない階段で。
「正直なところ、終わったって思ったんだ。黒崎楓が自分の体調すら管理できずに、大怪我を負うところだったのを救われたなんで、皆が望む私の姿ではないからね」
楓は下を向き、さっきと同じように自虐的に笑った。
「だから、次の日学校に行くのが怖かったんだ。あの話が広められてるかもしれないって思ってたからね。でもそんなことは無く、皆は普段と変わらない態度で接してくれたし、君も必要以上の干渉は避けてくれた。その時は君が約束を守ってくれたんだって安心しただけだったけどね」
あの時の俺の行動は、どうやら正解だったようだ。まあ忘れてくれって言われたらあれ以外の選択肢はないと思うけど。
「でも、日が経つにつれて君の事が気になり始めた。一日中、君のことを考えていた日もあったし、廊下ですれ違う度に何故か安心していた自分がいたんだ」
どうやら知らず知らずのうちに、俺は楓に安心感を与えていたようだ。こっちはそんなの微塵も思ってなかったんだが、何がどう作用するかは分からん。
「だからあの日、体調を崩して誰にも悟られまいと廊下を彷徨って君を見つけた時は、救われたと思ったよ。現に君は私の気持ちを察して、先生を誤魔化してくれたしね」
あれに関してはほぼ顔に出てたと思うけど、先生が気付かなかったか察してくれたのかのどちらかだろう。
「君は不思議だった。他の子には無い空気を持っていた。弱みを見せることに、何の抵抗も生まれなかった。だから勇気を出して友達になってと頼んだんだ。そして君は快く了承してくれた。君と一緒に居る時は何よりも楽しかったし、素の自分でいられた。その時私は、心に空いた大きな穴が、やっと塞がったって思ったんだ」
楓の声がまた荒くなっていく。
「でも、違った。今でもたまに夢を見るんだ。君にも、皆にも見捨てられて、また一人になってしまう夢を。それを見るたびに、怖くなるんだ。また一人に戻ってしまうんじゃないかって。結局私は何も変わっていない。王子なんて不釣り合いな評価を必死に守ろうとする、どうしようもない小さな人間なんだ」
過去のトラウマを克服しようと、楓はずっと足掻いてきた。先の見えない、下手をすれば一生続く戦いに、たった一人で立ち向かってきた。
その戦いに俺と言うイレギュラーな存在が加わり、戦況を大きく変えたとしたら。
友達になってくれと頼まれた以上、勝手に見捨てる程、性根が腐った俺じゃない。俺の存在が楓にとって安心感を与えるもので、それが楓の戦いの武器となるなら。自分がやるべきことぐらいは理解している。
「ごめんね。いきなりこんな話。時間を無駄にして」
「楓!」
俺は話を遮り、楓の両肩を掴む。
「心配すんな。お前はお前が思う程小さい人間じゃない。それにな」
俺はシャツの胸元から、楓とお揃いにしたネックレスを取り出す。
「これが無くなって繋がりは消えないって言ったが、このネックレスは紛れも無く、俺とお前が友達であると、お前が一人じゃないと証明する物だ」
俺の言葉に、楓は何か衝撃を受けたような顔をした。
「勝手に期待して勝手に失望する奴らの事なんか気にすんな。お前が誰に見捨てられても、俺はお前を見捨てたりなんかしない。例えお前が世界中の人間を敵に回しても、俺はお前の味方でいる。世界中の人間がお前から離れようと、俺はずっと傍にいる。だから安心しろ」
楓は涙目になりながら俺の方を見つめる。それから大粒の涙を浮かべ、俺の胸に顔を埋めた。
しばらく俺の胸元で泣き、それから顔を埋めたまま吐き出す様な声を出す。
「……ありがとう」
俺は楓に何も言わず、ただ楓の背中を撫でる。
どれだけ経ったかは分からないが、空はもう暗くなっていた。本来ならもう帰ろうと言う時間だが、今日は楓の気が済むまでここに居よう。




