【第2話】王子様の概要と文学少女
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あれから手洗ってついでに洗面所の鏡で前髪を戻して教室に戻ったが、黒崎の囲いはどこかへ消えていた。
あんな場所にずっとたむろされたら迷惑だからちょっとホッとした。
「やっと飯が食える」
手洗いに行くだけでなんか疲れたな。俺もヒロトから除菌シート貰えばよかった。
「そういえば慶君今日少し戻ってくるのが遅かったけど何かあったの?」
「いや、黒崎って奴のファン? 共が廊下に群がってて」
「黒崎さんの? あー確かにすごいよね」
「ん? ヒロトは黒崎のこと知ってんのか?」
俺がそう投げかけると、ヒロトは「こいつマジか」みたいな顔を浮かべた。
「逆に慶は二年もこの学校通ってて知らんのか? あれだけ人気あんのに」
アキラがスッカリ意識を回復させ会話に入ってくる。
よく見てみると机の角に割り箸の袋で作られた米の墓があるが、気にしないでおこう。
「知らねえ。関わったこと無いし」
「でも結構色んな子が話題にしてたよ?」
「他人の話興味ねえし」
ヒロトとアキラの目は、どうしようもない奴を見る時のそれだった。何だ、俺の生き方に何の問題があるって言うんだ。
「ずっと思っとたけど、お前って大分捻くれとるよな」
アキラは心底呆れた口調で嫌味を突いた後、ため息をついた。
「それは家族にもよく言われるな」
妹に「お兄ちゃん捻くれてて人生つまんなそう」って言われる度、俺の人生の楽しさについて説かないとならないのは少し億劫だ。
クラスメイトや同級生からの評判があまり良くない事も薄々感じてはいるが、卒業したら他人になる奴らからの評価とかどうでもいいし。
結果的には俺の性格で支障が出ることはない。
「しゃあないな。俺が黒崎さんについて色々教えたるわ」
「結構です」
「そう遠慮すんなや」
結構ですって言ってんだろ。どこをどう読み取ったらそんな解釈ができんだよ。
「黒崎楓。テストでは常にトップの成績を収め、更にはスポーツもできる才女や。男のアイドル顔負けのイケメン具合から付いたあだ名がプリンスやら王子やら。まあ要は完璧人間やな」
俺の知らない黒崎の情報がアキラの手によって大量に入ってくる。
「でもあんな人気出るか普通」
俺は無理にしても、そんな奴は結構いそうな気がするけども。
「それだけや無いから人気なんや。その他にも魅力は一杯ある。何よりミステリアスや。普段何しとるかとか全然分からんし、どこから来とるんかも不明」
アキラの口は止まらない。黒崎に関する情報がつらつらと出てくる。
「その人気を加速させたんが一年の球技大会やな」
「慶君がサボって一人で映画見に行った時だね」
「だから悪かったって」
仕方なかったんだ。見たい映画の最終公開日と被ってたから。
「黒崎さんはバスケで出とったんやが、序盤は結構押されてて負けそうやったんや。せやけど終盤に黒崎さんが決めたスリーポイントシュートで展開がガラリと変わってな。結局そのまま優勝。そん時の盛り上がり具合はヤバかったわマジで」
「な、なんでそんなに詳しいんだろう」
「それはな、こいつが気持ち悪いからだよ」
ヒロトからの純粋な疑問に、俺はこれ以上ないくらいの正しい解答を丁寧に教える。
「気持ち悪くないわい! 情報通と言え!」
一個人の、しかも女子の事をそんなに詳しく知っているのは情報通じゃなく、最早ただの変態だろ。弁明の余地もない。
あれからアキラは名誉を回復しようと頑張っていたが、元々ゼロなので無駄だった。
焼け石に水。豆腐に鎹。死に馬に針を刺して石に灸。
そのまま時間は流れ、ついに七時間目が終了。全校生徒が待ちわびた放課後となった。
なお、俺は例外とする。
「ああ、一日長いんだよ。この後部活ってマジか?」
月曜から七時間も頑張ってその後部活とか殺しに来てんだろ。
「いいやんけ。お前図書部やろ? ほぼ活動無いみたいなもんやろ」
「おっとアキラ。君の発言は倫理的に配慮が欠けていたため罰金刑に科されることになる。残念だったな」
「罪重すぎ、いや今までに比べたら軽いな」
実際、進学のために推薦がとりたくて内申点稼ぎの為に入った部活なんだがな。
正味図書部ってなんか楽そうじゃん? いや完全なる偏見だったけど。
実際のところなかなかに面倒くさい。
この学校の図書室は滅茶苦茶広いことで有名で、多種多様な本がこれでもかと言うほどズラリと並べられている。
そんな図書室で本の管理から貸出、あと掃除とか全部やらなければならない。
しかも規模に関して部員が少ない。
二年は俺を含めて二人だけ。三年は幽霊部員で一年はいないため部員数は実質二名。
どこぞの会社もびっくりのブラック体制だ。
「失礼します」
俺はドアを開けて図書室に入る。中はすごい静かだがよくよく考えたら図書室だし当たり前だった。
「あ、涼川さん。こんにちは」
受付の方から穏やかで優しい声が聞こえてくる。
「お疲れ金代さん」
金代さんは俺と同じ図書部の一員だ。
グレーのショートヘアにメガネを掛け、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせている。
クラスこそ違うが同じ部員とだけあって部活中はよく話したりしている。
物静かな性格で、純粋に本が好きだから図書部に入ったと言っていた。それを聞くと俺がクソに見えるけど問題ない。
「新しい本入ったらしいですよ。倉庫にあるらしいです」
「まじか。カード作って並べないと」
この図書室には月に数冊程度新しい本が入ってくる。それを生徒が貸し出せる状態にするのも図書部の仕事だ。
でも俺この図書室に人がいるの見たことないぞ。お前らもっと本読め。
「うわ、今回量多いな。何冊あるんだよ」
いつもは精々五冊くらいなのに、今回はぱっと見二十冊くらいある。しかも全部同じ作者の文庫本。
「こ、これ全部イーロン=フランシスコの作品ですよ!」
これからしなきゃいけない作業のことを考えて頭が痛い俺の後ろで、金代さんはひとり興奮状態だった
「イ、イーロン、なんて?」
「イーロン=フランシスコですよ! 有名なスパイ小説作家です!」
「スパイ小説」
タイトルを見てみたら有名なスパイ映画と同じ名前だった。多分それの原作なんだろう。
「これとかすごい有名な作品で!」
それから金代さんはイーロン=フランシスコについて熱く語り始めた。今までの落ち着きっぷりはどこに行ったのだろうか。
「す、すいません。つい熱くなっちゃって」
あれから結構な時間が経ち、金代さんは落ち着きを取り戻した。今は顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
「良いよ別に。俺だって好きなことになったらあんな感じだし」
熱く語れるって事はそれだけ好きって証拠だ。それを咎めたりするのは野暮ってものよ。
「そう言ってもらえると安心します」
金代さんは恥ずかしそうに言った。
「とりあえず早くこれ終わらせよっか。多分だけどすげえ時間かかるだろうし」
本を生徒が借りれるようにするまでの作業は本当に心の底から面倒臭い。貸出のカード作って、本棚に並べてお知らせのポップ作って。
そんだけやってほとんどの生徒が借りにこないんだから世知辛いよ全く。だからと言ってやらない訳にいかないのでやるしかない。
それが仕事だし。
「じゃあいつも通り俺と金代さんで半々でいこうか。上半分は俺がやるよ」
「はい。頑張りましょう」
金代さんはすっかり元の落ち着きを取り戻し、作業に取り掛かった。
というか、金代さんの豹変ぶりに驚いて忘れてたが、俺もやるんだよなこれ。
帰りたい。