We Can Do It!
「お国のために!」
隊の朝は唱和から始まる
アレンは絶対に唱和に参加しない
劉が楊を小突く
いつもならこの少年二人は殴り合いに発展する筈だが、今日は楊が泣きそうな顔をするだけだ
俺は二人の間に何かがあったのではないかと考えながら、欠伸をした
唱和を行う者は数える程しか居なかったが、俺は誰の事も責めない
そもそも日本語をまともに話せるやつの方が隊には少なかった
「楊」
訓練が始まってから、俺は別室に楊を呼び出していた
彼の警戒を解くために会話は中国語で行う
これは、今から聞こうとしている内容がデリケートな話だった場合、他のやつらに意味を理解させないための意味もあった
「お前、劉と昨晩何かあったか?」
楊はその場に崩折れると子供の様に泣き始めた
『子供の様に』とは言ったが、実のところ彼の正確な年齢は戸籍が無いため解らない
楊と劉は恐らく10代前半の中国人なのだと俺は思っていた
ここの隊員はそういうやつばかりだ
「やっぱりか…多分、言いたくない様な酷いことされたんだろ」
多国籍な外人部隊ともなると、相手の事を人間だと思わない様なやつも出て来て、結構苛烈な事も行われる
それは残念な事に、彼らの様に人種が同じやつら同士にまで感染する
似たような状況を幾つか知っている
劉は恐らく、楊を性の捌け口にしたのだと俺は思った
果たして、俺の推理は当たっていた
俺は部屋に劉も呼び出すと事実確認を行った
本人からの自供も有ったため俺は劉を制圧し、取り出した拳銃の銃口を彼の口にねじ込んだ
「まず謝罪しろ」
「そしてこれから毎日一つだけ、楊の言う事がどんな内容であっても服従しろ」
速戦即決
裁きはこれでおしまいだった
多分、劉は今後虐め行為を行う事は無い
隊の人命が上のやつらから軽視され切っている事を熟知しているからだ
俺が「楊、今日はどんな命令をする?」と聞くと、楊は少し動揺しながら「例えば…」「僕がされたのと同じ事を、こいつにしてやりたい」と辿々しく答えた
二人が部屋を出て行く
背中を見送りながら、俺は『あいつら、そもそもお互いの事が好きなのかもな』と考えつつ欠伸をした
訓練場に戻る
『訓練』とは言っても、上層部は外人部隊に武器など提供しない
叛乱を恐れているからだ
訓練場として分隊から提供された一室では、様々な人種の連中が日本語の絵本を読んだり、それどころか机でポーカーをやったりしている
アレンが俺を見付けると、乱暴な足音で近寄ってきた
「おい」
「実のところ、あの朝の唱和?ってのはどういう意味の事を言ってるんだ?」
アレンスキーは日本語をそれなりに知っている
見た目こそ白人だが、こいつは日本に来てから長い
適当過ぎる嘘は通用しない可能性があった
「あー、『国』ってのは…」
「日本語で、『出身国』の事も『国』って言うだろ」
アレンの表情から感情が読み取れない
俺はこのロシア人特有の表情が、付き合いづらく苦手だった
「で、『ために』ってのは『せいで』って意味もあるよな…ここまでは解るか?」
アレンが短く頷く
俺は法螺話を続けた
「だから要するに、『生まれた国のせいで』って意味なんだよな」
「俺たち向きの掛け声だろ?」
故郷を嫌っている彼の境遇まで加味した、そこそこ上出来の話だった
最後の『俺たち』という言い方で心の距離を詰めれていれば良いが…
俺はアレンの顔を視た
やはり、ロシア人の表情は何一つ解らなかった
「なあ」
アレンがぽつりと呟く
やっぱり駄目だったか…
「それ」
「すげえ良いな!!」
視せた事が無い様な明るい表情でアレンはそう言うと、突然「お国のために!」と叫び始めた
初めは皆が「こいつは頭がおかしくなったのか」と思い彼と距離を置いたが、少しずつ一人、また一人とアレンから先程の法螺話を吹き込まれる内に、気付けば部屋にいる全員が「お国のために!」と唱和し、万歳をし始めた
騙した結果でこそあるが、上のやつらが言う外人部隊連中の「教化」は完成した
少なくとも、上っ面だけは完成した様な見た目になった
本当ならこれを上官に報告して昇進の材料にしたかったが、今日は「米軍の特殊作戦の情報を掴んだ」との事で、分隊内の偉いやつらは一人としてこの街には居なかった
俺は「日誌でも付けるか」と思い、私室に向かった
まだ朝早いが、こういう事は早目に書いてしまいたい
帳面を開いた
昭和弐拾年 捌月 陸日
本日、広島分隊 外人部隊ノ教化ニ成功セリ