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なろうラジオ大賞6

貴方たちの目は節穴ですの?


 ヘマタイト魔法貴族学園では卒業式が行われていた。壇上で挨拶をしているのは生徒会長を務めたカクタス王子。隣には男爵令嬢のコレット。


 コレットは特に生徒会には関係なかったはず……卒業式の出席者は、なぜ彼女が隣に?と思いつつも静かに王子の話を聞いていた。


 カクタス王子の話は、残念なことに何を言っているのかよく分からない。そう。カクタス王子はお飾り生徒会長だったのだ。


「というわけで、テレーザ・シュタウト伯爵令嬢との婚約を破棄する!」

やっと意味がわかる事を言ったと思ったら婚約破棄だった。


「承諾いたしますわ!」

急に名指しされたテレーザは壇上にいた。舞台袖に控えていた生徒会役員の中からスッと前へ進み出た。彼女は生徒会副会長。カクタス王子の代わりに全てを取り仕切っていた影の会長。


「テレーザ様!私と婚約しましょう!」

宰相の長男がテレーザの前にサッと跪き、パカっとケースを開けて指輪を見せた。


「まあ、流石。仕事が早いわね」

テレーザは扇をバサっと開いて口元を隠した。


「ちょっと待ったー!」

騎士団長の次男が大きな体を必死に動かして壇上に上がってきた。

「ぜひ私と!私と婚約してください!」


 彼は懐から小剣を取り出してテレーザに差し出した。彼の父親から受け継いだ大切な小剣。ご自慢の逸品だ。


「私こそテレーザ様に相応しい!」

魔法団長の三男が転移陣と共に壇上に現れた。彼は魔法で美しい薔薇を一輪作り出して、テレーザの前に差し出した。薔薇は宝石で作られていた。高級品だ。


「なんだ、お前達は!俺が今コレットとの婚約を」

「カクタス様は黙っていてください!」

「そうです。我々の未来がかかっているのです」

「もうテレーザ様と関係のないあなたは黙っていてください」

「機を逃すわけにはいかないのです」


 テレーザはまあまあ、と宥めた。

「皆さま、私はカクタス王子の婚約者として生きて参りました。その陰で誰にも言わず密かにお慕いしていた方がいるのです。婚約破棄を受けて、晴れてその方に胸の内を告げることができる立場になったのです」


「それは誰ですか?」

「その幸運な者の名をお教えください!」

「この中にいますか?」

「ここにいる者以外で貴方に相応しい者などいない!」


 テレーザは少し恥ずかしそうに言った。

「ローレン・マッケイン先生ですわ」

数学担当のローレン・マッケインは他の教師に背を押されて前に出てきた。


「本気ですか?」

「あのようなもさい男はテレーザ様には似合いません!」

「年齢だって!」

「たかが数学教師、我らのような輝かしい未来もないではないか!」


「貴方たちの目は節穴ですの?この場に居る人の中で、彼が一番の逸材ですのに。そもそもあなた方は私が情報通だとご存知ないの?貴方たちのような方の求婚を受け入れる筈がありませんわ」


 テレーザは扇をパンッと畳んだ。そして宰相の長男に扇の先を向けた。

「貴方は完全に財産目当て。セイラさんという年上の女性に入れ上げていて、彼女の関心を買うための資金が必要なんでしょう?私のような年齢の者への興味はお持ちではないはず」

「なぜ、そこまで……」

「人脈ですわ」


 続いてテレーザは騎士団長の息子を見た。彼の顔色はすでに悪くなっていた。

「貴方は娼館と飲み屋にツケがあり過ぎます。騎士団の伝統だなんて騙されて、団員に良いように使われている可哀想なお方。同情はしますわ」

騎士団長の息子は何も言えず顔を両手で覆って座り込んだ。


 魔法団長の息子は魔法で離脱しようとしたところをテレーザに捕縛されていた。

「判断も動きも遅いわ。魔法団長は団員にだけお厳しいのかしら。この程度とは……残念ですわ」

魔法団長の息子は床に崩れ落ち、両手を床についてハラハラと涙を流した。完敗だ。


「その点、マッケイン先生は素晴らしい方ですわ!」

テレーザはマッケインにツカツカと歩み寄ると、魔法の杖を取り出した。


 杖の先をマッケインに向けてクルクルと回した。キラキラとした光がマッケインのおでこの辺りで揺れた。目にかかっていた前髪が短くなって、今王都で流行りの髪型になった。


 壇上でのやり取りをショーを観るかのように見守っていた女生徒達は黄色い悲鳴をあげた。

「きゃー!」

甲高い声を聞いてテレーザは満足気に微笑んだ。


 続けて杖の先をマッケインのお腹の辺りに向けて揺らす。キラキラとした光の帯がマッケインを包んで隠した。


 テレーザがもう一度杖を振ると、帯が解けた。中から出てきたのはスタイリッシュな服装に身を包んだマッケイン。女子生徒達は先程よりも大きな歓声をあげた。


 もさいおじさんが魅力的なおじさまに変化した。生徒の中には「マッケイン先生!」と声をかけて手を振る者も現れた。


 テレーザはマッケインの方を向いた。マッケインもテレーザを見る。

「マッケイン先生、いえ、ローレン様、私の求婚を受け入れてくださいますか?もし、受け入れていただけたなら、先生が今夢中になっていらっしゃる、ジャッキー・ジャクリーンのカルパスの定理の研究に没頭できる環境をご提供いたします」


 ローレン・マッケインはゴクリ、と唾を飲み込んだ。先にテレーザに婚約を申し込んだ面々は、宰相の息子が「カルパスの定理だと……」とショックを受けて床に座り込んだのを見て動揺していた。


「そんなに凄いのか?」

「俺たちの方がまだ良い条件だよな?」

「なんとか言ってくれよ」

宰相の息子は首を横に振った。

「そんな……」

「くそっ。あんなにも端正な顔立ちをしていたなんて……」

「その上天才だ……」


「もし、私の求婚を受け入れなかった場合」

ローレンの緊張が高まる。

「ジャッキー・ジャクリーン先生に会わせてさしあげません」


「ん?どういうこと?」

ローレンは思わず聞いた。

「求婚を受け入れてくださったら、ジャクリーン先生に会うことができます」


「分かった。末長くよろしく」

ジャッキーの大ファンのローレンはテレーザの手を握った。ジャッキーに会おうとしたが伝手がなく諦めていたローレンは歓喜した。


「テレーザ様はそれでよろしいのですか?」

宰相の息子が堪らず声を荒げた。


「ちょっと妬けてしまいますけど、大した問題ではありませんわ。ではローレン様、参りましょう。ジャッキー・ジャクリーン先生に早速会いに行きましょう。そうそう、理事長先生、マッケイン先生は今日で退職させていただきますわ。それでは皆さまごきげんよう」


 テレーザは杖をクルンと振った。美しい魔法陣が足下に広がり、テレーザとローレンは姿を消した。


「どういうこと?」

カクタス王子には何が起きたか分からなかった。その時点で壇上に居たのはカクタス王子、コレット、生徒会の面々、教職員、公衆の面前で婚約を申し込んだけど振られた男たち


 そこへ親族席から人の波を掻き分けて、壇上に向かって来る男がいた。顔が真っ赤だった。

「カクタス王子!婚約破棄とはどういうことですか!」


 テレーザの父、シュタウト伯爵は怒り狂っていた。なかなか思うように進めず、人の波を掻き分けるのは諦めて壇上に転移してきた。怯えたコレットは逃げ出した。

「どういうって、俺は真実の愛を見つけて……」

隣にいたはずのコレットがいない。


「なんの世迷いごとですか!うちの資金力がなかったら王太子は無理だとお伝えしましたよね?嫌がっているうちの娘に無理矢理婚約を結ばせたくせに図々しい!破棄などしないと魔法契約を交わしたのをお忘れですか?もし万が一、とのお話でしたが、現実になってしまいましたなぁ。婚約破棄をした場合は速やかなテレーザへの慰謝料の支払いと、テレーザの新しい婚約に王家が口を出さないという魔法契約です。まあ、覚えていなくても施行されますけどね。魔法契約なんで」


「なんだと?」

「はあ。これだから王族は……」

「なんだその言い方は!」

「王子、伯爵令嬢風情がなぜ公爵家や侯爵家を差し置いて王子の婚約者になっていたかお忘れですか?」


「テレーザが俺に恋したからだろう?」

「は!頭の中もおめでたいとは付ける薬もありませんなぁ!」

「なんだと?」


「テレーザの魔法使いとしての素質はもちろんの事、エンターテイナーとしてショーで稼いだ資金、その資金を元手に私が増やした財産。その全てを王家が想いがままにしたい、その為の婚約だったではありませんか!」


 シュタウト伯爵の文句の名を借りた暴露。卒業式に出席していた他の貴族達に動揺が走った。


「我々はカクタス王子の後見から降ります。このような場で大切な娘を蔑ろにされて黙ってはいられません!今後はうちのことは一切アテになさらぬように!カクタス王子がツケで買った分の請求は全て王室に回しますからな!」


「フンッ」

シュタウト伯爵は魔法の杖を取り出して頭の上で小さく早く振った。テレーザの転移は美しかったが、伯爵の転移は素早かった。きっとせっかちなんだろうな、と皆思ったとか思わなかったとか。


 カクタス王子は、壇上で座り込んでいる息子たちの方へフラフラと歩いて行って、その輪に加わった。

「どうしよう」

「俺たちだって今後どうなることか……」

「そうか……」


 理事長は、騒ついた会場に行き届くように自身の声に魔法をかけた。

「それではこれで卒業式を終了します。卒業生の皆さま、ご卒業おめでとうございます。なお、この後開催予定だった懇親会はひとまず延期とさせていただきます。このような状況下です。お察しください。それでは散会!」


 理事長が壇上から降りるのに続いて、教職員と生徒会の面々はそそくさとその場を後にした。婚約を申し出て振られた男たちとカクタス王子が取り残された。


 参加していた貴族たちは慌てて帰路についた。それぞれの一族で話し合うことも多いのだろう。


 環境が整ったローレンは難なくカルパスの定理の証明を終え、数学会に衝撃を与えた。さらには別の定理を使った解法も紹介した。


 テレーザとは仲睦まじく、ジャッキー夫妻を仲人に結婚式を挙げた。テレーザの知識量は非常に多く、年齢差を感じさせない会話が心地良いとローレンが友人に惚気た。 


 ローレンの友人は、彼のあまりの変わりように、残念なやつだと思っていたがこの日のためだったんだな、と男泣きしたらしい。


 結婚後、テレーザは自身のショーチームを引き連れて全国を巡るかたわら、各地の土壌改良に精を出した。夫が解いたカルパスの定理を利用した農業改革も成し遂げた。


 始まりはあんなだったものの、二人は仲睦まじく、三人の子供に恵まれた。テレーザは職業婦人として世論を牽引し、一流のエンターテイナーとしても名声を欲しいままにした。


 良き夫、良き父、ローレン・マッケイン。留守がちなテレーザと共に、三人の子どもを育て上げた。子どもたちが巣立った今は、新しい難問に取り組んでいる。


 テレーザはローレンそっくりに育った孫のデビューを控え、ショーの準備に余念がない。今までで一番凄いショーにする、と息巻いていた。



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