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【第16話】楽しい一日

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク、ポイントの方よろしくお願いします。

「今日は楽しかったよ」

 

 夕方までモールで遊び、やることも無くなったので、待ち合わせ場所でもあった駅に戻ってきた。

 

 今はホームで帰りの電車を待っている。


「俺も結構楽しかったわ」


「よかったよ、そう言ってもらえて」

 

 楓は嬉しそうにニコニコと笑う。今日は楓の笑顔回数記録更新日だ。


「すっかり夕方だね」


 太陽は水平線に隠れ、空は赤くなっていた。そんな空を楓はじっと見ている。


「どうした?」

 

 夕日に何か思うことでもあるんだろうか。今日の晩飯はトマト系が良いなとか、そんなんだろうか。


「いや、この夕日を見ていると、慶に助けられた時のことを思い出してね」


「あーそういやあの日もこんな夕方だったな」


 実際そんな懐かしむ程昔の話でも無いけども。何なら先週のことだし。


「あの日、君がいなかったら私は……」


 楓は俯いて感傷に浸っている。


「まあ良くも悪くも運があったって事だろ。運命だったんだよ。生まれる前に神様がそう決めたんだ」


 俺が適当に返すと、楓はふふっと笑う。


「運命、なるほど。私と慶が出会ったのは運命なんだね」


「そう言われたらなんか大層だな」


 人生なんて運命の連続だし、間違っては無いんだけど。なんかこう、凄い大げさな感じがすると言うか、もっと軽く表せる言葉があった気がするんだが。


「大層じゃないさ。私にとって慶と出会えたあの日は、人生で最も幸運な日だからね」


 そう言われてもやっぱり大層にしか聞こえないんだよな。まあ楓がなんか嬉しそうにしてるし、どうでもいいか。


「そう言って貰えてあの日の俺も喜んでるよ」


「本当かい? それは嬉しいな」


「ホントホント。ほら、衝撃によって生じた時空の狭間から、俺が喜んでるのが見えるだろ?」


「えっどこだい?」


 楓は辺りをキョロキョロと見渡す。


 やだ、この子信じちゃった。こんな明らかな冗談信じちゃうなんて、ちょっと純粋過ぎだろ。


 何とか言い訳しないと。楓の純粋な心を壊さないような言い訳を。


「すまん。時空の狭間は特殊な目を持ってる俺にしか見えないだ」


 なんだこの言い訳は。馬鹿にしてんのか俺。畜生普段からもっと頭を使って生活するべきだった。


 いざって時に全然頭が回らん。


「そうなんだね。でも過去の慶が喜んでくれていて嬉しいよ」


 なんだろう。凄く罪悪感を感じる。


 今までどんなことをしても罪悪感なんて感じてこなかったのに。何というか、他人の白シャツに染みを付けたみたいな感覚だ。


 この感覚を忘れずに生きよう。また人として成長してしまった。


「俺もお前にそう言ってもらえて嬉しいよ。……電車来たぜ」


 俺と楓は到着した電車に乗る。案の定ガラガラだ。


 座席に並んで座り、二人で今日の出来事について振り返る。


「あのパスタ屋は美味かったな」


「料理は奇抜だったけど味は確かだったね。パンも味がしっかりしていたし」


「確かにな。スタンプカードも作ったし」


 今度家で再現でもしてみるか。パンの作り方知らねえけど。


 パンは作るものじゃなくて買うものだからな。でもあれだろ? 小麦粉こねて菌を付着させれば良いんだろ?


 菌は納豆菌か何かで代用しよう。何とかなるだろ。


「慶と色んなことを共有できたしね。それにこれも」


 楓は今日買ったネックレスのチェーンを指に引っ掛け、静かに笑みを浮かべる。


「何か、特別な繋がりができた気がするよ。切っても切れない何かが」


「切っても切れないねえ……」


 表現のスケールがいちいちデカいな。まあ、小さな枠に収まることの無い、大きな可能性を秘めていると解釈すればいいか。


 俺の解釈も大分デカいな。


「まあこれが有ろうが無かろうが、俺とお前の繋がりは切れねえよ」


 俺も楓と同じく、ネックレスのチェーンを指に引っ掛ける。


 さっき口から出たセリフ、結構くさかったな。あれ言って様になるのは人類でもごく一部なんだよ。


 そして俺はまだその領域に達してないんだ。言うにはちょっと早かったな。


 俺がさっきの行いを反省している横で、楓は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まっていた。


「どうした? 表情筋にセメントでも詰まったか?」


 さっきのセリフがそんなにくさかったのか? 後で消臭剤かけとくか。


「いや、表情筋は無事だよ。それよりも君の言葉に衝撃を受けてね」


「あーやっぱりくさかっ」


「私と慶は既に強い絆で結ばれていたなんて。こんな幸せな事は無いよ」


 俺の発言を途中で遮り、食い入るように発された楓の言葉。


 なるほど、やはり楓だ。お互いにとって都合のいい方に解釈してくれた。


 俺の尊厳は守られ、楓はハッピーな気持ちになれる。こんな幸せな事は無い。


「まっそんな感じだ」


 俺が適当に相槌を打ったところで、電車が楓の最寄り駅に到着した。楓は少し名残惜しそうにしながら席を立ち、扉の方へ向かう。


 別れの挨拶をしようとタイミングを待っていると、楓はこちらを振り向いた。


「また、一緒にお出かけしたいな。二人っきりで」

 

 夕日に照らされた楓の顔が、俺の目に飛び込んでくる。その姿は、額縁に入れて美術館に飾ってあっても違和感が無いほど。


「ああ。いつでもいいぞ。どうせ暇だし。お前といるのは楽しいからな」


 俺がそう言うと、楓は柔らかい表情を浮かべた。


「じゃあまた明日。学校で」


 笑顔で電車を降りた楓に、俺は小さく手を挙げて『じゃあな』のポーズをとる。


 しばらくして扉が閉まり、電車が進みだす。楓は扉の向こうでこちらに手を振っていた。


 俺もそれに返すように手を振る。このやり取りは、お互いの姿が完全に見えなくなるまで続いた。


 踏切を越え、電車が次の駅に到着したタイミングで、楓からメッセージが届く。


『今日は楽しかったよ』


 メッセージアプリに表示された一言。その一言に、俺も短く返す。


『俺も』

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